潮風が心地よい、8月の終わりの朝。集まった大人たちが、スケッチブックを片手に港へと出かけてゆきます。
港からも見える、岬の大きな灯台。扉がカラフルでかわいらしい、小さな倉庫。採れたての魚が食べられる、港の海鮮レストラン。酒屋の入り口に所狭しと並ぶ自動販売機。工事中の大型ショッピングモール。もうすぐ取り壊されることが決まり、黄色のテープで囲まれた家。一人ひとりが思い思いの場所に陣取り、変わりゆく街並みをスケッチブックに収めました。
ここは、福島県いわき市南部にある小名浜地区。訪れたばかりの僕をスケッチ会へと誘ってくれたのは、「UDOK.(ウドク)」というオルタナティブスペースで活動するみなさん。彼らは、何気ない日常に光を当て、アトリエから街へとはみ出しながら、さまざまな表現活動を手がけています。
小名浜本町通りにあるオルタナティブスペース、UDOK.
自分の好きなことを追求できる、「雨読」の時間
UDOK.を主宰する、小松理虔(りけん)さん、たんようすけさんにお話を伺いました。
小松さん 「UDOK.」という名前は、四字熟語の「晴耕雨読」に由来しています。小名浜のような田舎では仕事はだいたい夕方5時に終わるんですが、そこから寝るまでにはけっこう時間があるんですね。アフターファイブで自分の好きなことを追求できる、そんな小名浜のライフスタイルの実践・発信の場にしようと、生活の糧のための仕事を「晴耕」、ここでの表現活動を「雨読」になぞらえて名付けました。
UDOK.主宰の小松理虔さん(右)と、たんようすけさん(左)
もともとの着想は、僕が上海で編集の仕事をしていた時に取材した「M50」というアートスペースからです。紡績工場の跡地を海外のアーティストが面白がって使い始めたところ、同じように留学生や他の外国人も集まって部屋を借りるようになって人が集まり、音楽イベントをやったり、アトリエやギャラリーが開かれたと聞きました。次第に中国人も集まってきて、最後は国もお墨付きの芸術の街になりました。
ひとつの場ができることによる化学反応に感動して、地元・小名浜でもこういうことをやれたら面白いなと考えていました。建築やランドスケープデザインをやっていたたん君と2010年に出会って意気投合し、それから何度も会って意見を交換しながら、彼がアイデアを図面に落としこんでくれて、構想が固まっていきました。
2010年の冬には物件探しを始めて、使われなくなった港の町工場を改修して使うことに決めたものの、契約直前の2011年3月に震災が起こってしまい、その建物は使える状態ではなくなってしまいました。それから紆余曲折あったのですが、ここ、本町通りで物件を見つけ、5月にUDOK.をオープンしました。
当初は二人だけで始めたUDOK.の活動ですが、だんだんと人が集まり、ペインティングやパフォーマンス、音楽DJなど、それぞれが自分の好きなことに没頭できる空間が出来上がっていきました。
UDOK.のメンバーで、壁に即興ペインティング
夜な夜な集まる仕事帰りの大人たち。自分の趣味に夢中
街へとはみ出し、日常に光を当てる
週末には、それぞれの興味や特技を活かしたワークショップが企画されるようになり、いつしかUDOK.の活動は、アトリエから街へとはみ出してゆきます。
UDOK.のアトリエの中だけで作品を作るのではなく、街全体をフィールドとして、公共空間にはみ出していく。そうすると、はみ出したところで街の人とぶつかります。そこで生まれるコミュニケーションがなかなか面白い。今まで、公共空間とプライベート空間、晴耕と雨読できっちり分けられていた境界線、それを曖昧にしていく機能がUDOK.にはあるんじゃないかと思います。
街中にはみ出してのワークショップは、景観スケッチや、工場夜景撮影、砂浜での即興芸術など、普段「日常」を過ごしている空間に、いつもと違う角度から光を当てていく試みばかりです。
変わりゆく小名浜の景観をスケッチに
