NPO法人「百菜劇場」左から根津暁子さん、廣部里美さん ©MOTOKO
色、かたち、大きさ、産地、値段。みなさんは野菜をどんな基準で選びますか?食の安全を意識して、オーガニックの野菜を好んで買う人もいるかもしれませんね。
今日は1ヘクタールの農地を舞台にして、野菜とお米を育てるNPO法人「百菜劇場」の取り組みをご紹介します。
よくよくお話をうかがうと、彼女たちはただ作物を育てているだけではありません。そこには、コンパクトでも経営が成り立つような、新しい農業のあり方を模索する姿がありました。
農業がちゃんと続けば、地方はきっと美しい
滋賀県近江八幡市。ここは日本最大の湖、琵琶湖から水路でつながる湖沼がいくつも広がる水郷の里として知られています。私が訪れたのは8月末。爽やかな風が吹き抜け、水辺に生えた葦がざわざわと大きな音をたてて揺れていました。
「百菜劇場」の畑は、琵琶湖最大の内湖である西の湖の近く。「湖の向こうから昇る朝日を見るのが好きで、朝は5時から畑に出ます」と廣部里美さん。大切な宝物を見せるように、嬉しそうに畑を案内してくれました。「専業農家が見たら、おままごとみたいな広さ」というものの、農薬を使わずに作物を育てるには「あまりに大きい!」という印象を受けました。
しかも畑しごとを担うのは、廣部さんと根津暁子さんの女性2人だけ。彼女たちは、もともと持続可能なコミュニティのモデルを目指す「小舟木エコ村」という住宅地の企画開発・販売を担う「株式会社 地球の芽」の社員でした。
「小舟木エコ村」の特徴のひとつは、すべての宅地に10坪の家庭菜園がついていること。「百菜劇場」は「小舟木エコ村」を拠点に、食の安全を求める消費者団体として発足し、2006年にNPO法人化されました。
そして2009年に農地法が改正され、農業生産法人以外の一般企業やNPO法人でも農地の貸借ができるようになったことがきっかけとなり、廣部さんと根津さんは会社を離れ、農業に転向しました。
地主さんから借り受けた農地1ヘクタール(100m×100m)は田んぼ4枚と畑2枚、蓮根畑1枚がならんでいます
土を汚さないように、命がずっと続くように
「百菜劇場」が考える持続可能な農業とは、ずばり「自然と人の暮らしが調和」していること。化学肥料・農薬・除草剤を使えば、それなりに生産効率が上がるものの、薬品が土壌に染み込み河川や海を汚染したり、人体や周りの生態系にも悪影響が出ることも。
「買った方が安いけど、遺伝子組み換えの菜種が入っている」という理由で、肥料は滋賀県産菜種の油かすと米ぬかでセルフメイド。そこに地域の豆腐屋さんのおからや、魚屋さんの魚のアラからできた魚粉を混ぜ、カルシウムやマグネシウムを補充。
堆肥には地元のきのこ農家から産業廃棄物として捨てる運命にある “廃菌床”を譲り受け、土に投入。手間をかけた甲斐あって、土壌肥沃土診断の結果「1gの土に13億個の微生物がいる」良土とのお墨付きをもらいました。(立命館大学総合理工学研究機構琵琶湖Σ研究センター・明日の農と食を考える研究会調べ)
もちろん野菜の“種”にもこだわりが。遺伝子を操作し、一世代限りの収穫しかできない“F1種”よりも、自家採種ができる“固定種”の種をなるべく使って、野菜を育てるようにしています。
この風景をそっと残しておくために、できることはなんだろう。
畑をしながら、そんなことを思っています。
「つくり、学び、食べる!」おいしい農業
そんな農業のあり方を多くの人に伝えるために、「百菜劇場」はさまざまなイベントを企画・運営しています。
「農の連続講座」と題した農業体験では、種を採る→苗を育てる→植えつけ→草取り→間引き→支柱立てや脇芽かき→収穫までの畑しごとのあれこれを、座学と実践というふたつのアプローチから学びます。
(4月~11月の毎月1回開催、参加費約3000円/1回)
そして、何といってもお楽しみは農作業のあとの食事。ていねいに育てた畑の野菜をふんだんに使い、自他ともにグルメと認める廣部さんたちが腕をふるった季節のメニューがずらり!時には地元農家さんから郷土料理の差し入れもあり、老若男女、地方の人と都心部の人たちがクロスする交流会の場になっているようです。
ある日のランチ。左→右の順に、ピンク色のジャガイモを使ったサラダ、フェンネルの香りをつけたトマトのピクルス、生野菜×大葉と豆腐のディップ添え、玄米ごはん、地元農家の重鎮「佐平治さん」の自家製フナ寿司。畑と湖の恵みがコラボした一皿 ©百菜劇場
「夏の畑は毎日表情を変える」というくらい、作物も草も伸びるのが早いもの。生命力溢れる百菜劇場の畑の魅力は、隣町の絵画教室の先生の目に留まり、一日だけの青空アート教室の場にもなりました。
こちらは親子合わせて約50名が参加する一大イベントに!もちろん最後は、畑で採れた野菜たっぷりの焼きたてピザで締めくくられました。
自分で選んだモチーフをスケッチ。縞模様が特徴的な固定種の「シマムラサキナス」が人気でした。©百菜劇場
まっすぐ伸びる蓮の様子を見事にとらえた力作 ©百菜劇場
畑で採れたばかりの野菜をトッピングしたピザ。ドラム缶を改造した窯で焼きました ©百菜劇場
「百菜劇場」の畑には、地域の伝統産業である“八幡瓦”を製造するため、採土を繰り返したせいで水が溜まっている一角がありました。
そこに「試しに植えてみた」100本のたね蓮根は、翌年見事に花をつけました。「お盆のお供えに」「料理の飾りに」と、今や地元の農家や料理店からも重宝されるほどに。この蓮の花で香りづけしたお茶を楽しむ、優雅なお茶会も畑で開きました。
背丈よりうんと高くまっすぐ伸びた蓮たち。文字通り畑に花を添え、「百菜劇場」のシンボル的な存在に ©百菜劇場
里山保全のため、竹間伐材を利用したバンブーグリーンハウス。京都大学の小林広英准教授の協力のもと畑の横にワークショップで建てました。ふだんは育苗のための作業場がこの日はお茶席に早変わり。葉にお茶をのせて茎伝いに飲む“象牙杯”にチャレンジ ©百菜劇場
10月~3月に行う蓮根掘りは、泥の中に膝近くまで埋もれながらの重労働。しかも地中深くに植った蓮根は掘っている途中で折れたり、傷がついて売り物にならないこともしばしば。そこで折れた蓮根も、思い出とともに持ち帰られるようなイベントを定期的に開催したところ、1年間でのべ100人が参加する人気イベントになりました。
「寒さの中で掘ってこそ」という奇特な参加者が、大阪や京都からも噂を聞きつけてやってくる人気イベント ©百菜劇場
孤独な農業を、みんなで楽しい農業にしたい!
