なぜ「愚行」は続くのか? そして「愚行」のない社会をつくるには? 『続・百年の愚行』を出版した小崎哲哉さん、佐藤直樹さん、上田壮一さんとの対話

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こんにちは、編集長の鈴木菜央です。突然ですが、みなさんは『百年の愚行』という写真集を読んだことがありますか?

2002年に出版された『百年の愚行』は20世紀に人類が犯した100の「愚行」を象徴する写真と、小説家の池澤夏樹氏、文化人類学者のクロード・レヴィ=ストロース氏など5氏による、新しい世紀を見据えたエッセイで構成された写真集です。
 
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『百年の愚行』と『続・百年の愚行』

正直に告白すると、僕は『百年の愚行』を、一度斜め読みをして、数回パラパラとめくった後、しばらく開くことができませんでした。

大気汚染、大量のゴミ、戦争、差別、迫害……そこにある「愚行」の一つひとつは、どれをとっても問題があまりにも巨大であり、自分の小ささを思い知らされるからです。どうにもならない無力感。その後、本棚に刺さったまま数年が経ちました。

とはいえ昨日も今日も、日本や世界で、愚行が繰り返されています。いっこうに収束しない福島原発事故、日本でも広がりつづける格差、若年層の貧困問題、シリア内戦、テロ攻撃、銃乱射事件、CO2の排出による気候変動に伴う、台風や水害の凶暴化、動植物の大量絶滅。そして原発再稼働。

『百年の愚行』ではどこか遠くの出来事だった(と僕が感じた)「愚行」はいつのまにか、目の前の「日常」になりつつあります。

なぜ愚行は繰り返されるんでしょうか?
一人ひとりの人間はみんないい人のはずなのに、社会全体では愚行が止められないのは、なぜなのでしょうか?

2014年に続編として出版された『続・百年の愚行』では、21世紀の最初の10年間に、私たち人類が(あいも変わらず)引き起こしつづけている愚行を捉え、「なぜ愚行は続くのか? どうすれば、僕たちは愚行を繰り返さない社会をつくれるのか?」という、根源的な問いについて考えています。

そこで今回は、2002年に『百年の愚行』を、そして2014年に『続・百年の愚行』をつくり、世に出した編集ディレクターの小崎哲哉さん、アートディレクションを担当したASYL佐藤直樹さん、発行元Think the Earth上田壮一さんに、なぜ愚行は繰り返されるか? テクノロジーが進化する中で、僕らがどのように社会をつくっていくべき? ということについて、聞いてみました。
 
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鈴木菜央(以下、菜央) 今日は、よろしくお願いします。

まず伺いたいのは、2002年に『百年の愚行』、そして2014年に『続・百年の愚行』を出版されましたが、20世紀、21世紀の合計110年分の途方も無い数の「愚行」を集めて、そこから言わば「愚行の濃縮」という作業だったと思うのですが、それはどのような経験だったのでしょうか? それから、その経験を通じてどんなことを感じましたか?

小崎哲哉(以下、小崎さん) 1冊目の『百年の愚行』は「環境」がいちばん大きなテーマだったんですよ。

これはThink the Earthをやってきた上田さんたちが、ずっと抱いていて、今も抱き続けているメインテーマであると思うんだけれども、「温暖化」や「気候変動」っていうのがこの先どうなっていくのか? ということ。いろんなテーマがあったんだけれども、最終的にはそこがかなり目立つ形になった。
 
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小崎哲哉(おざき・てつや)
1955年、東京生まれ。カルチャーウェブマガジン『REALTOKYO』及び『REALKYOTO』発行人兼編集長。京都造形芸術大学学術研究センター客員研究員。89年、新潮社で文化情報誌『03 TOKYO Calling』の創刊に副編集長として携わり、同社退社後はCD-ROMブック『マルチメディア歌舞伎』インターネットエキスポ日本テーマ館『Sensorium』、愛知万博テーマ普及誌『くくのち』、ウェブマガジン『先見日記』のエディトリアルディレクター、現代アート雑誌『ART iT』創刊編集長などを歴任した。あいちトリエンナーレ2013パフォーミングアーツ統括プロデューサーも務めた。

