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午前中は畑で綿を育てて、午後は茅葺き小屋で針仕事。約半年かけてはんてんをつくる「わた部」がつなげる人と里山

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みなさんは畑でなにかを育てたことはありますか? 身近にできる家庭菜園や田畑でお米や野菜を育てた経験のある人は多いと思いますが、食べるものと同じように、綿や麻といった服の素材も畑からできます。

誰が、どこで、どうやって育てたか、食べるものを選ぶ時に意識する人が増えた一方で、衣服に関する背景には、まだ意識が向けられていないように思います。流行の服を消費する感覚で着るのではなく、服ができるまでの背景に関わることは、服を選ぶもう一つの選択肢につながります。

今日ご紹介するのは、畑から始める“はんてん”づくり。綿を紡いで糸にするのではなく、はんてんの中綿として活用する、ちょっと変わったワークショップでもあります。

筑波山麓で活動する「わた部」が、綿を介して人と里山をつなげていく。その活動に込められた思いを「わた部」立ち上げメンバーの一人である居島真紀さんにお聞きしました。
 
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居島真紀(いじま・まき)
富山県生まれ。筑波大学芸術専門学群建築デザインコース卒業後、株式会社里山建築研究所を立ち上げる。筑波山の山裾に事務所を構え、里山資源を生かした家づくりを行う。また、筑波山麓グリーン・ツーリズム推進協議会の事務局として地域と都市の人々をつなぎ、筑波山麓の魅力を伝えている。

綿を育てることで生まれた地元とのつながり

今年で5年目を迎える「わた部」。筑波山麓で活動する5名の部員で立ち上げられた「わた部」は、筑波山麓産の和綿を育て、綿にまつわる文化や知恵を伝えようと、筑波山麓グリーン・ツーリズム推進協議会のプロジェクトの一つとして活動しています。

「わた部」を代表する活動が、「春から始める冬支度」をコンセプトにした約半年間のワークショップ。午前中は畑で綿を育て、午後は茅葺き小屋で針仕事をしながら、はんてんをつくるこのワークショップは、定員があっという間に埋まってしまうほどの人気です。

畑で綿を育てていると、地元の人がたくさん話しかけてくれるんですよ。

と話す居島さん。綿という素材は、1年を通して身につけやすく、私たちにとって身近な存在ですが、国内自給率は限りなく0%だと言われています。ところが、この地区に暮らすおじいちゃんとおばあちゃんの多くが綿を育てることができるのだとか。

日本の各地で見られていたように、この地域でもかつては綿をあたり前に育てていたそうです。私たちの綿畑を見て、おじいちゃんやおばあちゃんが綿にまつわる話を色々と聞かせてくれるんです。

たとえば、娘が嫁ぐとなったら、親は綿畑を増やしてたくさんの綿を育てたという話。その綿で絣を織って着物を仕立て、娘に持たせたと聞いた時、なんて贅沢なのだろうと思いました。

綿を育てることで生まれた地元の人とのつながり。他にも、近くの農家さんが畑仕事を手伝ってくれたり、ワークショップに掘ったばかりのじゃがいもを箱一杯に持って来てくれるという山里ならではの楽しみも。
 
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綿を育てるのは、遊休農地だった場所です。

この連続ワークショップは、自分たちの暮らしのために綿を育てながら、午後の暑い時間帯は針仕事をして家族全員分の冬支度をしたという、あるおばあちゃんの話からヒントをもらったんです。部員のみんなが共感して、この話を活かしたワークショップにしたいという思いを持ちました。

連続ワークショップのテーマである「春から始める冬支度」は、地域に伝わる里山文化を先輩に学びながら、私たちの時代に合う形で取り入れているのです。

綿が人と里山を結ぶ

「わた部」部員は筑波山麓が好きなメンバーで構成されていますが、2011年の東日本大震災を機に家族で職場のあるこの地域に引っ越した居島さんは、筑波山麓の魅力は「自然の豊かさだけではない」と話します。

筑波山麓には自然の豊かさだけではなく、人が長く住み、培われてきた営みが残っています。たとえば、筑波山麓に身近に生えてある藁や竹から、藁座布団や竹の籠を手づくりし、暮らしの中で活かしてきたことなど、知れば知るほど感動しますし、この場所を好きになるんです。

「わた部」を始めた背景にも、人と筑波山麓が繋がる場をつくりたいという思いがありました。せっかく山の麓まで足を運ぶのだから、メンバーも参加者もみんなが楽しめることがいいなと思ったんです。

そこで居島さんの頭に浮かんだのが「綿」。国内の綿の栽培は、個人や団体など小規模な形で残っています。綿を育てたいと思ったのは、株式会社里山建築研究所で、全国に残る伝統的な様式で造られた民家を調査していた時に見た風景が影響していると話します。

訪れた民家ではかつて、衣食住を家の中でまかなって暮らしていました。一度きりですが、家族が生活する民家で蚕を育てて糸にしたり、牛を飼っている光景も見ました。

そんな経験があって、遠い未来に何かしらの形で自分たちの暮らしに取り入れたいという思いを漠然と抱えていたことが、「わた部」を立ち上げたいという気持ちにつながったのだと思います。


