「働く」で社会を変える求人サイト「WORK for GOOD」

greenz people ロゴ

“つながりの資本”から日本社会の幸福感を探求する「こころの未来研究センター」内田由紀子さんの仕事とは?

京都大学こころの未来研究センター准教授 内田由紀子さん
京都大学こころの未来研究センター准教授 内田由紀子さん

特集「a Piece of Social Innovation」は、日本中の”ソーシャルイノベーションのカケラたち”をご紹介するNPO法人ミラツクとの共同企画です。
内田由紀子(うちだゆきこ)さん
1998年、京都大学教育学部心理学科卒業。2003年、同大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。ミシガン大学、スタンフォード大学での客員研究員を経て、2005年より甲子園大学人文学部心理学科専任講師に着任。2008年1月より京都大学こころの未来研究センター助教、2011年より同センター准教授。幸福感・他者理解・対人関係についての文化心理学研究を中心に行っている。2010年〜2013年、内閣府幸福度に関する研究会委員を務めていた。

誰もが持っているはずなのに、目で見ることも手で触れることもできない“こころ”。自分の身体の中のどこかにあるような気もしますが、「心ない言葉」「心のこもった仕事」などの言い回しにもあるように、心は身体を離れた広がりももっています。こころは人と社会の関わりのなかにも認められるのかもしれません。

こころの働きやそれに基づく行動を探求するのが心理学です。心理学の特徴のひとつは、研究領域は非常に幅広く他の学問との相互連携が多いこと。そして、教育や企業組織などからも、現場の課題解決に役立つのではないかと期待を寄せられていることだと思います。

研究者にとって、社会課題とは新しい研究のヒントになりえるもの。「京都大学こころの未来研究センター」に勤務する内田由紀子さんもまた、基礎研究を元にしながらも、社会課題を心理学の手法で読み解くことによって自らの研究の幅を広げてきました。

社会課題に基礎研究をつなげる最初のきっかけとなったのは農業の普及指導員という「あまり知られていないけれど大切な仕事をする人たち」との出会い。心理学とはまったくかけはなれた農業の世界に飛びこんだことで、内田さんの世界は大きく変わることになりました。

心理学者から見る日本の農業の世界にはいったい何が起きていたのでしょうか?
 

農村のカリスマたちの仕事を”見える化”する

鴨川のほとり、京都大学京都大学 稲盛財団記念館内に「こころの未来研究センター」本館はあります
鴨川のほとり、京都大学京都大学 稲盛財団記念館内に「こころの未来研究センター」本館はあります
「京都大学こころの未来研究センター」は、「人のこころのつながり」を基礎から研究する研究機関。社会とのつながりのなかで研究を行い、その結果をフィードバックしていくことを大切にしています。内田さんが着任したのは、同センター設立の翌年にあたる2008年1月のことでした。

「センターでは外とつながる研究もやってみよう」と思っていた内田さんですが、はじめは「暗中模索の状態」だったそうです。そんなある日、内田さんにセンター長から声がかかります。「近畿農政局の方が来られて、農業の普及指導員の仕事を分析・評価してほしいと相談されたのだけれど、どう思いますか?」

普及指導員とは、農業技術の指導や経営相談に応じるなど、農業者を支援する国家資格を持つ人たちのこと。彼らのなかには、頑固な農家のおじさんと信頼関係を作り上げていったり、限界集落化していく村落で人の心をつかみ地域に新しい風を吹き込んだりと、カリスマ的な普及活動を行う人もいるのだそうです。
 
普及指導員さんに案内されて農業の現場を訪問する内田さん。
普及指導員さんに案内されて農業の現場を訪問する内田さん

農の普及を通して地域の活性化に寄与する可能性がある一方で、予算はカットされて普及指導員の数は減って行くばかり……。出会った普及指導員さんに「心理学という視点から見ることで普及指導員の仕事を客観的に評価できませんか?」と問われて内田さんは考えます。

ずっと基礎心理の研究をしてきましたから、農業に関わりもなければ普及指導員の存在すら知りませんでした。でも、いろんな普及指導員さんのお話を聴いているうちに、農業者のこころのきずなをどのように生み出しているのか、そのメカニズムを心理学で明らかにできるかもしれないと考え始めたんです。

