虹色ダイバーシティ理事の村木真紀さんとファザーリング・ジャパン代表理事の安藤哲也さん
現在、全国では50,000を超えるNPOが存在すると言われています。さまざまな社会課題に対し、政府や企業と連携しなら取り組むNPOですが、立ち上げるだけではなく、活動を続け、広げていくことが大切です。
NPOの大先輩でもある「ファザーリング・ジャパン」(以下FJ)代表理事の安藤哲也さんとの今回の対談は、NPO法人「虹色ダイバーシティ」を立ち上げて4年めの村木真紀さんのご希望により実現したもの。
LGBTにとって働きやすい職場環境を求めて活動する村木さんが、今ではすっかりおなじみになった、「イクメン」「イクボス」といった言葉を生み出した安藤さんに教わったのは、NPO活動に対してビジネスマンとしての視点を持ち込むことの大切さでした。
NPO法人虹色ダイバーシティ理事。LGBTなどの性的マイノリティがいきいきと働ける職場づくりを通じて、性的マイノリティが暮らしやすい社会をめざし、2011年虹色ダイバーシティを設立。企業などでの講演、コンサルティング業務などをおこなっている。
男性の育児参画をうながし、父親支援をおこなうNPO法人ファザーリング・ジャパンの代表理事。「育児も、仕事も、人生も、笑って楽しめるパパを増やしたい」と、多いときは年間300回もの講演をこなし、全国を飛び回っている。
男性相手にはロジカルに伝えることが大切
近年、確実に少しずつ理解が広まっているLGBT。その背景には、虹色ダイバーシティのようなNPOの熱心な活動がある。
村木さん さっそくの相談になってしまいますが、職場におけるLGBTの問題に取り組んでいると、20~30代の担当者の人はすごく前向きに「やりましょう」っておっしゃってくださる一方で、その上の世代の人を動かすのが難しいなあと感じているんです。その辺の壁をどんな風に打開したのか、教えていただけますか?
安藤さん 僕は、古い価値観にこりかたまっている中間管理職を”粘土層”と呼んでいます(笑)
多くは40、50代の男性ですね。FJとしては活動初期、彼らはメインターゲットではなかったんです。まずは、「育児を楽しみたい」っていう若い層の男性・パパたちを相手にしていました。
日本では平成5年から「技術家庭」が男女共修科目になり、その頃中学生だった人が、今35、6歳。そこから下の家庭科必修世代にとっては、男性が育児をする感覚は当たり前になるだろうと予測がついたのでやりやすかった。でも、その10歳上ぐらいの人にはどうすればいいかは、最初はあまり考えていませんでしたね。
村木さん そういう世代の違いもあるんですね。
安藤さん でも、イクメンたちからの声を聴いていくと、当事者の父親たちだけを対象にしていてもダメだと気づいたんです。それで今は「イクボス」、つまり新しい時代の上司像、ダイバーシティを理解して部下を育てることができる管理職を養成する事業を始めました。
とはいえ、40〜50代となると経験も豊富ですし、自分の考え方や過去の働き方に自信を持っていますから、啓発するのはなかなか難しいですね。
「少子化」「女性活躍」「男性育休」「介護離職」の状況や見通しを客観的に数値化して、意識や行動の改革につながるようなツールを開発して、研修を繰り返している感じです。仕掛けとしては、企業や行政のトップに「イクボス宣言」をしてもらうことが多いですね。
村木さん 男性の理解を得るうえで「数字が大切」というのは、私たちも強く感じています。
安藤さん 僕らの講演のスライドはデータばかりですよ。たとえば、「どれだけ日本の男性が育児に参加していないか。だから日本は少子化になる」とか。
他にも「共働き率や若い男性の育休への興味はこんなに上がっている。でも企業社会はそれを受け止め切れていない。だから離職率が高い」とか、「介護離職は企業の喫緊の課題。貴方の身にもいつ起きるかわからない」といったデータを数字で見せつけて、「だからイクボスになって働き方を、企業や社会のムードを変えよう」って伝えています。
村木さん 企業で働く「イクメン」にとって、「イクボス」というのは、LGBTにとってのアライ(ALLY、LGBT当事者ではない、理解者・支援者)にあたるんですね。
