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融資総額は約3000万円! 女性の起業支援プロジェクト「co+shegoto」が生み出すソーシャルビジネスの、社会的評価が高い理由

ソーシャル活動を“仕事”にしたいけど、思いはあっても、ビジネス面では説得力に欠けてしまう……と聞いたら、耳の痛い人も少なくないのではないでしょうか。

プロジェクトの参加申込人数118名。プロジェクト終了後の開業届提出人数15名。融資申し込み7名、補助金申請7名。金融機関が融資した額は総額約3000万円。

これは、昨年9月から約3ヵ月にわたって開催された女性の起業支援プロジェクト「co+shegoto(コーシゴト)」が生み出した成果です。

どうしてこのような社会的インパクトを持つことができたのか、主催をした山梨県産業労働部の西子直樹さん、NPO法人bond placeの芦沢香さん小笠原祐司さん野口雅美さんに話をうかがって、“女性に特化した”起業支援プロジェクトの企画・運営の肝についてまとめました。

女性の起業支援には、なにが必要なのか?

主催・山梨県、受託事業者・NPO法人bond placeで開催された「co+shegoto」。写真左から、芦沢香さん、小笠原祐司さん、西子直樹さん、野口雅美さん

軸づくりの講座、収益構造の講座、ビジネスモデル構築の講座、プロモーションの講座、先輩起業家の現場見学会、そしてプロトタイプとしての最終イベント「OPEN OUR SHOP」と、約3ヵ月にわたる濃密なプロジェクトになった「co+shegoto」。

そもそもプロジェクトの発端は、NPO法人bond place理事の芦沢香さんが日ごろから感じていた“ある疑問点”だったそうです。

芦沢さん 私は山梨で「aeru」というコワーキングスペースを運営していて、女性からワークライフバランスについての相談を受けることがよくあります。相談を受けて気づくのは、山梨では、女性が連想する“仕事をすること”は、イコール“会社に勤めること”ばかりということ。ほかの選択肢はほとんど出てこないんです。

しかし、子育てや家事があり、時間にも場所にも制限のある女性が働ける職場はあまり多くありません。そもそも働ける大きな企業が山梨には少ないそうで、高校を卒業したら都市部に行くしかなくなってしまうといいます。

芦沢さん 私は、そんな“あきらめ”を何とかしたかった。そこに“起業”という新しい選択肢を提示したかったのです。自分の力で、仕事を、くらしをつくる起業こそ、地域の様々な課題を解決する方法だと考えていました。

そこで、芦沢さんは起業支援の実態を知るために、県内外のさまざまな起業講座に参加。ところが既存の講座の多くは、意欲や能力のある人に、資金繰りの方法やインキュベーション施設の紹介、計画書づくりを指導するといった内容のもの。それは、芦沢さんが気になっていた“女性に必要な起業支援”のスタイルとは、ズレているように見えたのだそう。

芦沢さん そうした、いかにも起業家志向的なものではなく、もっと地域に根差した、女性らしい起業のかたちがあるような気がしたのです。

一方で、山梨県庁の新事業・経営革新支援課(当時=成長産業創造課)は、県内の女性起業家やコワーキングスペースを視察しているところでした。山梨を盛り上げる新たな取り組みとして、県内の女性による起業を促進しようと構想を練っていたのです。

そんな中で、「aeru」を運営する芦沢さんや、同じくコワーキングスペースを運営する野口さんと出会い、交流がはじまります。また、同時期に芦沢さん、野口さんが在籍するNPO法人bond placeの代表である小笠原さんとも出会い、「co+shegoto」プロジェクトの中心となるピースが集まりつつありました。

女性や若者の社会進出をサポートするためにスタートしたコワーキングスペース「aeru」。社会的弱者を救う、まちのセーフティーネットになればという思いから利用料はとっていない

芦沢さんとの出会いについて話す西子さん

小笠原祐司さんが代表を務めるNPO法人bond placeは、企業や行政、市民団体といった組織や、地域の課題を、ワークショップの手法で解決することを得意とする団体です。そこで2016年3月、小笠原さんをファシリテーターに、まずは女性たちのリアルな声を聞くためのワークショップを実施してみることに。“女性が起業するときの壁ってなに?”という「問い」をテーマに対話を行い、女性の起業支援に必要な要素を徹底的に洗い出すことにしたのです。

