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まちづくりしたい人だけが参加するのはまちづくりとは言えない。「日本でもっとも市民自治の進む」といわれる静岡県牧之原市の新たな取組みとは?

宮本常一の『忘れられた日本人』という本に、昔の「寄りあい」についての話があります。ひとつの取り決めをするのに村中の家の代表が集まって、納得いくまで何日も話し合い、みなが言いたいことを言いきって初めて結論が出る。長い時には2日も3日もかけて結論を出す分、みんなが取り決めをきちんと守ったといいます。のんびりした時代の話ではありますが、自分の村のことは自分たちで決めているという実感が、今の時代よりあったのではないでしょうか。

2016年より18歳、19歳の若者も有権者になりました。「民主主義の主役は国民」と言われますが、今の時代の私たちにその実感はあるでしょうか。

世界的な経済誌が発表する「世界民主主義指数ランキング」(*1)で上位を占めるのはノルウェーやスウェーデンなどの北欧諸国。投票率は70〜80%で政治への満足度も高い。比べて日本は23位(2015年度)、投票率は50%前後。この差は、自分たちの意志が政治に反映されにくい表れのようにも思えます。

(*1)イギリスの経済週刊誌『エコノミスト』傘下の調査機関エコノミスト・インテリジェンス・ユニットが世界167ヶ国を対象に発表。各国の政治の民主主義のレベルを5つの部門「選挙手続と多元主義」「政府の機能」「政治への参加」「政治文化」「市民の自由」から評価した指数。

その日本にありながら、住民同士が話し合って計画を決め、市政に反映させていこうとしている自治体があります。静岡県の南東部に位置する牧之原市

以前こちらの記事でも紹介しましたが、市民ファシリテーターによる「男女協働サロン」という話し合いの場で決まった結論を、市政に生かしています。その牧之原で、高校生など若い層にも対話の場を広げ、市民力を底上げしようとする取組みが始まっていると聞いて、改めて取材してきました。

市民が市のことを決めるしくみとは?

前の記事を少しだけ振り返ります。静岡県牧之原市は2005年に旧榛原町と旧相良町が合併してできた人口約5万人の市。この年市長に就任した西原茂樹市長の方針で「市民協働」が進められてきました。その要(かなめ)となるのが「男女協働サロン」です。テーマや参加層を変えて、年に何度も市民が対等な立場で話し合います。

ここで重要なのがファシリテーターと呼ばれる進行役。話し合いの場を和ませ、参加者の意見を引き出して合意形成を促します。市民協働には、この“話し合いのプロセス”がもっとも大切だと西原元市長は話します。

西原元市長 ファシリテーターによる会議を初めて見た時は驚きました。会議は意見を戦わせるディベートだけでなく、相手の意見を聞く場でもあると知ったのです。

一人だけしゃべるのはダメ、相手の話を頭ごなしに否定してはダメというルールでやる。これはいいと思って “男女協働サロン”と名付け、いろいろな場所でやり始めました。(前回の記事より)

男女協働サロンでは、お菓子もありBGMもありと楽しい雰囲気の中で行われる。従来の自治会の雰囲気とは異なる。

牧之原には市民ファシリテーターが50人近くもいて、その大半がボランティア。「防災」「まちの総合計画」「公共施設利用」など、テーマごとに対話の場が設けられ、そこで出た結論が市の予算取りや施策に生かされてきました。

若い人たちにもっと地域のことを考えてもらうために

この牧之原で3年前から始まっているのが、若い人の中に地域を担う人材を育てようという試み、「地域リーダー育成プロジェクト」です。市内の榛原高校と相良高校でファシリテーション研修を実施し、やってみたい! と手を挙げた有志に市が実践の場を提供してきました。

加えて今年(2017年度)からなんと、全1年生の総合学習の時間に、ファシリテーションや対話を学ぶ授業が導入されることに!

1年生は年度の前半で対話やファシリテーションの基礎を学び、8月以降は全学年からの有志と大人が7回の話し合いを行います。

ここで決めたまちづくりの提案を、市の総合計画の素案として市で審議するまでもっていく予定なのだとか。こうした対話の場や人づくりを進めているのが牧之原市政策協働部企画政策課。部長の加藤彰さんはこう話します。

加藤さん 高校1年生だけでも約200人。来年以降も続ける予定です。対話の勉強をした生徒が卒業すれば、どんどん質の高い話し合いのできる市民が増えて、市民力、民主度がじわじわ上がっていくと思うんです。行政が関わることは、本来市民が決めるべきこと。そのためには皆さんに自分たちで決めるという意識をもってもらうことが大切です。

