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工芸品の先にある人の営みを守りたい。十三代・中川政七さんに聞く「経営」と「産地旅」

経済産業省が指定する伝統的工芸品は、1983年に約5,400億円あった市場規模が、2014年時点で約1,000億円にまで減少しています。ものづくり大国・日本をかつて支えた工場は今、苦境の渦中です。それは、創業100年以上の老舗にとっても、無縁ではありません。

1716年、高級麻織物の奈良晒(ならざらし)の商いをはじめた「中川政七商店」は、明治時代に奈良晒の需要を失い、苦境に立たされました。難局を乗り越えられたのは、歴代当主たちの努力の賜物。九代目当主が新規需要を開拓し、十代目が制度改革を行い、十一代目が製法を守り、十二代目が事業拡大をして、中川政七商店を十三代目当主に引き継ぎました。

現在、十三代目が切り盛りする中川政七商店は、「日本の工芸を元気にする!」というビジョンの下、「遊 中川」「中川政七商店」「日本市」といった自社ブランドを産み、「花ふきん」をはじめロングセラー商品を製造販売しています。そして、数々のブランドの魅力を直接お客に伝えるため、直営店の運営にも積極的です。

中川政七商店の「花ふきん」。2008年にグッドデザイン賞金賞を受賞

また、工芸の経営ノウハウを同業界・非競合の他社にも広めるため、2009年にコンサルティング事業を開始。工芸の製造小売業態は財界から高評価を得て、2015年度にイノベーションを起こす独自戦略で高い収益性を達成した会社を讃える「ポーター賞」に輝きました。2017年から、「さんち〜工芸と探訪〜」(以下、「さんち」)というメディアを立ち上げ、産地活性化にも貢献しています。

そんな工芸全般に渡る精力的な活動は、中川政七商店という暖簾を守ることだけでなく、工芸産業や、強いては、ものづくり産業に従事する人たちの暮らしを守ることも目指しています。今回は、そんな中川政七商店の十三代目当主・中川政七さんを訪ねました。

連載「人を育てるものづくり」では、いまの時代に、ものをつくること、そして買うこととは何かを探っていきます。ものづくり工房を通じて、カンボジアの最貧困女性たちのライフスキルを育ててきたファッションブランド「SUSU」ブランドマネージャー青木健太さんと一緒に、

・現在のビジョンを掲げた経緯
・コンサルティングをはじめた背景
・工芸の経営にとって重要なことは?
・工芸を通して人が学べることは?

この4つのテーマと、展望を、中川さんに聞きました。

十三代・中川政七(なかがわ・まさしち)
株式会社中川政七商店 代表取締役社長。1974年奈良県生まれ。業界初の製造小売業(SPA)モデルを構築し、約50の直営店を運営する。2009年より業界特化型の経営コンサルティング事業を開始。著書に『経営とデザインの幸せな関係』(日経BP社)ほか。

廃れの切迫感

青木さん はじめに、中川政七商店のビジョンを「日本の工芸を元気にする!」に決めるまでの経緯(いきさつ)を聞きたいです。

中川さん 経緯ですね。それなら入社当時からたどったほうがわかりやすくお話しできます。

ぼくは2年勤めた富士通を退職して2002年に中川政七商店に入社しました。当時の中川政七商店は茶道具事業と雑貨事業という2種類の製造業を営んでいて、ぼくが入ったのは赤字の雑貨事業です。28歳のぼくにはわからないことだらけで、勉強しながら、目の前の仕事を必死に取り組みました。

1、2年する中、物を売るのではなくブランドづくりを意識して小売業をはじめて、なんとか黒字にしました。でも同時に「何のために働くのか」というビジョンがないと、今後何十年とモチベーションを保っていられないんじゃないか、と感じはじめたんです。

そこで、いろんな本を読んでみて、事業内容とのつながりを感じることができるビジョンを掲げることにしました。2、3年くらい、もんもんと考え続けて、2007年にやっと「日本の工芸を元気にする!」というビジョンが降ってきました。

うちのものづくりは何百もの工房に支えられています。そのうち、1、2社が毎年のように廃業の挨拶をしに来ました。なんとかしないと、商売ができなくなってしまう。切迫感がありました。

一方で、消費者としても、日本の古き良き素材や技術が失われてしまうことを、もったいないと思っています。また、うちは考え方をシフトすることを重視して、物を売るのではなく、ブランドをつくることに力を入れています。それはうちの扱う麻生地以外にも適用できそうです。

そんなmust・will・canの3つの面から思いが重なって、ビジョンを決めました。

月25万、失敗できない

SUSU青木さん

青木さん そのビジョンが、コンサルティングをはじめることにつながったのは、なぜですか?

