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未来のシナリオを、“生活者視点”から描いていく。高齢化社会に向けたアイデアを実践する「Aging Matters」

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特集「a Piece of Social Innovation」は、日本中の”ソーシャルイノベーションのカケラたち”をご紹介するNPO法人ミラツクとの共同企画です。

「高齢者」と聞くとどんなイメージが浮かびますか?身体的に衰えていたり、何か支援が必要なお年寄りを想像するのではないでしょうか。

では「高齢者向けの食品」と聞くと、どんな印象を持ちますか?“柔らかい”、“食べやすい”、“味つけが薄め”そんなイメージをもつ方が多いかもしれません。
 
これから高齢化が進むにつれて、高齢者向けの商品も増えていくでしょう。そんな時、例えば食品でいえば、“柔らかい、食べやすい、味つけが薄め”のものを高齢者向けに増やしていけば本当に良いのでしょうか。おせんべいを「ボリッ」と美味しく食べるお年寄りもいるはずです。

このように私たちの“高齢者像”は意外と曖昧です。そのため、高齢者の全人口に占める割合が4人に1人、3人に1人となっていく超高齢社会といわれても、いまいちどんな状況になるのかわかりません。

そんな未来の大きな変化と課題を解決するための、アイデアを実践する場が「Aging Matters」です。

超高齢社会という未来のシナリオを共同で描いていく

「Aging Matters」の活動は、2012年1月に始まりました。これからの超高齢社会を主体的につくっていきたいと考える、企業、大学、行政、NPO、社会起業家やフリーランスの方などが参加しています。これまで超高齢社会にむけて独自に取り組んできた複数の企業や行政と一緒にコンソーシアム型の恊働研究や、市民とのアイデア発想ワークショップを実施しています。

WS風景

毎年、少しずつテーマやアプローチを変えて活動している「Aging Matters」ですが、初年度の2012年は、「次世代高齢社会のライフスタイルリサーチ」を実施。

東京23区(都心)・神奈川県藤沢市(郊外)・大分県豊後高田市(地方)をフィールドに、高齢者の自宅や職場を訪問する中で、高齢者の生活実態を深く理解したそうです。異なる企業やNPOから参加したプロジェクトメンバー約30名が、所属の枠を超えてチームを組み、高齢者のボランティア活動や買い物に同行したり、手料理をいただいたりと、日々の暮らしに密着する形式のエスノグラフィックリサーチを行いました。

その後、観察のなかから発見したことをワークショップを経て統合し、東京・藤沢・豊後高田それぞれの2020年の高齢社会像をシナリオ化しました。

2012年活動報告書 2012年活動報告書

共同研究の参加企業は代表の清水さんが所属する広告会社の他に食品会社、ヘルスケア会社、通信会社、日用品会社など6社です。またNPOや大学も参画しています。企業同士の垣根を超えてチームを組んだことで、メンバー同士のディスカッションも盛り上がり、当初予定していた活動期間から2ヶ月延長することになったそうです。

ワークショップ風景

良い意味で予想を裏切ってくださる高齢者

この「次世代高齢社会のライフスタイルリサーチ」では、さまざまな気づきがあったそうです。具体的にどのような発見があったのか、「Aging Matters」代表の清水愛子さんにお話を伺いました。

「Aging Matters」 代表 清水愛子さん 「Aging Matters」 代表 清水愛子さん

良い意味で予想を裏切られることの連続でした。
豊後高田市という高齢化率34.6%の町では、市街地から車で20分ほどの山の中に、ハシモトさんという77歳の女性が一軒家で一人で暮らしていたんです。一見、不便で色々な問題を抱えていそうだと考えますよね。しかし、ハシモトさんはとってもスマートに生活されていました。

彼女は、週に1回、決まった曜日に来る老人サロン行きのバスに乗って市街地に買い物へ出掛けます。半日に1週間分の買い物や用事を済ませなければならない。だから、その際、忘れ物がないようにTODOリストを綿密に作成していました。毎週、市街地に出かける日のスケジュールは分刻みで組まれています。まるで、都会のビジネスマンのようだと感じました。

そして大好きな韓流スターのブログは毎日チェック。DVDやグッズは地元ではすぐに手に入らないのでamazonで購入していました。これなら玄関まで届けてくれるから楽でしょ?と、オンラインサービスを駆使しています。

