『よみがえりのレシピ』で取り上げた、宝谷カブの生産者
渡辺智史監督が、地元・山形の在来作物と生産者とのつながりを描いたドキュメンタリー『よみがえりのレシピ』。撮影を通じて、被写体となった生産者やシェフと濃厚な時間を過ごし、どんな熱烈な観客よりも長くフィルムと向き合ってきたことは想像に難くありません。山形に暮らしながら、撮影後もスクリーンの外の彼らを見つめてきました。
渡辺監督が今思うこと。葛藤。その後編です。
次回作の構想と葛藤
菌と仲良くする自然酒づくりに取り組む「寺田本家」。町をあげての発酵イベント「お蔵フェスタ」には数万人が集まる。PHOTO:山本大介(ブラウンズフィールド)
グリーンズ 最近は発酵食に代表される昔ながらの食文化について調べていると聞きました。
渡辺 そうです。発酵をテーマに自然酒の酒蔵「寺田本家」、天然菌のパン屋さん『タルマーリー」、小豆島の醤油蔵と回ってきたんですけど、三者三様で本当に面白かったです。
グリーンズ “発酵”が次回作につながることもありそうですか?
渡辺 う~ん、どうでしょう。そのまま次回作にというよりは、それぞれの地域で活動する方々を見て、自分自身のスタイルというか自分がこれからどういう映画を作っていきたいかということを改めて考えさせられたように思います。
グリーンズ というと、どういうことですか?
渡辺 『よみがえりのレシピ』を作ったあとは、このあとの映画作りは山形っていう土地にこだわりすぎないでいこうかなと思ってたんですけど、上映活動していくうちに、自分が山形で暮らして、ここの良さを伝えて、人に来てもらうという循環が自分にとってすごく心地よかったんです。ほかの地域に行って素敵な人たちに出会っていく中で、逆に地元のことがより見えてくるというか。
渡辺智史さん
グリーンズ それはわかる気がします。
渡辺 やっぱり、いざ新しいテーマで取材しようとしても、どうしても自分の今いる庄内っていう地域からの発想になってしまうので、発酵でもそうですけど、その地域に根付いたものをどう撮るのかというのは悩みどころです。
グリーンズ 発酵のほかにもいろいろと気になっているテーマもあるそうですし、そうした中から地元の山形を切り出していくっていうこともありそうですね。
渡辺 はい。これまでに得たいろいろヒントを携えて、改めて地元の山形を回ってみたいなとは思いますね。どういう形になるかはまだ全然わからないんですけど、やっぱり時間はかかりますね。
グリーンズ 2作続けて山形にフォーカスを当てるとなると、一般的な認知的にも“山形を撮る監督”になっていきそうですし、あるいは作品のテーマごとに地域にこだわらずにいくか、ですよね。
渡辺 本当にそこでは悩んでいます。でも、ぼくのやっているような、メジャーなところからお金を頂いているわけでない自主映画っていうのはオルタナティブなスタイルだと思うんですけど、ありがたいことにいろんな雑誌に取り上げてもらったり、すごく応援いただいたんですよね。
それで自分の地域で映画をつくることの役割みたいなものがなんとなく見えてきたりもしたんで、今はそれをどう次の展開につなげていくかっていうところも考えたいところです。
基本的にはここで暮らして楽しく、庄内にいる仲間とこれから10年、20年、30年と生きていくので、ここの場所を面白くしていきたいっていうのはありますね。その中に映画があるという感じです。あんまり社会的なテーマを大上段に構えてっていうのではなく、もっと身近なテーマを取り上げていきたいとは思っています。
教え合うことでどんどん良くなる
山形イタリアン「アルケッチャーノ」
グリーンズ それにしても山形は気候にも恵まれていますし、食もおいしくて豊かですよね。
典子さん(渡辺監督の奥様) フレンチやイタリアンだけでなく、和食もおいしいですよ。同業者組合のようなものもすごく多くて、レストランのシェフの勉強会とか、ラーメン店主が集まる勉強会とか、日本酒なんかもそうやって、酒蔵同士が勉強会をして技術を教えあう文化があるんですよね。
地元の人を呼ぼうとすると隣同士がライバルになって、“門外不出”になっちゃうけど、外の人にPRする場合にはみんなで集まってやったほうが強いっていう考え方なんです。
地域に密着したフリーライターでもある典子さん。
グリーンズ それは当然どんどん良くなっていきますね。美食の街で知られるスペインのサンセバスチャンでも、やっぱりみんな技術を教えあうっていうんですよね。
典子さん 全国にバルを広めたっていう、北海道の函館でバル街を始めた「レストラン バスク」のシェフも、確かサンセバスチャンで修行してましたよね。チケットを持っているとバルをハシゴして食べ歩きできるっていうノウハウも全国に広めて。シェアの時代の先駆けですよね。
在来作物の、市場価値だけではないもうひとつの価値
昔はごく当たり前に栽培されていた外内島きゅうり。ただひとりの生産者だけが守り続けていた。
グリーンズ シェアといえば、在来野菜の種をシェアするような動きも全国的に増えていますね。
渡辺 種をシェアする一方で、在来作物は地域起こしの旗印になったりしていることが多いんですけど、どっちかっていうと、在来作物らしさを活かしてゆっくりと地域の中に復活していったらいいですよね。
いきなり商品化することで、単純に真新しいとか、トレンドの一つっていう位置づけになってしまうと、そのうち段々儲からなくなってくると「なんだ、儲からないじゃないか」で、また見向きもされなくなっちゃうんで。
