「なんもええことあらへん。生まれ変わったらお母さんと一緒に暮らしたい」。
これは親に捨てられた小学4年生の子どものつぶやきです。親と一緒に暮したくても暮らせない子どもたちが、全国に約4万7000人。このうち3万7000人が児童養護施設に措置され、その子どもたちの約43%に虐待や育児放棄の経験があります。さらに、こうした子どもたちは、精神の不安定と愛情の枯渇から、学力と生活力が弱くなりがち、という現状があるのです。
グラフィックデザイナーの和田隆博さん(通称たかさん)は、こうした子どもたちの社会的排除に疑問を持ち、その改善に取り組んでいます。子どもたちが自分で未来を描ける力を、絵本やアニメの創作から身につける「子どもデザイン教室」。そのユニークな学習支援を紹介します。
絵本やアニメづくりで、子どもたちに自信と愛情を。
子どもたちが通う教室の目印
緑あふれる長居公園のとなりの住宅街。その一角にある「子どもデザイン教室」。ここが、たかさんの仕事場です。平日の午後になると事務所に子どもたちが通ってきます。Yちゃんもその1人で、普段は児童養護施設で暮らしています。
今日は絵本づくりの続きです。たかさんは「こうしよう、こっちのほうがいいよ」といったことはほとんど言いません。子どもたちの発想を見守るように「それいいなあ」「次どうする?」といった言葉を時折かけてあげます。
子どもたちを見守る「たかさん」こと、和田さん。
子どもたちには負けます。子どもがさっと引いた線は、僕が打算的に引いた線よりもずっと素晴らしいから(笑)。僕のセンスに寄せるようなことはしないんです。この教室は技術的な意味で、上手に絵が描けるようになる場所じゃなくて、子どもたちの居場所になることが最初の役割だと思っています。
子どもたちのつくる絵本はどれも読んでいてわくわくする物語!
まず1人でここに通ってくることが大事なんです。家庭で親の愛情を受けられずに育っていますから、ここで僕やスタッフと接していくなかで、学校や施設のほかにも世の中に自分の居場所があり、認めてくれる人がいることを感じてくれたらと。そして絵本やアニメをつくることを通じて自信を持ち、自分の得意なことに気づいてもらいたいんです。
その自信が生きる力や、学習する意欲につながっていくといいます。だから、たかさんはものづくりを見守りながら、1人ひとりの「ほめてあげる」ところを探します。ほめることで子どもたちの自信になり、もっとつくりたい、やってみたいという気持ちがわきあがってきます。
その眼差しには、子どもたちの技術を伸ばしてあげようという気持ちとはすこし違う、どちらかといえば、子どもたちの発想に、たかさん自身がわくわくするような気持ちが見て取れました。それは先生と生徒の関係ではなく、子どもと平行な関係性。
ここに通う子どもたちは、親からほめられた経験も少ない。だから、これでいいんだという気持ちを持つこともできない。ほめること=その子を認めてあげることなんです。でもね、実際は子どもたちから教えられることのほうが多いかな(笑)
立体のアニメーションづくり。細かい仕上がりにびっくり!
子どもたちがものづくりを進めるプロセスには、本を読んで調べたり、計算したりする機会がいくつもあり、ものづくりから基本的な学習力を身につけていきます。人に伝える力や、我慢強くやり通す力も身につき、それがやがて自立する力になっていきます。
コンピューターを使って絵やアニメを創作する技術も教えますが、あくまで将来に自立できるための手段のひとつ。デザインの仕事の就職に役立てるためだけではありませんし、どんな仕事に就くにしろコンピューターを扱えることは自信になりますから。
自由に描きほめらることで、子どもたちが自信を取り戻します。
Yちゃんの描いたイラストが、Yちゃんの自立資金になる
児童養護施設の子どもたちにとって自立の妨げになるのは、お金の問題です。児童養護施設入所児童世帯の約50%は年収200万円以下という統計があります。子どもたちは18歳前後で施設を離れなければならず、身寄りもなく、お金も充分に持ち合わせないまま社会にでることになります。自立した生活を送ることが困難になっているのです。しかも、その数は年々増加しているといいます。
こうした経済的な不安を軽減し、永続的に支援するためのアイデアが「子どもデザインビジネス」です。これは、一つの企業が1人の子どもを直接支援できる仕組みです。
たとえば、Yちゃんのイラストは、お好み焼きチェーン店・風の街さんのお好みソースのラベルに採用されました。このお好みソースをお買い上げいただくと1本につき5円が、Yちゃん自身の口座に振り込まれ、将来、児童養護施設を巣立つときの自立支援金として役立てられます。
Yちゃんのイラストがお好みソースとコラボ!