安藤さん この間、セミナーの仕事で那覇に行ったんですが、那覇市って「レインボーなは宣言」を出しているんですよね。
職員向けのセミナーでは、一部が大学の先生のLGBT講演、二部が僕でイクボスの講演で、「LGBTも含め、多様性を応援する管理職がイクボスですよ」っていう話をしたら、那覇市長も聞いていて「これは大事な考え方。まずは管理職の意識改革ですね」っておっしゃっていました。
村木さん 男性が育児をすることは、性別的役割分担を広げることですから、私たちがめざす世界とすごく近いという気がします。
安藤さん FJの柱は「父親」「次世代育成」「働き方」ですが、近いところはたくさんありそうですね。個人的には他のNPOや団体ともあれこれ協働していて、最近、特別養子縁組の推進にも関わっています。
村木さん そうなんですね。それはぜひレズビアンやゲイカップルにも広がってほしいです。
安藤さん 子どもの養育環境って家庭が基本だとは思うけど、児童養護施設など見ていると、必ずしも正式な父母(男女)でなくてもいいし、いろいろな形や色があっていい。子どもにとっては安心できて、自分の成長を見守ってくれる人がいる場所があればいいんですよね。
でも、日本はまだまだ家庭内の男女役割の分担意識や親の責任論が強いですよね。血縁とか家や墓の仕組みとかも。そういう日本ならではの分厚い構造問題の中で、パパもママもLGBTも悩むんじゃないかな。
村木さん LGBT活動への反対理由に、「伝統的な家庭を壊す」という危惧があるんです。思った以上に、男性の育児の問題とLGBTの問題には近いところがありますね。
3人の子どもの父親として、14年間、保育園に通い続けたという安藤さん。その子育ての実体験がFJでの活動にも活きている。
メディアを上手く活用するために借金して投資することも
村木さん 「イクメン」や「イクボス」という言葉は安藤さんたちが考えたものですが、そういう新しい言葉を広めるにあたって、具体的にどんなことに取り組んできましたか?
安藤さん FJのセミナーに参加したり、僕の本を読んでくれるような人は、基本放っておいても大丈夫なんです。
問題は、というか本当のターゲットは、「赤ちゃんが産まれたにも関わらず仕事ばかりして家に帰ってこない夫」や「土日はパチンコばかりしてる父親」とか。「育児は母親の仕事だ」「男は仕事だけしていればいい」と思っているお父さんが日本にいっぱいいること。
こういう男性に育児の楽しさを伝えて、彼らの意識と行動を変えていったり、その周囲の人たちに男性育児の重要性を伝えるにはどうしたらいいかをずっと考えてきました。
10年前に僕らがやろうとしたことをひとことでいうと、「男性のライフスタイル革命」なんです。そしてどうしてNPOにしたかというと、気運を醸成したり、社会のムードをつくりたかったから。最初から「メディアに載らないと広がらない」と考えていたので、当時、大流行していた検定ブームに乗っかって「パパ検定」を展開しました。しかも、銀行から借金してまで。
村木さん ええ?
安藤さん 何とか5年で完済しましたけどね。当初、理事会でも猛反対されましたけど、広報戦略的に「とにかくメディアに取り上げてもらうことが大切」だと思っていたので、「これは投資だ」と押し切りました。朝のワイドショーとかスポーツ新聞とかに載らないと、本来のターゲットには届かない。そこまででないと、ダメなんだと。
村木さん LGBTはまだそこまで届いてないですね。
安藤さんの思い切りのよさを表す大胆なエピソードに、村木さんから笑みがこぼれます。
安藤さん 「パパ検定」を実施したときは、日本のワイドショーはもちろん海外からも問い合わせがあって、約150のメディアが取り上げてくれました。それでファザーリング・ジャパンの名前は、男女共同参画や子育て支援の行政の人たちにも一躍知られるようになったんです。結果、翌年の僕の講演数も10倍になりました。
企業で働く人にとっての「イクボス」はLGBTにとっての「アライ」
村木さん 「イクメン」がすごいのは、一過性のブームで終わらなかったことだと思うんです。LGBTは今まさにブームで、昨年からメディアで取り上げられる機会も増えていますが、これを定着させていくにはどうしたらいいと思いますか?
