川にたなびく色とりどりの反物。2012年2月、新宿区中井の神田川周辺にて「染の小道」と呼ばれる町のイベントが行われ、大成功をおさめました。もともとこの界隈は、着物の染めの町。下町風情の小さな家屋が川沿いに並び、今でも染色産業に関わる人々が数多く住んでいます。
そんな歴史をもつがゆえに、町ぐるみで何かを行う時、さまざまな利害や人の感情が絡んで、なかなか思いきったことが仕掛けづらい事情もあります。そんな壁をくつがえしてイベントが成功した背景には、多くのプロフェッショナルなボランティアの力がありました。
今年で5回目となる「染の小道」ですが、開始当初は染色業界内の小さなイベントでした。今のスタイルになったのは昨年から。
商店街のお店75店舗に、染の職人や作家がつくったオリジナルの暖簾をかけた「道のギャラリー」と、川に反物をなびかせる「川のギャラリー」が行われました。今年は昨年よりも倍以上の来場者で、1万2千人の人が訪れる盛況ぶり。
中井の駅前の商店街には、さまざまな色や柄の染め物の暖簾がかけられ、工房では染のワークショップが行われて、多くの人が見物に訪れました。
普通の仕事では遭遇できない、刺激的な現場
来年は、これ以上来場者が増える、と困るというほど成果をおさめたこの催しですが、実現に至るにはさまざまな困難がありました。
そんな中、この地域に住む、仕事や家庭を抱える現役のプロフェッショナルボランティアたちが、大きな役割を果たします。
その一人である泉雄一郎さんは、このイベントの写真撮影やパンフレットデザインなどの制作を行ったデザイナー。中井で生まれ、近隣の町で育ち、再び中井に戻って10年という方。
本業は、百貨店丸井の壁面グラフィックデザインをはじめ、グラフィック、映像、店舗内装と幅広い分野を手がけるデザイナーです。このイベントの企画発案者でもある小林さんとの出会いで、スタッフとしてこのイベントに関わるようになりました。
川に反物をかけたいというアイディアを聞いた時、面白いなと思ったんです。その日のうちに、イメージをCGで起こして小林さんに渡しました。そしたらすごく喜んでくれて、話が具体的に動き出したんです。
泉さんをはじめ、このイベントに関わり働く人たちはすべてボランティア。イベント開催も近くなると、作業量は本業に匹敵するほどの負担となります。それでもこのプロジェクトに奔走するモチベーションは、どこからくるのでしょう?
普段出会わないような異業種の人たちと、同じ方向に向ってものづくりができる面白さがあります。もちろん問題も色々出てくるけれど、各分野のプロが集まっていて、毎回、会議や現場で話し合っているうちに、予期せぬことがどんどん生まれていく。その過程で学ぶことが多いんです。なかなか普通の仕事では遭遇できない刺激的な現場です。
企画の魅力に惹かれて
また、初めの2~3年は小規模で行われていたこのイベントが、昨年からぐっと広がりのある展開になったのは「おちあいさんぽ」という主婦のグループの力が大きかったのだとか。「おちあいさんぽ」は、中井や落合周辺をベースに、地元のお店を紹介するフリーぺーパーで、これを発行しているのが、泉さんいわく「仕事のできるパワーのある女性たち」なのだそう。
そんな「おちあいさんぽ」代表の中山洋子さんにもお話を伺うことができました。中山さんは、元大手企業で新規事業を手がけていた方。今は子育てのために家庭に入ったものの、何かしたいと地元で出会った仲間とこのフリーペーパーを始めました。
取材で町のお店の方たちや、染色に関わる人たちとの接点ができていったんです。そのつながりで「染の小道」を手伝ってほしいとお声がかかりました。でも中井という町の、染物との関わりを聞いて、難しい面も沢山あることを知っていたので、自分が関わるようなことではないと思い、初めはお断りしようと思っていたんです。
それでも、企画のアイディアを聞いてから、すっかりそのイベントを実現したい気持ちになってしまったという中山さん。
染めの暖簾が商店街のお店にかかるイメージが、ぱぁっと頭に浮かびました。染色産業と商店街の結びつきが表現できる、すごくいい企画だなと思ったんです。しまった、これは面白い。これやったら絶対成功するだろうなって(笑)
長年新規事業をやってきた経験から、そのイベントの面白さや成功するという予測までできてしまった中山さん。どうしてもそのイベントに関わりたい思いが沸きあがります。まずは、来場者3000人、暖簾をかける参加店舗50、川にかける反物60反と、現実的な数字を初年度の目標にしようと自ら提案し、足を踏みいれていきました。
みんなに賛同してもらうことではなく、まずはとにかく「実現すること」を目的に
それでも、実現までは大変なことの連続でした。染色業にだけ肩入れするわけにはいかないという理由から、飲食店に協力を仰ぐことさえストップがかかる状態。
染物の歴史は古い分、昔関わっていた人たちが町に今も多く残っていて、今も続けているお店と離れてしまった人たちの間にさまざまな感情が残っていると思われていました。ところが、実際に私たちがお店を周ってみると、150店周ったうち50店舗もの協力が得られたんです。
みんな心の底では、染物が盛んだった頃をとても懐かしく思っているし、また頑張ってほしいと思っていたことがわかったんです。そんな数字が表に出てくると、難しいと考えていた人たちの印象もどんどん変わっていきました。
さらに、肝心の染色業界を取りまとめる上で重要な役割を果たしたのが、湯のし屋の吉澤敏さん。「湯のし」とは、着物を染める工程の一つで、染める前の白生地や染めあがった反物に蒸気をあててしわを伸ばす仕事です。
代々続いてきたこの家業を営む吉澤さんは、一人でも多くの人が着物を知るきっかけになれば、と新宿区染色協議会をまとめ、日頃接している職人さんたちとのパイプ役になり、積極的に協力します。
新宿区染色協議会の中には、この中井・落合地区には直接関わらない人たちも沢山いるので、もちろん協力者とそうでない人が居ます。でも協議会には共催という形で協力を得られていますし、町も、最終的には多くの人に来ていただいたおかげで、お昼どきの飲食店はどこもいっぱいになったりと、やっぱりやってよかったという雰囲気になっていると思います。
地元の目白大学の学生さんたちも、たくさんボランティアとして参加してもらっていますが、これが機会で生まれて初めて着物を着たという女の子も居ましたからね。
今回お話を伺った3人が皆さん口にしたのは「とにかく実現させる」という言葉。初めから全員に賛同してもらうのは難しくても、カタチにして見せることで多くの人を納得させることができると言います。
どの地域も、最近はお祭りやイベントなどが盛ん。イベントは町づくりの第一歩です。
こうした機会が、価値観の異なる人同士、町のことを考えるきっかけになるのかもしれません。
「染の小道」についてもっと知ろう