パレルモ名物の大人気オリジナルメニュー「アラビアンライス」。
外国の料理をきっかけに、その国の文化や歴史背景に興味を持つことはありませんか?
たとえば、ベトナム料理を通じて、ベトナムがフランスの占領下にあったことを改めて認識したり、イタリアのナポリピザをきっかけにナポリの街に興味が湧いて旅行を計画したり…。
ただ、私たちがふだんよく食べる外国の料理は、ヨーロッパやアジアの一部など、限られた国のものがほとんど。他にもたくさんある世界中の国々では、どんな背景のもとにどんな食文化があるのか、気になりませんか?
神戸市・岡本にあるレストラン「世界のごちそうパレルモ(以下、パレルモ)」のオーナーシェフ・本山尚義さんは、世界30ヶ国を旅した人。お店で出されているさまざまな国の料理は、すべて本山さんが旅をしながら現地の人たちから学んできたものなのです。
本山さんが世界各国のメニューを提供するのは、「世界中の料理を通じて、その裏側にある歴史的・宗教的な背景、貧困・差別などの社会問題を知り、今この時間に同じ地球上で起きていることとして受け入れてもらいたい」という思いがあってのこと。
ただ単に、世界中の料理を提供するだけでなく、お客さんに料理を通して世界に目を向けてもらうための工夫を凝らしたイベントやメニュー開発が行われ、注目を集めています。
なぜ、本山さんは世界中を旅して料理を学んだのでしょうか? そして、どうして「料理を通して世界に目を向けてほしい」という思いを持つようになったのでしょうか。
神戸市東灘区にあるレストラン「世界のごちそうパレルモ」オーナーシェフ。
フランス料理を7年間修行後、世界30ヶ国(アジア、西ヨーロッパ、北アメリカ、中近東)を味修行した経験から、様々な国のスパイスやハーブ料理を日本人テイストにアレンジし提供している。
好きな言葉は、『愛の反対は憎しみではなく無関心である』(マザーテレサ)。
フランス料理の料理人が、世界中の料理を学ぶ旅に。
19歳から京都府や愛知県などのフランス料理店で修行をし、いつかは自分のフレンチレストランを持つことを目標にしていた本山さん。ところがある時、お店の常連さんに誘われインドへ訪れ、スパイスを巧みに使ったインドの料理にすっかり魅了されました。
帰国後は愛知県岡崎市のインド料理屋の料理人に転身。その後も「もっといろんな国の料理を知りたい」という思いのままに、世界中のいろんな国を旅しては現地で料理を教えてもらっていたそうです。
インドにて料理修行中の本山さん。
アジアやヨーロッパの合計30ヶ国を旅して料理を学ぶ中で、本山さんは同じ地球上のあらゆる現実を目の当たりにしました。
アジア各国では、ベトナム料理とフランス、インドネシア料理とオランダ、というように、植民地時代の支配国の影響がはっきりと残る料理に出会ったり、バングラデシュやインドなどのスラム街で生活する貧しい人たちと接し、「同じ世界にこんな人たちがいるのか」と衝撃を受けたりしました。
フランスでは、一定の民族やアジア人への差別がひどく、本山さん自身も、料理を教わろうと市場へ出かけたら「出て行け」と拒まれたことがあったのだそうです。
こうした経験から、本山さんは、「日本の人たちに、料理を通して世界中の貧困や社会問題などを紹介し、何かを感じ取ってもらいたい」と考えるようになりました。
195カ国の料理を2年間かけて提供する「世界のごちそうアースマラソン」
15年前に最後の旅を終えてからは、神戸市内の無国籍料理店でシェフとして働いたのち、1999年に「世界のごちそう道厨房(現在は閉店)」を神戸市北区にオープン。2004年には本山さんの地元である東灘区に世界のごちそうシリーズの2号店として現在のパレルモをオープンしました。
「道厨房」ではアジア料理、パレルモではヨーロッパ料理が中心で、どちらのお店でも、本山さんが世界各地で学んできた料理をできる限り現地に近い味で提供することをコンセプトにしていました。
やがてパレルモ一店舗のみで世界中の料理を提供するようになってからも、本山さんは「料理だけでなく、その裏にあるものを伝えたい」という思いをずっと抱き続けます。