地方の一人暮らしは、実際に不便な面もたくさんあるのだろうと思いますが、それを乗り越えている姿はとてもたくましく、気付きに満ちていました。

また、高齢者の食生活の多様性にも気付かされたそうです。

フィールドワーク写真1

インドネシアに駐在歴のあるコバヤシさんという88歳の女性は、カレー粉をあらゆる料理に振りかける習慣がありました。また、“大福神漬”と命名されたオリジナルお惣菜を私たちにふるまってくださいました。ところが、いただいてみると、あまりのアルコールの強さにむせてしまったんです。

このほかにも、歯が悪いので、自ら新しい調理法を開拓している方、独自の健康法を続けている方など、高齢者の食生活は多様で、それぞれにこだわりや習慣があります。

企業の視点、医師や栄養士など専門家の視点からすると、もっと栄養バランスの良い食生活を提案したいと思ってしまいます。しかし、高齢者の視点から高齢者の食事を考えるとき、多少の偏りがあっても今まで通り慣れ親しんだ食生活の延長線上で健康づくりもできるようなアイデアが求められることがわかりました。

気づきからアクションへ!

この発見から、一つのプロジェクトが「Aging Matters」から発足されました。

フィールドワークとワークショップでの気づきをアクションに移すために、「NPO法人フードデザイナーズネットワーク」と共同で「食べる史」プロジェクトが立ち上がりました。まずはじめに、栄養士、フードデザイナー、漢方薬剤師、アートディレクター、弁護士、訪問看護師など、様々な分野で高齢者と食にかかわる専門家とともに合同ワークショップを実施しました。

彼らと情報共有をしていくうちに、高齢者の個々人の食のライフヒストリーを把握することの重要性を考えるようになりました。そして、食の歴史に焦点をあてたワークブック「食べる史」を作成し、高齢者の食のライフヒストリーの聞き取り調査をおこなっています。

今後は食のライフヒストリーを集め、高齢者にとっての食生活像や抱えている真の課題を把握していきたいです。

「食べる史 年表」と「食べる史 ワークシート」 「食べる史 年表」と「食べる史 ワークシート」

このように「Aging Matters」はイノベーションを導くアイデアや本質的な課題を探索するだけでなく、アクションに結びつけるための挑戦の場でもあります。

プロジェクトに参加する企業は超高齢社会において新しいサービスや商品を開発することで社会に貢献したいという思いを持っています。しかし、大きい企業であればあるほど、どうしてもアクションまでの動きに時間がかかってしまいます。

そこで、「Aging Matters」で得た気づきをなるべく早く社会に還元するために、フレキシブルにどんどん動ける社会起業家やNPOの方々にアイデアを具体的に実行してもらおうと考えています

Aging Matters 「介護食×コンビニ食」 ワークショップ風景 Aging Matters 「介護食×コンビニ食」ワークショップ風景

2013年度はより具体的なテーマを掲げ、ビッグデータやオープンデータといった新しいデータ活用社会における超高齢社会の未来を考えるワークショップを開催中です。昨年度はまず高齢者の暮らしを理解することに集中しましたが、これからは高齢者ではない私たちのような若い世代が自分事として超高齢社会をとらえられるような活動にしていきたいと思っています。

“生活者視点”の重要性

実は、清水さんは現在、大学の医学部に通うために広告会社を退職し、フリーランスとして「Aging Matters」を運営しています。

もともと広告会社に勤務中、事業の一つとして「Aging Matters」を立ち上げたというそれまでの経緯を聞いてみました。

私は、大学院卒業後、NOKIAのインサイト&イノベーションというチームのリサーチャーをしていました。当時はスマートフォンはもちろんありませんし、GPSのついた携帯もほとんどありませんでした。

具体的な仕事内容は、未来の携帯電話やテクノロジーを利用した生活者の社会はどう変化するのか?たとえば、GPSのついた携帯が当たり前になると未来はどんな社会になるのだろうか?そういったことをリサーチしてきました。

転職した広告会社では、企業のイノベーションコンサルティングをしていました。一緒に未来像を描くことで企業のイノベーションを考えて行きます。新しい商品の開発、企業の新しいビジョンやコンセプトづくりなど、色んな形で関わらせていただきました。

