市民と専門家によるワークショップの結果、体育館を氷見市庁舎に改修。その結果、市役所入り口の植栽は、ワークショップに参加した市民が「おもてなし花壇」としてボランティアで手入れをしている。
ここ数年、全国各地で地域活性やまちづくりのワークショップが盛んです。背景には、人口減少の時代を迎え、行政予算の最適化や市民参加の必要性が増していることが背景にあります。
ファシリテーションの手法も広く浸透し、企業や行政でも活用されるようになりましたが、“対話”型の話し合いが、昔ながらの地区自治会や行政の意思決定の場にリアルに反映されている自治体は、まだそれほど多くないのではないでしょうか。
「住民参加」とひとくちに言っても、そのレベルはさまざま。以前こちらの記事では、市民が話し合ってまちのことを決める静岡県牧之原市の事例を紹介しましたが、今回は富山県氷見市の話です。
「市民のつぶやきを形に」を掲げて市民協働に取り組む氷見市では、いま市の事業やプロジェクトに市民の声を取り入れる動きが始まっています。そのために職員をファシリテーターとして育て、地区の自治会に“対話”の場を入れようとしているのです。その様子をご紹介します。
元は高校の体育館だった建物を市庁舎としてリノベーションした。市民のアイディアも豊富に取り入れられている。
地区の住民会議に、“対話の場”を取り入れる
富山県氷見市十二町地区。平日のある晩、19時近くになると、公民館に40名近くの住民が集まってきました。年輩の男性が多く、女性の姿はちらほら。
この住民集会は、毎年市が行っている「市長とのまちづくりふれあいトーク」というもので、市内全21地区で行われ、各地区の住人が任意で集まります。前半は例年通り、地区の要望が市長に伝えられ、昨年受けた要望を市がどう対応しているかの報告が、粛々と進みます。
ここまでは従来の「地域住民」と「市」が向き合う会議。
ところが後半の40分。今年から新たに設けられた、住民同士の話し合いの時間になると、場の雰囲気ががらりと変わりました。4〜5名毎にグループになって「えんたくん」と呼ばれる、ちゃぶ台ほどの丸い円に切り抜いた段ボール紙を膝にのせ輪になって話し合います。
お題は「十二町地区へ、転入者を毎年2.8人増やすには何をすればよいか」。前半一様に渋い顔をしていた住民たちは、次第にわいわいと話し始めました。
耳を傾けるとドイツやスイスの人口の話が出てきたり、氷見に仕事をつくるにはどうしたらいいかといった話題にも。
同じ会議で、これほど違う雰囲気の“場”が見られるのは印象的。これがいま、氷見市が進める市民協働のトライのひとつです。
後半になった途端に、ブリのかぶりものを被りファシリテーターを務めたのが、いま氷見市で市民協働を進める中心的な存在、谷内博史さん。「イベント的に参加したい人だけが参加するまちづくりのワークショップもありますが、こうした年輩者を含む、地域住民の皆さんとともに進めないことには、ほんとうの意味での市民自治は進まない」と考えています。
地方創生と自治への未来対話推進課、ファシリテーション担当で、ファシリテーターの経験豊富な谷内博史さん。対話の時間にはBGMをかけるなどの工夫も。
谷内さん 実は一昨年はこうした対話の時間を設けることを、一つの地域を除いてほとんどの自治会長さんに断られたんです。ふれあいトークは地域から市長への要望を伝える場であって、地区の住民同士は日頃から話し合っているので必要ないということでした。
ところが市内で一地区だけ賛同してくれて、住民同士で話し合ってもらったところ、地域のこれからについて、いろんな意見が出たんです。中身を見ると行政への要望ばかりではないんですね。自分たちでこういうことをもっとしようとか、極めて主体的な意見も多かった。
市民自治への一歩として“対話”の重要性が改めてわかり、2015年度には全地区で、こうした話し合いが行われるようになりました。
最後には、グループごとに住民の方々が話し合った内容の結果を発表。
市政に市民が関わることの“あたりまえ”を問う
富山県氷見市は、県の西北に位置し、富山湾沿岸に位置する人口約5万人の市です。
2013年に本川祐治郎市長が就任して以来、積極的に市民協働が進められてきました。ワークショップを通して広く市民の声を取り入れ、元体育館だった建物を新庁舎として改築。これが評価されて「2015年ファシリテーション・インパクト・アワード」を受賞。
道の駅は、市民の意見を反映して体験施設「ひみ漁業交流館魚々座(ととざ)」になりました。
床のカーペットをめくると、下は体育館の床そのまま。空調効率を考えて、タープ状の天井に。採光にも工夫が。
市長室が置かれる予定だった明るい端のスペースは、職員同士が自由に話し合える場になっている。市長室は、市民からの要望で、市民とより近い入り口近くに。
職員同士の会議の様子を市民も見学できるように、ガラス張りと木枠のみのオープンな会議室に。