上田壮一(以下、上田さん) バランス的には環境の本をつくりたかったわけではなくて、むしろ社会的テーマとして、戦争と平和だったり、貧困や格差だったり、迫害の問題、そして科学技術そのものの二面性なども、忘れてはならないテーマとして考えていました。それでも結果として全体の半分が環境をテーマとする内容になったのが前作です。
 
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上田壮一(うえだ・そういち)
1965年、兵庫県生まれ。一般社団法人Think the Earth理事/プロデューサー。広告代理店勤務を経て、2001年にThink the Earth設立。以来、コミュニケーションを通じて環境や社会について考え、行動するきっかけづくりを続けている。主な仕事に地球時計wn-1、携帯アプリ「live earth」、書籍『百年の愚行』『1秒の世界』『グリーンパワーブック 再生可能エネルギー入門』、プラネタリウム映像「いきものがたり」など。多摩美術大学客員教授/非常勤講師。

わかってきたことは、愚行が複雑に絡み合っていて分かちがたいということ

小崎さん 1冊目から12年経ち、昨年つくった『続・百年の愚行』では「9.11から3.11」というサブタイトルをつけました。「戦争」といった、目に見えて人間のアグレッシブな面が出てきたというのがひとつの変化ですね。

また、12年経ってより明らかになったのが、そうやっていくつか取り上げた様々な「愚行」が、実はそれぞれが全部複雑に絡み合っていて分かちがたい、ということです。

つまり、戦争は単体で引き起こされるわけではなく、戦争の原因となる経済的な要因や差別などがあって、さらに戦争が引き起こした結果として、環境破壊があったり、難民が生じたり、それがまた差別を生んだりする。そういう「愚行の連鎖」がより見えてきた。

それらの愚行同士が複雑に絡み合っている中で、2冊目では新しいテーマをいくつか加えたんですよ。そのひとつが、「メディア」。この12年間で、メディア状況が変わり、しかもそのメディア自体が、新たな愚行を生み出すプラットフォームになっている気がする。

例えばソーシャルメディアというのは、自分が気に入らない意見を簡単に排除できるわけで、そうすると自分が読みたい情報しか受け取れない。
 
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「スマートフォン依存症」(『続・百年の愚行』P154-155)提供:Think The Earth

小崎さん 例えば、いわゆる脱原発の人たちが情報を得ようと思うと、そのことばかり集めるだろうし、使うキーワードによってもそれしか出てこなかったりする。逆に推進派の人が情報を集めようとすると、自分の気持ちに合った情報だけが引き出されてしまう。

そんなメディア環境は対論を生まないし、対論を生まないどころか、違うグループ間のギャップをどんどん広げていくということがあると思います。

菜央 なるほど。メディア環境が愚行に加担する可能性がある、という意味では、greenz.jpにも果たすべき責任がありますね。

アートディレクションとデザインを担当された佐藤さんはどんなことを感じましたか?

佐藤直樹(以下、佐藤さん) はじめて、あまりにも膨大にある愚行の数々を見た時は相当ショックが強かったですね。集まってきた愚行を全部、壁に貼ってね。相当クラクラした。

そして、これは表現が難しいな、ということも感じました。ただ少なくとも、ちゃんとものの見方を変えるということはやらなきゃいけない、ってことだけは明快になった。届くという人に届くはずだ、という感覚はすごくありました。
 
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佐藤直樹(さとう・なおき)
1961年、東京生まれ。90年代に米国『WIRED』編集部へのプレゼンテーションを経て日本版のデザインとアートディレクションに従事。その後、アジール・デザイン(現「株式会社アジール」)を立ち上げ、多方面に渡るデザインとアートディレクションを展開する。最近は挿絵・挿画等の仕事も。多摩美術大学教授、美學校「絵と美と画と術」講師、アーツ千代田3331デザインディレクター。オルタナティブスタジオSOBO共同代表。

佐藤さん 写真は、やっぱり最初の段階で選ばれてると思うんです。カメラマンが何とかそこににじり寄って、届けようとしている、ある種の選択性がある。例えば、この写真。
 
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「日本軍による空襲後の上海」(『百年の愚行』P144-145)提供:Think the Earth

