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アートの価値って何だ?ゲリラ・アーティストBANKSYからの挑戦を受けろ!―映画『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』

イスラエルとパレスチナを分離する壁に作品を描くバンクシー © 2010 Paranoid Pictures Film Company All Rights Reserved.

イスラエルとパレスチナを分離する壁に作品を描くバンクシー © 2010 Paranoid Pictures Film Company All Rights Reserved.

渋谷駅の岡本太郎の「明日の神話」に原発事故関連の「落書き」がされたことがニュースになったりもしましたが、日本ではまだまだゲリラ・アート、ストリート・アートの認知度は非常に低いのではないでしょうか? とは言っても実は日本以外の国でもストリート・アートがアートとしてもてはやされているわけではありません。

ただ、その唯一の例外と言っていいのがバンクシー。その作品がオークションにかけられると数千万円の値がつくという彼の映画が現在、公開されています。そしてこの映画がかなり「きてる」んです…

公の場に作品を残す文字通りストリートアーティストのバンクシー、有名な作品はいろいろありますが、例えばイスラエルとパレスチナを分離する壁に風船でその壁を越えようとする少女を描いた(上の写真の作品)りと社会的なメッセージが特徴の一つでもあります。

そんなバンクシーが監督をした映画ということは、彼の作品や活動についての映画となりそうですが… この映画はバンクシーについての映画ではそもそもありません。そしてストリート・アートについての映画でもないかもしれないのです。

というのも、この映画の主人公はバンクシーではなく、彼をはじめとする様々ストリート・アーティストの活動をカメラに収める事を生きがいとするティエリー・グエッタという男。カメラ中毒の彼は、たまたま従兄弟がスペース・インベーダーというストリート・アーティストで出身地のフランスに帰ったときに彼の活動を撮影します。これにすっかりハマってしまった彼はアメリカに帰ってからも紹介してもらったストリート・アーティストに密着して撮影を続け、時には(というかほとんど毎回)助手としても働きます。その中にはオバマの肖像画で有名になったシェパード・フェアリーなども含まれ、彼はほとんどすべての有名ストリート・アーティストをカメラにおさめることに成功します。

これがティエリー・グエッタ © 2010 Paranoid Pictures Film Company All Rights Reserved.

これがティエリー・グエッタ © 2010 Paranoid Pictures Film Company All Rights Reserved.

そんな彼でもただひとり辿りつけなかったのがバンクシー、それでもティエリーはバンクシーの活動をカメラに収めようと執念深く追うのです。そして、とうとうバンクシーに紹介してもらうことができ、撮影に成功し、バンクシーも彼を受け入れ、それ以降いろいろな場所に彼を連れていきます。

しかし実はティエリーは映像を撮りっぱなしで編集どころか自分で見返すことすらしていなかったのです。バンクシーは当然彼に映像作品を作ることを勧めますが、それが予想もしない結果になるのです…

もちろんバンクシーの作品の映像や個展の様子などはふんだんに盛り込まれ、彼の活動がある程度は分かるようになっています。しかし、この映画が私たちに投げかけるのはバンクシーやストリートアートという限定された芸術ジャンルという話題ではなく、アートそのものの意味なのです。

この映画を見ていると、何がアートで何がアートでないのか、どこまでが落書きでどこからがアートなのか、その境界がよくわからなくなってきます。そして同時にその境界がわからないところにこそストリートアートの魅力があるのだということも分かってくるのです。ストリートアートはアートでも落書きでもあるので、行政に見つかれば消されてしまいます。そのように刹那的な存在であることもストリートアートの要素の一つなわけです。

ということは、バンクシーの作品はオークションで買われて個人の持ち物になる時、その意味の一部を失ってしまうわけです。さらに言えば、バンクシーの作品はパブリックにあり、多くの人の目に触れることによってこそ意味があるものです。それを所有することに本当に数千万円の価値があるのでしょうか?

顔を見せないバンクシー © 2010 Paranoid Pictures Film Company All Rights Reserved.

顔を見せないバンクシー © 2010 Paranoid Pictures Film Company All Rights Reserved.

言い方は悪いけれど、バンクシーの作品を見て「いいねー」「すごいねー」と思うというのは、たやすいというか、そう思うことでどこかでソーシャルグッドとか社会的正義というものの一翼を担ったような気になることは簡単なわけです。バンクシーがこの作品でやろうとしているのは、彼自身の作品がそのようにして社会に消費されてしまっている現状を再び批判すること。それは自分自身の作品が意味を失うことを認めることでさらに辛辣で深い洞察をこの消費社会に対して行っているということです。

と、難しく書いてしまいましたが、この映画は実に楽しい映画です。物語もしっかりしているし、登場する人たちも面白いし、映像にもバリエーションがあるし、最後までのめり込むように見ることができます。しかし、観終わっておそらくほとんどの人がもやもやしたものを感じると思います。この、楽しさの裏になにかドロドロしたものが潜んでいるような感じ、その感じは社会(そこにはあなたも含まれれます)に対するバンクシーの鋭い洞察を意識的にではなくとも読み取ってしまっているということなのではないでしょうか?

この映画はアーティスト・バンクシーの映画ではありますが、バンクシーについての映画でもアートについての映画でもなく、社会の根本についての映画である、と私は思います。自身に対して批判的であるものをも飲み込みながら肥大していく消費社会、バンクシーが行い続けているのはこの社会に対する絶え間ないゲリラ活動であり、この映画はその活動の一環であるわけです。彼のストリートアートはパブリックでなくなることで作品としては意味が薄れてしまいましたが、その意味の変化を記録し公開することで再び意味を持つ。バンクシーが行っているのはそのような絶え間ない社会へのメッセージの送信なのです。

『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』
2010年/アメリカ、イギリス/90分

監督:バンクシー
出演:ティエリー・グエッタ、スペース・インベーダー、シャパード・フェリー、バンクシー
7/16(土)より渋谷シネマライズほか、全国順次公開
公式HP:http://www.uplink.co.jp/exitthrough/