子どもたちへ向けられる「危ない、汚い、ダメ、早く」。時間に追われ、周りの目を気にするあまり、つい口にしてしまうそれらの言葉たち。使いたくないとは思っていても口にしてしまって、罪悪感を感じている方も多いかもしれません。
子どもの泣く声に電車で向けられる冷たい視線、禁止事項がたくさんある公園。そういった環境が否応にもそうさせていることは事実です。
しかし、幼少期における周囲の大人との関わりは、人格形成に大きな影響を与えるとも言われています。
では、現実としていま私たちに与えられている環境の中で、子どもたちの意思を尊重するにはどのように、関わっていったらよいのでしょうか。
智頭町は鳥取県の南東部に位置し、林業が盛んです。
舞台は変わって、鳥取県智頭町。ゆったりとした時が流れる森のなかで、子どもたちの可能性を引き出す「森のようちえん」という活動があります。
今回はそのヒントを探りに、東京から高速バスで12時間。さらに電車で1時間の場所を訪れました。
9割が森林の町ではじまった「森のようちえん」
「森のようちえん」は、1950年代、デンマークの1人の母親が「我が子を森で育てたい」と近所の子どもたちを連れて森に通ったのが始まりと言われる保育スタイル。特定の園舎を持たず、活動のフィールドは地域にある山や集落、公園であることが特徴です。
森林が町の約93%を占める智頭町に、森のようちえん「まるたんぼう」があります。どれくらい森が広がっているかというと、東京ドーム4,500個分! と言われても想像がつかないかもしれませんが、その森全体が子どもたちのフィールドなのです。
まるたんぼうの活動エリア
まるたんぼうには園舎がありません。フィールドは町内に点在していて、その日の活動場所は、子どもたちが話し合いで決めることもあります。
そう話してくれたのは、まるたんぼう代表の西村早栄子さん。幼少期を東京都町田市で育ち、結婚後、旦那さんの実家がある鳥取県へ移住しました。
インタビューに応えてくれた西村早栄子さん
まるたんぼうで大事にしていることは、すごくシンプルで「たくましい体」と「しなやかな心」を育むこと。
1年中、暑くても寒くても、雨が降っていても森に通います。自然そのものが遊び道具で、決められたプログラムをこなすのではなく、お散歩が基本なんです。
おとなが管理・設定した人工的な空間ではなく、ある意味過酷な森で毎日過ごすまるたんぼうの子どもたち。
凸凹道もあれば、刺されると痛い虫や触ると痒くなる草もあります。その一方で、四季折々の美しい景色の移ろいや、キノコや動物・昆虫など様々な生き物に出会える場所でもあるのです。
自然という美しくも厳しい環境で過ごすことで、元気な体と簡単にパキンと折れない、しなやかな心を育てたいと思っています。
朝の会の様子
広大な自然を活かした保育には、たくさんの危険も潜んでいます。そこで、大きな怪我や事故がおこらないよう、スタッフや地域の人が森の間伐などフィールドの整備を行っています。
とはいっても、手を加えすぎないのがポイント。あくまで、子どもが危険を察知し、自分から回避できることを大切にしています。
4つの禁句と3つの心得
まるたんぼうで大切にしているのはフィールドだけではありません。保育者の子どもたちとの関わり方にもルールがあるのが特徴です。
まるたんぼうの保育指針に、「危ない、汚い、ダメ、早く」という4つの禁句と「お口にチャック、手は後ろ、耳はダンボに」という3つの心得があります。大人は一歩二歩さがって、子どもたちの主体性を尊重し、見守ることが大切なのです。
あくまで大人の役割は、共感してあげること。見守ると言っても見下すのではなく、「綺麗だね」「痛かったね」と共感したり、「頑張ったね」と承認したり。
「ああしてこうして」と指示を出すのではなく、「やってごらん」と主体的な行動を促す雰囲気がまるたんぼうにはあふれています。
子どもたちは自分たちで遊びやルールをつくります
例えば喧嘩が始まっても、すぐに仲裁に入ることはしません。そうではなく子どもたちの力を信じて、自分たちで解決するのを見守る。
こういう関わり方に、保育士の方もはじめは戸惑うことも多いそうですが、実践を通じて次第に子どもたちとの距離感に慣れ、毎日の会議でその日の出来事を振り返りながら、目の前にいる子どもたちにとって適切な関わり方を探っていきます。
