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“人権を侵害される苦しみ”への想像力を。「HUMAN RIGHTS WATCH」吉岡利代さんに聞く「”人を守る活動”に大切なこと」

HRW charity dinner 2013

特集「a Piece of Social Innovation」は、日本中の”ソーシャルイノベーションのカケラたち”をご紹介するNPO法人ミラツクとの共同企画です。

みなさんは「人権」というと、どんなイメージを持ちますか?

いま、日本で暮らしていて人権という言葉を口にする機会は少ないかもしれません。けれども「人権」は、日本の憲法でも三大原則に数えられるくらい、必ず守られなくてはならない大切な権利です。

HUMAN RIGHTS WATCH」は、世界中で人権を守る活動をしている国際NGO。1978年の設立から30年以上にわたって、子どもや女性、障がい者やLGBTの権利、表現や報道の自由など、さまざまな人権にまつわる活動を世界約90ヶ国で行なっています。ニューヨークに本部を置き、東京事務所は2009年に開設されました。

今回お話を聞いたのは、HUMAN RIGHTS WATCHの東京事務所で働く吉岡利代さんです。吉岡さんの話を通して、人権のことについて少し考えてみませんか?
 
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今年5月に、社会的養護報告書を発表した際の記者会見の様子。メディアを通して、人権問題を世の中に広く知らせることもHUMAN RIGHTS WATCHの役割のひとつ

世界中のすべての人の人権のために

世界のどこかで人権侵害があれば、それが誰が侵したものであっても、人権侵害の状況を調査して、それがなくなるように政府や国連に働きかけるんです。

吉岡さんは、HUMAN RIGHTS WATCHの活動について、そう説明してくれました。読者の中には、HUMAN RIGHTS WATCHが人権侵害に苦しんでいる人たちを直接助けていると思っていた人もいるかもしれません。けれども、実際は別のアプローチもとっています。

私たちが一番強みにしているのは、現地調査です。例えばシリアのような深刻なケースでは特に、政府が国内で起きていることを国外に見せたがらないんですね。メディアもシャットアウトされ、国連すら入れなくなります。

そうすると私たちはシリアで本当に何が起きているか知るすべがなくなってしまいます。シリア国内で人権侵害に遭い苦しんでいる人たちの存在は忘れ去られ、まるで存在しないものとされてしまうのです。

HUMAN RIGHTS WATCHの調査員は、ビザの有無に関わらず、国境を越えて入っていきます。そして一軒一軒家を回って、昨日どういう爆撃があったのかを調査し、さらに爆撃であいた穴や弾丸の写真までも写真に収めていくのです。
 
AnnaNeistant_Kyrgyzstan2
HUMAN RIGHTS WATCHの調査員による現地調査の様子

その写真をHUMAN RIGHTS WATCHの武器の専門家が見て、例えばこれは旧ソビエト製だから政府側のものだ、つまり昨日行われた爆撃は政府側によるものだったということを明らかにして、プレスリリースなどにまとめて世の中に発表するんです。

命までをもかけたような、気が遠くなるほどの丁寧な調査から得られた事実が、人権侵害で苦しむ人びとを救うのです。そのような調査を、世界90カ国でおこなっています。

「けれども、事実を世の中に発表しただけで、人権侵害が止まるの?」と疑問に思われる人もいるはずです。具体的な例を挙げて、教えてもらいました。

HUMAN RIGHTS WATCHでは、カザフスタンにあるたばこ農園でたくさんの子どもたちが働かされている事実を突き詰めました。そこでたばこ会社に、児童労働を使って収穫しているたばこ農園からはたばこを買わないように働きかけ、その結果、児童労働をなくすため一歩前進しました。

このケースでは、たばこ会社が提携する農園で児童労働が行われていることをしっかりと知らなかったこともあって、事実を知らせることが改善につながったそうです。

もし児童労働が行われていると知った上でたばこを買っていた場合は、メディアに訴えて、消費者に知らせることも企業への大きなプレッシャーとなります。

たとえば、同じものを買うなら、児童労働に荷担していない企業の製品を購入する、そんな私たち消費者ひとりひとりの選択が、世界から人権侵害をなくす一歩につながるのです。

日本でも人権侵害は起きている

HUMAN RIGHTS WATCHは、日本でも活動をおこなっています。今年5月には、親と一緒に暮らせない子どもについての報告書を出しました。
 

この映像を見ればわかりますが、日本では約4万人もの子どもたちが親と一緒に暮らすことができず、その多くが児童養護施設で暮らしているのです。

諸外国では、このような子どもたちは里親や養親のもとで育つのが一般的で、家庭的な環境で暮らすことが子どもにとって最善の利益だと国際的にも言われているにもかかわらず、日本ではそれができずにいます。

里親登録をされている方はたくさんいるんですが、里親と子どものマッチングは簡単ではなく、預けた後のフォローも必要です。児童相談所の方はあまりに忙しすぎて、そこまでするのは現状では難しいことが多いんですね。

決して児童養護施設が悪いところであるわけではありません。実際、施設の方は本当に頑張っていらっしゃるそうです。

でも、人手が足りないんですね。3歳になるまでの子どもたちがいる乳児院では、本当にかわいそうなんですけど、ベッドなどにくくりつけたほ乳瓶を赤ちゃんにくわえさせて飲ませなければならないようなこともあるんです。