中川さん ビジョンを決めると、次は実行です。生き残っていくために、一番必要なことは売上を増やしていくこと。うちの売上だけで、工芸の何百、何千という、他の会社を支えていけるわけはなく、どうしようかと考えました。そして、もう経営を直接お手伝いしようと、コンサルティングをすることに決めました。

決めたところで、相手はいません。そこで2008年に『奈良の小さな会社が表参道ヒルズに店を出すまでの道のり。』という本を書き、「コンサルティングをします」と宣言したんです。それを読んだ企業から、依頼が入りはじめました。

うちは、年商1億円未満で、お給料は15万円ぐらいの、家族で営んでいるような会社を多くコンサルティングしています。そういう人たちのところに、月1回の訪問と打ち合わせなどで月25万円以上もらって入っていくので、絶対に成功させなきゃいけません。

1社につき、1年半〜2年かけてコンサルティングをします。まずはぼくが経営から流通まで、ひと回しして、そのあと、自分たちでやってもらいます。一般的なコンサルティングとは異なり、家庭教師に近く、教育をしていると思っています。

命をかけて、やること

青木さん 中川さんの著書をいくつか読みました。『小さな会社の生きる道。』では、5社のコンサルティング事例が紹介され、たびたび、“覚悟”という言葉が使われていました。工芸メーカーに必要な“覚悟”とは何でしょうか?

中川さん みなさん、綺麗ごとをいうんです。「後世に技術を伝えたい」とか「産地を元気にしたい」とか。でもたとえば、産地を元気にしたいなら、まずその会社が赤字から抜け出さないといけません。だから、“本当に命をかけてやれること”を、ちゃんと聞きます。

最初に会った時、“覚悟”が固まるかどうか判断して、コンサルティングに入るかどうか、決めています。

青木さん 最初から“覚悟”のある会社ばかりですか?

中川さん いいえ。新潟県三条市の株式会社タダフサという包丁工房の場合は、行政案件の中、誰か手を挙げなければいけなかったから、タダフサが手を挙げました。ぼくからすると、最初に会った時はやる気がないように見えました。

タダフサのパン切り包丁

中川さん それが、最初に会ってから1ヶ月後に決算が出て、赤字だとわかると、“覚悟”のスイッチが入ったように、ぼくには見えました。

“群れ”で育つ

青木さん さきほど、「経営から流通まで、ひと回しして」とおっしゃいましたが、それだけで、みなさん、同じように会社を運営していけるようになりますか?

中川さん いいえ。2年くらい経って、コンサルティングが終わった人たちを見ると、そのあとの成長ぶりに、正直、差があります。流通サポートをしたり、展示会で一緒になったりする時に様子を見て、何か伝えたり、場合によっては、もう1度、コンサルティングに入り直すこともあります。

青木さん そう思うとうちの工房の女性たちの成長に似ているところがあるかもしれませんね。うちは、2年間の工房勤務で、ものづくりを通してカンボジアの女性たちに“ライフスキル”を教えています。

“ライフスキル”といっても、そんなに難しくなくて、時間を守るといった自己管理やコミュニケーションです。2年経ったら、工房から卒業して、カンボジアの他の会社で、ちゃんと活躍できるようになってもらうことに取り組んでいます。

青木さん 2年間は、工房で働くだけでなく、毎日1時間ぐらいの授業もしています。2年間は同じように変わろうとしている人たちと過ごすから、“群れ”で育っていきます。それでも、卒業したあとに、他の会社では同じことができなくなってしまう人がいます。

中川さん わかります。うちは“群れ”にしようと、2017年に「日本工芸産地協会」を発足しました。ここにはできている会社ばかり。コンサルティングをした会社では、長崎県波佐見町で陶磁器・波佐見焼のブランドを運営する有限会社マルヒロと、三重県菰野町で御在所岳の麓に“かもしか道具店”を展開する有限会社山口陶器だけ入っています。

マルヒロのHASAMI。カラフルで可愛い

山口陶器かもしか道具店の「ごはんの鍋」

中川さん コンサルティングをした会社の中には、「うちなら入れる」と思っていたところが、他にもあるはずです。でも、入れなかった、ということを通して、「まだ足りないものがある」というメッセージを感じてほしいと思っています。

「待ったなし!」

青木さん 1社1社から“群れ”をつくる段階へ。今の中川政七商店は工芸の産業全体にも影響を与えています。産業全体をもっと盛り上げていくために、これから重要視することは何ですか?

