まるっとしたかわいいフクロウのロゴマーク。その歴史を象徴するような懐かしいフォントとサイケデリックなイラスト。まるで海外からやってきたビールのような「常陸野ネストビール」。海外のビールだと思っていた人もいるのではないでしょうか?
このビールをつくるのは、茨城県の北部に位置する常陸野(ひたちの)にある「木内酒造」です。最寄り駅には1時間に1〜2本しか電車が来ないような場所ではありますが、その名は世界に広がっています。
この常陸野ネストビールは、世界に向けた輸出量に関して、大手のビールメーカーを抜いて1位。20カ国で愛されていることからも、世界で、日本のクラフトビールと言えば「常陸野ネストビール」なのです。
また、ビール事業だけでなく、地域の古民家を改築したレストランや、秋葉原の万世橋に、ビール醸造体験もできるレストランも開業する一方、韓国と香港に工場があり、サンフランシスコと上海にもレストランがあります。
ローカルからグローバルへ。そして、ローカルもグローバルも全方位型でビジネスを展開するにいたった過程にはどんなドラマがあり、どんなことを大切にしてきたのでしょうか。「木内酒造」取締役の木内敏之さんにお話を伺いました。
常陸野は国内で一番のビール麦の産地だった
文政6年(1823年)から常陸野に根付き、商売をしてきた木内酒造。ビールづくりへの挑戦が始まったのは平成6年ですが、常陸野とビールにはもともと深い関連がありました。
常陸野は日本で一番のビール麦の産地だったんです。昭和47年までは日本のビール麦の26%をつくっていた。ということは、常陸野には、ビール麦をつくるバックボーンがあるんです。だから強い。
米どころでは日本酒、ぶどうの産地ではワイン。常陸野にビールがあることは必然的な流れだったと言えます。
“地ビール”ではなく、”クラフトビール”をやってきた
地ビールブームのあと、ほとんどの地ビールは衰退していきました。常陸野ネストビールはどうしてここまで広がることができたのでしょうか。
あの時のブームは文字通り”地ビール”なんですよ。地域をどうやって売るのかが先行し、レストランをつくって地域に来てもらう形がスタンダードでした。
しかし、我々は世界に発信できる”クラフトビール”をつくろうという発想でした。他の事業体の人たちとは、スタートから違っていたのです。
アメリカを始め、世界では当時から”クラフトビール”がビールのマーケットで確立された立場を築き、ビジネスとして成立していました。それを知っていましたから。
地ビールはブームであり、流行りモノ。モノづくりのストーリーや地域性が大切にされる今は、クラフトビールの価値が本当に伝わる土壌が日本でもやっとできつつあると言えるでしょう。
あなたは、世界基準を知っているか?
日本での知名度はもちろんですが、海外においての販売量の多さが常陸野ネストビールの特徴です。ローカルからグローバルへ、と考えている経営者はたくさんいると思いますが、その成功の秘訣を聞いてみました。
海外でモノを売りたい人はいっぱいいますね。でも、売れません。なぜなら、モノづくりを深めていないからですよ。形だけのコピーをつくることに一生懸命になっても売れるわけがありません。
世界基準のモノづくりができていますか?
世界基準とは、品質、価格、デザインなど、すべての要素を世界の人が認める水準にすることです。日本には、昔はそういった商品がありましたね。TOYOTAの車や、SONYのウォークマン。でも、最近はダメですね。
なぜ、今の日本には世界基準がつくれないのでしょうか?