内田さんたちの研究グループは、全国約4,000人の普及指導員を対象にした調査を実施しデータを分析。普及指導員の仕事を数値化していきました。この調査を通して内田さんが明らかにしたのは、「一見わからない、あるいは当たり前のようだけれど、ちゃんと言われてこなかった大切なこと」です。

”つながりの資本” いい人間関係を伝え合う力を持つこと

普及指導員の調査結果からわかったことのひとつに、「職場の人間関係のよい普及指導員さんは、担当地域の村人同士の人間関係に良い影響を与えている」ということがありました。

つまり、いい仕事場で働いていて良い人間関係を持っている人は、「社会関係資本」というつながりの資本みたいなものを持っているんです。その人は、自分の持っているその資本を拡大することができるんですね。「つながりは連鎖する」っていうことは、なんとなく感覚的にわかってはいるのですが、研究結果として出すことができたのは面白かったです。

この調査が評価されたことによって、内田さんは漁業者ともつながるようになりました。現在は、農村・漁村それぞれの地域性や文化性を明らかにする研究に着手。農漁村から日本の地域を考える研究を続けて行きたいと考えています。

農村では水平の関係が重視され、漁村では縦のつながりが重視されるという傾向があるようなのですが、その地域のなかで「どういうつながり方が大事なのか?」という答えは一律ではないはずです。「それぞれの地域のなかで実現される幸福感とは何だろう?」という視点で研究していきたいと思っています。

もうひとつ、内田さんが関心を寄せているのは会社組織です。農村、漁村それぞれに「つながり方」が違っているように、企業もまた規模や文化によって適切なつながり方があるのではないか。内田さんの研究が進めば、それぞれの企業・組織にぴったりの”つながり方の処方箋”を出すことができるかもしれません。
 
内田さんの”外とつながる仕事”はそれぞれ書籍化。左「農をつなぐ仕事」、右「ひきこもり考」。内田さんの”外とつながる仕事”はそれぞれ書籍化。左「農をつなぐ仕事」、右「ひきこもり考」。

「働いたら負け」の理由 ひきこもりとグローバル化の意外な関係?

もうひとつ、内田さんが「こころの未来研究センター」で行った代表的な研究は、ひきこもりに関するものです。

内田さんの専門は文化心理学。比較文化研究を行うため、海外の研究者と連携して研究することも多いと言います。約10年ほど前、内田さんの研究者仲間のひとりが来日時にニートを特集したテレビ番組を見て驚いたそうです。

日本人は努力志向が強いと言われてきたのに、「働いたら負けだ」と発言したのでビックリしたみたいです。「日本文化が変化したのか、はたまた外の文化と相互作用したことでニートや引きこもりの状態になる人がでてきたのか」と彼はとても関心を持って。私も面白いなと思ったので一緒に研究することにしました。

ふたりは、日本人の努力主義を証明するといわれている心理学の実証研究に着目。この研究で用いられるテストを、ひきこもりの心理傾向がある学生たちに実施したそうです。すると、一般的には日本人は「失敗した後にやる気が出る」はずなのに、ひきこもり傾向がある人たちは「失敗するとやる気がなくなる」という正反対の結果に……。

日本の教育現場では、失敗した人に対して「失敗から学んでがんばれ!」と叱咤激励しがちです。しかし、この研究結果に基づいて考えると、ひきこもり傾向のある人たちに対して叱咤激励するのは逆効果で、成功体験を積むことが有効だと考えられるそうです。また、失敗時に「もうだめだ」とあきらめてしまわないような、「克服力」を身につける体験も必要ではないかと言います。

ひきこもりの増加の背景には、グローバル化の流れのなかで欧米的な価値観が流入したことも関係しているのではないかと内田さんは指摘します。“勝ち負け”や”個人に対する評価”を明確化する傾向が強まったことにより、「負けるくらいなら土俵に乗らない」と考える人が現れたと考えられるからです。