中川さん コンサルティングを通して、マルヒロやタダフサが産地の一番星と呼べる会社になっていきました。でも、そういう会社が育っていくよりも、産地が衰退していくスピードのほうが早い。たとえば、マルヒロでも、2009年にコンサルティングをはじめたけど、底を打ったのは最近です。

1社が成長する間、産業が衰退していくと、どういうことが起こるのか。

中川さん マルヒロのいる陶磁器産業には、大きく分けて、生地屋さん、型屋さん、窯元さん、絵付けさんと4業種が関係しています。波佐見焼の場合、型屋さんがすでに数社しか残っていなくて、後継者もいません。だから、マルヒロが一番星になったのに、このままでは、あと15年もすれば、波佐見焼自体がなくなってしまいます。

なんとかするために、会社の統合や提携を進めて、製造背景を垂直統合することが必要です。自分たちで全部できるようになる、ということです。そのために、場所への増資が必要。でも、「工芸は儲からない」と思われていたら、融資を得ることができません。

融資を得るために、場所に“ものづくり+α”の価値を持たせる必要性を感じます。そこで、重要になってくるのが「産業観光」です。

喜ぶ姿を知る喜び

中川さん うちの直営店では、スタッフがものづくりの背景を語り、商品の魅力を伝えています。でも、一番早いのは見てもらうこと。だから、垂直統合する時に3階建てのビルを建てるのではなく、雰囲気のある木造平屋にして、「行きたい」と思ってもらえるようにします。

当然、建物が魅力的でも、ものづくりを見るためだけに産地を訪問したくなる人は多くありません。だから、地元の食材を使った美味しいレストランや、いい宿、といったことにまで踏み込んで取り組んでいく必要があります。そんな「産業観光」を実現できないと、工芸は生き残れない状況にある、というのが今の答えです。

青木さん 産業観光はSUSUでも取り組んでいます。うちの工房は、アンコール・ワットがあるシェムリアップという町から40キロも離れている場所にあります。それでも年間で約2,000人が観光に来てくれます。修学旅行で足を運んでくれたり、旅行会社のツアーに組み込んでもらったり。ぼく自身が来ていただいた方にお話しすることもあります。

売上としては大きくないのですが、このツアーの事業になぜ取り組んでいるのかといいますと、ものづくりの現場に来訪者が来ると、つくり手の女の子たちがものすごく喜ぶからなんですね。誰が買っているのか、そこで、はじめて知って直接やりとりができるからです。やっぱり、ものづくりで一番楽しいことは、使っている人が喜んでいる姿を見ることですよね。

シーンを想像する

青木さん あとはお客さんへの啓蒙にもなります。うちはいぐさ1本1本を手で打ち込んで、バッグをつくっています。機械織りのほうが安い。でもカンボジアの女性に職をつくりたくて、はじめた事業です。ハンディクラフトを見て、ものの背景にある思いや物語を感じていただけるかどうか。それは、お客さんが手づくりのシーンを想像できるかどうかにかかっていると思っているからです。

中川さん こういう仕事をしていなかったら、ぼくらも想像できないですよね。でも、想像できないことを否定しているわけではありません。興味には、分野があります。みんな、それぞれ違うし、良し悪しじゃない。ただ、そういうことに興味を持って理解してくれる人がいないと、ぼくらが生き残れないのは間違いありません。

創業200年を超える漆琳堂。職人の作業風景(写真:木村正史)

中川さん 知ること、学ぶことは、人間の根源にある欲求です。うまくリンクしていくと、いいなぁと思います。

みんなで「さんち旅」

青木さん お客さんとつくり手の距離を近づける、そのための「知る」「学ぶ」機会がかかせませんよね。「さんち」というメディアも、そういう目的や目標で運営していますか?

「さんち」は、工芸と産地の魅力を届けるメディア。「伊賀」「浜松」など毎月ひとつの産地を決めて、工芸や工房だけでなく食や歴史、旅のモデルプランなども紹介しています

中川さん はい。現状ではどれだけの人が産地に行ったのか追いかける方法はありませんが、今後は観光を促すサービスを入れていきます。そうすれば、うちの手で人を運べるようになります。5年後くらいに「産地旅」という言葉が流行ってくれていたらいいですね。

青木さん 「女子旅」「ひとり旅」みたいな「産地旅」ですね。流行る兆しは見えていますか?

