「子どもデザイン教室」にはデザイン関連の専門書がずらり。ワクワクする空間です。
親の貧困や病気、虐待が原因で、親と暮らせない子が全国で48,000人いると言われています。そんな子どもたちの存在をご存知でしょうか?
子どもたちの多くは児童養護施設や里親宅などで18歳になるまで過ごします。そして18歳を迎えると、施設や里親宅を出なければなりません。
ちょっとだけ想像してみてください。高校を卒業したばかりという若者が、家族の援助もなく、衣食住のすべてを自力で築いていかなければならない毎日を。そういうとき、人間はどういう力を身につけていればいいのでしょう? そしてこの力は、本当はすべての子どもたちにきっと必要な力です。
親とともに暮らせない子がデザインの力を身につけて、未来を切り拓くことを教える「子どもデザイン教室」。2013年4月にgreenz.jpでご紹介した際には多くの共感を頂きました。
「子どもデザイン教室」代表理事の和田隆博さんは、物質的な支援だけでなく、子どもたちが本当に望んでいる気持ちに寄り添い、ともに歩み続ける方です。そこから見えてくるのは、血縁関係を越えたつながりが育む豊かな社会のあり方でした。
1961年大阪府生まれ。「NPO法人子どもデザイン教室」代表理事。有限会社綿屋デザインファクトリー代表取締役として長年グラフィックデザイナーとして活躍。ある日、親と暮らせない子どもたちの存在を知り、2007年より「子どもデザイン教室」を立ち上げ、デザインを通して学習支援・学資支援・教育支援を展開。現在、里親として2人の子どもを育てながら、大阪市里親会理事も務めている。
子どもがゆるキャラをデザインします。
「子どもデザイン教室」では、施設などで暮らしているかどうか、子どもか大人かに関わらず、デザインやアートを教えています。
「子どもデザイン教室」で4種類のレッスンを実施しています。子どもたちがデザインを学ぶ「子どもデザインレッスン」、コンピュータの基礎と応用を学ぶ「学生デザインレッスン」、お絵かきやコンピュータでゆるキャラをつくる「こどキャラレッスン」、そして、大人が思い思いに創作する「おとなアートレッスン」。
このうち、施設などで暮らす子どもたちが取り組むのが「子どもデザインレッスン」と「こどキャラレッスン」です。
「子どもデザインレッスン」では1年のうち前半は、子どもたちが各自でひとつのキャラクターを考え、商品をつくります。
子どもたちがつくる商品は、ビスケット、クッキー、ポストカード、絵本、人形、ピンバッジ。後半はその商品を実際に販売するまでの方法を考えるところからスタートします。販促のポスターや、PCを使ったCMづくりなど、実に本格的です。
もちろん、商品のパッケージにつける値札なども自分たちでデザインします。年度末には1日だけバザーを開き、その売り上げをみんなで分け合いました。
一方、月に1回開催される「こどキャラレッスン」では、子どもたちがデザインし、企業がキャラクターを採用し、その利益の25%をデザインした子どもの自立資金にする、という取り組みです。残りの利益の75%は「こどキャラレッスン」の費用にします。
写真左、キャラクター「不思議忍者」を採用した下着はアスト株式会社のホームページにて販売中。写真右、宇治産の煎茶「小町特上」は楽天市場にて販売中
前回のgreenz.jpでの掲載以降、こうして子どもたちがデザインしたキャラクターは次々と企業に使用されました。京都にあるイーサポート株式会社は、宇治産の煎茶「小町特上京宇治茶煎茶」のパッケージに子どもたちの絵を採用しています。
もうひとつは、アスト株式会社の高機能パンツ&ショーツ「不思議忍者のアシストグランパンツ」のパッケージに忍者のキャラクターを採用しました。この商品は東京都内と大阪の東急ハンズ計5店舗で販売されました。
商品のパッケージだけでなくお店の看板をつくることも。滋賀県にある「そば処 山久」では、お店のキャラクターとして子どもたちがデザインしたたぬきの「やまぽこさん」を採用、看板にも使っています。こちらはお蕎麦が一杯売れるごとに、デザインを手掛けた子どもの口座に定額が振り込まれる仕組みです。