その思いが形になったのが、2010年から2年間かけて行われた「世界のごちそうアースマラソン」。世界地図を一筆描きでたどりながら、全195ヶ国すべての料理を提供し続けるという企画です。
飲食店が「平和」なんて言葉を打ち出すと、宗教色が出てお客さんに引かれてしまうかもしれないという不安があり、思いはあってもなかなか行動できませんでした。
けれど「ただおいしい料理というだけでなく、その向こう側を伝えたい」という思いがずっとあって、「何かチャンスがないだろうか」と考え、思いついたのがこの企画です。
「世界のごちそうアースマラソン」のメニューでは、各国のさまざまな背景を紹介していました。
「世界のごちそうアースマラソン」は、2週間ごとに4ヶ国分の料理を提供。2年間で49通りも行うというハードなものでした。
メニューには、料理の説明と一緒にその国の歴史や宗教、いま起きている社会問題なども併記。さらには、シェフ自らが口頭で説明することで、各国の現実を知り、興味を持つきっかけになるのでは、と本山さんは考えたのです。
この企画には約3000人が参加。なんと全195ヶ国を制覇した人が33人もいたのだそうです。
行ったことのない国の料理を教えてもらうために、関西在住の外国人をインターネットで探したり、外国人の集まる文化センターを訪ねたり、大使館に紹介してもらったりもしました。
取材に時間がかかるうえ、珍しい食材の調達が急に困難になり予定を変更することもありました。大変でしたが、全195ヶ国を制覇しようとしてくれるお客さんがいたから頑張れたのだと思います。
このイベントを通じ全地球の料理をつくれるようになったのは大きな自信になりました。
「世界のごちそうアースマラソン」は話題になり、テレビや新聞の取材でも取り上げられました。南あわじ市の小学校からは講演の依頼も舞い込み、「世界の食を通じて差別などの問題をどうなくしていくか」を子どもたちに考えてもらうきっかけをつくりました。
この頃から、パレルモは「世界の料理を通じて世界のことを知ってもらう」レストランとして、多くの取り組みに携わるようになったのです。
難民や飢餓の問題を知り、寄付もできる支援メニュー
「世界のごちそうアースマラソン」を終えて、次は何をしようかと考えていた本山さんのところに、「TABLE FOR TWO」(以下、TFT)から声がかかりました。TFTは、発展途上国の飢餓と先進国の肥満の同時解決を目指すNPO法人。
「TABLE FOR TWOプログラム」に参加するレストランで「TABLE FOR TWOヘルシーメニュー」をオーダーすると、1食につき20円が寄付されます。20円は、アフリカの子どもたちの給食一食分の値段。先進国でヘルシーな食事が食べられると、アフリカの子どもに給食が届くという仕組みです。
2012年に誕生したパレルモのTFTヘルシーメニューは、ウガンダの料理「白身魚のピーナッツスープ」。料理を食べることを通じて世界の問題を知り、その解決に貢献してもらうメニューになりました。
TFTヘルシーメニューとなった、ウガンダの料理「白身魚のピーナッツスープ」。
さらに翌年、パレルモのアルバイトの紹介で関西学院大学の「難民の日」にちなんだ学食のイベントに参加。日本に住む難民が提供したそれぞれの祖国の味のレシピを掲載する本『海を渡った故郷の味〜Flavours Without Borders(難民支援協会)』に出会いました。
「まさに自分が料理を通じて伝えられることやな」と思い、すぐに本を買って難民支援協会に「僕も何かしたいです」と電話をしたんです。
難民支援協会としても、本にちなんだ企画はまだ大学の学食でしかできておらず、レストランまでは手が回っていなかったようで「いずれは…」というお返事でした。ならば承諾だけもらってこちらで進めようと思い、「すぐにやらせてください」とお願いをしたんです。
レシピは本から選ぶということと、寄付金を納めるということをお約束し、「難民メニュー」をスタートさせました。
パレルモ店頭での「難民メニュー」と「TFTヘルシーメニュー」の紹介