市民一人一人の声を漏らさず吸い上げようと、オンラインで「市民要望公開システム」も始めた。誰でもいつでも市民から挙がった要望の内容、場所、対応状況などをリアルタイムで見られるようになっている。
自らもファシリテーターだった本川市長は、“対話”の重要性をよく知る方。市政に市民が参加して対話していくほうがいいと思う理由を「行政の中だけで考えていたのでは気付きようのない新たな視点を得ること」と話します。
市庁舎を改築する際も、約20億円かけたプロジェクトだったにも関わらず、少数の職員が机上で計画を進めていたと言います。
本川市長 行政の職員は、事務局をやったり、書類をつくるプロではありますが、建築の専門知識もないし、エネルギーのこと、空間構成については素人です。
一方で市民の中にはいろんな分野に精通したプロがいるし、何より「使い手としての専門家」です。だからこそどんなプロジェクトでも、青写真を引くプロセスに、市民に入っていただくべきだと僕は思っているんです。
さらに言えば、市民が話し合うことで、市民自らが行政予算を何に割くか、などの優先度を考えるきっかけにもなると言います。
本川市長 皆さんがAかBという選択を迫られれば、真剣にどちらの方が自分たちの幸せにつながるか考えるでしょう。
今は1億円かけてつくった道路が完成してもお祝いすることはほとんどない。幼稚園に20万円でクーラーが付いたといってみんな大喜びするのに、なんで皆さんの貴重な1億円をかけた道路の完成を祝わないんですか、と思うんです。それだけの価値をしっかり感じていますかということですね。
自らもファシリテーションを行う本川祐治郎市長。
多くの人に議論に参加していただく分、時間はかかりますが、何億円とかけてつくるものをみんなに納得して使ってもらえなければ意味がないと市長は話します。
まずは、市の職員による気付きが大切
いま、氷見市で進めている市民協働には大きく三つの動きがあります。
一つめは、市で進んでいるあらゆる事業やプロジェクトに“市民の視点”を入れること。谷内さんをはじめ「ファシリテーション担当」という職員が存在し、各部署の職員と市民参加をどう実現するか(プロセスデザイン)、場の設定や、当日のプログラムデザインなど、その方法を模索しながら進めています。
そこで鍵を握るのは、各部署の職員。彼らが本気で市民を巻き込もうと思わなければ、このプロセスは進みません。
二つめのアクションとして、まずは職員に、市民協働の意義や、ファシリテーションのあり方、その技術を知ってもらおうという試み。
対象になったのは、約50名の「地域担当職員」。地域担当職員とはもともとあったもので、所属部署の仕事とは別に、市内21地区のいずれかを担当し、地区の住民と市役所をつなぐ役目を担います。
三つめは、この地域担当職員が実際にファシリテーターとなって、地域の話し合いの場に“対話”を取り入れていくこと、です。
2014年には、地域担当職員を対象に、ファシリテーションの実践的な研修が行われました。
谷内さん 住民参加には、いろんなレベルの参加があるといった“参加の梯子”という考え方があります。
市民の意見を聞くふりをしながら実はすでに答えが決まっているアリバイ型の参加、つまりマニュピレーション(操り)のような低いレベルから、レベルが高くなると、部分的に権限委譲したり、住民主体で運営するような段階になっていきます。
ワークショップの中で、職員さんたちは、これまでに行ってきた市民参加を振り返り、アリバイ型や、単なるガス抜きの場になってしまったなど話し、原因として「スケジュールが切羽詰まっていた」「すごいことを提案されても予算上実現できない」「ハード面など法令上できないことも多い」など多くの制約や条件を抱えていながら、市民に共有していなかったことなどが挙げられました。
谷内さん 今までは、ただ市民にしゃべってもらってたくさん付箋を張ることが市民参加だと思っている向きもあったのです。ではなぜ、そもそも制約があることをきちんと市民と共有できなかったのか。まるですべての皆さんの意見が反映されますと言ってしまったのか。それをみんなで考えていきました。
このプログラムはあくまで職員が“気付き”を得るための場。根っこの考え方を知った地域担当職員が、今は各地区の「ふれあいトーク」の場でグループファシリテーターを務め、実践なかで市民から声を引き出すことの楽しさや難しさに直面しています。
“対話”によって主体的になる
地区住民が話し合いを続けた結果、住民の側から市に提案が持ち込まれるようなことも起こり始めました。
ある地区では、小学校跡地を使って加工事業を始めたいと住民自ら計画が上がりました。
「最終的には事情があって実現にいたらなかったのですが、この出来事はとても嬉しかったですね。対話を取り入れた話し合いの結果、自分ごととして地域づくりを考えていく動きが生まれたわけですから」と、谷内さん。