佐藤さん よく言われることだけど、写真に写っていないところに何かがあるのか? もし向こう側で何か写っていないものがあったとしてもね、ここに爆撃されているっていう事実があったから打ち消せないじゃないですか。

上田さん 基本的に戦争の写真って、プロパガンダ写真かもしれないと考えた方がいい。

佐藤さん 何らかのプロパガンダ性、恣意性がある。誰が、なぜカメラを持たせているのかっていう問題は常にあるけれども、その状況を受け止めようとしていたことだけは確かだと思うんです。

今ではその状況が変わってしまっていて、立ち止まることさえなく、どんどん過ぎ去っていく。そのことによって起きている自分の感覚のマヒの方がもっと恐ろしい感じがします。

「百年の愚行」の続編はもうできないかもしれない

小崎さん 21世紀の戦争のそれまでとの違いは、「やっていることが見えない」ということです。

すでに湾岸戦争から、戦場の無人化が始まっています。ミサイルだったり、ドローンだったりで、遠隔操作のボタン1つで人が殺されてしまう現実が進行している。冷戦時代に開発された中性子爆弾と同じで、現場には、もはや行く必要がない。戦争の完成形はそこにある。

戦争は確実に、自国民は死なないタイプの兵器開発、テクノロジー開発に向かっているわけで、敵は死ぬけど、自分たちは全く手を汚さない、人を介在させない、そういう方向に向かっているわけですよね。私たちはそういう時代の入り口にいる。

菜央 確かに。もう、「百年の愚行」の続編をつくることもできない世界に突入しつつある。

佐藤さん 思考の処理が追いつかないんですよね……。何が起こっているんだろうと考えるけれども、たぶん小崎さんがおっしゃったように、世界は、もう次の段階の世界に進んじゃっている。振り返ってみた時に、「あの時は愚行がまだ可視化されてたもんだよ」という会話になるかもしれない。
 
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「9.11米国同時多発テロ事件」(『続・百年の愚行』P20-21)提供:Think the Earth

小崎さん つまり完全犯罪型ですよね、これまではおそらく、戦争の写真には2通りあって、1つは、プロパガンダにせよニュートラルなドキュメンタリーにせよ、爆弾を落としている方が撮っている写真。もう1つは爆弾を落とされている側、告発したい側が撮っているもの。

しかし今後は、どちらも撮れない状況がもうすでに出てきているわけですよね。

象徴的だったのが、『続・百年の愚行』に入れた、ウサーマ・ビン・ラーディンの殺害時に、ホワイトハウスの危機管理室で、政府の要人たちがモニターを見ている写真。

写真には写っていないけど、モニターに表示されている映像は、アメリカ軍の兵士がビン・ラーディンを殺害する作戦を遂行していて、兵士自身が撮っている映像です。これは、ある種特権的な人々しか見られない映像。

ビン・ラーディンが殺された詳しい状況がだんだん明らかになってきているけれども、決定的瞬間は公にはならない。もうすでに、誰も知らないうちに人がどんどん殺されていく時代になってきた。これは、ひどいよね。
 
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「ウサーマ・ビン・ラーディンの殺害」 「9.11の首謀者」の殺害をリアルタイムで観るオバマ大統領と高官たち(『続・百年の愚行』P32-33)提供:Think the Earth

佐藤さん こんな写真、よく撮れましたね。

上田さん これはホワイトハウスによって公式発表された写真で、西側メディアで世界中に配信された画像です。

小崎さん 僕たちがこの写真で切り取ろうと思った現実について、報道記者がやれることはないわけですよ。

僕が一番すごいと思ったのは、この写真が発表された数か月後にチリ出身のアーティスト、アルフレット・ジャーが発表した映像インスタレーションです。2台のモニターが並んでいて、片方にこのホワイトハウスの写真が写っていて、もう片方のモニター、要人たちの視線の先に設置された左側のモニターは真っ白。

合衆国政権中枢が握っている強大な権力と、彼らスーパー権力者たちの視覚がいかに特権的・独占的であるかを、カラーと白(ブランク)の対比的な画面で鮮やかに描き出した傑作だと思います。

