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ひと粒の生牡蠣との出会いが生んだプロジェクト「東京カキージョ!」の藤井みのりさんが目指す「幸せの連鎖」とは

お腹を壊すと怖いから、生牡蠣を食べたこともないし試す気もないよという、あなた。まるでサプリメントのように栄養豊富な「牡蠣」を食わず嫌いしているのは、モッタイナイかもしれません。

牡蠣は抜群に亜鉛が多く、グリコーゲンや鉄分やビタミン類もたっぷり。おまけに100グラムあたり1000ミリグラム以上のタウリンが含まれているそうです。

「お酒を飲む前に2,3粒食べておくと違います」と話すのは、カキージョ(=牡蠣好き女子)こと、藤井みのりさん。実は藤井さんも、かつては牡蠣が苦手でした。

それが今では、新たな味わいを求めて国内外を飛び回るほどの筋金入りの牡蠣好き。「グリーンズの学校」での学びを経て、牡蠣を伝える・つながるコミュニティ「Oyster Lover 東京カキージョ!」を立ち上げました。

今回は、そんな藤井さんの牡蠣をめぐる心温まるストーリーをお届けします。

藤井みのり(ふじい・みのり)
愛知県出身。短大卒業後、就職。勤めながら京都造形芸術大学に通い、2004年に卒業。2009年、「クマモト」という品種の牡蠣と出会い、生牡蠣のとりこに。2012年、「マイメディア」をテーマに開催された「グリーンズの学校」(旧green school tokyo)に通い、マイプロジェクト「OYSTER LOVER 東京カキージョ!」を立ち上げる。ほんとうにおいしい生牡蠣を楽しむ「東京カキージョ!倶楽部」を不定期に開催。世界かき学会会員。オイスターマイスター。

カキージョ倶楽部は男子も歓迎

「Oyster Lover 東京カキージョ!」ば、生牡蠣のファンクラブです。カキージョ=牡蠣女だから男子禁制かと思いきや「イベント参加者の半分は男性なんです」とのこと。

取材前夜には、1年ぶり2回目の「牡蠣開け男子養成講座」を実施。自宅に男女7人を招き、生牡蠣120個とむき身約100個を囲んで、牡蠣ざんまいの楽しい夕べを過ごしたそうです。

牡蠣開け男子養成講座。コツを習得できれば、それほど力は要りません

男性が開けてくれた牡蠣を食べる時の女性って、とても幸せな表情をするんですよね。所作の違いのせいでしょうか。男性が開けて女性が食べる構図が、その場の幸せ度を最も上げるという経験則があって。男女関係なく、その人らしさが発揮される場は、みんなの自己受容や幸せの増幅につながると思います。

藤井さんが大切にしているのは、おいしくて安全な生牡蠣をキッカケに、幸せの連鎖反応が次々と起こっていくような場づくり。牡蠣開け男子養成講座も、そんな「東京カキージョ!」らしい企画です。

ところでなぜ「カキージョ!」というユニークなネーミングが生まれたのでしょうか。

私がたまたま女だったからです(笑) 最初は「オイスター」から始まるこじゃれた名称を考えたのですが、「グリーンズの学校」(旧green school tokyo)の講師の一人だったBAUMの宇田川裕喜さんが一言、「カキージョじゃない?」って。

周りのみんなも「それいい!」となって、漢字で「東京牡蠣女」なんて言い出したので、「せめてカタカナで~!」と私が言って。そうやって、スクールのみんなで決めた名前なんです。

「カキージョ」のペアとして、牡蠣好き男子を「カキーダ」と呼んだ時期もあったけれど、あまりウケなかったので使わなくなったそうです。

プロジェクトの発端はクマモト

実は牡蠣嫌いだったという藤井さんを変えたのは、ひと粒の生牡蠣でした。

東京に出てきて初めて入ったオイスターバーで、「クマモト」という品種のワシントン産の牡蠣を食べて、恋に落ちたんです(笑) 小ぶりで宝石みたいに可愛い、つるっとした牡蠣で、味わいは、とってもクリーミー。

すごく素敵な人や芸術作品や音楽に出会って、一瞬で夢中になることってありますよね。あれと同じ感覚です。だから、生牡蠣には、芸術や恋愛にも似た、「人の出自や政治や国境を越える原始の力がある」と思っていて。この信念が、私の活動のベースでもあるんです。

藤井さんのハートを射止めた「クマモト」という牡蠣

「クマモト」は、熊本県から偶然、米国に運ばれて人気を集めた品種です。2009年にクマモトに一目(一舌?)惚れした藤井さんは、この日を境に生牡蠣の食べ比べを開始。今も、月イチのペースで国内外のオイスターバーや生産地を巡っては、種類や産地、味わいなどをメモしています。

趣味が高じて2012年に活動を立ち上げた、直接のキッカケは何だったのでしょうか。

2011年の大震災後、ハワイでオフグリッド生活をしている知人の家に10日間ホームステイしました。彼らは、目の前にあるモノがどこからどうやって来ているのか、一つずつ説明できるような暮らしをしていました。