泣いている赤ちゃんがあやしてもらえないのは、それ自体が虐待だと、吉岡さんは言います。親の手で虐待されて、保護された後でも虐待されているのが、今の日本の現状なのです。

吉岡さんは、日本の政治家へ働きかけ、厚生労働省などとかけあって、この問題に取り組んでいきます。

人権問題にたずさわるきっかけ

現在、情熱を持って人権問題に取り組む吉岡さんですが、子どもの頃から、世界をよくすることに関心を持っていました。そのきっかけは、小学生のときにテレビで見たルワンダ難民の光景。

テレビの向こうではすごく大変そうなことが起きているのに、日本はなんて平和なんだろうって、子どもながらに疑問に思って、何かできることはないかなって。それができるのは国連みたいなところかなと思ったんです。

そこで、将来は国連で働きたいという夢を持った吉岡さん。高校生のときに家族の関係でアメリカに住むことになり、高校、大学とアメリカで過ごします。開発協力などを学び、国連で途上国の問題を解決したいと思っていたときに、ひとつの気づきがあったそう。

アメリカにいたからこそ、日本でできることがいっぱいあるということに気づいたんですね。

日本はいろいろな国に海外援助をしている国です。その中には人権問題がまだたくさんおきている国もあります。お金だけではなく、人権問題について声もあげる、そういう日本経由の国際協力というアプローチがあることに、大学生の吉岡さんは気づきました。

大学卒業後、吉岡さんは視野を広げるために金融の仕事に就き、2年間ほど働いた後、「UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)」で働きます。

そのときの上司から、HUMAN RIGHTS WATCHの日本のオフィスが立ち上げられることを聞き、手伝うことになりました。2009年の春のことです。それから5年間、忙しい毎日を過ごしてきました。
 
UNHCR intern 2008
UNHCR時代の吉岡さん(左側)

今、吉岡さんは調査の結果を日本政府に伝えるなど、政策提言の分野を担当しています。

外務省に行ったり、国会議員に会いに行ったり。メールや手紙や電話でも、こういう問題があるので取り上げてくださいと訴えるんです。アクティヴィスト(活動家)ですよね。

アクティヴィストという言葉からは、何だか怖そうな印象を受けるかもしれません。けれども、吉岡さんは強さを内に秘めた、とても明るい女性です。

吉岡さんを人権問題へと駆り立てているものは、人権侵害に遭っている「当事者の声」と「仲間の存在」と「怒り」だと言います。

当事者の方とのふれあいや、世界中に400人いるHUMAN RIGHTS WATCHのスタッフをはじめ、ローカルなNGOのパートナーや現地のアクティヴィストなど、一緒に活動している仲間が彼女を支えています。
 
With HRW colleagues in NY
左から、吉岡さん、在バンコク・在ニューヨーク・在インドの同僚と、2013年にニューヨークで行われた会議の際に

そして、「事実を知ってしまうと、何もしないわけにはいられない」と、吉岡さんは言います。

シリアで、どうして子どもが爆撃の対象になっているのか、わけがわからないですよね。怒りなのかな。やんなくちゃっていう気持ちが、沸き上がってくるんです。

吉岡さんの、人間としてのとても熱い部分をかいま見た気がしました。

知ることから始めよう

たばこ農園で働く子どもたちも、日本の養護施設で暮らす子どもたちも、シリアで爆撃を受ける子どもたちも、自分たちにつながっている問題として感じるのは難しいかもしれません。吉岡さんもそれは「私たちの最大のテーマ」と言います。

やっぱり知ることですよね。例えば、日本では女性の社会進出が盛り上がってきてますけど、マララちゃん(パキスタンの少女。女の子の教育の権利を求めて立ち上がり、タリバンから銃撃を受けた。一昨年のノーベル平和賞候補)みたいな世界の女性のことにも、ちょっと目を向けてもらいたいんですね。

女の子だから学校にもいけないという国もあるんだ、ということをまず知っていただきたいんです。

日本は、世界的に見て、人権意識が低いと言われています。人権侵害を身近な、自分にも関係のある問題として捉えている人は少ない気がします。

活動していてつらいなと思うのは、無関心と言うか、臭いものには蓋をっていう考えが日本にはまだあるように感じてしまうことです。

ヘイトスピーチの問題や養護施設にいる子どもの問題などを、見たくない、聞こえなかったふりをするのではなくて、想像力を働かせてほしいんですね。

吉岡さんは、人権をどう日本に根付かせていくかをライフワークとして取り組んでいきたいといいます。

自分の権利に気づいて一歩を踏み出す人や、そういうことを応援する人がもっと増えるように、日本風に関わっていきたいですね。それがどういう形なのかはまだまだ模索中なんですけど。人を守る活動をずっと続けていきたいです。

HUMAN RIGHTS WATCHでも、人権をいろいろな見せ方をする取り組みとして、「HUMAN RIGHTS FILM FESTIVAL」を開催したり、アートを通して人権を考えるイベントやワークショップ形式のセミナーを行ったりしています。

もっと簡単な方法のひとつとして、吉岡さんが提案してくれたのは、「HUMAN RIGHTS WATCHのFacebookTwitterをフォローしてください」ということ。いいね! ひとつから始めるだけで、たくさんの幅広い分野を抱えた人権問題の中から、ほんの少し引っかかることが見つかるかもしれません。