約半年間、針仕事をしてはんてんをつくり上げます。自分のはんてんはもちろん、家族のはんてんを縫う参加者もいます。(写真提供:わた部)

森が国土の大半をおおう日本にとって、自然とともに生きることは大きなテーマでした。しかし近年、過疎化や高齢化で里山が放棄されています。

山間部が抱える少子化や高齢化、遊休農地の問題はものすごいスピードで進んでいます。それなのに同じつくば市の中心地では新しく小学校が建つなど、次元の違うようなことが同時に起こっている。だからこそ、筑波山麓に暮らす人と都市部の人との橋渡しをすることが必要だと思ったんです。

株式会社里山建築研究所の事務所を筑波山麓に構え、地元のネットワークを活かした活動をしながら感じた里山の現実。「わた部」に込められた思いの背景には、こういった危機感がありました。
 
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茅葺き小屋で針仕事をする間、一緒に来た子どもたちは地元の元・保育士さんが見守りします。大人は針仕事に、子どもたちは山の麓の遊びに夢中になって過ごします。

2010年に立ち上げられた「わた部」は、綿を育てながら、綿繰りや育てた綿でブローチを編むといったワークショップを開催する活動を開始。2011年には、株式会社里山建築研究所が筑波山麓グリーン・ツーリズム推進協議会の事務局を担うことになります。

「わた部」のワークショップには、東京など都市部の人、布団屋さんやこの地域でワイン農家を始めた方など、様々な参加者がいます。高齢化や後継者不足で失われつつある里山文化。綿が媒体となり、地域の外から人を呼び込み、新しい形で里山文化が引き継がれていきます。「わた部」は人と里山が出会う役割も果たしているのです。

綿は糸ではなく、はんてんの中綿に。

「わた部」のワークショップの面白いところは、育てた綿をはんてんの中綿として使っていること。国内で綿を育てようと活動する団体の多くは、育てた綿を糸にしてストールや靴下にしています。

いつかは伝え聞いた筑波絣を復活させたいという思いもありましたし、初めは綿は糸にしないといけないと思い込んでいました。わた部を立ち上げてからの2年間は、収穫した綿を撚ってブローチをつくるといったワークショップを開催しながら、もっと綿を活用できるワークショップをしたいと試行錯誤していた時期。

そんな時、「わた部」部員でもあり、地元で「はんてん屋」を営む木村寿子さんから、収穫した綿をちゃんちゃんこやはんてんの中綿として使ってみたらどうかと提案があったんです。その言葉があったから、今のワークショップへステップアップができたと思っています。


綿毛がコットンボールから弾けると収穫のタイミング。この時期は毎日畑に足を運んで収穫するほどの忙しさです。(写真提供:わた部)

わた部が育てる綿は「和綿」という日本固有のもの。繊維が短いため、紡いで糸にするより布団やちゃんちゃんこの中綿に向いているという特徴があります。中綿として使う方法を選んだことは、「わた部」にとって一つのターニングポイントでもありました。

そして、ある程度のまとまった綿を必要とするこのワークショップを支えるのは、「わた部」部員で、海外での農業指導のボランティア経歴を持つ横井久美さんの存在。綿の栽培を委託し、質の良い綿を安定して生産することを実現します。
 

ワークショップでは、はんてんに使う伝統木綿生地を選ぶところから始まります。(写真提供:わた部)

そして、2012年には野村不動産株式会社と筑波山麓グリーン・ツーリズム推進協議会が協力して、都心と農村の人を繋げる「かやぶきの里プロジェクト」を実施。その一つとして、築150年の古民家を野村不動産の社員や住宅入居者、地元住民たちとセルフビルドで移築再生します。

じっくりと腰を据えて活動できる場所ができたことで、連続ワークショップを考えるきっかけになりました。何よりも、場所をつくったからには箱物にしてはしけないという使命感を感じています。今はこのワークショップを洗練させていくことが目標ですが、そのうち糸を紡いで筑波絣にも挑戦したいですね。

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さらに、居島さんは今後の思いをこう話してくれました。

5年後には、この筑波山麓へ10組の家族に移住してもらうことが目標です。嬉しいことに、これまで3年間のワークショップの参加者のうち、半分の方が継続して参加くれています。なかには、この地区を気に入って移住を考えている方もいるんですよ。里山の豊かな暮らしが残る筑波山麓で、私たちとともに暮らす仲間がもっと増えるといいなと思います。

都市を少し離れるだけで、森や海、川などたくさんの自然があるように、私たちにとって、自然は共に生きる存在なんだと思います。自然の恵みに寄り添って暮らしながら、つくり上げられてきた衣食住。私たちにとって身近な素材である綿も畑から生まれます。

でも、必ずしも畑から始めなくていいのです。日々の暮らしの中でできることはたくさんあります。着ている服の素材をチェックしてみる、プランターで綿を育ててみる。意識を向けることで、衣服との関わり方は自然と変わっていくのだと思います。

みなさんも、いつも身につけている衣服について、あらためて考えてみませんか?