彼は、その作品をアート作品として見せたわけですが、現代は、もはや現代アートじゃなければ対応できなくなっている。ジャーナリズムじゃない。ジャーはこのような状況を作品を通じて批判しているんだけれども、ある意味で、このような社会になっていくことを予言していると言ってもいいんだよね。
 
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小崎さん もう1枚挙げるとすれば、ガザ空爆の写真、これは、『百年の愚行』を編集した時にはなかったタイプの写真です。イスラエル軍による空爆を、イスラエル人が遠方から見ていて、しかもそれをスマホで撮影している写真。
 
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「ガザ空爆」ガザ北部への空爆を撮影するイスラエル人(『続・百年の愚行』P62-63)提供:Think the Earth

菜央 世界の捉え方が、変わってきている。

上田さん とはいえ、ネット世界も面白い部分があって、例えば「イスラエルの兵士だけど何か質問ある?」みたいなのがあって質問と答えが積み重なっている。いままでとは違う色んなやり方で、現実性が分かってくる術がある。

小崎さん ただ、そこに出されている情報がどこまで正しいかどうか……。

上田さん 確かに真偽の検証は難しいですよね。映像自体もつくり込まれちゃう時代だから。昔はジャーナリストがそこに行って撮った写真は真実だと思っていたけれど、今はもう、わからない。

小崎さん この間ひさしぶりに、杉本博司さんにインタビューした時に、「写真の終焉に立ち会えた写真家として誇りに思う」と言っていた。写真がほぼデジタル化された現代では、写真が証拠にはならない。何でもつくれちゃうから。

菜央 ある意味、ソーシャルメディアが愚行の増幅装置になったりしているわけですよね。

佐藤さん 「フレーム」と「コンテンツ」の話があると思うんです。この本をつくる前に、今現実に起こっていることを、どういうメディアで扱うべきなのか、ということは考えました。それでもまた本を選んだっていうのは、本というメディアで出す意義があるだろうという結論の一つの呈示であると思うんです。

ちゃんとあらためて言葉にできたことはすごく大きいし、これぐらいのボリュームで、ある程度しっかりしたものを語ろうと思うと、本というメディアになる。同じ文量はネットで発表してもいいけど、それを咀嚼してじっくり考える時間まで取る人はなかなかいない。今回、書籍での出版を通して、そこに改めて気づかされました。

僕らの好奇心が「愚行」に変わるとき

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菜央 歴史を振り返ってみると、ある時点では愚行ではないと信じて、つまり「良行」だと思ってやっているけれども、後世で「愚行」になってしまうという事例も多いのではないでしょうか?

上田さん そういうことは今現在も、実際に起こっていると思います。ディープラーニングなどの技術によって、2045年には、AI(人工知能)の能力が人間を超えると言う人もいます。また、人間の目の分解能は1秒間に30コマですが、最新のカメラでは、1000コマ単位で認識して、リアルタイムに処理することもできます。

そういうことは、誰も愚行だと思わないでやっているけど、機械がどんどん学習していくと、この世界がどうなっていくかわからない。

で、グーグルがAIを開発しているイギリスの会社(ディープマインド社)を買収したんですが、その際の条件が、人工知能の暴走や悪用を防ぐために、AI倫理委員会をつくるというものだった。「生命倫理」でも、「ロボット三原則」でもなくて、「AI倫理」っていう言葉が出てきたわけです。

人間の情報の受容能力って、何十万年って変わってないけど、コンピューターが情報を受け取る能力は加速度的に上がっていて、人間が踏みとどまって考える前にどんどん技術が進んで行って、化け物が出てくるかもしれない、という話だと思います。

小崎さん では、僕らはどうするか? という問いが突きつけられている。一方で『百年の愚行』に文化人類学者のクロード・レヴィ=ストロースが寄稿してくれた、人権の再定義っていうのは圧倒的に正しくて、動物や植物、モノなど、あらゆるものに人権を考えないと破滅を招きかねない。