中川さん 新潟県三条市と燕市で開催されている「燕三条 工場の祭典」に行くと、カメラ女子がひとりで来ている姿を見ます。みんな好きなんだな、と思いますよ。そのように広まっていけばいいな、と思いますね。

「さんち」は、まだはじまったばかりですが、読者からの反響の大きさを感じています。6月に、福井県で塗師さんを募集している記事を公開したら、20名から応募がありました。移住が条件の採用に、これだけ応募する人がいることに驚きです。紹介した染物屋さんに、3社から仕事の引き合いがきたりもしています。

仕事の相談が相次いだという染物屋の記事はコチラ

次は工芸小説、工芸漫画!

新井優佑(greenz.jpシニアライター) 何かに興味を持って、理解していく世界って、ぼくにとっては“オタク”や“オタクカルチャー”なんですね。たとえば、アイドルなら「カワイイ!」ってことが入口になって、掘り下げて行くと、どんな楽曲がつくられていて、どんなふうに運営されているのか、世界観に詳しくなっていく楽しさがあります。

そういう意味で、工芸にのめり込むための「カワイイ!」に似た入口ってありますか?

中川さん ありますよ。工芸の面白い流れとしては、手に機械が混ざっていっていることです。三重県で土鍋を大量生産している工場があります。そこはベルトコンベアな世界観なのですが、最後に鍋の内側に2本の筆で釉薬を塗る。その作業だけ、女の人がやっているんです。社長に理由を聞くと、この女性のほうが早いし、正確なんだそう。

2本の筆で釉薬をササッと塗る女性の姿を見ていると、『北斗の拳』という漫画に出てくるような超人に似たイメージがわきます。

青木さん 面白いですね。『北斗の拳』風な超人を求めてものづくりの現場を訪ねる漫画があっても、いいのかもしれませんね。

中川さん 今度、「さんち」で、工芸小説にチャレンジするんです。これが、すごい楽しみなんですよ。だから、ぜひ工芸漫画もやってみたい。

たとえば、最近の日本酒ブームだって、根源をたどれば『夏子の酒』に行き着くんじゃないかと思うんです。将棋の藤井聡太くんが脚光を浴びているのも、『3月のライオン』が地盤になっているように思いますし、遡れば、『月下の棋士』だってありました。

世界観を体系立てて、勘所まで知ってもらうのに、漫画ってとってもいい手段だと思います。工芸漫画、もしもこの記事を見ている人の中に漫画家さんがいたら、ぜひ描いてくれるとうれしいです。

青木さん より多くの人が工芸に興味をもって、実際に工房を訪ねる。そんな流れがつくれれば、工芸の復興につながりそうですね。

今回日本の工芸業界の現状やその改革について伺いながら、ものづくりを通じた人づくりができる場は、簡単につくり上げられるものではないんだなと改めて感じました。その現場を支えていくためには経営者がまず先に変わり、育っていくことが必要ですし、そういう意味では経営する人も含めて「人づくり」なんだなと。

また、買い手も、つくっている人や産地のことを、匂いや味まで含めて知っていき、よりつながっていけばいくほど、ものづくりの仕事は残っていくはずです。架け橋になったり、魅力的な入り口をつくれる人が必要ですね。今日はたくさんの学びがありました。ありがとうございました。

(対談ここまで)

総務省統計局の「人口の推移と将来人口」によると、1980年から2014年にかけて、日本の総人口は約1億1000万人から約1億2000万人に増えています。つまり、伝統的工芸品の市場規模がこの30年で5分の1以下に減少したのは、決して、人口推移の影響ではありません。

だからこそ、製造〜販売のアプローチを改善していくことが、ものづくりを担う人たちの取り組む課題に挙げられ、是正に向けた努力を重ねています。中川政七商店が取り組む工芸の経営コンサルティング事業も、その一つです。

それは、「機械生産よりも手づくり」といったノスタルジーではなく、「ものづくりで人並みの生活を送れなくなる」といったプレッシャーに向き合う、ものづくり文化の現状を写しています。

では、ものをつくらないぼくや、ものづくりに従事しない人が、この現状にどうやって向き合うことができるでしょう? そんな問いへの答えになるのが、工芸小説や工芸漫画を通じて、ひとまず、ものづくり文化を「面白がる」ことなのかもしれません。

寡黙に働く人の姿は純真だからこそ滑稽にも写り、温かい笑顔を届けてくれます。そして、そんな姿を面白がるうちに、ふと励まされたり、やる気をもらったりすることがあります。まるで『ONE PIECE』のような漫画を読んだあとのように。

そして、ぼくたち自身も、営みを通じて、どんな気持ちのやりとりをしていけるのか。どうすれば、温かい笑顔を届けた回数として、売上や市場規模を実感できる未来に近づけるのか。まずは、自分も写し鏡の前に立って、働き暮らす日々を見つめたいですね。生真面目に襟を正す姿から、面白がってもらえるように。

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