牧之原市政策協働部・部長の加藤彰さん

牧之原市では平成23年度に「自治基本条例」を制定(*2)。市が率先して市民自治のための環境を整えてきました。従来の地区を話し合いしやすい規模の10の自治区に編成し直し、住民が話し合う場と、出た案を計画に落とし込むための専門家による「計画策定委員会」の2本立てで計画に反映させるなどのしくみづくりも。

(*2)平成23年度には自治基本条例が制定。(対話の場とひとづくり)第14条「市は、自由な立場でまちづくりについて意見交換できる対話の場を設置するよう務めるものとする。2 市は、協働のまちづくりを進めるための人材育成に務めるものとする。」

「市民が決める」と言ってもその手段や機会が少ない地域が多いなか、多くの人がともに話し合って結論を導き出すプロセスのデザインをしてきました。高校への導入もその一貫です。

高校生と大人がともに話し合う。
日本で一番市民自治の進んでいる牧之原

取材で訪れた8月23日、行われていたのが「地域リーダー育成プロジェクト」のプログラム。

高校生と大人が集まって話し合いのトレーニングをする場で、市役所庁舎の広い会議室には夏休みにも関わらず44人ほどの高校生と、市内で働く大人が30人近く集まっていました。この日行われたのは、結論を出すことより話し合いそのものや議論のプロセスを体験するためのトレーニングで、参加者はテーマを選びグループごとに意見交換して議論を深め、問題を共有し合います。

この日はファシリテーターのプロ、(一社)サステナビリティ・ダイアログ代表の牧原ゆりえさんが進行をつとめ、OST(Open Space Technology)と呼ばれる新しい話し合いの手法にトライした。

高校生から出たテーマは「立場の異なる人と本音で話し合うにはどうしたらいいか」といった個人的なものから、「大規模開発の進むまちを、落ち着いて帰れるまちに」などの課題までさまざま。

参加した大人は、市内の企業に勤めるサラリーマンや、警察署、消防署の職員、教師など。政策協働部の加藤さんは「ボランティアではなく、ぜひ仕事(業務)の一貫として来てほしい」と声をかけたといいます。周囲の大人や企業もともに地域のことを考え、若手を育てていこうと呼びかけるメッセージでもあるのです。

印象的だったのは、対話の場に慣れている高校生より大人の側に戸惑いが見られたこと。「何のためにここに来ているのか」判然としない様子の大人たちが、高校生の発言に触発されて少しずつ口を開き、参加しているうちにこの場が何のために設定されたのか気付いていくような、そんな場でした。

これから毎年、榛原高校に入る全生徒が対話の仕方を学び実践し、卒業していくことになる。

高校生やまちの大人が集まって、市政に携わろうとしている。しかも参加者の約半分は女性。こんな光景は今までの市役所ではまず見られなかったと話したのは、ゲストとして参加していた、元三重県知事であり政治学者の北川正恭(まさやす)さんです。

10年近く牧之原市に通い市民協働に関するアドバイスを行ってきた北川正恭(まさやす)さん

北川さん 話し合いの仕方にもディベイトやディスカッションなどいろいろありますが、今日行われたのはダイアローグ、対話です。

結論は出さないけれど、問いを深めたり、自分とは違う意見に耳を傾けてなるほどそういう見方もあるのかと考えたりする。これまでの日本の教育では自分の意志をはっきり伝えたり話し合う訓練がされてこなかったんです。それを、牧之原では市民一体となってやっている。市政における意思決定を市民がするという壮大な実験が行われているんですね。

ここに至るにもすごく時間がかかっていますが、それでも日本で一番市民協働の進んでいるまちです。みんなで話し合ってものごとを決めていくのが本来の民主主義。これから人口が減っていく地方で“このまちはみんなの手で、自分たちでつくったんだ。このまちっていいよね”と思えることは、とっても重要なこと。牧之原にはこれからの地方のモデルケースとなってほしいんです。

高校生ファシリテーターの思い

ファシリテーターとして活動する高校生、大学生に話を聞いてみると、始めた動機は「人前でうまく話せるようになりたかった」「内申にプラスになると思って」などさまざま。いざやってみると「自分の意見が取り入れられるのが嬉しい」「親や先生以外の大人と話すのがすごく楽しい」という感想も。

榛原高校3年の原田弦さんと佐藤彩水さん。3年生に「卒業後もファシリテーターの活動は続けたい?」と聞くと、全員が迷わず首を縦に振りました。

榛原高校3年の原田弦さんと佐藤彩水さんからは大人顔負けのこんな発言も。

高校生の意見が市のこととして反映されるようになったらいいなと思っています。話し合いで不満を言うのは誰でもできますが、それだけで終わらせたくない。だから参加する側にも主催する市の人にも、話し合いで決めたことを実践に近づけることを意識してほしいなと思うんです

