みなさんの住む地域に今、”街の小さな映画館”はいくつ残っていますか?
どちらかというと、旧来の単館映画館やミニシアターよりも、たくさんの映画を複数のスクリーンで一度に上映するシネマ・コンプレックス(シネコン)を目にする機会の方が多いでしょうか。
かつての街の小さな映画館は、その街のランドマークであると同時に、街の人々が集うコミュニティの場でした。さらには、「自分の作品をここで見て欲しい!」と思えるような場所として、映画づくりをする人たちを勇気づけることもあったかもしれません。
しかし今、全国の街からそんな小さな映画館がひっそりと姿を消していっています。
神奈川県・藤沢市でスタートした「シネコヤ」は、そのような状況を変えようとするプロジェクト。「街の映画館をもう一度つくりたい!」という思いのもとに、さまざまな活動を展開しています。
今、街の小さな映画館が消えている。
かつて、藤沢には「藤沢オデオン」「フジサワ中央」という、長らく市民に愛されてきた映画館がありました。しかし、近隣にシネコンが次々と進出。2007年には「藤沢オデオン」が、2010年「フジサワ中央」が閉館に追い込まれました。
そんななか、「シネコヤ」は「NPO法人湘南市民メディアネットワーク」の1プロジェクトとして2007年にスタート。街の映画館づくりに取り組みはじめました。
当初は“自主上映”というスタイルで、図書館での無料上映会や街のギャラリーとコラボ上映など、藤沢の各所で映画上映会を展開してきました。
藤沢にある「蔵まえギャラリー」にて上映会
無声映画に生バンドが音楽を添える上映の風景
シネコヤ代表の竹中翔子さんは、藤沢に生まれ育ち、現在も藤沢暮らしを継続中。立ち上げのきっかけや思いについてこう話します。
もともと映画の制作側になりたくて、大学で映像を学んでいました。同時に「フジサワ中央」でアルバイトもしていて、藤沢の”街の映画館”には思い入れが深かったんだと思います。2007年の「藤沢オデオン」閉館は、街にも人にも、とても寂しい出来事だったので今でも忘れられません。
「シネコヤ」代表の竹中翔子さん。
映像を学ぶ一方で、藤沢だけでなく全国各地で街の映画館が次々と閉館していく状況に、竹中さんは違和感を感じたといいます。
そもそも映画というひとつの芸術作品を鑑賞するのに、日本中どこに行っても同じ建物、同じつくりの上映スペースになってしまっていることに違和感を感じました。
かつて映画館は地域の人が集う、コミュニティの場でした。そこには映画を鑑賞する以上の意味があったように思うんです。そんな映画館が減っているのであれば、まずは場づくりをする方へと気持ちがシフトしていったんです。
「藤沢オデオン」が閉館した年、映画館をつくりたいという思いのもと、竹中さんは「シネコヤ」の企画を「NPO湘南市民メディアネットワーク」に持ち込みました。
そして、さまざまな上映会を行ううちに「シネコヤ」のあり方、「藤沢の街の映画館」のビジョンが明確になっていきました。
藤沢の魅力あるコンテンツが同居する「シネコヤ」
”シネ=シネマ” ”コヤ=小屋・寺子屋”
シネコヤのパンフレットの表紙に描かれている藤沢という、”街の映画館”シネコヤの未来完成予想図
「シネコヤ」とは、”シネ=シネマ” ”コヤ=小屋・寺子屋”。竹中さんはこの名前について、「シネコヤが街と人をつなぐ場になって欲しい」という想いを込めたと話してくれました。
シネコヤの目標は、藤沢にかつてあった”街の映画館”という建物を実際につくること。そのうえで、地域と人がつながるコミュニティであることを大事にしたいと考えています。
入り口にお花屋さんがあったり、ロビーにカフェがあったり、本屋さんがあったり。どのコンテンツを目的にして足を運んでもよい場が、シネコヤなのかなと。