そのハワイで、ある米国人に、「自分のメディアを持つといい。きっと何があっても君の支えになるから」と言われたんです。

だから翌年、会社近くの「グリーンズの学校(旧green school tokyo)」で、当時編集長だったYOSHさんの「マイメディア学科」を見つけて、迷わず受講しました。

その講座で牡蠣への愛を語り、「カキージョ」と命名されて、2012年に「東京カキージョ!」を立ち上げた藤井さん。2009年から舌と心で味わってきた経験を元に、生牡蠣の魅力を広める活動を始めました。

藤井さんの生牡蠣メモ。これは、最も初期の1冊

もちろん藤井さんは、生牡蠣に伴うアレルギーや食中毒の危険性も理解しています。それを避ける工夫をした上で、リスクを自律的に判断できる大人を対象に、活動を展開しています。

生が一番、牡蠣のポテンシャルが分かるんです。生牡蠣はいつでも「真剣勝負」。国や地方によって、処理方法も薬味も食べ方も違うから、文化でもあります。しゃぶしゃぶや牡蠣フライも好きですが、加熱する料理は、牡蠣でなければならない理由がないんです。

生牡蠣は、同じ季節の同じ品種でも、輸送や管理や提供直前の処理方法次第で味が変わってしまうほど繊細。それでいて栄養満点でパワフル。確かに、危うさと強さのある、魅惑の食材です。

藤井さんがカンカル(フランス)で食べたパシフィック・オイスター

もともと藤井さんは海が大好き。めくるめく生牡蠣の味わいに、「おいしい」を超える喜びを得ていることは、しばしば海への感謝を口にすることからも伺えました。

おいしくて安全な牡蠣をはぐくむのは、美しい海。その美しい海を保つには、豊かな森と、有害物質を川に流さない人々の暮らしや企業活動が不可欠です。

生牡蠣を食べることは、それぞれの海域の恵みを全身に取り入れて育った牡蠣を、そのまま全部、自分の体に入れること。おいしい牡蠣を守るためにも、海を守らなくてはなりません。

カキージョはアート活動

平日は都会派ですが、休日は地方で過ごすことも。特に、「黄金岩牡蠣」の産地である能登半島には、2011年5月から、田植えや稲刈りに通っているそうです。

取材中に伺ったお米についてのお話は割愛しますが、これまた深く情熱的なのです。つまり藤井さんは「食」に対する体温が総じて高め。

そんな藤井さんセレクトの食材がそろう「東京カキージョ倶楽部」は、不定期開催のパーティー。おいしくて安全な生牡蠣の水先案内人として、今後も1〜2カ月ごとに開催予定だそうです。

世界の牡蠣は生物学上の分類で何百種もいて、日本近海には食べられる牡蠣が約30種います。一般に牡蠣の旬は冬と言われますが、種や育苗のタイミングによって違います。真牡蠣が一番おいしいのは産卵直前の時季と言われています。

地球は丸いから、いつでもどこかで牡蠣が旬を迎えているんです。

ということは、カキージョは年中無休ですね。

今年(2016年)通った「地域共創カレッジ」の講師が、「頼まれたことをやるのがデザイナー、頼んでもいないことをやるのがアーティスト」と言ったんです。それを聞いて「私のやっていることはアートだ!」と思いました(笑)

藤井さんのつむぎ出す言葉は詩的で、活動全体がなんだかアーティスティックだなと思っていたら、出身学科も仕事内容もクリエイティブ系とのこと。とても納得しました。

敢えて会社は辞めない

ちなみに藤井さんは大手企業の正社員です。休日に活動する「東京カキージョ!」との両立は大変では?

無理はしないから大丈夫です。実際、ここ1年半ほどは、仕事の担当が変わって余裕がなかったので、イベント開催を控えていました。この活動のことは会社に言っていませんが、もともと何かと許容してくれる職場なので、感謝しています。

聞けば、会社員とは思えない長期の海外滞在も実現したことがあるそうです。「私は戦力外だから」と謙遜しますが、調整能力や前後の努力の賜物でしょうし、社員の個性を認める優良企業に所属できているのも、彼女の実力でしょう。

「いっそ独立したら?」と勧める人もいますが、私の直感が「今ではない」と言っているんです(笑) そういうことは、自分で決めるというより、来るべき時が自然と来る。だから今は、修行のように学びが多い会社員生活を続けていきたいです。

専門店で食べる生牡蠣は1つ400円前後から。産地訪問や海外遠征にもコストはかかるので、仕事は自らのミッションを支える手段でもありますが、藤井さんは「どちらも私が私であることを支えているもの」と語ります。