身近な自然が失われる経験
広大なフィールドを活かし、森のようちえんを実践する西村さんですが、幼少期に住んでいた町田市の新興住宅地では、遊び場だったまわりの原っぱには家が建ち、山がどんどん削られ、身近な自然が失われていくのを見ながら育ったそうです。
夕暮れまで遊んだ公園や、走り回った山が開発により削られ、ザリガニを釣った川は埋め立てられました。
自然がなくなることに寂しい思いをしましたが、幼少の頃から父の故郷である高知県に毎年通っていて、大自然の中で遊んだ経験は強烈に楽しい思い出として残っているんです。
身近な自然が失われていく苦い経験。そして当時メディアで騒がれていた環境問題と重なり、自然を守る活動に興味をもった西村さん。
学生時代にはミャンマーの農村へ1年半留学し、貧しく不衛生な環境の中でも元気いっぱいの子どもたちと出会います。そうして少しずつ、「子どもを育てるなら自然のあるところがいいな」と思うようになりました。
その後、結婚して長女を出産するのですが、出産後間もなくは都市部で子育てをするなかで、ある違和感を抱きます。
子育てをして気づいたのは、大人の都合で子どもが閉じ込められていることでした。都会では仕方のないことかもしれませんが、まわりの声や目にビクビクする環境で子どもが育ったら、怖くてなにもできなくなっちゃうんじゃないかなと思いました。
子どもは好奇心の塊ですよね。いろんな体験をしながら学んでいくのに、ここで遊びなさい、これをしなさい、これをしてはいけませんって大人の都合で制限されてしまう。もっと子どもはたくましく、いろんな体験をさせてあげたいなって。
そう考えている時に出会ったのが、『デンマークの子育て・人育ち』という一冊の本。その中で「森のようちえん」を知り、西村さんは探し求めていたものを見つけることができました。
2人の子どもからはじめた活動は、移住の呼び水に
その後、旦那さんの故郷である鳥取県へ引っ越し、西村さんは県の林業職員として働き始めます。しばらくは鳥取市内に住んでいましたが、豊かな自然生活への憧れから、智頭町へと移住することに。
憧れの環境を手に入れた西村さんは、そこでの生活に「やっぱり、自然の中での子育ては素晴らしい!」と確信し、この場所で「森のようちえん」をつくろうと決心したのです。
実際にプロジェクトが動き出したきっかけは、町民から出された優れたアイデアに、町が予算をつける「智頭町100人委員会」で提案したこと。都心部に住む友人からの「こんなところで子育てできたらいいな」という声に後押しされ、2009年、森のようちえん「まるたんぼう」はスタートしました。
町から補助を得てスタートした「まるたんぼう」はその後全国的な反響を呼び、立ち上げから5年で県外からの移住者は15家庭に。移住の呼び水となる活動にまで発展します。
移住者が増えたことで、2園目の「すぎぼっくり」を2013年に開園。立ち上げ当時、毎日通う子はたった2人でしたが、現在は、約50人の子どもたちが智頭町の森のようちえんで育っています。
森で活動中の西村さんと子どもたち
まるたんぼうが大切にしている、もう一つのこと
順調に活動を広げるまるたんぼうですが、町全体をフィールドにするからこそ、「地域の人との関わりは欠かせない」と西村さんは言います。
子どもたちは、森だけでなく、人との関わりから相手を思いやる気持ちや知恵を学びます。地域のお年寄りやものづくりをしている方から、餅つきや藍染めについて学んだり。地域での関わりを通して、子どもたちに知恵と楽しさを伝承していけたらと思っています。
特に東日本大震災以降、移住や地方での暮らしがクローズアップされていますが、移住者と地域の人との軋轢はよく耳にします。
両者との良好な関係性を育むために、まるたんぼうでは「相手を知り、自分たちを知ってもらうこと」を大切にしているようです。
どの地域でも、子育て世帯は比較的受け入れてもらいやすいと思います。それだけ子どもの秘めているパワーってすごいですよね。
とはいえ、日々の生活の中で自分の子どもは見て欲しいけど、私はあなたたちに何もしません、というのは都合のいい話。まず私たちから地域のことを知り、自分たちは「こんなことしてるんです」と活動を知ってもらうことが大切だと思います。
例えば、園で餅つきをする時にご近所のおばちゃんたちをお招きして、つくった餅を、ご近所さんに届けに行ったり。
