東日本大震災の被災地となった東北で、地域の復興や課題解決に向けて失敗を恐れずに立ち上がる起業家が次々と出てきています。一方、彼らの前には多くの壁が立ちはだかり、事業を軌道に乗せることもなかなか容易ではありません。
そんななか、仙台市の一般社団法人「MAKOTO」は東北の起業家を支え、日本で最も成功しやすい環境をつくることで復興を加速させようと奮闘している団体です。ほかの支援団体やコンサルタント会社などと大きく異なるのは、「志」を基準に支援先を選ぶこと。幸せな社会をつくりたいという強い意志を持った経営者を、同志として応援しているのです。活動の背景には、「本当の幸せとは何か」を考え、追い続ける志士たちの情熱がありました。
「世のため人のため」が支援先を選ぶ基準
JR仙台駅から徒歩約10分のところに、MAKOTOが運営を任されている東北最大級のコワーキングスペース「cocolin(ココリン)」があります。クリエーターや会社経営者、弁護士など多種多様な40人以上が登録。MAKOTOの本多智訓さんは「cocolinはただ机や電源を貸す場所ではありません。チャレンジしたい人をつなげる場所です」と言います。
MAKOTOは国内外に広がるネットワークとコーディネート力を生かし、起業家をほかの起業家や支援者と結び付けています。事業のもう一つの柱が、全国からの支援をマッチングする「チャレンジスター」。
ウェブサイトやイベントで起業家やプロジェクトを紹介し、数十万~数百万円の資金を集めるクラウドファンディングです。資金以外に、ボランティアの募集や販路開拓のパートナーなどさまざまな困りごとへの支援を呼びかけられるのが特徴です。
復興を加速させるには、従来のやり方や考え方に固執するのではなく、多くの人の知恵や力を持ち寄ってイノベーションを起こす必要があります。そして経営者は孤独なものです。場をつくり、交流や連携を促すことで互いにモチベーションを高め合い、アイデアやプロジェクトの創出を目指します。まずは起業家や支援者をネットワーキングし、支援の機運を高めたいと考えています。
MAKOTOの支援の基準は志です。例えば、MAKOTOがつなぎ役をした宮城県石巻市で復興支援美容室を営む「ラポールヘア」グループは、3年間で10店舗の新規出店と100人の雇用創出を計画し、三菱商事復興支援財団から4000万円の投資を受けました。グループの事業は好調で、目標を大幅に上方修正しています。
経営者は、国内最大手の美容室グループの取締役でした。被災地で仕事を失くした美容師に働く場を提供しようと、縁のなかった石巻に会社を興したのです。子育て中の美容師でも働きやすいように、店舗には託児室を設置しています。
4月12日に東京のヤフージャパンで開かれたチャレンジスターのPRイベント。4人が復興プロジェクトをプレゼンし、支援を求めた
MAKOTOが今、力を入れて支援しているのは、福島県の米と全国の食材を世界に売り込み、風評被害の払拭に挑む経営者です。リスクのあるプロジェクトで、経営者に反対する声もありました。
被災地には体を張って頑張っている経営者が多く出てきています。彼らには目の前の課題を何とかしたいという思いと志がある。大切なことはビジネスモデルや技術ではありません。わたしたちは起業家の志に共感し、東北や日本の未来を作る人物だと確信した場合に、全力で支援します。
「人間が幸せに暮らせる世の中に」
MAKOTOはなぜ志の重要性にこだわるのでしょうか。そこには代表を務める竹井智宏さんの理念が大きく影響しています。
MAKOTO代表の竹井さん
竹井さんはもともと、仙台市にあるベンチャーキャピタルファンドで働いていました。東北の経営者や起業家の応援団を自認する熱血漢。震災直後から公私を問わず、被災企業の支援に奔走してきました。
そんな竹井さんの使命感を支えていたのは、妹を自殺で亡くした体験です。社会の役に立ちたいと思いながらうまくいかず、最後に自らの命を絶った大切な妹。一家は悲しみの淵に追い込まれました。日本の自殺者は年間3万人にも上ります。妹たちの死は何を意味しているのか。竹井さんは悩み抜き、自殺者が世に警鐘を鳴らしているのではないかと考えるようになります。
