写真: 荒川慎一
子どもの頃から飽きるほど食べた郷土料理、毎日繰り返し目にする風景、大昔からつくられている工芸品……地元住民からすればなんでもないような物が、実は視点を変えるとものすごい価値を秘めていることも少なくありません。
そんな、地域の埋もれた資源を再発見し、新たな価値を付与して外部へと広める役割を果たす、「地域コーディネーター」と呼ばれる人たちが、今後の地域産業活性化のカギだと言われています。ですが、そのような働き方をするには、いったいどんな経験やスキルが必要なのか、なかなかイメージが湧かないという人も多いのではないでしょうか。
今回ご紹介する「地域コーディネーター養成研修」は、全国各地で活動する地域づくりの“達人”のもとに一定期間“弟子入り”することで、地域コーディネートのノウハウを学ぶ、実地体験型の人材養成プログラムです。
昨年始まったばかりのこのプログラムですが、弟子入りを通してさまざまな学びと交流が生まれ、今年は更に募集を拡大するそうです。
greenz.jpの鈴木菜央編集長が、プログラムの運営団体である「サービス産業生産性協議会」でチーフプロジェクトマネージャーを務める柿岡明さんに、「地域コーディネーター養成研修」のこれまでの活動の経緯と、今後の展望をお聴きしました。
埋もれた地域資源を掘り起こし、外へと広げる“立役者”を育てることが、地域サービス産業活性化のカギ
菜央 今日はよろしくお願いします。はじめて「地域コーディネーター養成研修」のことを聞いたとき、自分がもし会社員だったらぜひ活用したいなと思いました。
僕自身、グリーンズの仕事を続けながら、2010年から千葉県のいすみ市に移住したのですが、最近では地域での暮らしや仕事のきっかけとなるような枠組みが増えてきていますね。今回のプログラムは、どのような目的で始められたのでしょうか。
柿岡さん いま、全国各地で「地方創生」という言葉が盛んに言われていますね。ですが、それ以前からずっと地方経済の衰退が進んでいたのも事実です。
人口も減少、少子高齢化も進み、もともと地方を支えていた製造業は海外移転が進んで空洞化……。こうした状況で地域に新たな活力をもたらすには、サービス産業の活性化が不可欠だというのが私たちの問題意識です。
では、どうすれば地域のサービス産業を盛り上げることができるのか。これまでのさまざまな事例を調べたところ、成功する地域には必ず“立役者”となるような人がいることに気づいたのです。
菜央 地域の“立役者”。
柿岡さん 地域の埋もれた資源を掘り起こして、それに新たな価値を付与し、全国に知らしめて地域に人を呼び寄せる。そのようなコーディネートをすることができる人材のことです。
「サービス産業生産性協議会」所属、「地域コーディネーター養成研修」のチーフプロジェクトマネージャー・柿岡明さん 写真: 荒川慎一
柿岡さん たとえば有名なのは、「富士宮やきそば学会」の渡邉英彦さん。静岡県の富士宮市で一般的に食べられている「富士宮やきそば」は、地元の人にとっては名物でもなんでもなかった。
ですが東京をはじめ、外の人からすると「なにそれ、珍しい!」となるわけです。地元の人にとっては何の価値もないものが、視点を変えると価値になるのだという、資源の再発見ですね。
渡邉さんは、メディアやイベントを通して様々な形で富士宮やきそばの魅力をアピールし、遂には他の地域までも巻き込んでB級グルメの全国大会「B-1グランプリ」という企画を仕掛け、富士宮やきそばの名を世に知らしめました。
このように、埋もれた地域資源に付加価値をつけ、なおかつそれを外部の人とつなげる立役者—私たちは「地域コーディネーター」と称していますが、そういう人材を育てられるような研修をつくろう、というのがこのプログラムの始まりでした。