地域のお年寄りに餅つきを教わる様子
相手に自分たちを知ってもらうことから交流が生まれ、顔見知りの人が増え、そうして次第に見守る関係性ができていく。「遠回りで時間もかかるけど、それが自然な形」と西村さんは言います。
もうひとつ、地域との関係をつくる上で、保護者同士の関わりも大切なポイント。まるたんぼうでは週1回保育体験という日を設け、保護者全員にローテーションで保育体験をしてもらいます。
一緒に森をお散歩し、終わった後は、スタッフと保護者で互いに感想を言い合う。また、絵本の読み聞かせや得意を活かして釣りの企画をしてもらうことも。
それは、森のようちえんを体で感じ理解してもらうことと、地域の様々な場所に足を運ぶことで、地域にも目を向けて欲しいという思いからだそう。
保護者全員が保育体験を行い、それぞれが「得意」を活かして関わります
地域の人たちに見守られ、まち全体で子どもを育む「まるたんぼう」ですが、「課題もあるんです」と西村さんは続けます。
人数が増え、大勢で押しかけると迷惑になりそうで。人数が少なく動きやすかった初めと比べると、地域とのつながりが薄くなってしまい、ちょっと残念に思っています。
なので、2013年に立ち上げた「すぎぼっくり」は敢えて少人数にして、一緒に布ぞうりを編んだり集落をお散歩するなど、地域の人たちとの関わりを積極的に行っています。
自然を感じるアンテナの感度をあげてみる
ここまでの話を読んで、「自分もこんな環境で子どもを育てたい!」と思った方もいるかもしれません。とはいえ、まだまだ移住は誰もができる選択ではありません。
田舎ならではの活動に思える「森のようちえん」は、そこに行かなければできないものなのでしょうか。
ここで西村さんは、環境はひとつの要素でしかなく、「何より大切なのは、大人の「見守る」という関わり方」と強調します。
私たちは広大な森、町を園舎に見立ててダイナミックにやっていますが、別にそうである必要はないんです。
どんな小さな公園でも四季のうつろいがあって、花だって咲いています。大人にとって小さく見える自然でも、子どもたちはたくさんの「なんでだろう?」に出会い、環境の変化を感じ取ることができます。
子どもたちは、私たちが気づかない変化を感じ取ります
そこではできるだけ、「危ない、汚い、ダメ、早く」を使わないように努力してほしい。大人が見守る姿勢をすれば、子どもの興味や「あ、こんなこともできるんだ」という成長に気づくことができる。
すると、「見守られている」という安心感と、「自分の力でできる」という自信が育まれていくんです。
都会には自然はないと言われますが、大人の自然を感じるアンテナの感度が下がっているだけで、「子どもたちの自然を感じるアンテナは鋭い」と西村さん。近所の公園にだって、見方を変えれば、たくさんの「なんで?」や「不思議!」にあふれているのです。
ゆりかごから巣立ちまで
西村さんが今後取り組みたいと考えているのは、出産から18歳までの一貫した取り組みです。
卒園後も子どもたちの自主性や主体性を尊重した教育を提供したい。その思いから始まったのが、カリキュラムも先生もテストもない学校として注目されている「サドベリースクール」。
一日の過ごし方や学校のルールづくり、先生の採用・罷免まで、すべて子どもを中心とした話し合いで決まります。まずは週末型で始め、来年からは平日5日間にする予定なのだとか。
それと平行して、新鮮な空気と食べ物、のんびりとした空間で長期滞在できる助産院も計画中です。
日本では産後5日間で退院するのが一般的ですが、核家族化によって家族のサポートも得づらい状況です。
設備とサポートが整っている産院から慌ただしい日常に戻るため、出産で弱った心身を回復させる時間がありません。そこで長期滞在施設を併設した助産院をつくり、都会の人や里帰りする里がない人に産みに来て欲しいなと思っています。
幼少期だけでなく、出産、そして大人になるまで、子どもたちの力を「信じて見守る」こと。保育者、保護者、そして地域の人たち。たくさんの見守る目が、地域の未来を育んでいます。
週1回でも、月に1回でも。「危ない、汚い、ダメ、早く」の4つの禁句を胸にしまって、近くの公園にでかけてみてはいかがでしょうか。きっと昨日まで見えなかった、新しい発見があるかもしれません。
(Text: 藤吉航介)