後列・左から高校3年の原田弦さん、佐藤彩水さん、久保田朝美さん、久保菜月さん、2年生の中嶋洸喜さん。前列・左から逸見怜奈さん、青山江湖さん、1年生の山下友梨子さん、榛原高校卒業で現在大学生の榑林千夏さん。

ベテランファシリテーターは、難しい話し合いの場を担当

こうして新人ファシリテーターが増える一方、活動歴の長いベテランファシリテーターは原発の問題や小学校の統廃合など、住民にとってセンシティブで賛否の分かれる難しい場の進行を担います。活動歴10年の原口佐知子さんは、2016年度、約1年をかけて片浜小学校の統廃合に伴うまちづくりの対話の場にほか4名のファシリテーターと携わりました。

原口さん 小学校はまちのシンボル。小学校がなくなることで地域の活気が失われることを懸念して反対する声も多かったんです。統合が決まった後の小学校の利活用や地区づくりを合わせて考えるために、私たちファシリテーターが入って話し合いを始めました。

何でこんなに何度も足を運ばないとならないんだって不満も出ます。でも皆さんが地域でやりたいことを引き出しながら参加者自身が自分で考えたり発言し始めると、変わっていくんですよね。

市民協働の動きが始まった初期の頃から活動に携わるベテランファシリテーターの原口佐知子さん。

1回2時間の会のために、3時間かけて準備をすることもあるのだそう。市から情報が下りてこないと不満が出れば、市の職員を招いて話を聞く機会を設けるなど、丁寧な対応をしながら1年かけて話し合いを進めてきた結果、統合が実施された今年(2017年)、地区の活動が目に見えて盛んになったと「片浜地区まちづくり実行委員会」委員長の山本正己さんは話します。

山本さん 皆さんが挙げた地域でやっていきたいことの中でも、小学校の利活用のほか優先したいことを決めて進めています。旧駐在所を利用して小中学生を対象にした子どもキャンプを開催したり、サーファーと一緒に海岸の清掃活動を行うなどこれを機に地域の活動が今までよりも盛んに行われるようになりました。

「片浜地区まちづくり実行委員会」委員長の山本さん。

今年、片浜小学校で行われた納涼祭で撮影された地区の方たちの写真

今年からは地域住民の中にファシリテーターをつとめる人も現れ、原口さんたちの手を離れています。

このほか、隣接した御前崎市の浜岡原発についても賛成派反対派を交えた中電の社員や一般の市民が出席。市民ファシリテーターも19人が揃って参加しました。

参加者の一人で農業を営む増田勝さんは「参加者の知識のレベルがまちまちなもんで、理屈の話どまりになっちゃって具体的な話にまでいかなかったのは残念だったよね」と必ずしも満足の得られる内容ではなかったと話しますが、抗議やデモなどの形でなく、賛成派反対派が顔を付き合わせて話し合う場を市が用意したのは、行政の試みとしては大きな一歩と言えるでしょう。

市がどこまで関わるか?
「行政の計画づくりに市民に協力してもらうわけではない」

時に行政が深く関わり、時には引くというさじ加減をどのように調整しているのでしょう。

加藤さん それを決めるのも本来は市民です。基本的には市民だけで行えることには口出しせず、それが難しいことに行政が関わるのがいいのではと思っています。決して行政の計画づくりのために市民に協力してもらうわけではないのです。

ただし、市民に委ねた結果、うまくいかないことももちろんあります。市民が自信をもってつくってきた計画を、市政で生かすために役所で手を入れなければならないことも。

加藤さん 議会を通す必要もありますし、実行できるものにするには、プロである我々が直さなくちゃならない。つくった側には思い入れがありますからお互いに嫌な思いをすることもあります。

でもどういう地域をつくろうとしているのか? を共有していることが大事で、お互いにいいまちにしようって思いがあるわけなので。信頼関係をもってお互いの立場を活用し合うような形がいいのではと思っています。

まちづくりしたい人だけが参加するのでは、まちづくりとは言えないと加藤さん。

加藤さん 始めは半ば嫌々集まった人たちも、来たら意外に楽しく話せて、自分の意見が反映されて、みんなで決めた実感が残る。その積み重ねが重要なんじゃないかと思います。

主権者であり決める主役の市民と、市政を実行するプロの職員がそれぞれの役割を市民協働のなかで模索している牧之原。その密接な関係が、これからの地方自治体ではますます重要になってきそうです。

「話し合いに時間をかけないで進めている事業はうまくいっていない」とは、ファシリテーターの原口さんの言葉。宮本常一の世界とまではいかずとも、じっくり時間をかけて話し合いをすることの大切さが問われているのかもしれません。

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