最初のメニューは、関西学院大学のイベントを主催した学生の出身国・ミャンマーの「チェッタアールヒン」というジャガイモと鶏肉のカレー。次いで、バングラデシュのエッグカレーが加わりました。難民メニューは、TFTヘルシーメニューと同様、1食につき20円が難民支援協会に寄付される仕組みです。
最初の難民メニュー、ミャンマーの「チェッタアールヒン」(じゃがいもと鶏肉のカレー)
難民メニューに加わった、バングラデシュのエッグカレー。
「難民メニュー」によって期待されるのは、お客さんに難民問題に関心を持ってもらったり、寄付金が集まったりすることだけではありません。
レシピを提供した難民の人にとっては、自分の国に残る大切な人たちを守ることにつながります。しかし、当初の寄付金額は月にわずか1000円ほど。どうにかしてもっと売り上げを伸ばせないかと考えているとチャンスが訪れました。
知り合いの発行する雑誌が資金難になり、国立民族学博物館に置いてもらえないかと一緒に売り込みに行ったんです。すると、博物館の方に「あなたは売るものはないの?」と聞かれて。
「ここでうちのメニューを売ったら、支援の裾野が広がるかもしれない」と考え、レトルトにすることを思いつきました。
愛知県・リトルワールドでの「世界のごちそう博物館レトルトシリーズ」の売り場
こうして生まれたのが「世界のごちそう博物館レトルトシリーズ」(各650円)。パレルモの人気メニューをレトルトパックにしたもので、現在では難民支援メニューとTFTヘルシーメニューを含む全14種類をラインナップ。
国立民族学博物館だけでなく、大阪大学や関西学院大学、大阪市立大学など関西エリアの大学、愛知県のリトルワールドなどで販売されています。
レトルト販売が功を奏し、寄付金額も以前と比べてうんと増加。そして何より、お客さんがこれをきっかけに世界の問題を感じ取ってくれるようになりました。
日本にも祖国を逃れてきた難民がいるなんて、ほとんどの人が知らないんです。「難民メニュー」を通して、日本にも難民問題があるということを知ってもらうことができました。
実際、このメニューがきっかけで支援を始めたお客さんもいます。TFTに関しても、世界の子どもたちの肥満と飢餓の数が同じだなんてことは知られていません。両方とも、こういった問題を知るきっかけを与えることができたのが大きな成果だと思います。
2014年の関西学院大学「難民の日」イベントでは、本山さんが学食スタッフのみなさんに調理アドバイスを行いました。
今後も目が離せない、パレルモの新たな取り組み
現在は、来年1月に迎える阪神・淡路大震災20年へ向け、アートディレクター・水谷孝次さんの手がける「MERRY PROJECT」とのコラボレーションメニュー「メリースープ」の開発を進めています。こちらも1食につき20円がMERRY PROJECTに寄付される予定です。
実は、パレルモの店内には、MERRY PROJECTの子どもたちのメッセージつき写真がたくさん飾られています。この写真が飾られたのは、ちょうど「世界のごちそうアースマラソン」が始まる一ヶ月前。「世界の料理と世界の子供たちの笑顔」というコラボレーションで、今回は2回目の実施となります。
店内の壁には、「MERRY PROJECT」の世界の子どもたちのメッセージ付き写真が飾られています。
今は日本で世界の料理を提供していますが、最終的には自分が世界に足を運んで自分と同じ立場のシェフたちと一緒に、「平和」についてのメッセージを料理を通して世界から発信したいです。
やりたいことが定まった今、世界中を旅して料理人たちと話をした自分だからこそできることをしたいですね。
ますますアクティブになるレストランとして注目と期待の集まる中、本山さんの目標は世界中のシェフたちと世界から料理を通して「平和」を発信すること。
本山さんが世界各国をまわっていた時よりも国際情勢に不安を感じる今だからこそ、実現すれば世界を動かす力になるかもしれません。
世界各国の「ごちそう」を楽しみながら、その国々で今起きていることを知り、考え、同じ世界に生きる人として手をさしのべたくなる、そんなレストラン「パレルモ」へ行き、あなたの今やるべきことを考えてみませんか。
(Text: 村崎恭子)