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秋を食べよう みんなでね

家族や近所のおじちゃんおばちゃんと、両手を合わせて「いただきます!」
商店街と工場の間で、昔ながらの付き合いが残る川崎のとある町。そこで暮らすおじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さんと、やんちゃな1歳の女の子の5人家族から、秋の便りをお送りします。

カラダじゅうが、秋を呼吸している。

空は遠くて、青くて、澄んでいて、たなびく雲と吐く息が、うっすらと白い。タイムサービスの人込みはちょっぴりたんすのにおいがして、駅前には焼き芋の香り。神社の境内ではテントが張られ、大輪の菊が「ヤア我こそは!」と覇を競っている。ようやくお誕生を迎えた娘のベビーカーを押しながら、ゆっくりと歩けるこの季節がわたしは好きだ。

ある日のこと。散歩から帰ると、おばあちゃんが娘とわたしを呼びにきた。「ハジメちゃんちの裏庭の柿が、とうとう熟したわよ」。曰く「早く取りにいかないと、家具屋のおじさんに全部もぎられちゃう」。

夫のふるさとであるこの町に、娘が生まれてから越してきたわたしは知らなかったけれど、うちから一軒向こうのハジメおじさんは柿の木を3本も持っていながら、樹木はむろんのこと果実にもまるで関心がなく、毎年ご近所が虎視眈々と実の色づくのを待っているのだとか。そして何でも一昨年はハジメおじさんの飲み仲間で、木登り上手な家具屋のおじさんに先を越されたらしい。

ちょうど我が家が玄関先で育てていた稲が数日前の刈り取りを経ていい具合に乾いたこともあり、その日は脱穀もすることにした。心待ちにしていた日がいっぺんにやってきて、のんびりした一日が一転して大わらわとなる。

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家とアパートが連なる軒先で「はざ掛け」
「おじいちゃん、ガンバレー!」

まずは、何を置いても急を要する柿もぎから。高枝ばさみの音に一瞬遅れて「どさり、どさり」と落ちてくるかたまりは、まるで夕日の赤ちゃんのようにとろける紅色をしている。大人だって胸高まるその光景に、見るもの聞くもの何もかも初めての娘が興奮しないワケがない。「コラ、あんまりちょこちょこしてっと転ぶぞ」と、はしごの上のおじいちゃんに注意されるそばから、イタズラ娘は熟れた柿の上にしりもちをついて笑っている。

おばあちゃんはそんな孫に目じりを下げながら、くちばしの跡からどろりと果肉を覗かせて転がる柿を拾い上げ、「これが甘いの。食べごろを一番知っているのは鳥なのよ」と説明するなり、ふたりでガブリ! 枝先にあるアパートの2階に住むバンちゃんも切れ味抜群の花ばさみを持って駆けつけて、「これでベランダから手を伸ばさなくて済むわ」と選り分け作業に余念がない。

もちろん家具屋のおじさんと鳥たちのためにすべては取り切らず、ハジメおじさんにもおすそ分け(?)したのは、この町のルール。とはいえ「一体こんなにどうやって食べるつもり?」というほどの大収穫に、箱は抜けそうに重いが足取りは軽くハジメおじさんの家の裏庭をあとにした。

「ウエッ、こりゃシブいや」

柿もぎの後は、脱穀だ。このお米、もともとは春に近郊農家から送ってもらった野菜のダンボールにおまけで入っていた苗で、スーパーの倉庫から失敬してきた発泡スチロール箱に植えただけのミニミニ田んぼで実ったもの。

母娘で稲刈り。カメラマンはお父さん

柿もぎを終えて帰る道すがら「今日はこれから脱穀なんですよ」と伝えたバンちゃんには、それはそれは丁寧に脱穀機を貸し出している場所を教わったけれど、彼女も干してあるわずかばかりの稲穂を見るや「この量じゃ機械では無理ねえ」と大笑い。「だからな、一粒たりとも無駄にはできねえ貴重品だぞ」というおじいちゃん得意の冗談に「そうですよ、プレミアものですよ」と返しながら、いよいよ脱穀となるといとおしさの増す穂をそっとなでた。

はじめに割りばしで稲からモミをこそぎ落とし、すり鉢のなかでゴルフボールを転がしながらモミすりをする。「ごーりごーり」という音に大はしゃぎの娘も、いっぱしの顔で手伝っている。おじいちゃんはその傍らで手のひらにつばしながら稲わらで縄を綯い、彼女の頭に巻いてくれた。「これで来年の豊作は間違いなしだ。今度はせめて一合は欲しいな、がっはっは」。

小さな手で働いてます

カレンダーの裏紙で作った箕を繰りながら、息を吹き吹きモミを飛ばすのは、おばあちゃんの独壇場。「ザッザ、フッフ」と規則正しい音が繰り返されること数十分、掌(たなごころ)一杯分の玄米が姿を現した。おじいちゃんのひざに入って、飼い猫のナナちゃんと縄を取り合って遊んでいた娘も、白い紙にぼんやりと映える淡い緑色の光を不思議そうに眺めていた。

モミ殻のついているのはご愛嬌

その夜の食卓のメインディッシュは言わずもがな、柿とごはん。柿は皮をくるくるとむき、玄米はそのまま土鍋で炊いた。柿はともかくお米は大人4人、子ども1人の家族全員でいただくには如何せん少な過ぎるので、足りない分は買ってきた白米を混ぜたけれど、精米していなければ見つけるのも簡単だ。「お、ここにあるぞ!」「あ、ここにも!」茶碗に顔を突っ込まんばかりの大人たちは、はて娘の目にどう映ったことやら。

でもきっと来年は娘も一緒に宝探しだ! と思ったら、子どもの成長がめぐる季節とともにあるという至極当たり前のことがたまらなくうれしく、幸せだった。

次の秋もその次の秋も、10年後も20年後も、家族そろって笑いながら柿を取ったり稲刈りしたりしたい。

全身で大地の恵みをかみ締めて……秋の日に、ごちそうさま。

多古町旬の味産直センター
http://www.tako-syun.or.jp/
旬の野菜を届けてくれる「野菜ボックス」のほか、市民農園なども企画している。

阿多良窯(あたらがま)
屋久杉工芸 杉の舎(すぎのや)

http://www4.ocn.ne.jp/~v.sennin/
秋の食卓を演出してくれた器たちはともに屋久島の土と木から生まれたもの。上記写真右手前の飯碗は阿多良窯、同左奥の果物盆は杉の舎。

プロフィール
ちかぞう 神奈川県川崎市在住
北京留学、上海駐在を経て、帰国後は中国関連のフリーライターに。各種ガイドやウェブサイトでの執筆、コーディネートのほか、東京都発行の中国語マップや『商談の中国語』(アスク)等では翻訳・編集協力も。また共著『一日3000円の東京満喫プラン』(NHK出版)では愛しの歌舞伎や和菓子を紹介。『中国人観光客 おもてなしの鉄則』(アスク)、『上海便利帳』(山と渓谷社)等ではイラストレイターとしても活動している。

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