「都市」と「田舎」、
「生産者」と「消費者」、
「専業主婦」と「ワーキングマザー」、
「大量生産」と「顔の見えるものづくり」……
一方を説明する時、もう一方を批判するように、物事が対立的に語られる場面が増えていると感じます。そして、正直なところそれに違和感を持ってしまうこともしばしば。それぞれに良いところがあって、その時々で自分にあったものを選択できることを“豊かな暮らし”というのだと私は思います。
でも、時に自分とは違う立場の物ごとを、人を、批判するように語ってしまうことがある。そんな経験が私はありますし、もしかしたらあなたにもあるかもしれません。
あちらも、こちらも、どちらも良い。対立するのではなく、互いに認め合って共存していけないだろうか。そんな思いが強くなっていた時に私の目に留まったのが、ジビエハンター林利栄子さんの活動でした。
ジビエハンターと聞くと、食にこだわりが強そう、社会課題に対して意識が高そう、そんなイメージを持つ人が多いかもしれません。
しかし、取材を通して見えたのは、どこにでもいる29歳の女性として生きる林さんの姿。都市と田舎を行き来することで見えた、違いを認め合うために大切にしていることをお聞きしました。
1988年生まれ、京都市嵐山出身。関西の大学を卒業後、大手生命保険会社にて営業に従事。2013年、NPO法人いのちの里京都村に入社し、事務局長に就任。その後、師匠・垣内忠正さんとの出会いをきかっけに狩猟免許を取得し、ジビエハンターとして活動を始める。現在は半分NPO職員、半分フリーランスとして、京都市と京丹波町をはじめとした農村との2拠点生活を送る。
ジビエハンターとして生きることを決めた日
コンパ、買い物、旅行……大学時代、そして大手企業のOLだった頃の休日の過ごし方といえば、消費活動が中心。田舎のイメージと聞いて思い浮かぶのは、過疎化・高齢化くらい。ましてや猟師に出会ったこともない。ずっと普通の人生を歩んできた、と語るのはジビエハンターの林利栄子さん。
もともと生命保険会社の営業職として働いていた林さんは、「お金のやりとりで人とつながるのではなく、関わりたい人と一緒に仕事ができる自分になりたい」と転職活動を開始。縁あって、2013年に都市と農村をつなぐ「NPO法人いのちの里京都村」に入社し、そこで初めて田舎の人と関わり、顔の見えるつながりを大切にする田舎の魅力や、田畑の鳥獣被害など田舎が直面する課題を知ることになったそうです。
数々のイベントに出店する際にNPOの職員と名乗ると、「田舎のことに詳しいんでしょ」という前提で話かけられたり、「京都市内に住んでいるのに、田舎の支援なんてできるの?」と厳しい声をかけられたりするように……。
しかし、生まれた時から利便性の良い京都市内で暮らしてきた林さんにとっては、わからないことばかり、返答に詰まることも一度や二度ではありませんでした。
私も何か田舎に関わることをしたいーー。
そう考えた林さんは、都市に住みながら田舎で何ができるだろうと考え始めました。
まず浮かんだのは、移住でした。でも、田舎へ移住すると、何か地域のために活動しなければとプレッシャーになりそうで。私は京都市内も好きですし、都市に住んでいる私のまま田舎に関わりたかったんです。だから、その地域にどっぷり入って、その地域の目線で生きていくのは、違うと思いました。
移住の次に考えたのは、農業でした。でも、京都市内の自宅の近くに農地はなく、農地を借りるのはハードルが高いので断念しました。
移住も農業も、私には合っていない。じゃあどうしたらいい?と途方にくれていた時、友人を介してジビエハンターの垣内忠正さんに出会います。
狩猟に興味がある友人が、「垣内さんに話を聞きに行くから一緒に行かない?」と誘ってくれて。垣内さんは「NPO法人いのちの里京都村」の正会員だったこともあり、軽い気持ちでついていきました。
その時垣内さんが「林さんも猟師になったらいいやん。女性猟師とかおらへんで」と。そっか! 毎日はできないけれど、週末に山へ行けばいいのか、と世界が開けましたね。もしかしたら猟師は、都市に住みながら田舎と関わりやすい仕事かもしれないと思ったんです。
意外や意外、最もハードルが高そうに見える猟師が、一番やりやすそうだったと語る林さん。NPO法人に入社した2013年6月に垣内さんに出会い、秋には狩猟免許を取得すると、林さんの人生は一気に方向転換していきます。
都市と田舎、両方あるから私らしくいられる
2013年冬から、平日は京都市内のNPO法人で働き、休日は京丹波町や南丹市などの農村でジビエハンターとして活動する、林さんの2拠点生活が始まりました。
