いつもは静寂なお寺の境内が、子どもから年配の方までわいわいと集まる楽しいフェスの場に。9月のある日、宮城県仙台市にある浄土真宗徳泉寺を会場に、“音楽とアートに囲まれて、東北の未来を語り合う”「寺フェス!!!」が開催されました。
こじんまりとした境内には色とりどりの三角旗が飾られ、東日本大震災の被災地支援関連の手作りの雑貨や野菜、惣菜などマルシェのテントやカフェ、DJブースなどが並びました。段ボールハウスやお絵かきなどのキッズコーナーあり、ライブペイントを行うアーティストあり、太陽光発電やマイクロ水力発電を体感できる自然エネルギーブースありとバラエティー豊かです。
本堂では、津波の被災地の現状と復興に向けた活動についてのお話や、原発事故の放射能汚染地域に住む福島の子どもたちの現状とその心身の保養に取り組んでいる仙台のグループのお話、地域の再生可能エネルギー普及に携わるNPOのお話などの「トーク&ダイアログ」が行われました。語り合いのプログラムの合間にはライブや人形劇、タップダンスなども楽しめます。
入場は無料。家族連れや通り掛かりにふらりと1人で訪れる人の姿も。会場には陸前高田りんごエール(岩手県陸前高田市)のビールや、結日丸(宮城県石巻市)の大漁旗を使ったトートバッグ、東北コットンプロジェクト(仙台市荒浜)の綿花を使ったタオルなど、東日本大震災の被災地で活動する団体やお店の商品もあり、訪れた人はフードやグッズを食べたり買ったりするだけで、被災地や被災地で活動する人の支援になる仕組みです。
江戸時代などは地域コミュニティーの場、学びの場としての機能もあったお寺。主催する「HaTiDORi(ハチドリ)」の工藤瑞穂さんは、寺フェスの趣旨をこう話します。
幅広い年代の人たちに参加してもらって、楽しくて温かみのある空間の中、社会問題を気軽に話し合えるイベントにしたかったんです。お寺は誰にでも開かれた、でもどこか守られているような安心感のある場所で、そんな思いにぴったりでした。
プログラムを織り交ぜたのは、被災地のことや原発、エネルギーの問題などについて、音楽やダンスなどのアートと同じレベルで興味関心を持ってもらえたらと思って企画しました。
大切なのは場づくり。人が一歩を踏み出せる仕掛けを
工藤さんは、東日本大震災以降、趣味のダンス仲間やアーティスト、ミュージシャンなどと共に、アートや音楽を楽しみながら、原発やエネルギー問題などの社会問題を話し合えるイベント「HaTiDORi」を手掛けてきました。
津波被災地の避難所や仮設住宅で支援活動をしていた工藤さんは、福島に住む友人が子どもへの放射性物質の影響を心配して福島を離れることになったのを知ったことをきっかけに、原発事故問題や自然エネルギー問題に関連するセミナーなどに通うように。そこで気がついたのは、主催側に年配の方が多く、若い人にこそ伝えたいと思っているのに集客方法や雰囲気づくりの点でターゲットに魅力的に伝わっていないということでした。
大切なのは場づくりなんだと思います。被災地支援や原発事故について、関心がないように見える若い人だって、きっかけさえあれば何かしたいと思っているんです。参加するという一歩を踏み出せば、意識や行動が少し変わるかもしれない。そこで音楽やアートと融合したイベントを開催するようになりました。
気軽で楽しい。でもきちんと現実に向き合い、未来を考えるには、お客さんを迎える側にきちんとした「思い」があってこそ。イベントに参加するアーティストたちは、当日の作品には3.11を通して自分なりの社会や未来への思いを込めるというルールで参加しています。
思いを言葉にするのも小さな一歩
また、工藤さんがもうひとつ大切にしていることは、参加者たちの「対話する時間」。
これまでのイベントに参加した人の話を聞くと、大学生や一見ギャル風の女の子も「まわりにこういう話ができる人がいなかった。今日思い切って疑問や意見を話して、同じように感じている人と会えて良かった」と言うんです。
社会問題って、知識がないから発言できないと思う人も多い。自由に思いを言葉にする場があるのは大切だと思いました。
抱えていた思いを言葉にすることで誰かと共感し、学び合える関係を築いていくこと。みんなが自分事として自由に話すことが、社会が良くなっていくことにつながると考えています。
「HaTiDORi」は、南米エクアドルの先住民族の言い伝えである「ハチドリの一滴(ひとしずく)」の話から名付けました。「どんなに小さなことでも、今、自分にできることをしよう」という思いが込められています。また、小さくても色鮮やかで英名がHummingbirdということもあり、音楽やアートを軸に活動する工藤さんたちの象徴に。
工藤さんは寺フェスのトーク&ダイアログの最後に『ハチドリのひとしずく』を朗読。一人ひとりの行動が未来の社会をつくることを伝えました。
イベントに参加すること、買うこと、食べること、話すこと。何かしたいと思う人の小さな一歩を手伝えることをしていきたい。社会を変えるきっかけになるのは、たくさんの人の小さな一歩だと思うから。
工藤さん自身、被災地のために何かしたいという思いから、手探りでも一歩ずつ行動することで共感や賛同する人々に勇気づけられ活動を続けてきたと言います。工藤さんが目指すのは、特別な人じゃない、みんなが少しずつ行動することで変えられる未来です。