また、子どもたちが描くイラストは「子どもデザイン教室」を支援する大阪ガスのCSRレポートや広報誌の表紙にも採用されています。
前回greenz.jpで紹介したときは、1人の子がデザインしたキャラクターを採用していましたが「もっとより多くの子どもたちにチャンスを」と、2人以上の複数の子たちのイラストやキャラクターを使用するようになりました。
右上のたぬきが「そば処 山久」さんの看板に採用されました。© children design education
大阪ガスのCSRレポート。子どもたちが描いた絵をPCにとりこんだもの。表紙に採用されました。
こうして社会に認められるほど、子どもたちには自信がつき、レッスンを受ける態度にも大きな変化が見られると言います。
親と暮らせない子どもたちには、自尊感情が低い子が多い。
でも自分のキャラクターがパッケージになって採用され、大手の量販店やインターネットで販売されるようになると、子どもたちはもっと熱心に取り組むし、難しいことを要求しても答えてくれます。
伸びるスピードが加速度的に良くなるんです。
「あきらめへんかったら、失敗にはならへん」
和田さん曰く、「施設などを出た子の退所後10年以下の月収を見ると、約半分の子が15万円以下」とのこと。18歳で施設を出た後、どうやって生活費を稼ぐのかはまさに死活問題。こうしたお金はとても役立ちます。
しかし、和田さんがこのレッスンを通して最も伝えたいのは、お金を得ることよりももっと大事な、子どもたちが生きていくための力をつけること。それは、どんな力なのでしょう?
「子どもデザイン教室」で大切にしているのは、まず自分以外の誰かの気持ちを創造する力。デザインはアートと違って、常に対象となる相手が必要です。
レッスンでは「相手が満足するもの、世の中が良くなるものって、どんなものでしょうか?」と問いかけています。それを考えるのがいわゆる創造力です。この力があれば、もし自分が問題にぶつかっても、解決策だって思い浮かぶだろうと思うんですよね。
たとえばひとつの「ゆるキャラ」をつくるまでには、実に様々なレッスンがあります。
ひとつのキャラクターを考え、名前をつけ、仲間のキャラクターを考え、キャラクターをめぐる物語も考え、下絵を描き、中絵、上絵を描き、仕上げを描く。こうした過程で、子どもたちには自然と創造力がつきます。
またどんな作業もあきらめずに、何度も繰り返すうちに努力する姿勢も備わってきます。
キャラクターを形にしていくのには、上手くいかないことも多い。子どもたちは「嫌だ」って言いだすんですけど。でも「それは失敗ちゃうねん。あかんかったら、もう一回やったらええやん」って言うんです。
子どもたちは「何回も同じことしてる」って文句言うけど、社会に出てもそれが大事ですからね。それって、つまり努力することやなって思うんです。
『デザイン教室』に失敗はない。あきらめへんかったら、失敗したことにはならへんねん」って言ったんです。みんなその言葉がすごく好きなんです。
デザインしたキャラクターを粘土で形にして、ピンバッジをつくります。写真は練習用で、クレイ粘土でつくります。本番はオーブンなどで簡単に陶器のように固まるフィモ粘土で制作します。
そして、もうひとつ和田さんが大事にしているのは対話力。毎回授業の終わりには、レッスンを受けたその日の感想を紙に綴ります。
書き終わったら、その感想をある程度頭の中に入れ、みんなの前で発表するそう。つまり、ちょっとしたプレゼンの練習です。大人でも自分の意見を説明するのが苦手な人も多いなか、継続的に取り組めば大きなコミュニケーション力を養うことになります。
社会的養護が必要な子が18歳をこえてからのことですが、生活保護など受けられるべき公的なサポートを受けられてないケースがあるんです。
「私困っているんです」って誰かに言ってみる、それが大事ちゃうんかなと思うんです。