「人権」の再定義
クロード・レヴィ=ストロース

私が授かった長い人生は、ほぼ20世紀全体と重なります。その20世紀が舞台となったさまざまの悲劇のなかでも私が第一に留意するのは、私が生まれた時点で15億だった世界の人口が、職に就いた時には20億、そして現在は60億に達しているという事実です。

人がこの地球上に現れて以来、これ以上の大規模な災厄が他の生命体に、そして災いの責を負う人類に降りかかったことはありません。この点こそ、ただひとつの真なる問題なのです。私たちの文明を脅かす諸悪の直接的、間接的原因を、個別の要因に求めてはなりません。

(中略)

人間は、道徳的存在として自らを定義することにより、特別な地位を獲得してきました。まず私たちは、人間の占有物ではない生き物としての性質を基盤として、その権利を確立するべきです。この条件が満たされて初めて、人類に認められている権利が、その行使により他の種の存続を脅かそうとする瞬間に効力を失うのです。

生の権利の、ひとつの特例に還元された人間の権利。このような「人権」の再定義こそが私たちの未来、そして私たちの惑星のあり方を決定づける精神革命に必要な条件だと、私には思われます。(矢田部和彦訳、百年の愚行 P124より)

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クロード・レヴィ=ストロース氏 Wikipedia Commons

小崎さん そんな時代に、地球の未来のための最適解をどのように探っていくか。

「モノの議会」(Parliament of Things)というものを提案する学者もいて、もちろん動植物やモノはしゃべれないから、結局人間が彼らの代弁者となるわけだけれども、それくらい事態は切迫しているわけですね。

ただ、AIの能力が人間を超えるかどうかは別としても、一部のテクノロジーをも含む愚行の進化のスピードに、そんな悠長なことが通用するかどうかが問題なんだよね。

上田さん 結局過去もそうだったんじゃないですか。昔は良かれと思ってつくった技術とかあって、それがいつの間にか手に負えなくなっている。

佐藤さん 私たち自身が、ある種の集団に属しながら、こういう状況を継続させてしまっている。それに対して、「ここが愚かだ」というふうに見分けられているという感覚はまったくないですね。

立ち会っているはずの自分に、当事者感覚がないんです。例えば、先の戦争は父親やその父親の世代が起こしたことだけど、「なんで人はそんなに愚かなことをやってしまったのかな」という風に、ちょっと距離を置いて考えてしまっている。

今世界で起きていることに対して、自分の行動がどう寄与してしまっているのかっていうことを当事者として考えられるようにならなければならない。

起きていることを対象化して攻撃して、それを克服すれば新しいことが実現するというようなことは全く思っていない。だとすれば、当事者として考えられるようになって、悪化する事態の回避を選ぶしかない。

そのためには、一回晒すってことをしないといけないと思います。本質を見ようとしないまま、何か倫理的なことを言っても、なにも解決しないと思います。
 
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小崎さん 今回『続・百年の愚行』で、IPS問題については、僕たちは答えが出せなかった。我々レベルではあれが素晴らしい技術なのか、あるいは最悪のモノなのか、判断ができないからあんまり深入りはしなかったんですよ。

「考えなきゃいけない」という抽象的な言い方しかできなかったんだけど、もしかしたら大変な技術になりうる。人類を破滅に導く最も邪悪なテクノロジーだった、と後から気づくかもしれない。

上田さん 池澤夏樹さんが『楽しい終末』で核を題材に書いていたけど、一旦つくられてしまったテクノロジーは結局誰かが使い続けることになる。

全ての人が倫理観を持って使うわけではなくて、色んな使い方をする人が出てくるし、それでお金儲けしたい人も出てくる。一旦原理がわかってしまったものは、封印しようと思っても止められない。できてしまったものに対して倫理でかぶせても限界がある、と。そこは池澤さん、絶望して書いていました。

小崎さん 人間には知りたいっていう欲望があるから、「原理」を知りたい。その結果、副産物で核融合、核分裂が発見されてしまった。

もう、防ぎようがない。それをただ、これまではぎりぎり、それこそアナログレベルでみんなで話し合って、人間の倫理を当てはめてきたけれど、もう歯止めがきかなくなっている。

やっぱり、レヴィ=ストロースが言っていることは正しいし、悲観的にならざるを得ない。

上田さん コンピューターが歯止めをかけてくれる?

