みなさんは、生活保護に対してどんなイメージを抱いていますか?
「自分とは遠い世界のこと」と思っている方もいるかもしれませんし、不正受給などのニュースから、あまり良くない印象を持っている方もいるかもしれません。
とはいえ全体に占める不正受給の割合はわずか1.8%にすぎず、ほとんどの人がやむを得ない事情で生活保護を利用しています。2014年現在、受給者数は217万人。意外に思われるかもしれませんが、そのうち14%が子どもです。
季刊雑誌「はるまち」は、生活保護のイメージを変えるため、社会活動家の湯浅誠さんが中心となって2013年5月に創刊されました。生活保護の利用者や元利用者が実名・顔出しで登場する珍しい雑誌です。
「生活保護を利用している」と表立って発言することの難しさ
今回お話を伺った編集ボランティアの小林さよさんは、自身も生活保護利用家庭で育った”当事者”です。小林さんが「はるまち」創刊に関わったのは、本当に偶然だったそう。たまたま飲み会で、湯浅さんから「はるまち」の第一回目のミーティングに誘われたのがきっかけでした。
「生活保護のイメージを明るくする雑誌をつくる」という湯浅さんの企画は、彼女にとってとても新鮮なものだったようです。
社会活動家の湯浅誠さんと小林さよさん
彼女自身、自分が生活保護利用家庭に育ったことを、湯浅さんが講師をつとめるPARC自由学校の「活動家一丁あがり」という講座を受講するまで口にしたことがなかったといいます。生活保護利用者であることを発信するという発想は、当事者にとってそう簡単に持てるものではないのかもしれません。
「はるまち」の表紙と巻頭インタビューを飾るのは、生活保護利用者、もしくは過去に利用者だった人です。
これまで、北海道に住む生活保護利用家庭で育った21歳の幼なじみの男性ふたり組や、生活保護利用家庭で育ち、今は市役所職員として生活困窮者の相談や支援をしている男性が登場、そして最新号では、東大名誉教授の大森彌さんが表紙を飾っています。大森さんもまた生活保護利用経験があるのです。
創刊号の巻頭インタビューで語る、北海道に住む21歳の男性ふたり組。その自然な語りに、素顔がのぞく
このように、実際の生活保護利用者の方が顔を出すことによってそのイメージを変えられるという湯浅さんの考えから始まった「はるまち」のメイン企画ですが、現実問題としては、誌面に登場してくださる人を探すのはとても大変なのだそうです。今の日本で、生活保護を利用している(いた)と表立って発言するのは難しいことなのです。
湯浅さんは、「生活保護利用を告白することは、同性愛者の人や、日本名を使っていた在日朝鮮・韓国人の人が、本当のことを口にするぐらいのことに匹敵する」と考えていらっしゃるそう。小林さん自身も、そのことを実感しているといいます。
お笑い芸人の家族が生活保護を利用していたことでバッシングを受けたときも、自分自身が責められているような気持ちになったりもして、こんなにも生活保護はこの社会にとってイヤな存在なのかと思いました。生活保護の負のイメージは根強いように思います。
そこにあるのは、マスコミやテレビなどによって広められた生活保護のイメージ。モザイクをかけられた中年男性がパチンコをしていたり、お酒を飲んでいたり、そのような偏ったイメージを小林さんは挙げてくれましたが、思い当たる人は多いのではないでしょうか。
ですから、「生活保護家庭に育ったという10、20代の若者も30万人ぐらいいるんです」という、小林さんの言葉は新鮮に響くかもしれません。多くの人が知らないだけで、生活保護を利用している家庭はもちろんあり、たくさんの子どもたちが生活保護によって守られ、成長することができているのです。
そういった子どもたちは、ほかの家庭で育つ子どもたちと何ら変わることはありません。それは「はるまち」を読めば、すぐにわかります。
巻頭インタビューでは、生活保護家庭に育った人のありのままの、そのままの姿を伝えたいから、その体験をそのまま語っていただいています。生活保護だから楽をしているなんてことはなくて、普通なんですよね。みんな、普通に暮らしてるんですよ。
特別楽をしているわけでもなければ、いつもいつも暗く過ごしているわけでもなく、普通の暮らしがそこにはあるのです。生活保護を利用している人たちの生活を知らないことから生まれる偏見は、知ることによって少しでも解消されるはずです。
生活保護について知ることが社会を変える
小林さんに話を聞く中で、印象的な言葉がありました。
芸能人とかでも、「昔、家が貧乏で」っていう話はすごくするじゃないですか。でも、「うちは生活保護家庭で」っていう話は出てこないですよね?