グリーンズ 売れる売れない以外の価値感をどうやって作り上げるかですよね。
渡辺 その一つとして料理っていうのがあるのかなと思うんですね。シェフが新しい表現として在来作物を使うことが、お客さんにとっては価値のあるものだったりするので。
グリーンズ 昔ながらの食べ方も新しい世代の人にとっては新しいし、シェフによる新しい表現もまた価値があるというわけですね。
渡辺 最近感じるのは、在来作物をずっと追っかけていると、経済っていうものにすごく振り回されていることを感じるんですよね。
島田 そう。だから野口種苗でも、プロの人向けというよりは、経済に振り回されない家庭菜園で野菜を育てる人に「固定種在来種の種を使ってつないでいってほしい」っていう言い方をしています。
渡辺 市場の仕組みの中で生き残っていくっていうのももちろんいいと思うんですけど、そうではなく別の価値感をひねり出せないかなって思ってるんですよね。市場の原理に惑わされないような、人間関係の中で価値を育んでいくというような。
グリーンズ ふたつの柱がそれぞれあると強いですよね。
渡辺 在来作物だけでなく、工芸品とか伝統技術にも置き換えられる話だと思うので、やっぱりお金のありかたとも随分関わってきますよね。最近その辺も興味があって調べてるんですけどね。
田舎で生まれる、豊かな暮らしと働き方
グリーンズ ぼくも都心から畑や自然のある田舎に引っ越しましたが、それでもやっぱり経済の仕組みの範疇からはみ出すことの難しさは常々感じています。かといって完全に経済を否定するのもヒッピーみたいになっちゃいますし。
渡辺 藤村靖之さんの、小さくて顔の見える仕事を積み重ねる『月3万円ビジネス』っていう本もありますが、経済の観点からも地元で育った子どもが外に出ていかないような、つながりとか顔の見える、地元に愛着を感じられるような教育も大事ですよね。
ローカル化・分かち合いで愉しく稼ぐ方法を著書『月3万円ビジネス』で提唱した藤村靖之さんの非電化工房
グリーンズ 実感として、田舎にいる方がスケールが小さい分、面白い人と繋がりやすいっていうのはあるような気がします。
典子さん 私もそれはすごく感じます。
渡辺 田舎で普通に暮らしている人の話もまた面白いし。人生観とか価値感とかに深みのある人もいるし、ドキュメンタリー映画とは別にそういう人を紹介するメディアを持ちたいなって思ってたりします。このあたりのデザイナーや企画をできる若い人も多いので、地域の仕事を紹介したり、ワークシェアしたりっていうのもいいですよね。
グリーンズ ワークシェアもそうですけど、オンオフが曖昧な仕事のやり方がこれからの豊かな仕事や暮らしの仕方になっていくようにも思いますね。
岡山県真庭市の自家製天然酵母の「パン屋タルマーリー」。2013年、『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』を上梓。
渡辺 そうですね。ぼくたちが今こうやってごはん食べたりとか、そういうのも含めて仕事と暮らしをあんまり分けない方がいいのかもしれないですね。「タルマーリー」のイタルさんも自分自身に休みは作ってないけどすごく充実しているって言ってましたね。
グリーンズ そうですよね。実は昨日も島田さんとタルマーリーさんの話をしていたんですよ。あそこは天国だって。
渡辺 店主のイタルさんもマリコさんも全然力が入っていなくて、生活を楽しんでいるというか。
グリーンズ パン屋と暮らしが密着していますよね。
渡辺 そう、常に暮らしから発想しているところがすごく羨ましかったです。自分たちの暮らしを磨いていくことで、パンも商いも地域も良くなっていくんだっていうビジョンがあって。仕事と暮らしが一緒になってるんでしょうね。ぼくもそういう暮らしにもっと近づきたいです。
典子さん 応援してます!
渡辺 (録音しているアイフォンを指して)…という感じでそろそろ大丈夫ですかね?どこまで取材でどこまでが雑談なのか、もうわからない感じですよね?
グリーンズ 実はこれがオンとオフを分けないっていうやり方なんです。
渡辺 あ~、なるほど!
島田 まとまった!
(対談ここまで)
普通のインタビューとは異なり、渡辺監督にご紹介いただいたイタリアンレストラン「緑のイスキア」で行われたお食事会は、映画監督・映像作家としてだけでない等身大の言葉が語られ、今とこれからの生き方や暮らし方にまで通じるキーワードがたくさん飛び出しました。
地域に愛着と誇りを持つこと。それがきっと地域をより良くしていく思いの種であり、いずれ豊かな地域を育んでいくのでしょう。地域の在来作物や食はその大きなきっかけのひとつを与えてくれます。
まずは自分の住んでいる地域や、ふるさとの食に目を向けてみませんか?『よみがえりのレシピ』に続く渡辺監督の次回作を楽しみに待ちながら、わたしたち自身がそれぞれの地域にある身近なものの豊かさに目を向けていけたらとても素晴らしいことだと思います。
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(試写会は東京および山形県内での開催予定。平成26年春完成予定)
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