小崎さん その方が良かったりするかもしれないよね(笑)

ロボット三原則ならぬ、人間三原則。「コンピューターの言うことを聞け」「コンピューターに危害を加えてはならない」とか。

テクノロジーは「推進するべき?」「やめるべき?」

菜央 それは、まさに手塚治虫が描いた世界ですよね。僕らがつくった科学技術文明というシステムが、ものすごく複雑に相互に関係していて、一つの問題が次の問題を引き起こして、最初は良かれと思ったテクノロジーの発展が、巡り巡って非常に広くて深い災厄につながりうる。

その中で誰もがすべての問題の当事者なはずなんですが、あまりにも巨大過ぎるがゆえに、そう思えない。僕らは、今生きている世界を認識する術がない。でも、どうにか世界を捉えて生きていくしかないわけです。

greenz.jpでは、そういう世界を「こういうことじゃないか」と捉えられる人を増やしたい。その上で、一人ひとりが生きていって社会をつくっていくことを目指したい、とは思っています。

僕らは、そういう宿命、テクノロジーっていう概念とともに生きる生き物ですけど、そういう前提で、「じゃ、僕らはどんな社会をつくっていきたいか?」ということをもっと広く、多くの人が、例えば飲み会の席でも気軽にできるようにならないと、と思います。
 
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質問する鈴木菜央

小崎さん 論議をする時、攻撃的になって、他者を封じ込めるような空気になりがちですよね。社会が次のレベルに行くために、できることをやってかなきゃいけないと思います。

菜央 僕の親父はイギリス人で、戦争中に生まれてるので、子ども時代の戦争がどんなに大変だったか、ということをよく話してくれます。

マンチェスター近郊で育ったので、ドイツから激しい爆撃を受けた。ナチスに支配されるかもしれない、という恐怖はとてつもないものだったようです。

夏になるとケーブルテレビでヨーロッパについてのドキュメンタリーを放映しますが、涙を流して観ている。で、そういう人が広島の原発についてどう思うかというと、「落とさなければ、何百万人もの人が死んだだろうから、必要だった」と言うんですよね。

僕は日本で育った一個人としてそれは受け入れられないんだけれども、親父にとっては、テクノロジーの進化とともに死なずにすんで、生活のレベルも上がっていって、社会が前に進んできた。その延長上で、テクノロジーに多少のデメリットなことがあっても、基本的には推進するべきだと考えている。日本は早く原発を動かすべきだと考える。

僕はそうは思わないわけですけど、やっぱり子どものころ大変に貧乏したとか、本当に簡単な病気でみんなが死んでいくとか、テクノロジーについて、そういう思いに至るのは共感できる。

でも、時代ごとの宿題があるわけです。僕は、「どうやって文明が持続して、幸せな社会をつくるか?」というのが、今の時代の大きな命題だと思います。

地球っていう、宇宙にぽかんと浮かぶ球の上で、僕らを含むいのちのつながりが存在しているわけです。その中ではすべては有限で閉じたシステムなんですね。その中で、僕らはどうやって幸せになれる社会を構築するか?」という前提で、テクノロジーを捉えていかないといけないと思います。

佐藤さん 有限性という意味では、レヴィ=ストロースが言っている話も結局同じことなんだろうと思うんですよ。

無限に発達していって、開発していって、超えていく、また便利になって、また超えていく、ということは起こりえない。だけどそれを無理やり、倫理的にストップすることはできないだろう。自然現象と言ってもいいけど、文明の前提は有限なんだ、とレヴィ=ストロースは言っている。

テクノロジーを「推進するべきだ」「やめるべきだ」という両極端な水掛け論の向こう側に行かなきゃいけない。

菜央 そこを超えた新しい知恵が必要なのかもしれないですね。

「愚行」のない社会をつくるには?