先進国の多くで経済原理が優先されている。失業して家族の絆を失ったり、心の病になったりする人がいる。震災で大きな変革が求められている今こそ、幸せを感じられる社会に作り変えなければいけない。「私利私欲を捨てて挑戦する起業家を多く輩出することで新しい東北、日本を作れるはずだ」。そう考えた竹井さんは会社を辞め、2011年7月にMAKOTOを設立します。
復興にかける、東北を愛する志士が集う
竹井さんは被災地への資金を外から調達しようと駆け回りました。英語が得意な訳ではなかったそうですが、度胸一つで何度も渡米し、被災地の状況や支援の必要性を現地で訴えました。国内外の経営者や投資家と面談を繰り返してネットワークを広げ、仲間や支援者を増やしてきました。
本多さんも竹井さんに触発され、仲間に加わった一人です。今では竹井さんの右腕として組織の運営や事業のかじ取りを任されています。本多さんは首都圏の出身ですが、保険会社に入社してすぐに盛岡市に配属され、次第に東北の自然や風土に魅せられたそう。
四季や人情が豊か。冬はとても厳しいけれど、春を喜ぶ気持ちが大きくなる。心の中で、人間としての基本的な部分が充足された。初めての感覚でした。5年間の赴任中に、東北は自分の故郷だと思うようになりました。
「挑戦者の志を支援したい」と話す本多さん
本多さんは保険会社を辞め、東京の大学院で地方のベンチャーを活性化する方策を研究しながら、いつか東北にIターンしようと考えていました。そして震災後、全国を駆け回っていた竹井さんと出会います。2人は地方が経済を回すためには自立しなければいけないという考え方や課題認識が共通していました。
私の場合は、使命感というよりも東北が好きなんです。自分が好きな場所だから、みんなで盛り上げていきたい。東北で、人間らしい豊かな生活をしたい。同じように考える「2番目、3番目のわたし」も大勢いるはずなんです。彼らが東北で暮らしたいと思っても、仕事がなくて戻れない現実がある。
起業家を応援し、地域を元気にすることで、彼らの働く場や雇用を作っていきたいと考えています。まずは東北ナンバーワンのインキュベーション組織を目指します。
組織の安定的な運営へ、新しい事業を展開
活動は徐々に認知され、全国的なメディアにも取り上げられるようになってきました。海外からの支援の申し出も多く、復興支援のフロントランナーとして関心と注目を集めています。ですが、そんなMAKOTOも課題を抱えています。
東北の復興や新しい日本の創造ヘ向けて、価値あるものを提供しているという自負はあります。ですが、サービスを事業として回し、利益を確保する水準に達していない。起業家の支援を仕事にしていますが、MAKOTOそのものもまだまだベンチャーなんです。
組織を安定的に運営するため、既存事業の成長を図るほか、今あるリソースを生かした新規事業を計画しています。
MAKOTOで活動中のインターンと。後列中央が竹井さん
ところで「志」の高さのように数値化できないものを、MAKOTOはどうやって見極めているのでしょうか。本多さんは「簡単ですよ」と事もなげに言います。
会って話せば分かります。大きなことでなくて良いんです。「たった一人の従業員の人生に責任を持ちたい」というのも経営者の立派な志ですよね。金儲けや会社のことなど、私利私欲が混じっていれば見抜けます。多くの東北人は震災で、最も大切なのは人と人の絆や志だと知りました。MAKOTOもそれを大切にしていきます。
戦後の焼け野原から日本が立ち上がってきたように。阪神大震災の経験者が、東日本大震災の被災地で活躍するリーダーに育ったように。悲しみと苦難を経験した東北の地から、必ず次の時代のリーダーが生まれる。MAKOTOは同志ともに東北の未来を作り上げようと、走り続けています。
(Text:鈴木美智代)
福島県いわき市出身、仙台在住。宮城県の新聞社で記者として勤めた後、フリーランス。
東北の良いところ、素敵なところをたくさんの人に知ってもらいたいと思い、伝える方策を考え中。ただ、いまは大変なことも多いので、素敵なものを「守る」方策を考えることが先かもしれません。農業や漁業、自然の中の暮らし、里や山村の文化に関心を持って取材しています。百姓ライター。ときに木工品ショップの店員、ベンチャー企業の事務手伝い。