一人ひとりの暮らしから社会を変える仲間「greenz people」募集中!→

greenz people ロゴ

「地方で好きなことをして食べていく」は夢物語じゃない。『「小商い」で自由にくらす』を出版した磯木淳寛さんに聞く、房総いすみ地域に住む人たちの自由な働き方

千葉のいすみエリアには、おもしろいひとが集まっているらしい。

たとえば「ブラウンズフィールド」のオーナー・中島デコさんや「東京アーバンパーマカルチャー」を主宰するソーヤー海さん、greenz.jp編集長の鈴木菜央、それから…?

「その3人だけじゃないんですよ」と教えてくれたのは、2013年に東京からいすみ市へ移住した磯木淳寛さん。今年1月、いすみエリアでの「小商い」に注目し、地方での働き方の魅力をギュッと凝縮させた書籍『「小商い」で自由にくらす』を出版しました。

この本に登場するのは、店舗を持たないアクセサリー屋さんや靴屋さん、自転車でまわるコーヒー屋さん、月に1度だけオープンするチーズ屋さんなど、さまざなジャンル、スタイルの小商い実践者たち。

「小商い」というと、ちょっとした小銭稼ぎというイメージがあるかもしれません。しかし、磯木さん曰く、いすみ地域には小商いだけで生活しているひとたちがたくさんいるというのです。そして、彼らこそが、いすみ地域のひとつの文化の側面をつくってきたのだとか。

この本において「小商い」は、「思いを優先させたものづくりを身の丈にあったサイズで行い、顔の見えるお客さんに商品を直接手渡しし、地域の小さな経済圏を活発にさせていく商い」を指します。

それは、趣味が高じた小遣い稼ぎではなく、食べていくためだけの仕事でもありません。自分のやりたいことを実現しながら生計を立てていく働き方です。

それって、小商いにとどまらず、自由な暮らし方にも通ずるのでは? 気になるアレコレを聞くべく、いすみへ行ってきました!

今回の目的地である長者町駅へ。電車で行くと、東京駅から外房線に揺られること約2時間。発着はおよそ1時間に1本という、絶対に乗り遅れられない駅です。

いすみ市は、房総半島の東側にあります。太平洋に面し、サーフィンのメッカとしても人気のエリアです。

本に登場する場所をめぐりながら、磯木さんにお話を伺いました。

greenz.jpでの取材もきっかけのひとつとなり、いすみ市へ移住した磯木淳寛さん。インタビューはカフェ「green+」にて行いました。

地方で「小商い」が実現しやすい理由。

——そもそも、この本を出版することになったきっかけは?

磯木さん 出版社の方に「いすみのあたりには面白いひとが集まっているみたいですね」と言われたのがはじまりで、当初はいすみの移住の本をつくりませんか?という話でした。でも、「移住」をテーマにしたら内容が古くなりやすいと思って、ちがうテーマを考えました。

——内容が「古くなる」?

磯木さん 自分がいすみ市に移住しようと思ったときに、数年前につくられた移住ハンドブックを取り寄せていたんだけど、移住した時点で、そのハンドブックに出ていた移住者の4組のうち、なんと3組がほかの地域に移住していたんだよね。

——4組中、3組も……!

磯木さん だから、移住者ではなくて、いすみっていうエリアのカルチャーや状況についての本にしようと。なにより、いすみが面白いのは移住者よりも、小商いで自由に暮らすという地域のカルチャーそのものだったから。この本でも小商いをしているひとたちが出てくるけど、もしもひとが入れ変わっても「小商いとマーケットのカルチャーはそこにあり続ける」という状況は変わらないので。

人や場所などといった個別の‟点”ではなく、状況そのものにフォーカスすることで、地域を‟面”として見せていきたいと考えていました。

小商い実践者たちのリアルな声から、それを支えるマーケットカルチャー、DIY精神などが事例やインタビューを通して紹介されています。

——なるほど。いすみでは、小商いだけで暮らしているひとが多いようですね。

磯木さん この本でも紹介しているけど、アクセサリーをつくってマーケットで販売している友だちがいて、最初はまさかそれだけで生活しているとは思わなかったんだけど、ほかの仕事をしていないと後から知ってすごく驚きました。徐々にそういうひとたちが多いことに気づいて、なんだかすごいことになっているのでは…と。

——ほかの地域では珍しいことなんですか?