それは、海外を知らないからでしょう。世界のマーケットを見た人のみが、世界のマーケットに出ることができるんです。私は、ずいぶんと海外に行っています。
毎年、飛行機は40便くらい乗りますし、15カ国は行っています。アメリカには年に2回。ヨーロッパに1回。アジアはポイントになるような国に3回くらい。社内のマーケティングチームと共に行きます。
世界を知らない日本人。私もその1人だ、と実感する話を聞かせてくれました。
外国人のスタッフさんもたくさんいらっしゃいます
隣国は言う。日本にはなるな
ガラパゴス化なんてよくいいますが、ガラパゴスよりも日本のほうが世界を知らないかもしれませんよ。世界の中で日本がどう見られているか、よく自覚したほうがいい。例えば、韓国では「日本になるな」と言われています。今から、軌道修正していこうと。
あなたはネイティブと英語で会話ができますか? と聞かれて、頷くことはできませんでした。
英語や、スペイン語、中国語を話せるなら世界中の人とコミュニケーションがとれる。日本語は、1億人だけです。韓国に行っても、こんな取材は英語でやっていますよ。韓国人同士でも。それが世界の常識なんです。
取材の後は、工場見学をさせていただきました。工程をひとつひとつ説明してもらい、最後には試飲も。外国からの見学者の方もいました。
右ならえは、必要ない
今、世界で一番クラフトビールの流通が遅れているのが日本だと言われています。アメリカでは、すでにシェアが11%になった。韓国でも3%です。一方、日本は0.4%しかない。なぜでしょうか。
日本人はみんなと同じことをするのが好きだからです。TVCMをやっているようなみんなが飲んでいるビールを飲むのが好きなんです。
木内さんは、こういった日本人の特質に対する危機感を繰り返し言っていました。
でも、中小企業ならみんなに愛されるようなモノづくりはしなくてよいのです。100人中30人が否定し、40人がどうでもいいと思い、残りの30人が好きになってくれたら、それで十分。
ブランドロゴがプリントされたTシャツを来て、作業しています。
データ、信念、ブランディング
そして、大事なのはデータに基づいた戦略と信念だ、と言います。
自分の信念をもって、行動するということ。その信念が、どう理論に裏付けされているか。 世界で売れているもののデータがあるときに、それをコピーするか、若干のエッセンスを加えて違ったものをつくるのか、それとも全く別物をつくるのか。
そういったデータに基づく戦略があり、それを世の中に迎合せずに信念をもってやれるか、ということだと思います。
データに基づいた戦略と信念。言葉にしてしまうと、あまりにも当たり前でサラッと流してしまうような言葉ですが、これを木内さんの口から聞いた時の説得力は、残念ながらこの文面では十分にお伝えできないかもしれません。
言葉の裏にある挑戦と失敗と成功があるからこそ伝わる、凄みのある一言でした。
そもそもビール事業自体が、世界に常陸野を発信するための戦略です。先程もお伝えしたように、欧米ではクラフトビールのマーケットは確立されていましたから。
これからはアジアでも広がっていくでしょう。アジアのクラフトビールで世界基準をクリアしているのは、常陸野ネストビールしかありません。台湾、タイ、シンガポール、香港など、親日国では問題なく広まっていくでしょう。
問題は、反日国とどう商売をするか。その先には大きなマーケットが待っています。
一方で国内のクラフトビールに目を向けると、大手のビールメーカーも参入し、種類自体も増えています。木内酒造の強みとはなんでしょうか。
大事なことはブランディングです。地元の小学生に地域で一番有名なものは何? と教育委員会がアンケートをとったそうですが、1位は「常陸野ネストビール」でした。
なぜ地域でレストランを開くのか。それは、木内酒造はビールをつくっているだけの会社ではないんだと伝えていくためです。
常陸野に生まれ、常陸野に育ってきた。常陸野から何を発信するのか、徹底的に考えています。
親が飲む地域のビールを、子どもたちが見て誇りに思う。まるで地域のサッカーチームが、地域に愛され育っていくように木内酒造は茨城県県北地域で愛されています。そんな地域を誇れる企業が増えていくことは、地域の元気をつくっていくはずです。
茨城県で起業するなら、柔軟な行政の対応が必要
様々な地方で、地域での起業を応援する取り組みが行われています。しかし、どうしたら木内酒造のようなローカルでもグローバルでも愛される企業を生み出すことができるでしょうか?