朝の砂浜での即興表現、「うぶすな」
小名浜の街全体をギャラリーに 「小名浜本町通り芸術祭」
今年2013年の10月13日・14日には、「小名浜本町通り芸術祭」という、街全体を舞台とした芸術祭が開催されます。
たんさん 芸術祭といっても普段のUDOK.の活動の延長です。作品の展示場所も、特別なギャラリーではなくて街そのものを使います。商店街のシャッターとか、普段僕たちが日常的に通る場所に、日常を切り取った写真やスケッチを飾っていく。そうすると、当たり前だと思っていた日常には、実はたくさんの変化が起こっていたことに気づくんです。
小松さん 日常は、単なる繰り返しではなくて、多くの犠牲によって成り立っているもの。だけど、意識しないと人はそのことを忘却してしまいます。原発だって、事故が起こって危険な存在として「非日常」的に注目される前から、双葉町を含めた日本各地の原発立地地域には、ずっと日常として存在していたわけですから。
小名浜に住む僕たちがやっていくべきことは、単発の大きなイベントではなくて、日常の大切さを繰り返し伝えていくことなんじゃないかと感じています。「復興」という2文字では語り尽くせない、日常の複雑さや奥深さを埋没させないで、色んな角度から見せていきたいと、そう考えています。
普段日常を過ごしている街そのものをギャラリーにするからこそ、日常の大切さが浮き上がってくるというわけですね。そんな新しい試みに対して、街の人たちの反応はどんなものだったのでしょう。
小松さん 商店街に行って企画を提案してみると、面白そうだからどんどんやればいい、若いやつがやることなら応援するぞって、暖かい反応をいただきました。 町内会のおじさんたちが僕らの親の同級生だったりして、親の世代を通してビラや噂が広がっていく様子は、地元ならではという感じがしましたね。
たんさん 準備しているときも、色んな人に差し入れいただいたりして、本当に日常の中でやっている感じがします。今回の芸術祭に合わせて、仮設美術館というものを建てたのですが、その制作過程も、分担をかっちりと決めて動くようなものではなくて、通りすがりの一般の人が即興でどんどん参加できるようなものにしました。
境界を越えて、街の各地で人が交わり、セッションが起こっていく…。アトリエから少しずつ街へとはみ出していったUDOK.の活動は、日常に密着しながらも、芸術祭に向けて確かな盛り上がりを見せているようです。
特別ではない、小名浜の日常の魅力を発見してほしい
最後に、小名浜の外から芸術祭に訪れる人へのメッセージをいただきました。
小松さん 小名浜を歩いて、芸術祭の作品を観て、何か感じるところがあったら、それを素直にどんどん街の人に話してみて欲しいです。日常に根ざした活動は大切だけれど、地元の人間だけでは時に視野が狭くなってしまうこともあります。芸術祭の目的も、日常の中に「非日常」を発見することですし、新しい視座や文脈をもたらしてくれると嬉しいです。
企画を仕掛けたのは僕たちですが、街の人たちもお客さんに質問されてなんとなく語っているうちに、それぞれ自分なりの小名浜像や芸術祭像が出来上がっていくと思うんです。それは地元に対する誇りや愛着にもつながることですが、外部からの視点があってからこそ成り立つものなんですよね。
たんさん 一方で、僕たちがやっていることって、そんなに特別なことではない気もしていて、きっと「こういうのやりたいね」って人がいればどんな地域でもできることだと思うんです。だから、僕たちが見せる日常から、来てくれた人がそれぞれ何か持って帰れるものを見つけてくれるととても嬉しいです。
小名浜の日常と「非日常」が交錯する時間。小名浜本町通り芸術祭は、2013年10月13日・14日開催です。小名浜に行ったことがある人も、はじめての人も、きっと誰でも楽しめるはず。是非足を運んでみてください。
(Text:鈴木悠平)