菜央 富士宮やきそばによる地域への経済効果は、飲食店売上の他、みやげ品や食材、観光収入など、平成13年~21年の9年間で439億円という推計がありますが、とても驚きました(注1)。
自分で会社をつくってその利益を独り占めするのではなく、利益が地元に落ちるような流れをつくられているのが素敵ですね。
注1:「波及効果 推計結果 – 富士宮やきそば学会」より。富士宮やきそばのまちおこし活動による経済波及効果等を、平成13~21年度の9年間について推計した結果は、439 億円と推計される。http://www.umya-yakisoba.com/siryou/hakyuko.pdf 2015年8月4日アクセス
柿岡さん そうですね。地域コーディネーターは自分が主役というわけではなく、自らは黒子として、地域の資源や人の魅力をより輝かせてつなげていくという役割を担っています。
菜央 こうした観点からすると、都市と地方って、必ずしも対立概念ではないのですよね。地方には活用されずに埋もれた資源がある一方、都市の中で才能を活かし切れていなかったり、都市の暮らしに価値を見いだせていない人がいる。ここをうまくつなげてサービス産業化できると、すごく大きな価値が生まれますね。
地域にもともとある資源に、新たな価値を付与して外部に広めていくのが地域コーディネーターの役割 写真提供: 境港市観光協会
地域コーディネーターは座学では育たない
達人への弟子入りで学ぶ、地域づくりの神髄
菜央 地域づくりの立役者=地域コーディネーターの3要件として、1)埋もれた資源を再発見すること、2)新しい視点から資源に付加価値をつけること、3)その価値を外部の人に届けることが挙げられました。そのような人材を育てるには、いったいどんな方法があるのでしょう。
「greenz.jp」編集長 鈴木菜央 写真: 荒川慎一
柿岡さん 私たちにとっても、研修プログラムをつくる段階でそれが一番の難問でした。はじめは、ビジネススクールのMBAプログラムのように、一年間の講習カリキュラムを組んで育成をする案や、一定のスキルや知識を持った人に資格認定する制度も考えました。ですが、そもそも地域の課題というのは本当に多種多様で、一貫したカリキュラムや試験問題をつくる教育方法はそぐわないのですね。
座学を中心とした従来型の研修方法では地域コーディネーターは育たない。じゃあいっそのこと、地域ですでに成功事例をつくってきている“達人”のような方々に弟子入りしてしまってはどうかと、それで今回のような実地体験型の研修プログラムに至ったわけです。
菜央 なるほど、それで“弟子入り”形式だと。
柿岡さん 地域の課題自体は多種多様ですが、これから地域コーディネーターのような仕事をしたいと志す方々には、それぞれ何かしら具体的な解決したい課題があるはずです。
ならば、それに類似した課題を今までに解決したことがある人とマッチングして、その方に直接教えてもらうのが一番効率的ではないかと考えました。
また、地域の仕事のノウハウは、現場に飛び込んで自分の目で見なければ学べないことがたくさんあります。イベントを仕掛けるお手伝いをしながら、達人の方がどう動き回るのかを見せてもらったり、地元の方、企業の方、行政の方、相手に応じてどのように物言いや提案を変えるのかを感じたり……達人の方と一緒に汗をかくなかで学びや発見があるようなプログラムになっています。
菜央 師匠の様子を見て自ら「盗め」というか、日本古来の弟子入り修行のやり方に戻ったようで面白いですね。でも、おっしゃる通り、地域の課題解決にはピッタリの研修だと思います。
茅葺き職人がウェディングプランナーに弟子入り!?