一方で、もともと地域の結束力があり、住民同士が自主的に話し合う場を持っていた地域もあります。そのひとつが、久目地区。干場雅勝さんという求心力のある地域リーダーを筆頭に、さまざまなボランティア活動や地域活動が行われてきました。
取材した日は地区内の住民に、ふれあいトークの内容を共有する会が行われていた。会を取り仕切る、干場さん、71歳。
なかでも干場さんと同世代の高齢者や、若い移住者も交えて月に一度行われる「夜なべ談義」がユニーク。この会を始めた主旨を干場さんはこう話します。
干場さん 夜なべ談義はものを決める場ではなくて、意見交換をする場です。
肩書きは関係なしに何でも思うたことを言うてくださいと言ったら結構みなさん喜んで来てくださって、いろいろ意見が出ました。最近は、じゃあ若者だけで地域のためにこんなことしようという話も出てきて、近く実行に移そうということが始まっています。
「夜なべ談義」を干場さんとともに運営する、県外から移住してきた30代の荒木真人さんは、仲間とともにこの地域で採れる農産物のPRや年輩者のもつ手しごとの技術など地域資源の調査を始めようとしています。
地区の仕事のサポートや学童などで働く荒木真人さん。自らも、「氷見の自然と暮らす家 つくるひ」という、収穫体験や食のイベントなどを行っている。夜なべ談義の一員。
荒木さん 住民の方々を巻き込んで新しいことをしようとすれば、ファシリテーションの技術は持っていた方がいいと思いますし、関心はあります。
市の職員に誘われて、荒木さんは年輩の干場さんにも声をかけて静岡県牧之原市で行われた「公共施設マネジメントワークショップ」に参加しました。
干場さんのような地域で存在感をもつリーダーが、ファシリテーターやグラフィックハーベスティングなどのノウハウを知り体験すれば、今後の地域自治のあり方を変えるかもしれないと感じる一方で、「ファシリテーターという形のあるものでなくてもいい」と話す荒木さん。
「手法をふりかざさすのではなくて、必要なときにさりげなく使えればいいなと思うんです」。
“ファシリテーター”という名の付く人でなくていい。
地区のお年寄りたちと本質的な話し合いができることが大事。
市役所の職員でもある遠藤優子さんにも、荒木さんと同じような思いがあります。
遠藤さん 初めてファシリテーションという手法を知ったときは目からウロコで、みんながどんどん前向きになっていろんな意見が出てくるのを見て、なんてすごいって感動したんです。
でも市で働くようになって、地域の中で話し合うときにはファシリテーションといって大上段に構えるのではなくて、あなた書記やって、議長やってというのと同じような、ごく当たり前で自然な役割であればいいんだと気付いたんです。
市長政策・都市経営戦略部地域防災室の遠藤優子さん。職員有志による「ファシリテーション部」の部長。
特に、こうした年輩者の多い地区では、「ファシリテーション」や「ワークショップ」という横文字の言葉を出さずとも、もっと自然な形で地域のことを話せる方がいいのかもしれません。
ふれあいトークでは、谷内さんがずっと対話の時間を「井戸端会議」と呼んでいたのが印象に残りました。
遠藤さん 以前、地域の皆さんと未来を語り合うワークショップをやってみたいという話をしたら、ある方にそんな話誰も興味を持たないと言われたことがあります。
がつんときたけど、今では本当にそうだなと思うんです。よそから来た人にいきなり横文字の新しい手法を持ち出されて“未来を語ろう”なんて言われてもぴんとこないですよね。
市民ファシリテーターが活躍する牧之原市流のワークショップに久目地区の干場さんと荒木さんをお誘いしたら一緒に来てくださって、これを久目地区でも取り入れようということになったんです。
干場さんがアイスブレイクを、荒木さんが全体のファシリテーションを務める形で「久目夜なべ談義」を開催して、地域の方がつくる、にぎやかで楽しい対話の場ができました。
こんな風に、意見を出しやすい場を作ることのできる人が地域の中にいて、わいわいがやがや意見を出し合って、やりたいことを自分たちで実践していく、そんなサイクルが広まっていったらいいなと思います。
ファシリテーションという手段が上滑りしてその場のうわべだけをまとめるようなことになれば、本来の“対話”の意味を損なってしまう。
遠藤さんは今後もファシリテーションの技術を磨きたいと思う一方で、周囲と同じ目線で気軽に話せる市民の中にもファシリテーションをできる人が増えて、ごく自然に、楽しく話し合える場づくりができたらいいと考えています。
“まちづくりのワークショップをやります”と呼びかけて、関心の高い人たちだけを集めれば、市民参加の場はつくりやすいかもしれません。でもそうした場が初めての人も、お年寄りも取りこぼさずにオープンな話し合いの場を提供して、楽しさや新鮮さを体験してもらうこと。
それが今、上辺だけでない市民協働への大きな一歩として、氷見市がやろうとしていることの一つです。
みなさんのまちは、どうでしょう。“対話”に参加できる場があるでしょうか?