映画館のコンテンツの部分を地元のお店や人たちとつくっていくことが、地域とつながりみんなでつくる”街の映画館”の実現になるのではと思っています。
現在、シネコヤは地域に寄り添った建物としての映画館づくりを更に視野に入れて、主に「隠れ家シネマ」と「鵠沼シネマ」のふたつの定期上映に取り組んでいます。
隠れ家シネマ
藤沢市鵠沼の住宅街にひっそりと佇むコミュニティースペース、「IVY HOUSE」で年4回開催しているのが「隠れ家シネマ」です。
藤沢市鵠沼のどこかにあるIVY HOUSE
こちらは毎回、上映する映画のテーマに合わせたスペシャルな「なにか」を楽しめる企画です。
たとえば、今年6月の「隠れ家シネマ」では『マーサの幸せレシピ』を上映し、藤沢の名店イタリアンシェフの料理教室と食事をコラボレーション。シェフの料理教室後、でき上がったお料理を食べながら映画を見るという企画で開催しました。
藤沢イタリアンの名店「ラ・バレーナ」のオーナーシェフ三田村倫宗氏による料理教室の風景
でき上がった料理をラグに広げ、カジュアルに映画を楽しむ「隠れ家シネマ」
また、劇中でキーフードとなっているニョッキを、鵠沼薬膳総菜のお店和「niko」がケータリング。
地元でお店や活動をしている人たちと一緒に映画館をつくりたいという、シネコヤのコンセプトに基づいたひとつの仕掛けになっています。
鵠沼シネマ
鵠沼の洋菓子店「スワン洋菓子店」の鵠沼ポテト
こちらは月に2度、名画の上映と同時に鵠沼ゆかりの「食」で展開する企画。
鵠沼のコーヒー店「香房」の鵠沼海岸ブレンドコーヒーや、「スワン洋菓子店」の鵠沼ポテトなど、鵠沼ならではの「食」を名画と共に味わうことができます。
キーワードを“鵠沼”に絞り込むことで、地域の中により溶け込んだ企画になっています。
毎月第3金曜日11:00の回は、ベビー連れでも参加可能。育児中で映画を見る機会の少ない地域のママたちに寄り添う
また、今年からは「シネマの友」という“協賛”の仕組みづくりにも挑戦。プレミアム感のあるリターンを盛り込むことで、誰もが藤沢という街の映画館づくりに楽しみながら関われるひとつの方法を提案しています。
藤沢の街から消えてしまった“街の映画館”をもう一度つくりたい
「街の映画館が消えていく」という状況は、藤沢だけでなく全国各地で起きていることです。
竹中さんはシネコヤの活動を通じて、どんな地域でも真似ができる「街の映画館づくりのモデルケースをつくりたい」と言います。
「映画館をつくる」というとなにか大変なことのようですが、「カフェをつくる」くらいのスタンスで街の映画館をつくるモデルケースを提案していきたいです。
そうでなければ、日本中にある小さな映画館の問題は解決できないんじゃないかなと思うんです。そのためには、その地域の魅力を生かした”コンテンツ”で勝負することが鍵かなと考えています。
シネコヤの活動には、藤沢のお店やアーティストたちの多くが関わっています。その姿は、かつて藤沢という街が映画館を失ってしまったことを嘆くのではなく、自分ごととして受け止め、新しい姿で自分の町のつくり出そうとする地元の勢いのようなものが伝わってきます。
竹中さんはその勢いについて一言「みんな藤沢が好きなんです!」と笑いました。
映画を鑑賞するだけでなく、ほっと一息ついたり、そこで地元の美味しいものを味わったり、ばったり誰かと出会ったり、つながったり。かつて地域にあった街の小さな映画館づくりは、「この町が好き!」という想いひとつから始まることなのかもしれませんね。
普段の生活の中で、ふと自分の街の欠かせない場所のこと、ちょっと気にして生活してみませんか?そこから始まる新しい街への関わり方や、楽しみ方、出会いが待っているかもしれません!