うちみたいに100人単位のスタッフを雇うような規模を目指そうとした場合、行政が起業しやすいような状況をつくらないと難しいでしょう。まずは規制を無くすこと、そして特例を与えること。ケースバイケースで柔軟に考えていかないと。
この土地は、昭和38年からお酒の工場があったからビール工場がつくれたけど、敷地を広くするためには、行政手続きで2年かかった。普通の企業ならそんなに待てません。他の人が工場をつくろうとしたら、規制だらけで相当難しいでしょう。
例えば、食の集積地をつくる
そんな状況であればなおさら、このエリアを選ぶ理由がどこにあるか、という意味付けが難しいのが現状です。
うちは家業ですから。この地域は、二代目、三代目社長が多い。そういった第二創業の人たちは、その地域で起業する理由があります。
また、理由をつくるという意味では、アメリカは上手。ITのシリコンバレー、ワインのナパバレーといった集積地域をつくるんです。合わせてインフラをつくる。街の環境を整える。そうすることによって、モチベーションの高い人が集まりやすくなる。
筑波はそれをやりたかったはずなんだけど、残念ながら目立った実績がないのが現状です。30年、40年と筑波の質を守れなかったのは、茨城県の失敗ですね。
県北地域に食に関する集積地域をつくったらどうか? と、木内さんは提案します。
茨城県守谷市には、アサヒビールの研究所があって、600人もの人が日々、研究を重ねている。日本で最高峰の食料研究所ですよ。そうした企業と一緒に、ここを食に関する最先端の研究をしている地域にする。なんて、どうでしょう?
行政の箱モノの再活用
また、常陸野を含む、茨城県県北地域でもう一つ可能性が大きいのが、行政が持っている様々な施設の再活用だと言います。
例えば、パークアルカディアケビン村というキャンプ場がありますが、そこにはフルセットの厨房もある。そこに、山の中の静かなレストランをつくったらすぐに人が集まりますよ。
あとは、プラトーさとみ。ここもすばらしい宿泊施設や温泉がある。でも、活かしきれていない。
そうやって、行政がつくったけど、うまく活用できていない施設が結構あるはず。
茨城県が推進する地域の振興のプロジェクトとして木内酒造が開いた期間限定の里美の古民家レストランは、60日間で8000人もの人が訪れました。
また、木内酒造がプロデュースした廃校を利用したレストランは、5億円の経済効果を生み出しました。実績があるからこそリアリティがあります。
さて、取材も終わりに近づいてきましたところで、茨城県にはいいものがたくさんありますね。なんて言葉を口にしたら…。
今の言葉が、典型的な日本人。何を基準にここにいいものがあるって言ったのか? その前に客観的なデータを検証しなきゃダメです。うちの会社でそんなこと言ったら怒られますよ、ホントか?って。
ローカルでもグローバルでも愛される。もちろんその道程は簡単なはずはありません。しかし「企業も行政も、ちゃんと頭を使えばできないことではないはず」と木内さんは言います。
データに基づいた戦略と信念。あなたなら、どんな分野で挑戦しますか?
(撮影: 関口佳代)
– INFORMATION –
いばらきさとやまビジネスキャンプ2016 vol.3
さとやまビジネスキャンプでは、ゲストトーク、フィールドワーク、ワークショップを通じて、参加者のみなさんが実現したいことのヒント、仕事のヒント、地域づくりのヒント、起業のヒントを得ることを目的としています。さらに、その過程のなかで共通する想いを持つ仲間とつながることも大切な目的・成果のひとつです。
第3回目を迎える今回はスペシャルな内容です。午前中は、世界で一番売れている日本のクラフトビール「常陸野ネストビール」の木内酒造さんの特別講演! フクロウのマークで地元にも世界にも愛される常陸野ネストビールのブランディングと海外展開のヒントを学びます
http://peatix.com/event/193815