今までの仕事をふり返ると、“生活者視点”の重要性について考えることに尽きると思います。生活者がどの方向に向いているのか、現場の中の未来の変化の芽を捉えるリサーチをしていました。ですから、何しろフィールドワークに出向き、世界中の色んな人に出会い、生活を観察させてもらうのが仕事のメインだったのです。

現場は、予期せぬ出会いや発見に満ちています。“生活者視点”に立って、とことん観察すると、私たちが勝手に抱いているようなイメージや思考の枠組みに変化が生まれます。ここを基点に未来のイノベーションを考えていくことが大切だと感じています。

いい人生を送るためのキーワードは“ヘルスケア” 

さらに、フィールドワークでの数々の出会いは清水さんの心を動かしていきます。

色んな方々と出会いお話をさせていただくと、世の中の人の人生、または、自分自身の人生は「なにを基準として“いい”人生と判断できるのか」と考えさせられる機会が多かったんです。

インドフィールドワーク

なかでもインド、バンガロールでのフィールドワークは印象的だったと言います。

爆発的に都市部の人口が拡大しているインドでは、日本なら当たり前に存在する公共サービスの整備が追い付かず、水道や道路、ごみ処理など町のいたるところで不備が目立ちます。しかし、フィールドで出会った若者たちは、行政がまかなえない手つかずの領域に目をつけ、自ら無償で新しい事業に取組んでいました。インド人のプロジェクトリーダーは、彼らの領域を「セミパブリック」と呼んでいました。

たとえば、ある工学部の学生は、インドの主要な都市のバス停、交番やガソリンスタンド等の位置がわかる地図をイラストレーターで夢中になって作成していました。

インドには住民が自由に無料で利用できる使いやすい地図がなかったので、作った地図をネット上に公開して誰でも見られるようにしていました。また、多言語、低識字率のインドならではの誰でも理解できる新しい地図アイコンの開発にも躍起でした。

彼は日本の若者に比べると驚くほど質素な暮らしぶりでしたが、とても充実して幸せそうだったんですよね。こうした「セミパブリック」を担う若者活動家の存在と、彼らがネットワークしてバンガロールの街を良くしている様子は、とても魅力的でした。

一方、日本の都市部のサラリーマンは公共サービスがここまで整った町に暮らし、ある程度のお金があってもどこか疲れている人が多いように感じます。私はインドの少年の方がクリエイティブで楽しそうで、豊かな人生を送れているんじゃないかと感じました。

インドの少年

これらの出会いから人生において大切なキーワード“ヘルスケア”を見出すことになります。

“いい”人生の判断基準が金銭的なものではないと確信を抱きました。そして、何が本当に大事なものなのかと考えたとき“ヘルスケア”というキーワードが思い浮かびました。

“ヘルスケア”とは直接的には健康管理という意味ですが、広義にとらえると“健康的に生きること”や“よりよく生きる”といった意味としても理解することができると思います。人との出会いの中で”健康でよりよく生きる”ための価値基準に触れることが本質的な発見や出会いなのだと思うようになりました。

高齢者はクリエイティブな“未来人”

「Aging Matters」をはじめ、フィールドワークを通して出会った多くの高齢者にも大きな影響を受けました。

フィールドワーク中の清水さん フィールドワーク中の清水さん

例えば“おばあちゃんの知恵袋”のようなお話を伺ったりすると、私たち若者は彼女たちと比べて退化しているなと考えさせられます。高齢者の暮らしの知恵は、自分の予想を遥かに超えてクリエイティビリティに溢れていました。その時、高齢者は支援の対象というよりも、クリエイティブ人材としてもっと活躍してもらう必要性を感じたのです。

また、将来日本は高齢化率が30%を超えると言われていますが、限界集落ではすでに30%を超えています。この状況下で、みなさん“よりよく生きる” ための工夫をそれぞれがなさっていました。そういった先輩方から学べることは多くあると実感しました。

フィールドワーク写真2

こうして清水さんは超高齢社会という未来の社会を、“生活者視点”を捉えることで洞察していきました。そして、これからの社会の中で、個々人が“よりよく生きる(=ヘルスケア)”ためには、どのようなイノベーションが求められるのか考える場の必要性を感じ、「Aging Matters」を立ち上げ、活動しています。

これから必ずやってくる超高齢社会。高齢化は社会問題として取りざたされていますが、いったい何が問題なのでしょうか?私たちはどう生きていけばよいのでしょうか?少し立ち止まって考えてみませんか。