ワークショップ当日の様子

小笠原さん ワークショップにはいろいろな参加者を招待しました。芦沢さんや野口さんなどbond placeのメンバーにはじまり、山梨県庁の担当者、起業して10年以上の女性、起業したばかりの女性、これから起業を考える女性、企業に勤めている女性、NPO法人を運営している女性、そして男性…と、異なるバックボーンを持つ人に集まってもらいました。

そう話すのはワークショップの設計をした小笠原さん。ワークショップの進め方には参加者が席を替わりながらアイデアを分かち合うワールドカフェ形式によるグループディスカッションを採用。女性の起業支援に必要なことや、女性の起業支援にあたって大切にしたいことなどについてさまざまな意見が交わされました。

男性も招いて対話をすることで、起業をするときの壁は、男性と女性では何が違うのかを浮き彫りにしていきました

ワークショップが終わってから、運営メンバーで再度集合。ワークショップで印象に残った言葉について意見交換を行いました。そして、出てきた言葉をもとに質的データ分析を実施。女性の起業支援に本当に必要なことを見つけ出そうとしたのです。

小笠原さん 丁寧にワークショップをふり返ることで見えてくることはたくさんあります。

たとえば、男性だけのテーブルで話してもらったときは、起業に必要な要素として「ビジネスモデル」「資金調達」などの言葉が飛び交ったのですが、一方、女性だけのテーブルでは「家族の理解」「家事と仕事の両立」などの言葉が挙がっていました。最後のアウトプットを確認するだけではなくて、プロセスの中で出てきた言葉にも着目することが大事なのです。

“ただ、やる”のではなく“なぜ、やるか”を突き詰めてから実施するのが小笠原さんのワークショップのスタイル

こうした事前の準備を踏まえて、bond placeのメンバーは「オーダーメイド」の起業支援講座を組み立てていきます。たとえば、ワークショップで話し合った内容から「女性は起業後に人間関係で葛藤が起こりやすい」ことが見えてきたら、そうならないように、どんな仕掛けを入れておけばいいのか、そういった議論を重ねました。

この段階で、山梨県の事業構想との一致があらためて確認されました。そして山梨県が募集した企画コンペへの応募、審査を経て、山梨県主催のプロジェクトとして正式に発足。多様な意見を分析したうえで「軸づくり」「コミュニティづくり」「知識と技術の習得」の3つをテーマに起業支援講座全体をデザインすることにしました。

プログラムの要素は、“女性”というアイデンティティを踏まえて、以下の3つ。

1.参加者たちの関係性の質を向上させること
2.参加者自身の軸を参加者同士でつくり上げること
3.参加者の参加のための壁を低くすること

それでは、この3つの要素について、少し掘りさげておきましょう。

オーダーメイドのプログラムに盛り込んだ3つの要素

1.参加者たちの関係性の質を向上させること

起業した人は、孤独を感じることが多いといいます。そこで「co+shegoto」は、同じ立場や状況にある女性同士がともに考え、共感し、問題に向き合う、そんな関係性をつくることを大切にしました。困ったときに相談できる関係が増えれば、多様な意見を受け入れたり、話し合ったりしていくことができます。このような対話は視野を広げ、思考の質を向上させます。

また、違った業種の参加者同士が協力すれば、そこから共創がうまれ、新しい価値を社会や顧客に提供することもできます。思考が変わることにより行動が変わり、その結果も変わっていくことになるのです。

2.参加者自身の軸を参加者同士でつくり上げること

起業や働き方に関する不安を感じたときは、対処療法的に、起業のしかたや資金集めなどについて、外部の専門家にアドバイスを求める傾向があります。もちろん、そういった働きかけは大切ですが、外部への依存を生み出してしまう場合も。依存すると本質的な問題が見えにくくなってしまいます。

本質的な問題とは”自分の軸”はなにかということ。何年も起業をして活躍されている人たちに共通しているのは”自分の軸”を持っていることです。

それでは、自分の軸とはなにか。起業においては、“そもそもなぜ起業をするのか”、“起業を通じて何を成し遂げたいのか”などが自分の言葉で語れる状態を持つことです。

3.参加者の参加のための壁を低くすること

時間や場所に制限が多い女性にとって、すべての講座に参加し続けるのは簡単なことではありません。そこで「co+shegoto」は、それぞれのワークショップや講座を、午前と夜間の2回に分けて開催。