団体など大きな枠組みでの寄付とは別に、もっと直接的に個人を支援できる仕組みをつくりたかったんです。もちろん企業にもしっかりと利益になるように、お互いにとってよい関係のなかで支援できる仕組みとして、商品とイラストとのコラボを提案しました。
このユニークな支援がメディアにも取り上げられたことで、関心を持っていただける企業が増え、他にも数社と商談が進んでいるところだそうです。
ただ、まだまだ商品の売上げ自体は大きくないので、次は僕らが販路まで開拓していきたいと思っています。自分のイラストが商品になれば、それは大きな自信になりますし、経済的には頼るところがない子どもたちがほとんどなので、社会に出るまでに定期的にお金が蓄えられる仕組みをつくってあげたいんです。
子どもたちの支援に協力したい企業が増えています。
実は、たかさんがこの仕組みを思いついたのは、大学の卒業論文の作成がきっかけでした。たかさんは、2012年に大阪市立大学の商学部を卒業。経営学を学ぶなかで生まれたアイデアでした。
いや、子どもたちに教えるようになってから影響されてね(笑)。僕は高校を卒業してからすぐ独立したので、大学に行ってなかったんです。真剣にものづくりを学んでいる子どもたちを見ていたら、自分ももっと勉強したいと思うようなって。それで、大学受験しました。今まで感覚的にやっていたことを、理論立てて勉強したいと思ったんです。広告のマーケティングのことなども改めて学び直しました。
結果的に、大学に入ったことで、こどもデザインビジネスの仕組みを思いついたのですが、何か次やるべきことを、子どもたちから無言で教えられている気がしますね。
いま、日本には全国に約433万社の企業があるそうです。親と暮らせない子どもたちが4万7000人ですから、もし各社が1人、2人の子どもとコラボしてくれれば、全員が自立支援のお金を得ることができます。この取り組みが、その先駆けになれればと思っています。
一人ひとりに愛情が届くファミリーホームをつくりたい
たかさんの次の目標は、小規模住居型児童養護事業(ファミリーホーム)を設立して子どもたちを受け入れること。
4万7000人の子どもたちの受け皿は、児童養護施設と里親だけでは補いきれない状況になっています。それを補完するのがファミリーホームです。制度的に6名までの受け入れと決められていますかから、比較的1人ひとりにきちんと愛情を向けられる規模なんです。
教室に来る子どもたちの中にも、騒ぎたてる子どもがいます。でも、それは「甘えたい」という感情表現なんです。施設では人数が多くなってくると、どうしても自分だけに気持ちを向けさせたいと思わせてしまいます。より少人数で接することができたら、1人ひとりにきちんと愛情が届くようになりますから。
そして、そこで育った子どもたちが、自立して大人になったときに、またファミリーホームをサポートして、自分と同じ境遇の子どもたちを支えてあげてほしいと思っています。
この活動を一緒にサポートしてくれるスタッフも募集しています。
最後に、この教室で学んだ子が、小学校の卒業文集につづった言葉を紹介したいと思います。子どもが自信と希望を取り戻した、心の内が、そのまま伝わってきますね。
〜六年生に近づいたときに教室で思った。(今まで絵本をたくさん描いてきたのだし、今度はまんがを描いてみよう。)と。そうして、まんがを描くことを決意した。〜中略〜「まんが家は、知識がないと書けない。」と。だから私はいろいろと努力をして知識をたくさんもってまんが家になりたい!!絶対になってやる!!まんが家!!(文集より一部抜粋)