安藤さん 「イクメン」でいうと、2010年に「育児・介護休業法」が父親の育休を取得促進するものに改正されて、「ユーキャン新語・流行語大賞」トップ10にランクインしたんです。厚生労働省でもイクメンプロジェクトが始まって、僕はその座長を務めたり、あの頃は本当にすごかったですね。
でも、ブームで終わらせないためには、やっぱり「総合戦略」みたいなものが必要になります。「パパ検定」はあくまでトリガーなので、父親への支援を目的とした「父親による父親向け」のセミナーやワークショップなど、核となるコンテンツを充実させてきましたね。
例えば、絵本の読み聞かせやマジック、料理などができる“一芸パパ”を講師として組織して、多様な父親が興味を持ってくれるようなプログラムを展開したり。
村木さん いま虹色ダイバーシティのスタッフは4人で、人材の確保が課題になっています。例えば研修依頼は年間100件以上あり、ありがたいことに年々増えてはいるのですが、私だけだと受けきれなくなっていて。
村木さん自身、レズビアンでLGBTの当事者。周囲で出産しているレズビアンも出てきているそうで、育児に周囲がどうか関わるか、育児の先輩として安藤さんに質問されるシーンも。
安藤さん FJでも、最初の2年ぐらいは僕が全部受けていたんですけど、そこで「会員になりたい」と言ってきたくれたやる気のあるパパに、どんどんメソッドをシェアしていったんです。今では全国に50人ほど、講演できる会員つまり父親たちがいます。
村木さん それはFJ公認講師ということですか?
安藤さん そうです。ただ「イクボス」については、管理職経験のある人でないと難しいので、まだ講師数は少ないですね。僕は、前職で大企業の管理職・事業部長をやってきたので、やはりそういう経験のある人が講師として話す方が、男性にとって説得力を持つのです。
いつかはLGBTフレンドリーの企業同盟も?
村木さん 男性管理職の中には、男性が育児に参加する理由が理解できない」という声はありませんか?
安藤さん だいぶ少なくなってきましたが、まだ若干いますね。そういう人は理解できないのではなくて、興味が湧かないのだと思います。そういう方には、介護や熟年離婚のリスクについて話をしたり、あの手この手で揺さぶります。
特に日本の企業は横並び意識が強いので、もっと企業を巻き込んでいくために、「イクボス企業同盟」をつくりました。ライバル企業が加盟すると「自分の会社も入った方がいいんじゃないか?」と不安になって、加盟してくる企業も多いんです(笑)
2016年4月20日現在68社が加盟
村木さん 「イクボス企業同盟」に参加する条件はどんなものですか?
安藤さん 女性活躍や男性育休を推進したい、介護離職に対応できる強い組織にしたいといった経営方針や組織戦略を掲げる企業ならどこでも入れます。
でもどの企業も目標値はあれど遅々として進まない。原因の多くは「管理職の意識や働き方の古さ」なので、その改革を目指す企業がネットワークの中で他社の取り組みや成功事例を学び、共有して自社の施策に活かしていく。それができるのがイクボス企業同盟です。
たとえば、日本生命は2年連続で男性の育休100パーセント取得を達成しています。そこで「どうして達成できたのか」「会社にとってどんなプラス効果があったのか」というファクトを勉強会で発表してもらうんですね。するとその翌日には、「なんで他社にできてうちはできないんだ?」って社長が言い出すわけですよ(笑)
村木さん LGBTフレンドリーの企業というのも、今はまだ可視化されてはいません。でも、連帯していくのはすごく大切だと思っているので、そういう器をつくることも考えたいですね。
安藤さん FJとしてずっと続けてきているのは、「正しい情報の伝達」と「ロールモデルの可視化」なんです。これはイクメンもイクボスも同じ手法です。イクメンのロールモデルは、タレントやアスリートをはじめ、たくさん出てきました。
でもイクボスはまだこれから。今年は、イクボスの著名人を集めてイベントとかをやりたいですね。例えば、日本ラグビーのエディー・ジョーンズ前ヘッドコーチや、青山学院大学の陸上競技部を2年連続箱根駅伝で優勝させた原晋監督など。
根性論じゃなくて、科学的で人間的なマネジメントをしている。でも優しいだけじゃなくて、結果を出す。だから人も付いてくる。
「お手本は企業のなかにもいる」と安藤さん。「イクボスプロジェクト」では、安藤さん自らが企業内のイクボスをインタビュー。企業におけるイクボスの功績を可視化しています