また、ワークショップや講座は動画に残しておき、出席できなかった参加者に提供することで、講座の内容についていけるように配慮をしました。さらに、子どもを預けることができない女性がいることを念頭において、子連れでの参加ができるよう託児スタッフの配備も行ったのです。

起業に必要な関係者を、講座の中にどんどん巻き込んでいく

プロジェクトスタートの準備が整って、いよいよ募集開始。すると、募集開始から3日間で、想定していた人数をはるかに超える申し込みが舞い込みました。

ワークショップや講座には、会場からあふれんばかりに参加者が集まった

3月に開催された女性の起業に関するトライアルのワークショップに参加した女性たちが、このプロジェクトの趣旨に共感し、「こんな起業支援が始まるらしいよ」とSNSなどでシェアされたことで、口コミによる波及効果がもたらされたのです。

参加者が参加者を呼んだことから人数がどんどん増加。質の高いコンテンツを行ったからこその成果

参加者が増えればそれだけ、ひとりひとりにかけられる時間が少なくなってしまうかもしれない。そんな懸念を吹き飛ばすために、「co+shegoto」担当である山梨県庁の西子さんを通じて、山梨県の各金融機関や中小企業支援機関の方にも参加を呼びかけることになりました。起業のプロの知見やノウハウを活かした協働をお願いしたのです。

芦沢さん そもそも起業支援プロジェクトの間だけでなく、女性が起業したいと思ったらいつでもできる環境が整っていることが大事だと思っています。それなら、女性たちが暮らす地域に窓口のある金融機関や市町村の支援機関の皆さんと地域の人が、もっと顔の見える、気軽に相談できる関係でつながることが重要になりますよね。だから、金融機関や支援機関の人に来ていただけたことはとてもうれしかったです。

山梨県庁の新事業・経営革新支援課ではもともと、金融機関や支援機関と情報交換会などでのつながりが強く、立場を超えて女性の起業を支援するという協働がしやすい体制が整っていました。

参加者が参加者を呼んだことから人数がどんどん増加。質の高いコンテンツを行ったからこその成果

ちなみに、「ワークショップに参加してくださる職場の方や、金融機関や支援機関の人から事前に『どんな内容でやってるのですか?』と聞かれたときに、わかりやすく説明するのには骨が折れました」と西子さん。

西子さん bond placeのみなさんからは、ワークショップの内容について「知識を一方的に伝える講座はやりません」と聞いていました。

「女性の起業には目標や理想像、解決策が多様なので、起業家に寄り添いコミュニケーションをとりながら解決策を検討したり、同じ状況や立場にある起業家同士で問題を共有し、共に考え、壁を乗り越えていく機会を提供することが大切」と。

ワークショップ形式で進めるので、成果も変化も未知数なんですよね。答えを与えるのではなく、もやもやした気持ちを持ち帰ってもらうことこそが狙いだったのです。しかし、ワークショップに参加しないと、そういう考え方は伝わりにくい。そこは粘り強く説明をしました。

小笠原さんも金融機関や支援機関との連携について振り返ります。

小笠原さん 金融機関や支援機関の方に、支援する側としてではなく、同じ地域にくらす仲間として実際にグループワークに参加してもらいましたが、“我々もやるんですか? ”と最初はびっくりされていて(笑)

でも、そのワークショップの中に、“女性と地域の支援機関の皆さんが仲良くなる仕掛け”をたくさん盛り込んだのです。

女性にとって金融機関や支援機関を訪ねることはハードルです。しかし、この場に担当者自らが入ってくれば、自然と交流のきっかけがつかめるのです

ワークショップを重ねていく中で、お互いの対話力も上がり、起業に意欲を燃やす女性たちと支援機関の人たちの間に、信頼関係が生まれていきました。支援機関の人が、「スーツを着ていると女性たちに堅苦しい印象を与えてしまいますね」と、慌ててジャケットを脱いだり、参加女性から金融機関の方へ営業方法やチラシのデザインを逆にアドバイスをしたりするシーンが度々ありました。

こうして、起業を軸にして、「地域をよりよくしたい!」と考える女性たちを支える、地域の金融機関や支援機関とのあたたかいつながりが築かれていきました。その様子を、芦沢さんは「関係性が見えるようになっていくような感覚でした」と振り返ります。

立場を越えた、笑顔の交流がはじまりました。金融機関も支援機関も、こわいところじゃなかった!