持続可能な組織づくりを学ぶ武者修行
菜央 キックオフとなった昨年度は、様々な職種・分野から10名の方々が「地域コーディネーター養成研修」に参加されたとお聞きしました。具体的にはどのような事例が生まれたのでしょうか。
柿岡さん たとえば、「屋根晴(商号:「ニシオ サプライズ株式会社」)」という屋号で、茅葺き屋根物件専門のプロデュースや仲介業、修繕・補修業などを手がけている西尾晴夫さんという方が、福岡県の岡垣町でぶどうなどの地元食材の6次産業化を成功させた「株式会社グラノ24K」に弟子入りされました。
昨年、「地域コーディネーター養成研修」に参加した西尾晴夫さんが手がける茅葺き屋根物件 写真提供: ニシオサプライズ株式会社
柿岡さん 西尾さんは、建築会社に勤めながら茅葺き職人としての修業を積まれた方なのですが、茅葺き屋根の住みやすさを世に広めるために一念発起して起業をし、茅葺き一棟貸しの宿を始められたのです。
ところが、当時立ちあげたばかりの「屋根晴」では、スタッフも数名しかおらず、まったくの手探り運営状態でした。そこで、ウェディングやレストラン、ホテルなどさまざまな事業を手がけながら高い稼働率を誇る「グラノ24K」に弟子入りし、地域のキーパーソンとの連携方法や、スタッフのモチベーションを高める人事制度など、サービスの付加価値を高める組織運営の方法を学んでいったのです。
「屋根晴」西尾さんが手がける茅葺き一棟貸しの宿「美山 FUTON & Breakfast」 写真提供: ニシオサプライズ株式会社
西尾さんの弟子入り先「グラノ24K」が運営するウェディングリゾート「スローリゾート ぶどうの樹」 写真提供: 株式会社グラノ24K
菜央 西尾さんのように職人としての技術も高く、地域や伝統技術に対する強い思いを持って起業されても、事業を続けていくための組織経営を学ぶ機会はなかなか少ないように思います。その意味で、とても貴重なマッチングですね。
柿岡さん そうですね。一方で、弟子入りした西尾さんご本人も日本有数の茅葺き職人であり、非常に深い人生経験を積まれている方です。「グラノ24K」のみなさんも、西尾さんから色々なことを教わったとうかがっています。西尾さんは今年もご自身のお弟子さんを「グラノ24K」の研修に送り出したいとおっしゃるぐらい、お互いにとって良い経験、関係が生まれたようです。
菜央 おぉ、自分が行くだけでなくてまた次にスタッフを送り込むとは! 普通ではなかなか出会わないような人たちがつながって、しかも団体単位で師弟関係が持続していく。素晴らしい事例ですね。もしかするとこの出会いは、日本の茅葺き文化の継承、再興につながる出会いかもしれませんね。
柿岡さん 他にも、NPOの経営コンサルタントの方に弟子入りした会社員の方が、自分が温めていたビジネスプランにアドバイスをもらえてそのまま独立起業に至ったり、まちづくり関連の団体同士が、弟子入り期間後も継続的な人材交流を行ったりと、ただ研修を受けて終わりではなく、新しいアクションにつながった事例が多くありました。
菜央 弟子と達人双方に学びが生まれているというのは、これもひとつの埋もれた資源の再発見かもしれませんね。いつも同じ場所にいてモヤモヤしていた人材が、違う土地で違う人と出会うことで、自分の新たな価値に気づくことがある。そういう意味でも、とても意義深いプログラムだと思います。
人生が変わる出会いを、100人の挑戦者に
菜央 今年度の参加者募集も間もなくスタートとのことですが、2年目を迎えるにあたって、目指す目標などはありますか。
柿岡さん まず何よりも、より多くの人に参加してほしいというのが一番ですね。今年度は100名の方の弟子入りを目指しています。
菜央 おぉ、100名! それだけ多くのマッチングが成立すると、社会的なインパクトも大きいでしょうね。
柿岡さん 昨年度は運営する私たちとしても手探りの部分が多かったのですが、研修参加者の皆さんに感想をお聞きすると、人生の転機となるような、めったにない経験ができたという声をいただけて、これはもう自信を持ってお届けできるなという手応えを持てました。「人生変わりますよ!」と言えるプログラムです。
菜央 素晴らしい、言い切った!(笑) でも本当に、人生が変わる出会いをつくれたというのは、最高の成果ですよね。