都市と田舎を行き来することで、以前よりもバランスがとれる人間になりました。中学・高校時代から、人と人の間に挟まれるタイプではありましたが、それが都市と田舎になったという感覚です。都市と田舎では生活スタイルが全く違います。両方を知っているからこそ、一緒にやった方がいいこと、補いあった方がいいことが見えるようになりました。
都市と田舎、それぞれのつながりを活かすことで、林さんの活動は少しずつ広がっていきます。
2015年からは月1回、京都市内で「べにそん会」を開催。鹿肉や狩猟に興味がある人はもちろん、食べることが好き、おいしいジビエを食べたいという人も気軽に楽しめるこのイベントは、毎回告知後あっという間に満席になるほど大盛況!この場から、ジビエハンターになりたいという人も現れるようになりました。
また、都市の人を農村に連れて行き、自然の中でジビエを味わうイベントや、狩猟体験ツアーなど、都市と田舎どちらのことも知っている林さんならではの企画を考え、ジビエや狩猟の普及に力を入れています。
食べることに関心のある人が多い都市はジビエ、獣害対策で悩む田舎は猟師として関わり、私はその間にいます。私がいることで、ジビエや狩猟の間口は広く、ハードルは低くなるといいですね。
田舎に関わり、ジビエハンターとして活動することで、林さんを取り巻く環境は大きく変わりました。しかし林さんは、かねてからの友人から、特別な人になった、意識が高いと思われたくないといいます。
学生の頃から、いわゆる普通を外れて自分の道を歩く人が、周りから少し変わった目で見られるのが気になっていました。今、私は田舎で活動していますが、私自身は何も変わっていません。自分と違う価値観を持っている人に対して、多くの人は引き気味になりますし、理解できないという気持ちになります。でも、私はそう思われたくありませんでした。
だから、京都市内に住みながら、田舎にも関わるという道を選びましたし、そこはこれからもブレないで貫いていきたいです。
知らない人が集まるイベントには行かない友人、狩猟に興味がなかった友人が、「べにそん会」に参加してくれたり、活動を応援してくれたりすることが何より嬉しいという林さん。その表情からは、等身大の29歳の林さんの姿が垣間みえました。
いつまでも田舎を好きでいるために“孫”として関わる
たとえどんなに田舎が好きでも、継続的に関わるつづけることは難しいもの。林さんは、何を大切にしながら、地域の人と関わっているのでしょうか。
地域の人とどんなに仲良くなっても、娘や息子のように近すぎる存在にはならない。田舎に遊びに来た孫くらいのポジションでいることを大切にしています。
「こんな食べ方があるんですか!」「どうしてこうなるんですか?」と、一つひとつのことにきちんと驚き、わからないことは聞く。近すぎず、遠すぎずの距離感を心掛けています。人と関わりつづけることに、田舎の人、都会の人というのは関係ありません。人間関係に悩んだり、落ち込んだりする時もありますが、それも含めて人生です。私たちは人と関わっていかないと生きていけません。だから、田舎と関わりつづけよう、何かを継続しようと考えるなら、自分が本当に好きなことをやった方がいいです。
まず自分本位で初めて、そこから誰かのためにも行動したり、より理想に近づけたりすることで、自ずと継続的な関わりが生まれてくると思います。
正解はないからこそ、互いを認め合える社会へ
まだまだ少ない女性ジビエハンター。その先駆者として道を切り開いている林さんは、これからどんな未来を見つめているのでしょうか。
何者かになったら、何を仕事にしていたら安心ということはありません。だから、もっと自由に生きていきたいです。自分が住みたいと思う土地で、この街の人たちと暮らしたいと思う場所に住む選択肢を持てる私になりたいですね。そして、私の姿を見て、こんな生き方もあるのだと勇気を持ってもらえたら。
続いて、まるで自分ごとのように、理想の社会について教えてくれました。
もっと互いを認め合える社会になればいいと思います。狩猟を始めて、自分と違う価値観を持っている人に対して、嫌悪感を抱く人が多いことに気づきました。自分が選択しない立場を選ぶ人に対して、自分と一緒じゃないとダメと価値観を押し付けるのはすごくもったいない。
生き方、暮らし方に正解はないのだから、誰が正しいということもありません。互いを認め合えるような関係を築いていければ、もっと楽に生きられるのではないでしょうか。
都市と田舎のように、立場の違うものが互いに理解し合い、協力するためには、林さんのような通訳者が必要なのだと思います。都市に住みながら田舎のことを伝える人。田舎に住みながら都市のことを伝える人。今いる場所から少し行動範囲を広げることで、あちらとこちらをつなぐ通訳者にあなたもなれるはず。
この世界に暮らす一人ひとりが、少しずつ見る目を広げたら、世界はもっと彩り豊かで、暮らしやすくなる気がします。
さあ、あなたが今気になっている物ごとの裏側を、見に行ってみませんか。