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上田さん 確かにレヴィ=ストロースの文章をもう一度みんなで考えるってのは、とても大事だと思います。

まさに環境問題もそうですし、有限な世界の中で、70億人、90億人、100億人に増えていく。全員、物質的に豊かな世界を求めている。環境という視点から見れば、人間社会の破綻が見えているんです。

わかってはいるんだけれども、もう止まらない。とすると、どうやってバランスを取っていくのかっていうのを、どっかで立ち止まって誰かが考えなきゃいけないですよね。

その時にレヴィ=ストロースっていう偉大な20世紀の人が残した言葉を、人権を再定義するっていうすごく挑発的な提案だと思うんですけれども、21世紀の我々がもう一遍ちゃんと考えて、どうしたら今の社会に活かせるのか? ということを考えるべきなのかもしれません。

もしかしたら、『百年の愚行』をつくったチームの使命なのかもしれないですね。

小崎さん さっき話した「モノの議会」というのは、ブリュノ・ラトゥールという学者が1991年に提唱した概念。レヴィ=ストロースの「人権の再定義」を受けての提案です。

これは、今の人間中心的な物の見方をもう一回考え直さなきゃダメだという提案。広い意味で新しい政治体制をつくろうっていう提案です。

「人権」という概念自体、もちろん民主主義と結びついているわけですが、今の日本を見てもわかるとおり、民主主義そのものがうまく機能しなくなってきている。そこで、政治的権利をモノにまで広げようというわけです。相当ラディカルだけど、それは不可能ではないし、今よりもはるかにいい結果をもたらせると僕は思ってます。

佐藤さん 実験はつづけた方がいいですよね、対峙するオルタナティブを見続けるっていうのは絶対にやり続けなきゃいけない。

菜央 お三方は、2冊の本の編集を通して、日本人でも最も愚行に触れた3人だと思うんですけど。

小崎さん 上田君が日本人で一番愚行の写真を見た。

佐藤さん それは間違いないんじゃない。

上田さん 各巻10万枚以上見たかな。

菜央 すごいですね……。1冊のみならず、2冊出すことで立体的に見えたところも、あるのではないでしょうか。

今、議論としては「人権」の再定義を立ち止まってしなくてはいけないのではないか、それは民主主義をつくっていくということなのではないか、という議論だったと思います。

ではどのようにして、一人ひとりが主役の共同体をつくっていくか? まとまらなくても社会的な合意形成、話し合いのプロセスをどのようにつくっていくか? どのようにお考えですか?

小崎さん 極論すれば民主主義でないっていう選択肢もありますよ。まあよくある話だけど、衆愚政治に陥った民主主義と比べれば、ものすごく立派で倫理観のあるリーダーがいたら独裁でいいじゃないかという話もある。

たいていの場合立派な人でも腐敗するからダメだっていう議論ですよね。イギリスのチャーチル首相なんかは「民主主義は最悪の政治形態と言うことができる。これまでに試みられてきた民主主義以外のあらゆる政治形態を除けば」なんて言ってる。最悪かもしれないけれど、その中では最良だっていう見方でしょ。

でもそれすらも、もう一回考えてもいいかもしれない、それぐらい今、危ない時期だと思います。
 
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上田さん もしかしたらコンピューターの進化がいい方向に行けば、人間の感情によって間違った判断をしてしまうところを合理的な判断をやってくれて、人間は人間だけが議論できるところを、そこはきちっと議論する仕組みの可能性もあるのではないか。

小崎さん 人間を中心に置いたままでは、それは原理的にないと思いますよ、政治って複数の集団が自分たちの権益を最大化しようとして動くわけじゃない。アメリカで言えば、最終的には民主党コンピューターと共和党コンピューターとが戦ってどっちが勝つかって話になっちゃう。動植物やモノを代表・代弁するコンピューターが出来たら面白い。

菜央 社会のあり方をコンピューターに委ねる部分がありうるのか? という議論だと思いますけど、実はすでに委ねている部分が出てきている。

各社が開発のしのぎを削っている自動車の自動運転は、コンピューターのアルゴリズムで現実を捉えて、意思決定して実行するシステム。

例えば時速60kmで走っていて、急に目の前に老人と子どもが飛び出してきた。ブレーキは間に合わない。コンピューターは、最終的に右側の老人か、左側の子どもを轢くかっていうのをコンピューターが判断する、そういう可能性について、議論が始まっていますよね。