磯木さん 都市近郊だとほかの仕事がすぐに見つけられるので珍しいですが、そういったところよりも、いすみ地域のようにある程度田舎の方が生活をかけて小商いに本気で取り組むので、結果として成り立つようです。

掲載したひとたちの仕事のつくり方は、いすみだけの話でなく、地方の仕事のつくり方のヒントにもなるのでは? とも思っています。また、都市部の方に、地方で行われている「小商い」という働き方の実際を伝えたかったというのもありました。いすみでできているから、ほかの地域でもできると思うんですよね。

——なぜ、いすみでは小商いで暮らすことが実現できていると思いますか?

磯木さん まず、地方は都市部に比べてコストが安い。家賃や材料などが低コストに抑えられるので、都心よりも始めるハードルが低くなります。

次に、ライバルが少ない。東京だったらお店がたくさんあるけど、ここでは競争相手が少なく、代わりにものづくりをしている人は多いのでジャンルは違えど仲間ができます。

また、車社会ということと、ほかに競合するようなイベントも少ないためにお客さんが多いことも理由です。さらに、いすみ地域の場合にはマーケットも小商いを行うひとたちが自分でつくってしまうので多いんです。お客さんも地元や近隣のひとが中心で、とても賑わっています。

行列のできる「パンガナイト」は、パンに特化したマーケット。房総半島全域からお客さんが集まります。

小商い実践者を支えるマーケット。

——いすみ地域ではいつ頃から“マーケット文化”が始まったのでしょう?

磯木さん 遡って調べたところ、2007年に始まった「ナチュラルライフマーケット」が源流のようです。地元産の素材や手づくりであることがテーマで、その中心には、当時、いすみ市内でパン屋を営んでいた「タルマーリー」がありました。「タルマーリー」の店主・渡邉格さんによると、5回目の出店数は約100、集客は約5000人にもなったそうです。

残念ながら2010年で終わってしまいましたが、その翌年からは「焙煎香房抱(HUG)」の水野俊弥さんを中心に「房総スターマーケット」が始まり、これも毎回1500人ほどが集まるほどの人気に。別のマーケットを立ち上げるひとも次々と現れ、マーケットカルチャーが根付いていったようです。

——歴史があるんですね。小商いの文化にも影響があったのでしょうか。

磯木さん はい、「房総スターマーケット」では出店者のうち半数以上が実店舗を持たないひとたちで、小商いをする移住者も増えました。2013年にはカフェ「green+」がオープンして移住者の交流の場にもなり、より移住・小商いのしやすい環境になっていると思います。

——マーケットのおかげで、店舗を持たなくても小商いを始められる、ということですね。

磯木さん 出店者たちが自らマーケットを開くこともよくあります。自分でポスターやチラシをつくったり、Facebookでイベントページをつくったり、集客もすごくがんばっています。田舎なので近くに遊ぶ場所が多くないというのも、集客につながる要因かもしれません。

——マーケット以外にも、本には「森のようちえん」や醤油、地域通貨など、ほしいものを自分でつくる事例がありましたね。

磯木さん 田舎は与えられる娯楽がないので、きっとみんなクリエイティブになるんだと思います。何もないから、自分でやらないと退屈してしまうのかも(笑) でもそんな風に遊べる隙間がたくさんあるということでもありますよね。

2014年に保護者が始めた、園舎を持たない自主保育活動「森のようちえん いすみっこ」。森の中や古民家をフィールドに20組以上の親子が参加する。

地方だからこそ、実現できることがある。

——本にはさまざまな小商いをしているひとたちが登場しますが、それぞれ商品の単価や初期投資費用、一日の最高売上まで書いてあって、とても現実的だなと思いました。

磯木さん 読者の方にとっても役に立たないと本を出す意味がないので、お金の部分もちゃんと書きました。結局、実際どうなの? っていうところを知りたいひとが多いだろうし、小商いを始めたいひとにとって、具体的にどのくらいでやればいいのか想像できるようなつくりにしています。