コミュニティの形成を強調した講座の全体デザインには「U理論をベースにイメージしてみました」とbond placeの小笠原さん。自分とじっくり向き合い、他者との対話を繰り返す中で、これまでと違ったものを感じとり、それをビジネスモデルに育てていったのだそう。ビジネスモデルをつくり、自分と向き合う段階では、あらためて自身の原点を振り返り、泣きだす参加者もいました。

他者との対話、自己との対話を繰り返し行うなかで、自分としっかりと向き合っていきました

講座は脱落者を出すこともないどころか、回を重ねるごとに参加者は増加傾向に。午前、午後合わせて計12回のワークショップや講座に、最終的には述べ525人もの女性が参加することとなりました。

講座を開いておしまいではなく、その効果をきちんと数値化する

山梨県甲斐市の結婚式場・誓いの丘イストアールの礼拝堂で開かれた自主イベント(マルシェ)には、関心を持った700人ものゲストの来場がありました

プロジェクトに参加した女性たちは、「co+shegoto」を通じて自分に向き合い、ビジネスを応援し合える仲間に出会い、金融機関や支援機関との関係性も築きあげてきました。それが、冒頭で述べたような開業届の数などにつながっています。しかし、bond placeの野口さんは「それだけではまだ終われない」と言います。

社会的インパクト評価について学びを深めている野口さん(写真右)

野口さん 「co+shegoto」を企画・運営している間、常にメンバーとは、しっかりと評価と報告をしなくてはいけないと話し合っていました。講座をやったらやりっぱなしではなくて、そこにどれだけの価値があったのかということをきちんと検証する必要があると感じていたからです。いわゆる“社会的インパクト評価”の算出を試みようと考えました。

講座やイベントは世にたくさんありますが、「参加人数や盛り上がり具合のほか、どれだけ知識を教えたかというアウトプットばかりを重視すると、“おもしろさ”が優先されがちになったり、誰を講師やゲストに迎えたかに、評価が偏りがちになる」と野口さん。

大切なのは「co+shegoto」の場から参加者が何を持ち帰り、日常の中でどのような変化が起こり、実行できるようになるのか。そのためには、出来事のパターンを構造レベルで捉えることや、その効果をきちんと数値化することが大切です。定量でとらえることができれば、再現もしやすくなります。そして、野口さんは続けます。

野口さん 「co+shegoto」が参加者だけではなく、プロジェクトの関係者も含めて、プロジェクトを飛び出して地域に対して何を残すことができるのか。それらをしっかりと可視化した上で、知りたいという人が誰でも共有できるようにしたいと考えました。

社会的インパクト評価とは、

短期・長期の変化を含め、事業や活動の結果として生じた社会的・環境的な変化、便益、学びその他の効果を定量的・定性的に把握し、事業や活動について価値判断を加えること(社会的インパクト評価イニシアチブ共同事務局のウェブサイトより引用)

です。

「co+shegoto」がもたらした価値を、数値に置き換えて“見える化”しています

野口さん プロジェクトの成功という意味では、数字的な成果をとても大事に考えています。しかし、それだけでは情報として足りません。より正確に”成果”を捉えられるような評価や表現ができないのかと、活動を始めた当初からずっと感じていました。

そんなことをbond place内で話しているうちに、社会的インパクト評価やSROIという評価制度の存在に出会い、既に近いことは自分たちの会話に出ていたこともあって、それらを「まとめればいい」という意識だけで即実践に移すことができたと言います。

野口さん 出来上がってすぐに何人かの人に見せしましたが、とても好評です。あとはこの評価手法を自分たちだけで取り組むのではなく、できるだけ多くの地域で活動している人たちに広めたい。今度はその挑戦を、支援機関の人たちと取り組み始めたところです。

「co+shegoto」が生み出した数々の価値を貨幣計算してみるとどれくらいになるのか。それを算出してみて価値を定数化することで、このプロジェクトにどれほど価値があったのかをしっかりと提示することができるというわけです。それはすなわち、社会的な活動に、きちんとした信用の担保をもたらすことになります。

地域に根差した、女性らしい起業のかたち。
それを探るプロセスでつくられる関係性や、生まれたプロジェクトが地域に根付いていくことは、そのまま地域の財産になるのではないでしょうか。

起業を志す人はもちろん、各地で起業支援に関わっている人にも、ぜひ「co+shegoto」のスタイルも参考にしてみてもらえればと思います。

(Text: 井上晶夫)