近江八幡市は京都から新快速電車で約30分、大阪からでも約1時間と都心部から近く、最低でも月に1回は必ず開催するイベントは各地から人が集い、なかなかの盛況ぶりです。
こうした農業体験は「農業の楽しさや現場の姿を知ってもらいたい」という願いはもちろん、小規模農業を経済面でも持続可能にするための収入源にもなっています。
私たちの田んぼで、だいたいお米が40俵とれます。1俵(60kg)とは一年間に日本人1人が消費する平均の量。つまり約40人が1年間で消費する量です。私たちはそれを、農薬や化学肥料を使わないという付加価値をつけて、消費者に直接販売しています。
もし同じ品種のお米を既存の流通に乗せた場合、卸売業者の買い取り価格は、私たちの販売価格の半分以下になります。これだと農家経営が非常に厳しく、もっと広い面積で、高額な大型機械や農薬を使った大規模な農業にしなければならない。そして黙々とたった一人で機械を使って田を耕し、作物ができた後はどこで誰がどのように消費しているのか見えない。これが農業の現状です。
私たちは大きな農業法人ではないので、大型機械などの設備投資に巨額の費用をかけることはできません。そこでせめて顔が見える数十人のための作物をつくりたいと思います。体験農業と組み合わせたりしながら、コンパクトでも成り立つ農業のスタイルを模索しています。
畑とキッチンをつなげる「六次産業化」
規模を拡大するのではなく、経営を成立させるためには「いかに付加価値をつけるか」がポイントです。「百菜劇場」は、栽培→加工→販売・流通までを一手に担う「六次産業化」を進めています。
「百菜キッチンプロジェクト」と名付けた商品開発もその一環。畑で採れた大葉がたっぷり入ったおかずみそ、手軽に使えるトマトのパスタソース、地域の伝統野菜“北之庄菜”を使ったドレッシングなどを試作し、来年から商品として販売する準備を始めています。クリエイティブ集団「graf」の元シェフで、現在はフリーランスの料理研究家である堀田裕介さんをはじめ、イラストレーターとして活躍する竹村ゆみ子さんや、デザイナーの方々も商品開発に携わっています。
私たちは個人やレストランに野菜やお米を届けたり、ネット通販、マルシェでの対面販売と、まだまだ販路は限られています。
商品開発ではFacebookのコミュニティページを活用し、クラウドソーシングのようにみんなで智恵を出し合い、消費者の方も商品づくりの段階から参加してもらいたいと考えています。こうして私たちの活動に興味を持ち、賛同してくれる方を増やしながら、同時に少しずつ販路を開拓しているのです。
地方にこそ、豊かな生き方がある
こうして六次産業化し、「小さいけれど成り立つ農業」を模索するのには、こんな思いがあります。
都心で働く大学時代の友人の中には、「いくら働いても時間もお金もない」といって、体調を崩す人もいました。私よりきっと現金収入はあると思うのですが(笑)。でも確かに、都会は家賃も食べ物も高い。水だってお金を出して買うくらいです。
私は高校生の頃から、ずっと地方を元気にしたいと思っていたけれど、実際にはその逆。「地方にいれば元気で豊かな暮らしができるんだ!」と気づいたのです。
「オーガニックの野菜が、健康に留意する人に向けた“高価な野菜”であるよりも、都会で忙しく働く人たちが、地方の豊かさに気づくきっかけになってほしい」と廣部さんはいいます。「百菜劇場」は農業というかたちをとりながら、ライフスタイルそのものを提案しているのです。
今後の夢は「宿泊付きで農家体験ができる古民家を見つけたい」とか。作物が育つように、「百菜劇場」の活動も、その芽をぐんぐん伸ばしていくようです。
今日は何を食べよう。この野菜、どうやって料理しよう。私たちは消費の仕方はあれこれ考えるものの、生産することに意識を向けることはあまりしていません。だとすれば、手間と時間をかけた作物を選ぶ、こだわり農家さんの作物を食べられるレストランを選ぶ、なんていうことはできるかも。
食べ物は自分の命をつくるから、その現場は命のみなもと。
あなたも一度訪ねてみませんか?