「ザ・漁師’s」は、漁業の就業支援を目的に、漁師の役割や使命を伝えたいと結成した漁師集団です。その有志数名が中心になって、漁業の活性化を目指す事業を新たに始めました。
「漁師は魚を獲って売るだけじゃない。魚を育む漁場を作るも守るも漁師なら、海の脅威や畏怖を伝えるのも漁師の義務。だから、この仕事は難しくて、楽しい。」今まで無口でひたむきな漁師が評価されてきた世界ですが、面白い事業を仕掛けてしっかり稼ぐ姿を若者に見せたい、とちょっと変わった漁師らが集結しました。
今のままでは漁業は変わらない。なり手を増やすために
ここ数年、農業界では農家のイメージアップやビジネス化の面で若手の活躍が取り沙汰されるようになりました。漁の世界でまだそういった話を多く聞かないのは、農業に比べて新規参入が難しいから、とも言われます。漁業の技術は習得が難しい上に、漁業権を取るのも難関。なりたいと思って簡単に漁師になれるものではありません。
そこで、「ザ・漁師’s」は、プロとして活躍する漁師が集まって、漁師のイメージアップや販路拡大、新しい事業をつくろうとできた漁師の集団です。
2011年11月現在、加盟者は約50人。発起人である3人は、2008年に全国漁業就業者確保育成センターが行った「漁業就業支援フェア」に呼ばれた面々で、当時から漁以外の活動を積極的に行っていた漁師たちでした。
コアメンバーの一人、金萬智男(きんまんのりお)さんは木更津で30年間アサリや海苔漁を営む3代目の漁師。このメンバーでチームを組んだ動機をこう語ります。
この時集まったメンバーは、皆漁師でありながら、起業して流通開拓をやってるとか、元は広告代理店勤めとか、純漁師というより少し変わった人が多かったんです。
自分も30年間漁師をやってきましたが、地元の海で「里海の会」という海を守るNPOを作ったり、今は打たせ船の復元プロジェクトをやっていたりと、いろんな漁師の役割を模索してきました。そんな連中が集まることで、面白いことができるのではと思ったんです。
金萬さんは、これまでNPO活動を行ってきた経験から、実質的に機能させるためには社会貢献的な役割だけでなく、しっかりした事業体が必要だと考え、主要メンバーと共に「株式会社エンジョイ・フィッシャーマン」を立ち上げます。直訳すると“漁師を楽しもう”というベタな名前ですが、従来の漁師の仕事だけでなく、様々な役割を果たして稼ごうという意図が込められています。
「起業家=漁師」の集まった集団
㈱エンジョイ・フィッシャーマンは、全員が漁師という本業を抱えながらの組織なので、メンバーの参加の仕方も極めて柔軟です。個々が思い描くビジネス像もさまざま。
ゆるいネットワークでつながりながら、一人一人が実現したい、でも漁師一人ではできないビジネスを形にして、あがった売上のうち自分の取り分をとって会社に入れる。そんな風に進んでいます。それぞれの生活拠点も離れているため、各人が営業所長のようなもの。
例えば、金萬さんがこの会社で目指すのは「漁に関連していても、魚を獲るだけじゃない漁師の新しい儲け方」。
漁師がビジネスやるって言うと、すぐ魚をどう流通させるんだって話になるんですが、そうじゃなくて自分は魚を獲って売るだけじゃない事業をやりたいんです。
だからと言って、仲買人や流通の仕事を奪って自分たちでやろうということではない。漁師の役割は広くて、海の保全や安全を守ることもその一つだし、漁師という職人に付加価値を付けて派遣したり、市民を巻き込んで週末漁師として海を綺麗にする活動をしたり、いろんな可能性が考えられると思うのです。
既にそんな形の仕事がいくつも進んでいて来年から徐々に形になる予定です。
金萬さんがこれまでに手がけた活動は多様ですが、江戸時代に東京湾で獲れていたアサクサノリを復活させたいと始めた「アサクサノリ復活プロジェクト」では、種を探すことから始まり、木更津の漁師と組んで最終的に3万枚の海苔を生産し完売させました。
プロジェクトが一段落した今も、毎年アサクサノリの販売は漁師の元で続いています。
現在は、昔海苔の収穫に使われた打たせ船の復元に向けて、資金を集めるべく活動中です。
また、メンバーの一人である壁谷嘉人さんは、広告代理店を経て両親の仕事を継いで漁師になった方。50年変化してこなかった漁業界に、他にはない大きな可能性を感じたと言います。
壁谷さんは、地元の仲買人と組んで、未利用魚の流通を開拓。それまでは漁師の家でさえ食べなかった魚の、売り方、商品化を仲買人や販売者と一緒になって企画し、成功させてきました。
これまで100円で売れている魚を200円で売ることよりも、今まで売りものになっていなかった魚を100円で売る方が、可能性が広がると思ったんです。どう店頭に置けば買ってもらえるかといったことを流通者と一緒に考えました。
これで、市場や仲買人に売って終わりだった漁師の領域を広げました。
一方、立ち上げ人の一人である松田さんは、もともと東京の青山に事務所を構える売れっ子プランナー。奥さんの病気を機に福井県の東尋坊に活動拠点を移し、周りの漁師と付き合ううちに自らも漁を始めるようになりました。
エンジョイ・フィッシャーマンでは、これまでの経験を活かして「海に生きる漁師」の役割を広め、つなげる活動をしたいと考えています。
これまでの漁師さんらは、凄い力を持っている人ばかりですが、発信力が足りなかったとも言えると思うのです。魚を獲る人がいて、売る人がいる。その真ん中で、魚を商品としてシェイプする部分が欠けていたとしたら、そこを補いたい。
獲った魚がどんな魚で、どう食べると美味しいのか?なども漁師から発信できることの一つ、と数か月に一度、全国の「ザ・漁師’s」メンバーを招待して交流会「東京に漁師がやってくる!」が行われています。
11月は大分の「めばるの会」の女性が旬の魚や郷土食をもって参加。東京の飲食や流通関係の人々と漁師が直接交流し、関係をつくっていけるラフな場です。
また、お金を稼ぐだけでなく、「ザ・漁師’s」の全国ネットワークを活用してできた社会貢献的な例が「舫プロジェクト」です。
震災後、全国の漁師から使っていない船を集めて、被災地の漁師に贈るという活動で、すでに40隻を超す船が「ザ・漁師’s」の手で被災地に届けられました。この活動は報道番組などでも話題になったのでご存知の方も多いかと思います。
漁師には漁師にしかわからない気持ちがある。船を渡したいと名乗りを上げてくれる全国各地の漁師から船を引き取り、岩手県に届けることをこの団体のメンバー皆で行いました。
短期間でこうしたプロジェクトが実現できたのも、漁師のネットワークがあったから。この力をビジネスにも活かしていきたい、と金萬さんらは考えています。
漁師になるには、何年か漁師の間に住んで修業し、近所づきあいをして、認めてもらって初めて漁業権がもらえるというハードルの高い世界。
そんな中、漁師の従来の枠をはみ出して新しい取り組みを行うには、プロの漁師の活躍が欠かせません。
まだ始まったばかりのこの活動、今後が期待されます。
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