実際、貧乏を笑いのネタにする場面は珍しくありません。貧乏はネタになるけれど、生活保護はネタにならないということがわかります。生活保護に対してマイナスイメージがあることが、そういったところにも現れているのでしょう。
そんな社会の中で、これから「はるまち」が果たす役割は大きいはずです。
「はるまち」がやっていることは、この社会の空気とか、この社会を作っているひとりひとりの意識に働きかけることです。
「はるまち」最新号のVol.4。表紙は、関西大学教授の古賀広志さん。
生活保護について誰かと話をしたことがありますか?
どんな制度か知っていますか?
知り合いに生活保護利用者はいますか?
大半の人の答えが「いいえ」ではないでしょうか。
そういった人が少しずつ理解を深めていくことで、いま生活保護を利用している人たちが感じている居心地の悪さをなくしていけるのだと思います。
「はるまち」が社会の見方を変えるきっかけに
小林さんが「はるまち」を読んでほしいと願うのは、「生活保護を利用している家庭の中高生」。彼女自身、中高生の頃、裕福な家庭が多い地域に住んでいたこともあって、大変な思いをしたと言います。
将来は文筆家になりたいという小林さん。「はるまち」では彼女のコラムも読める
自分はジャージが買えなかったり、修学旅行に行けなかったりしても、とても「生活保護を受けている」と言えなかったんです。そういうときに、「はるまち」みたいな雑誌があれば、あんなにひとりで頑張らなくても、我慢して隠さなくてもよかったなって思うんです。
「はるまち」は、10号を目処に発行を続けていくことになっています。10号をつくり終えた後、彼女はどんな未来を見ているのでしょうか。
湯浅さんは、貧困は「貧乏+孤立」という定義で活動されてますけど、貧困のさなかで育って、大きくなっていった自分のような人たちにとっては、もっと別の意味を持つことでもあるんですね。だから、貧困の意味を、自分が生きていきやすいように変えていっていいと思っているんですよ。
つらかったり悲しかったりした経験も変容させていけると思っているので、それを自分の人生を使って体現していきたいんです。
最後に、「はるまち」をこれから初めて手に取る人に、小林さんからメッセージをいただきました。
生活保護で暮らす人びとのイメージってわからないことが多いと思います。知らないし、わからないし、考えたことがない。でも、「はるまち」を手にとってくださったら、自分と同じように悩んだり、笑ったり、普通に生きているというのを知ることができると思います。
そして、「大きな衝撃はないかもしれないけど、小さな発見はあるかもしれない」と続けます。
生活保護という制度に対しても意識が変わると思います。いまは健康で、自分やご家族の力で暮らせていて、それがずっと続くと思うかもしれないですけど、失業とか病気とか何かの拍子に、経済的にたちゆかなくなったときに、誰でも使えるのが生活保護です。
だから、生活保護制度に対して安心感を感じてほしいですね。「はるまち」を読めば、自分との接点を見いだせると思うので、ぜひ読んでいただければと思います。
「はるまち」は、生活保護というものを自分に関係のあるものとして捉えるきっかけになるはずです。そうすることで、これまでとはちょっと違った社会の見え方ができるかもしれません。