安藤さん 会社のボスだって、経営に責任を負っています。かつては「企業戦士」が長時間働いて業績を上げてきたけど、これからは「時間の長さ」ではなく、「時間あたりの生産性」で勝負するべきです。
育児とか介護とか病気とか、多様な事情を抱えている社員を理解し守ってあげる。労働意欲がキープできる「働きやすさ」を整え、持てる時間で効率よく働いてもらう。残業を減らしても業績を上げて会社に利益を出す。それができる人を、僕らはイクボスと呼んでいるんです。
村木さん 「経営にプラスです」という視点が大事なんですね。
安藤さん 企業にとってのメリットを言わないと、企業は動かないですよ。特に採用にとっても「働きやすさ」は重要ですね。
昨年末に某企業が駆け込みで「イクボス企業同盟」に入ってきたんですけど、その理由は春からの新卒採用のために、会社案内にイクボス企業同盟のロゴマークを入れたかったみたいなんです。加盟しないとロゴは使えませんからね。学生もネットとかでイクボス企業同盟をチェックしてるわけですよ。
村木さん なるほど。
安藤さん 加盟するとイクボス研修もディスカウントできるので、企業にとってはプラスばかり。「じゃあ、入ります」って会社が増えました。
村木さん 何だかLGBTも企業同盟をつくりたくなりました(笑)
対談終了後には、固い握手。それぞれのNPOの活躍がますます楽しみです。
「これがオレの武道館」だと思える仕事がしたかった
村木さん 講演で全国を飛び回っていると、安藤さんご自身の家族との時間がとりにくかったりしませんか。
安藤さん 子どもが小さかった頃は、家庭でやることがいっぱいあるので、北海道でも九州でも日帰りで帰ってきて、翌朝は保育園へ行っていました。でも子どもが大きくなった今は落ち着きましたし、逆に教育費でお金がかかるから「どうせ地方に行くなら、もう一つ仕事を入れてきたら」ってパートナーに言われたりしてます(笑)
会えないときでも、子どもとはメールなどでコミュニケーションをとっています。18年間子育てしてわかったのは、当たり前ですが、子どもの年齢によって一緒にいる時間は変わっていくということ。子育ては20年くらいの中長期計画。愛情は不変だけど、そのときどきで父親の役割や立ち位置も変化するんじゃないでしょうか。
村木さん そうですね。
安藤さん あとNPOを10年続けてきた僕個人として感じているのは、社会的な事業を始めようとする方は、やや行き当たりばったりの人も多いなあということ。
NPOだからといっても生活はあるし、家族がいれば食べていかなきゃならない。だからきちんとビジネスモデルをつくって稼ぐことが大切です。情熱や想いだけでやっちゃいけないし、組織だって長続きしません。
特に家族を抱える代表職の人に対しては、「君だけの人生じゃないよ。やりたいことを仕事にしたいなら、もっと戦略的にならなきゃ」って言いたいですね。
村木さん やりたいことばかりやって、パートナーに「ちょっと待て」と言われたりしているので、耳が痛いです(笑)
安藤さん どう考えたって「好きなことを仕事にして儲ける」のって一番楽しいじゃないですか。それができているのは、アスリートかアーティストたちですよね。
僕は若い頃もともとミュージシャン志望だったんですけど、才能がないのがわかって挫折し、20代は会社員をやっていたんです。でも全然楽しくなくて、いつか自分で「やりたいことを仕事にしたい」とずっと狙ってきました。
やっと30~40代になって、前職の本屋やFJで何とか形になりましたが、これって僕の夢だった「音楽」と同じなんですよね。だからいま講演をやるときは、毎回その舞台が「武道館」だと思ってやっています。
「この講演会場が、俺の武道館なんだ!」って思えるような仕事がしたかったし、講演での喋りは、まるで観衆の前でギターソロを弾くような感じで、超気持ちいいんです(笑)
社会的な活動に熱心な人の多くは、「社会を変えたい」といったモチベーションを語る人が多いような気がします。それはもちろん大切なことですが、実際に実行していくためには強い動機だけではなく戦略が大切ということが、安藤さんのお話から伝わってきました。
バリバリ働くパパが育児に参加できることも、LGBTがのびのび企業で働けることも、ダイバーシティの尊重という観点からは当たり前のはずです。両NPOにまつわる共通点の根っこは、そこにあるのでしょう。
村木さんや安藤さんのような方の活躍で、さまざまなマイノリティの人が尊重される世の中に少しずつ近づいていくのだと思います。
(撮影: 廣川慶明)