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見たことのない野菜、食べたことのない野菜がコミュニティをつくる!地域をつなぐ伝統野菜レストラン「清澄の里 粟」

根の先まで真っ赤なカブ「片平あかね」

根の先まで真っ赤なカブ「片平あかね」

大和真菜、片平あかね、結崎ネブカ…。
まるで女性の名前にも聞こえますが、実はこれらはすべて奈良の大和伝統野菜なんです。耳馴染みのない名前に興味を惹かれますが、実際に野菜を目にしてみるとそれ以上の驚き。どれも個性豊かな色、形、そして大きさをしています。

これら大和伝統野菜と、その種を継ぐ活動によって地域の繋がりをつくっているレストランが奈良にあります。

繋がりを大切に捉え、これからの未来を作っていこうという世代を中心に、コミュニティデザインや地域を見つめなおす活動をする方が増えていますが、野菜や食を通じての繋がり作りには、人と人、世代を超えたコミュニティの原点がありました。

「まくわ瓜」に「ばばごろし」歴史と多様性のある伝統野菜

甘いのにスッキリ「まくわ瓜」
甘いのにスッキリ「まくわ瓜」

大和伝統野菜をはじめ、地域の伝統野菜の人気の理由は、やはりその野菜にしかないおいしさや香りです。

たとえば瓜ひとつをとっても、私たちが普段食べている、キュウリやメロンだけではありません。鮮やかな黄色い実をつける「まくわ瓜」は、まさにスイーツ。甘みがありながらも主張しすぎることはなく、深みのあるおいしさがじんわりと広がります。後味もすっきりしているので、ひと口食べると、どんどん食べ進んでしまいます。

「ばばごろし」を片手に説明する三浦さん

「ばばごろし」を片手に説明する三浦さん

また、物騒な名前で呼ばれる「ばばごろし」は、“水分が少ないためおばあさんがのどに詰まらせる”という逸話をもつ瓜。「ばばごろし」だけが持つ香りの良さから栽培が続けられてきた瓜ですが、野菜ごとに昔から語り継がれてきたストーリーがあるのも伝統野菜の面白さです。

全国で同じ野菜が栽培されて食べられている中、けっして画一的ではない、歴史と多様性のある野菜たち。多様性を認めるということの大切さは、人が伸び伸びと過ごせるコミュニティを作ることにも通じます。

たったひとつのレストランがコミュニティの結びつきを強くした

小高い丘の上に立つ大和伝統野菜レストラン「清澄の里 粟(あわ)」
小高い丘の上に立つ大和伝統野菜レストラン「清澄の里 粟(あわ)」

奈良県高樋町、市街地から車で20分程度。入り組んだ山道を抜けた農村地にレストラン「清澄の里 粟(あわ)」はあります。ひと気もけっして多くなく、こんなところに?と思うような場所にありながらも、県内外からのお客様の予約が常に1ヶ月先までは埋まっているという、地元では誰もが知るお店です。

レストランで提供されるのは、近隣の農家と、オーナーの三浦さん自らお店の隣の畑で作っている大和伝統野菜。十数年前に大和伝統野菜の調査を始めた三浦さん夫妻でしたが、この場所にレストランを作ったことがきっかけとなって大和伝統野菜を作る農家は増え、またレストランという場所自体が地域住民の繋がりを作る集会所として機能しています。

レストランのほかにも「NPO法人清澄の村」を立ち上げ、年齢性別を問わないメンバーで年間200種類以上の伝統野菜の栽培や、地域に根ざした伝統的な知恵を学びあう活動もおこなっています。たったひとつのレストランができたことから、地域の結びつきが強くなり、コミュニティが自然と作られていったという過程にはとてもわくわくさせられます。

理想的な福祉を実現するアプローチとしての伝統野菜

元々は、耕作放棄されて数十年も経った荒れた山を開墾し、地元の農家の教えを受けながら野菜を育ててきたことから始まったという三浦さんの活動ですが、その目的は意外にも「福祉だった」と言います。

多様な伝統野菜が実る畑

多様な伝統野菜が実る畑

専門学校を出て福祉関係の研究機関に勤めていたのですが、そのうち、高齢者が要介護者になるのが前提であるような福祉の現状に疑問を抱くようになりました。そこで、いつまでも健やかに暮らせる予防福祉のようなアプローチができないものか。と考えるようになったんです。