柿岡さん もう一つは、応募者の裾野をもっと広げていきたいということです。すでに地域づくりに関わる団体で働いていたり、自分で事業を興している人だけでなく、会社勤めをしながらも何かを始めたいと悩んでいる方や、会社を退職してこれから第二の人生というシニア世代の方にもぜひ挑戦してほしいですね。
菜央 greenz.jpの読者の中にも興味を持たれる方はたくさんいると思います。地域で何かをやりたいとうずうずしているけど、どうやって始めたら良いか分からない、始めてみたけれど次のステージにどう進めば良いか分からない……そんな悩みを抱えている方にとって、次の一歩を見出すチャンスとなりそうです。
具体的な応募プロセスやスケジュール、費用などはどのようになっているのでしょう。
柿岡さん 8月から12月まで随時申し込みを受付けています。参加希望の方には、弟子入りをしたい達人や団体を選び、現在解決したい課題や、弟子入り先で学びたいことなどを志願書にまとめて提出していただきます。
提出された志願書を、受け入れ先の達人や団体の方が審査し、「この人ならぜひうちに修行に来てほしい」と判断されたなら、マッチング成立です。私たちは、志願書づくりの相談や、事前研修を通した弟子入り前のマインドセットづくりをサポートします。
菜央 なるほど、受け入れ側が、弟子入り志願者の思いをしっかり見極めるわけですね。お互いに実りある修行期間とするためには重要ですね。
柿岡さん それから費用に関してですが、この「地域コーディネーター養成研修」は、経済産業省の補助事業であるため、研修費(研修生1名・1月当たり9万円)・交通費・滞在費のそれぞれ3分の2は国からの補助を受けられます。自己負担は残り3分の1だけとなっており、その点、参加のハードルは低くなるのではないかと思います。
菜央 弟子入り期間中は仕事も休まなければなりませんし、補助を受けられるのはとてもありがたいですね。
現場に飛び込んで自ら答えを探す―「弟子入り文化」を日本に根付かせたい
菜央 今年度も多くの素敵な出会いが生まれそうな予感がしますが、最後に、長期的なビジョンとして、今後この事業をどのように展開させていきたいかお聞かせください。
柿岡さん 私たちの手がける「地域コーディネーター養成研修」は、現在経済産業省の補助事業として展開していますが、いずれは国からの補助金がなくても全国各地で弟子入り研修が勝手に発生して回っていくような世の中にしていきたいと思いますね。
達人と弟子双方に合意さえとれれば、誰がやっても良いわけですから、公的な補助事業にかぎらず、民間同士でも各地で学び合いのコミュニティが広がっていけば良いなと。
菜央 いわば“弟子入り文化”を日本に根付かせようといった挑戦ですね。よくよく考えれば、昔の日本は職人や達人が弟子をとって育てていたわけですし、それを現代風にアレンジしてもう一度つくっていこうよということなのかもしれませんね。
「弟子入り文化を日本に根づかせたい」と語る柿岡さん(左)と、同じく「サービス産業生産性協議会」プロデューサーの富張由香さん(右)写真: 荒川慎一
柿岡さん 我々は小学校の時から、きちんと整備された教育カリキュラムに沿って求められる成果を出す、という勉強の仕方に慣れてきたところがありますが、それでは解決できない複雑な課題が山ほどあるのが、今の地域経済の状況だと思います。
現場で汗を流しながら自ら答えを探すという弟子入り修行には、100%の成功はありません。もしかしたら弟子入り期間中には成果も出ないかもしれません。ですがそこには、人生を変えるきっかけとなる出会いや経験があるかもしれません。そんな不確実性こそが、教科書にはない、弟子入り修行の醍醐味だと思います。
菜央 その通りだと思います。弟子入り文化を広めて、日本の地域、ひいては日本の教育に新しい風を吹かせていきたいですね。今日はどうもありがとうございました。
「地域コーディネーター養成研修」のチーフプロジェクトマネージャー・柿岡明さんと、鈴木菜央編集長の対談、いかがでしたか?
次回は、昨年度の「地域コーナー養成研修」参加者である、茅葺き職人・「屋根晴」西尾晴夫さんへのインタビュー記事をお届けします。弟子入り体験者のリアルな声を、どうぞお楽しみに!
すでに「サービス産業生産性協議会」のウェブサイトでは、今年度の「地域コーディネーター養成研修」の募集が始まっています。応募受付期間は2015年12月21日(月)までです。ご興味を持たれた方はぜひチェックしてみてください。
「地域コーディネーター養成研修」への参加申し込みはこちらから!