まさに生きるための力を育むデザインのレッスン。こうした取り組みが評価されて、2015年の2月には、住友生命社会貢献事業、文部科学省・厚生労働省後援の「未来を強くする子育てプロジェクト」第8回で、未来大賞・文部科学大臣賞を受賞しました。
「10組が選ばれたんですが、まさか自分たちが大賞だとは思いませんでした」と、とても謙虚な和田さん。本当に子どもの未来を強くするには、子どもたちを育てる環境には、もっと色んな形があって良いと言います。
「未来を強くする子育てプロジェクト」第8回授賞式の様子。写真中央が和田さんです。(c)住友生命保険相互会社
家庭的養護と社会的養護という言葉がありますが、それは、まず子どもは家庭で育てる、家庭で育てられなかったら、社会が育てるという考えです。
僕は第3者である“地域型養護”っていうのがあってもいいと思うんです。つまり、僕らみたいにその子どもと全然関係ないものが育てる視点があってもいいんちゃうかなって思うんですよ。
子どもが欲しいのは、ずーっとそばにいてくれる誰か。
和田さんはこれまで「子どもデザイン教室」を通して、まさに地域型養護に取り組んできましたが、更なる夢があります。それは「ファミリーホームを設立する」というもの。
ファミリーホームとは、里親や児童養護施設職員など経験のある養育者が家庭に子どもを迎え入れて養育する家(最大6名まで受け入れ可)。いま全国にあるファミリーホームは218カ所(平成25年10月 家庭福祉課調べ)ですが、将来的には全国で1000カ所の開設を目標にしています。
また育てる子どもの人数が5、6人ということもあり、ファミリーホームでは2名の養育者と補助者が1名以上、もしくは養育者1名と2名以上の補助者が必要になります。
PC操作も学ぶ子どもたち (c)子どもデザイン教室
和田さんは「子どもデザイン教室」を設立した2007年から、「デザインを週に数時間教えるだけでは足りないな」というもどかしさを感じ、ファミリーホームの開設を当初から目標にしてきました。
そこで、ついに2015年の基本計画を「ファミリーホーム設立の計画立案」とし、行政とも話合いを進め、現在はファミリーホームを開く物件さがしの真っ最中とのこと。
ちなみに和田さんが目指しているのは、他とはちょっと違うファミリーホームなのだとか。いったい、どういう点が違うのでしょう?
「子どもデザイン教室」で大事にしていることを生活の中でも実践することも他とは違いますし、何よりもその子の生涯設計を見据えたファミリーホームを目指しているんです。
ファミリーホームでは、措置解除が終わる18歳で施設を出ていかないといけない。特例として、学校に通う場合などは20歳まで措置延長がありますが、僕は20歳になったから縁を切るなんて、できない。せめて22歳、23歳くらいまで一緒に暮らすワンステップがあったらいいなと思うんです。
そして18歳あるいは、20歳になったら、今度はこの子たちが、ファミリーホームのスタッフになって、新たに受け入れる子たちと暮らしを一緒につくっていく。そんなシェアハウスのようなファミリーホームにしたいなと思っています。
最近は「子どもたちから、人間のあるべき姿を教わることのほうが多い」という和田さん。
「昨夜も子どもの勉強をみてたんですけど、こういう時間こそが人間にとって一番大事な時間で、この時間が必要だから人間は働いている。それなのに、自分を振り返ってみると働くことが目的になってしまって、本来大事にすべき家庭を大事にできてなかった」と言います。
そんな和田さんにとって、ファミリーホームは仕事と暮らしをひとつにできる “生業(なりわい)”だとも言います。
思えば核家族という形態は、人間の長い歴史からみれば、ほんの一瞬のこと。人はもっと寄り添いながら、暮らしていくのが自然な姿なのかもしれません。
仕事も暮らしも家も、切り分けるのではなく、ひとつにつなげていく。和田さんのファミリーホームの考えには、これからの生き方のヒントがつまっている気がしました。