そんな折、三浦さんは奥さんとの新婚旅行先で、人生の転機となる決定的な出会いをします。

ネイティブアメリカンの村に立ち寄ったときのことです。その村では伝統的食べ物であるトウモロコシを作ることで食文化が継承されていて、世代間の繋がりと共同体の繋がりの強さを目の当たりにしました。知恵を持っているためお年寄りは頼りにされ、生きがいがあり、生涯現役。そこには日本で感じていた、お年寄りの役割の無さ、生きる上での横の繋がりの喪失はまったくありませんでした。

世代を超えてお互いを尊敬しあい生き生きと暮らす素晴らしいコミュニティ。その中心にあったのは、お年寄りが若者に伝えていた食文化、とりわけ伝統野菜と、その種でした。

帰国後、ネイティブインディアンの村で得た“伝統野菜”というキーワードを胸に、全国を訪ねて歩いた三浦さんは確信します。

伝統野菜が残っている地域には伝統文化やコミュニティがある。

伝統野菜は家族や仲間の顔を思い浮かべて作る“家族野菜”

身近な人を笑顔にする“家族野菜”
身近な人を笑顔にする“家族野菜

そもそも伝統野菜は収穫量の少なさや個性的な形の問題から流通には乗せにくいため、けっして換金作物として向いているとは言えません。とくに戦後、農業も産業としての拡大が求められていく中で、大量生産できて形も揃うF1種(種苗会社が人為的に作った種)が主流になり、徐々に姿を消していきました。

また、伝統野菜は自ら作った作物から次の年に蒔く種を取る作業が基本となるため、かかる手間は一般的な作物の非ではありません。ですが、伝統野菜の最大の魅力は年々その土地の風土や気候に馴染み、年を経るごとに素晴らしいおいしさになっていくところ。

こうして、伝統野菜は淘汰されていきながらも、手間をかけてでも「おいしいから」「家族が好きだから」という理由で細々と作られてきました。

伝統野菜は家族や仲間の顔を思い浮かべて作る、生活に密着した家族野菜です。だから伝統野菜を作っているところは繋がりが強い。繋がりが出来ていったらそれが良い福祉にも繋がっていくはず。

顔のわからない誰かではなく、身近な人の笑顔が見たくて作られる野菜。喜びを共有したいという価値観をもつ人のまわりにコミュニティが作られていくのは当然なのかもしれません。

食べることは生きること。生きることは人と繋がること。

農家レストランとしては異例の“ミシュラン”一ツ星を獲得した「清澄の里 粟」
農家レストランとしては異例の“ミシュラン”一ツ星を獲得した「清澄の里 粟」

地域のコミュニティを作る場でもある「清澄の里 粟」で食べられるのは、郷土色ある和食創作料理。オーナーの三浦さん夫妻や近隣の農家がその日に採ってきたばかりの野菜を使って調理をするから、みずみずしさとおいしさがまるで違います。さっきまで畑にいた生命力のある新鮮野菜を食べるときには、まさに生命をいただいている気持ちになります。

そんな「清澄の里 粟」は「ミシュランガイド大阪・京都・神戸」の2012年版にて一ツ星を獲得しました。

伝統野菜を昔から普通に作ってきた地元の方は、外からのフィードバックを受けることがなかなかないのですが、こうしたことによって、“おじいちゃんやお父さんが当たり前に作っていたものが、実はすごいものだったんだ”と子供たちが思ってくれるのはとてもいいこと。また世代を超えて伝統野菜が繋がっていけばうれしい。

「清澄の里 粟」の存在は、手間のかかる伝統野菜を作るのをやめようかと思っていた人が思いとどまったり、外からの視点によって地域の人が大和野菜の魅力を再発見するきっかけにもなっています。

食べることは生きること。生きることは人と繋がること。greenz.jpでも、食べ物をシェアすることで繋がりを感じたり、仕事の対価の一部を食べ物で支払うことで関係がぐっと近く感じられる仕組みをご紹介してきました。

気負ったり意気込むこともなく、「食」という、生活にもっとも身近な事柄を通して昔から地域のコミュニティは自然と形成されてきました。顔を合わせてごはんを食べるほどに相手に親しみの情が湧くように、「食」という足元を改めて見つめなおすことが人と人との繋がりを作っていく近道なのかもしれません。

「清澄の里 粟(あわ)」について調べてみよう。

野菜をシェアすることで生まれる楽しさを体感!