すでに飛行機はかなり自動運転で動いていて、各国に10時間程度で行けるような「小さな世界」の安全は、コンピューターのアルゴリズムによって実現されている。

Facebookで言えば、自分のタイムラインにAさんの投稿が表示されるか? Bさんか? もしかしたら、彼はあなたの友人? それともこの人? というように、Facebookを通じてつくられる友人関係は、かなりアルゴリズムに左右される。

友達のレコメンド機能で旧友にひさしぶりに会って、その後結婚したっていう友人は、それはテクノロジーによってまさに人生が変わったっていうことになるんですよね。
 
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上田さん テクノロジーの進化と僕たちの社会の関係性は、これから大きなテーマですね。

佐藤さん このテーマは、まさに現在進行中ですよね。今日の話は、『百年の愚行』と『続』をつくったことで、見えてきたことがあったということ。今後も、僕らはいろいろやっていくけど、若い世代の反応、考えに期待しています。

菜央 『百年の愚行』も『続』も、本棚に置いておくと、すごい圧力が強い本NO.1です。

全員 (笑)

菜央 ちらっと見るたびにチクチクチクって(笑) 本棚を占拠している大判(1000部限定で作られたA3サイズのオリジナル複写版)はさらに圧力が強い(笑)

これらの本にはものすごいパワーがあって、何かを考えるきっかけになってほしいなと思いますが、どうしたらそれができるんでしょうね? 無関心だったり、知らない人に届けるには、どうしたらいいんでしょうか?

上田さん greenz.jpがやってくれると期待しています。

菜央 はい(笑)

佐藤さん その圧をなんとなく社会に忍び込ませて、そこから圧がずーっと出つづける装置ができたというのは自負できると思う。

みんなが見ていたいわけではない社会問題を扱っているけど、ある種デザインすることで、あらためて見たり考えたりすることができるようにできた、とは思います。逆説的ですが、デザインすることを通じて、今までにない圧が社会に対してかかるようにつくったつもりです。

菜央 なるほど。デザインされたお皿に載せることで、心地良くない素材が余計に際立つ。

佐藤さん そこの圧を感じつつ、ほんの一部の、ほっといても考える人とまったく考えない人の間を埋めてくのは大事なことだよね。greenz.jpもその一つだと思いますし。

菜央 先ほどレヴィ=ストロースに「『人権』の再定義」を考えることが『百年の愚行』をつくったチームの使命なのかもしれない、という話がありましたが、greenz.jpも、大きな宿題をもらいました(笑)ともに考えていければ、と思います。今日は本当にありがとうございました!
 

(インタビューここまで)

 
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インタビュー後の小崎哲哉さん、佐藤直樹さん、上田壮一さん、鈴木菜央

3人へのインタビューはいかがでしたか?

テクノロジーも、メディアも、秒進分歩で進化しています。僕らは、どのようにテクノロジーと関係をつくるべきか? その上で、どんな社会をつくっていくべきか? 簡単に答えが出せるはずもありません。一つ言えることは、これまでのように専門家だけに任せられる問題ではなく、僕ら一人ひとりに問われている、ということでしょう。

では、どうすればいいか? 絶望感にとらわれることは簡単ですが、やはり、暮らしをつくっていくことからしかない、と僕は思います。

愚行に加担しない暮らしをつくり、愚行に加担しないコミュニティをつくり、愚行に加担しない会社づくりに参加する。一つひとつ。それは、信じられる暮らし、コミュニティ、社会をつくることと同義です。

あまりにも問題が大きいからこそ、その愚行を減らす唯一の方法のは、ほかでもない僕たち一人ひとりの暮らしなんだ、と改めて感じました。

みなさんのご意見もお待ちしています。コメント欄にぜひどうぞ!

– INFORMATION –

 
9.11から3.11まで 〜21世紀の愚行について考える(対談:池澤夏樹×小崎哲哉)
http://www.thinktheearth.net/jp/thinkdaily/report/2015/10/rpt-72.html