私たちが行っていることは、世の中で起きていることを心理学というレシピで料理して味わって、新たな気づきを得てもらうことだと思います。

「働いたら負け」。テレビで見た若者の発言をきっかけに、「ひきこもり」と「グローバリゼーション」という、一見かけはなれたところにある社会現象のつながりが見えてきます。そして、その結果を世の中に示すことで社会に新たな気づきを促していくことができる——それが心理学の役割なのかもしれません(この研究の内容は『「ひきこもり」考』(こころの未来選書)で読むことができます。

まずは”ヒントを見つけるアンテナ”を立てることから始めよう

2010年から2013年までの間、内田さんは日米の文化と幸福感の比較研究を行った研究活動が評価され、内閣府の幸福度に関する研究会で委員を務めました。

同委員会ではさまざまな分野の研究者が集まって日本の幸福度の指標を作成。内田さんは心理学者としてアンケート調査を行うなど中心メンバーとして活躍しました。この仕事は、内田さんの活動範囲をさらに大きく広げるきっかけになりました。
 
日本における幸福度の推移

幸福度指標試案体系図
内閣府「幸福度に関する研究会報告―幸福度指標試案―」より引用

学会などに出席すると細分化した分野ごとに深い議論が行われています。それはそれで大事なことなのですが、一方で「社会科学全体、あるいは一般社会全体から見るとどういう意味があるのか」「世の中に研究のヒントがあるかもしれない」という視野の広がりを持つことも大切にしたいと思っています。

内田さんは、社会とつながる研究をする良さを他の研究者にも伝えたいという思いを持っています。その一方で、はじめは「外とつながる」きっかけを見つけることはとても難しいこともよく理解しています。

転がっているはずのヒントを見つけるのも最初は難しいんですね。だから、まずはヒントを見つけるアンテナを立ててもらうことから始めてもらわなければいけない。一方でアンテナが立っていても機会がなければ実行できませんよね。

昨年は、「ミラツク」「ウエダ本社」との共催で「ダイアログバー in こころの未来」を三回シリーズで開催。「研究者がヒントを見つける」「アンテナを立てる」きっかけとなる場づくりはこれからも継続していく予定だそうです。「時間がかかってもいいから、外とつながる研究者を増やしたい」と内田さんは考えています。
 
ダイアログバー in こころの未来のようす。研究者・大学院生とそのほかの社会人が半々の比率で集まった。
ダイアログバー in こころの未来のようす。研究者・大学院生とそのほかの社会人が半々の比率で集まった。

あなたは、自分の“外の世界”とどんなふうにつながりたいですか?

最後に、内田さん自身の「社会とのつながり方」について教えてもらいました。

やはり、心理学のスペシャリストとして社会とつながりたいし、一流の心理学者に認められるインパクトのある研究結果を発表したいというモチベーションを常に持っています。そうでないと、他の研究者が「社会とつながることは大事だな」と思えなくなっちゃうと思うんですよね。

内田さんとお話していると研究者という仕事がとても身近なものに感じられてきます。そして、機会があれば一緒に仕事をしてみたい!という気持ちも沸いてきます。きっと、内田さん自身が、”外とのつながり”のなかで仕事することによって”つながりの資本”を蓄えられているからだと思います。

内田さんは「心理学者が究極的に知りたいのは人のこころはどのようにしてつくられ、どこに向かっていくのか?ということ」ではないだろうかと言います。そして、それを知ることで「社会のなかでそれぞれの人が適応的に暮らしていくために、心理学という切り口から気づきの視点を提示したい」と話してくれました。

人は自分の思い込みで行動したり、「この人はこう考えているに違いない」と思い込んで発言したりします。その思い込みは、自分だけではなく周囲にも大きな影響を与えますし、また自分の考えや行動も周囲からの影響と切り離せません。

お互いに影響を与え合ううちに、真実が歪んでしまうことすらあるのが人間社会。「どこかで立て直さなければいけない」という気づきを共有できたらいいなと思っているんですよね。

みなさんは、自分の世界の”外”とどんなふうにつながっていますか?つながることによってどんなことが起きてほしいと願っていますか?

もし、この記事のどこかにみなさんのヒントが見つかったり、あるいはヒントを見つけるアンテナを立てるきっかけになってくれたりするなら、私はとてもうれしいです。