取材したのはみんな友だちとか知り合いばかりだから、そういう話を身近なひとに聞くのは聞きづらかったけど…。人間関係を保ちつつ、いい本にするための鬩ぎ合いが大変でした(苦笑)

——みなさんの多くが小商いだけで生活していますが、それ以上の規模を求めていないように思います。

磯木さん そうなんですよね。あるひとは、マーケットに出店すると1時間ですべて売切れてしまうんです。それ以上の量を1人ではつくることができないみたいで。だからと言って人を雇ったり、大量生産する仕組みを入れたりはしないんですよね。なぜなら、大儲けするためにやっているわけではないから。ただ、やりたいからやっている、つくりたいからつくっている。

——まさに「小商い」ですね。

磯木さん 売れるのにネット通販をやっているひとも少ないですね。face to faceという直接のやりとりを大切にしているのだと思います。その分、フィードバックも直接返ってくるし、それがまた次のものづくりにつながる。いい循環が生まれているように感じます。

自転車屋台のコーヒー屋「Spaice coffee」。まだ24歳の紺野雄平さんが大学卒業後、新卒で小商いを始めた。本書ではその経緯や思いなどを紹介。

——個人で活動している小商い実践者を一冊の本にまとめることで、横のつながりもできそうですね。

磯木さん そうですね。顔見知りでも仕事に対する真面目な話とかってすることはないので、この本を通してお互いの考えを知り、より深くつながるきっかけになればうれしいです。

もちろん、これから小商いを始めるひとたちにとっても、なにかヒントになるといいですね。小商いでも食べているひとはいるし、それは地方でもできるし、いすみじゃなくてもできるはず。

——「地方には仕事がない」とよく言われますが、地方だからこそ実現できることがあるのですね。

磯木さん うちのお嫁は、店舗を持たないケーキ屋さんをやっているのですが、東京に住んでいたときは独立して自分でやっていくなんて考えもしていませんでした。そんな、東京では考えもしなかった夢が、地方では叶えられる。それって、すごいことですよね。そんなふうに、小商いの輪が広まっていったらうれしいです。

マーケットで本を販売する磯木さん。自身も「小商い」実践者の仲間入りに。

(インタビューここまで)

磯木さんのお話を聞いていると、小商いだけで生活できる環境が整ったいすみという地域のすごさを感じると同時に、ほかのエリアでも実現できそうだという可能性も感じました。

磯木さんは、地方×小商いのキーワードとして、DIY、face to face、localの3つを挙げています。

DIY:ほしいもの・必要なものは自分でつくること。
face to face:直接のやりとりを大切にすること。
local:地域内で経済やつながりが循環すること。

これはどんな職種であれ、「気持ちのよい自由な働き方」を模索しているひとにとっても、実現に近づくキーワードだと思います。小商いを始めなくても、地方へ移住しなくても、まずは普段の暮らしの中でできることから、この3つのキーワードを取り入れてみませんか?

– INFORMATION –

『「小商い」で自由にくらす ~房総いすみのDIYな働き方』

いすみ市在住で、全国の地方を数多く見てきた著者が、当事者へのインタビューを通じて、好きを仕事にするために「小商い」で自由に働き、大きく生きる可能性を様々な視点から考察。今、地方はのんびり暮らすところではなく、夢が叶う場所になった。仕事がネックとなって地方移住に二の足を踏んでいた人にも勇気が湧いてくる一冊!

小商い実践者へのインタビューのほか、「小商い論・田舎論」として、いすみ市在住の中島デコ(マクロビオティック料理家)、鈴木菜央(greenz.jp)、ソーヤー海(TUP)の三氏と青野利光氏(Spectator)にインタビュー。巻末では佐久間裕美子氏(『ヒップな生活革命』)と、アメリカのスモールビジネスとの対比について論を交わす。※Amazon.co.jp「社会と文化」カテゴリー1位獲得。

著者:磯木淳寛
発行:イカロス出版
価格:本体1,400円+税
https://www.amazon.co.jp/dp/4802203004