藤井さんのこれまでの勤務地は、表参道界隈や六本木など流行の最先端をいく場所ばかり。そこで磨かれた都会的センスも、カキージョ活動に良い影響を及ぼしています。

さらに、地域共創カレッジに入った直後に社内の「共創イベント」推進役に任命されるなど、偶然にも担当業務まで、藤井さん個人の学びと呼応し合っているのだとか。素敵なバランスです。

2015年の夏に英国で、約9カ国24人の老若男女と寝食を共にしつつ、シューマッハカレッジの5日間のショートプログラムを受けました。そのコースのコンセプトが、「Elegant Simplicity」だったんです。エレガントなシンプルさは、私が考える生牡蠣の魅力と重なるキーワードでした。

このカレッジで同じクラスにいた日本人が、2016年から開講する「地域共創カレッジ」で講師を務めると聞き、そこにも参加。第1期生として、「多様な価値観の相手と、どうしたら共創関係を構築できるか」を半年間みっちり学び、この秋に修了しました。

仕事の都合で小休止していた外向きの活動を、そろそろ再開しようと決めました。その発端は、シューマッハカレッジ校長でもある、サティシュ・クマールさんの来日講演に行ったこと。誘ってくれた友人のおかげです。

シューマッハカレッジでのひとこま。藤井さんの隣に座っているのがサティシュ校長

この友人の誘いがなければ、藤井さんはシューマッハカレッジにも行っていなかったし、地域共創カレッジにも通っていませんでした。

「この活動は私がやるべきことだから、みんなが助けてくれるんじゃないか?」と思うぐらいに、いろいろなタレントを持った人たちが居合わせてくれるんですよね。

「東京カキージョ!」の名刺も、能登半島で知り合ったデザイナーさんがロゴから創ってくれました。もう、ラッキーとしか言いようがないです。

どうやら藤井さん、自然と良縁に導かれていく「わらしべ長者」タイプのようです。海外での学びも多い様子なので英語力を問うと、「それが全然。でも思ったら即行動なので」と破顔一笑。とりあえず飛び込む思い切りの良さもまた、良い循環のコツなのかもしれません。

「幸せの連鎖」の先に世界平和を願う

私が目指すのは、幸せの連鎖。幸せな人がつくった幸せな牡蠣を食べて、幸せになった人が、また人を幸せにしていく。そういう素晴らしい連鎖反応があり得ると信じているんです。

構えることもなく、サラリとこう語る藤井さんは、この日、「海が分かるような味です」と言いながら、私に小瓶をくれました。お手製のオイル漬けの牡蠣でした。

ローリエ、ローズマリー、粒こしょうなどが入った絶妙な味付けのオイルの中に、レア気味に煮詰めた小粒の牡蠣がたくさん。思い出しても笑顔になるおいしさでした

何を隠そう私は牡蠣が苦手。でも、この牡蠣は、本当に牡蠣? と思うぐらい臭みもなく、本当においしかった! 藤井さんのおかげで好き嫌いが減り、一つ幸せになれたのでした。

ちなみに、greenz.jp用の私のライタープロフィール写真も、取材中にいつの間にか藤井さんが撮ってくれていたもの。全くの偶然ながら、greenz.jpサイトリニューアルのタイミングで写真を探していたので、非常に助かりました。もう一つの思いがけない幸せが生まれたわけです。

牡蠣をめぐる幸せの連鎖を願う藤井さんは、「気」や「機」の察知が得意なのかもしれません。今を味わう生牡蠣を品評できる鋭い味覚も、きっと、そのあたりの感覚と通じているのでしょう。

最後に、これからの抱負を聞きました。

まだ構想段階ですが、東京オリンピックを機に、世界の牡蠣好きとつながりたいんです(笑)

『オイスター・マナーブック』の出版と、2020年の「東京オイスター・サミット」開催という2つの夢は、前から言い続けています。

幸せな人たちがどんどん増えて、幸せ度が上がっていく空間を増やすのが目標なので、それを可能にする牡蠣の選び方、開け方、食べ方を指南するマナーブックをつくってみたいんです。

生牡蠣は「今」を味わい尽くす食材だから、日本古来の香道や俳句にも通じる感性が求められます。四季で味わいが変わるので、牡蠣句会(かきくかい)も開いてみたい(笑)

それから、本能に訴えかけてくる牡蠣は、フランスでは昔からロマンチックな食材として有名です。だからきっと、男女の出会いの演出や、ひいては世界平和にも一役買うと思うんですよね。そうそう、昨日誕生した「牡蠣開け男子」たちが活躍できる舞台も用意しないと……。

とどまるところを知らない多彩な牡蠣企画。ぜひ詳細は、実際にイベントに足を運んで、生牡蠣を味わいながら、生身の藤井さんに聞いてみてください。クマモトにぞっこんになって輝きを増した彼女の人生のように、あなたの人生にも新たな幸せが舞い降りるかもしれません。

– INFORMATION –

 
牡蠣を伝える・つながるコミュニティ「東京カキージョ!」
イベント情報などは公式ホームページで。