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“一緒に過ごしたい人たち”との出会いをつくる。「福岡移住計画」須賀大介さんに聞く、移住者にとって本当に必要なサポートとは

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RISE UP KEYAにて

特集「マイプロSHOWCASE福岡編」は、「“20年後の天神“を一緒につくろう!」をテーマに、福岡を拠点に活躍するソーシャルデザインの担い手を紹介していく、西鉄天神委員会との共同企画です。

みなさんは、「10年後の自分」を想像したことはありますか?

自分がどこにいて、何をしているか。今と同じ場所に暮らしているのか。それとも何かほかのことを見つけて、別の道を歩んでいるのか。誰でも一度は、理想の未来像を思い描いたことがあるのではないでしょうか。

都市から地方の暮らしへ。震災以降、とくに生き方のシフトチェンジを意識して考えるようになった人が増えています。

今回インタビューした須賀大介さんは、2012年に東京から福岡へとIターン移住。その経験を生かし、2013年から移住者をサポートする「福岡移住計画」を立ち上げました。

全国でも理想の移住先として上位に登場する福岡県糸島市と福岡市の両方に活動の拠点を置き、福岡暮らし3年目を迎えています。

須賀さんが思い描いた自身の生き方は、実際どう変化したのか。「福岡移住計画」の活動内容と併せて尋ねてみました。
 
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須賀大介さん(すが・だいすけ)
茨城県出身。株式会社スマートデザインアソシエーション代表・プロデューサー。移住交流推進機構元理事。2012年に福岡・糸島市に移住。2013年から自らの移住体験をベースに、移住者をサポートする活動『福岡移住計画』を立ち上げ、ローカルから自分らしい生き方・働き方を提案する。

原点は「本質的な生き方」

須賀さんは38歳、奥さまと2人のお子さんとの4人暮らし。

12年経営してきたウェブ制作とマーケティングの会社「スマートデザインアソシエーション」のCEOを務める傍ら、「福岡移住計画」でさまざまなイベントや企画運営を行っています。

もともとは茨城県出身。東京に出て18年、関東圏で暮らしてきた須賀さんが、九州、それも福岡を移住先に選んだ決め手は何だったのでしょう。

きっかけは、2011年に起きた震災でした。それ以前も、家族ができて、とくに上の息子が生まれてからは、もっとのびのびとした環境で育ててあげたいと夫婦で思ってはいたんです。

ちょうど、生き方や働き方、居場所づくりについて書かれた西村佳哲さんの本に影響を受けていたのもあって、そんな時、家族旅行でたまたま訪れた福岡で、糸島のことを知ったんです。

福岡の西方にある糸島市は、海と山とがすぐそばにある自然環境と、福岡市内へも車で1時間とかからない、ほどよい規模のまち。

移住者だけでなく、福岡近郊に暮らす人も、そののんびりした空気感や海・山の幸に惹かれ、リラクゼーションに訪れる人気スポットです。ですが、糸島の魅力はそれだけではなかったと須賀さんは話します。
 
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海と山と、自然がいっぱいの糸島半島

そうしたスペックだけでは、移り住んではみたものの、その先どうやって生きていくかといった不安は解消されません。

私が移住しようと思った決め手は、自分たちが幸せを感じられる環境であることプラス、”一緒に過ごしたいと思える人たちとの出会い”だったんです。

移住の下見のため、訪れた福岡で住宅を案内してくれたのが「福岡R不動産」の片岡美智明さん。

そして、糸島暮らしの案内役ともいうべき存在のショップ「ここのき」が主催するイベントで出会ったのが、カフェ&ギャラリー「陶翠苑」の店主、池戸伸輔さんでした。

移住後、すごく親身になってくださって、家族を呼んでBBQを開いてくれたり、飲みに連れていってもらったり、人を紹介してもらったり。アドバイスをいただいてお世話になりました。

その時にすごく実感したんです。“どこで”も大事だけれど、“誰と生きたいか”も同じように大切なことだなって。

そんな地元の仲間たちのサポートがあったからこそ、いまこうして福岡や糸島で暮らすことができているんだと思います。

そんな須賀さん一家が暮らす一軒家は、デッキからプライベートビーチのように広がる青い海がすぐ目の前!

目覚めのBGMは波音、朝夕と家族で浜辺を散歩したり、ぼうっと夕陽を眺めたりと、誰もがうらやむ住環境で暮らしています。
 
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長垂海岸がすぐ目の前!という須賀さん一家の暮らし

釣り竿を投げたら、キスやスズキが獲れるんですよ。家族で畑も始めて、息子は虫に触ることも怖がらなくなりました。

糸島は農業も漁業もさかんで、食べ物が本当においしいですから、実は移り住んで8キロ太ったんです(笑)

とはいえ、移住の決断がすべて順風満帆だったわけではないそう。当時、会社の社員に移住を打ち明けたところ、スタッフは35人から半分以下に減ったといいます。

それでも、須賀さんは理解してくれるスタッフと連携をとりながら、自分の生き方、働き方を再構築する道を選びました。

暮らし始めてびっくりしたのは、福岡や九州では横のつながりがすぐにできていくということですね。

同じ時期に移住してきた家族や「福岡R不動産」の坂田さん、「糸島シェアハウス」の志田浩一さんや畠山千春さんをはじめ、東京ではあまり見られない、緩やかで温かな人とのつながりを体感しました。

引っ越して1年が経った頃、須賀さんはこうした自身の移住経験を生かして、後に続く移住者のサポートができたらと思うようになっていました。

そんな矢先、福岡県に本社を構えるWebサービス企業「ヌーラボ」の橋本正徳さんを通じて、「京都移住計画」の代表である田村篤史さんと出会います。そして背中を押されるように「福岡移住計画」を立ち上げました。

「福岡移住計画」のはじまり

「移住者にとって本当に大切なこと、必要なことを情報発信していきたい」という思いでスタートした「福岡移住計画」ですが、須賀さんは移住がゴールだとは考えていません。

その先にある働き方、自分がどうありたいかという生き方まで支えることが、本当のサポート。それを踏まえて、「コネクション」「リサーチ」「サポート」という3本の柱をつなげ、段階を踏んで情報発信を行ってきました。
 
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今年2月に下北沢で開催された「久留米移住計画」のイベント風景

「コネクション」としては、「ぼくらの移住計画」と題し、東京など都市圏で移住に興味のある人を対象に暮らしを紹介するイベントを開催したり、「福岡交流会」を開いて情報交換の場を設けました。

「リサーチ」としては、移住者の相談窓口として「福岡移住コンシェルジュ」を今後設置していくのだそう。また、関心のある人には、糸島などで実際にトライアルステイしてもらう「福岡体験・リアルツアー」を実施しました。

実際にツアーに参加してもらうと、情報としてだけ伝わっていた福岡のよさに加えて、体感として、しっかりみなさんの心に残るみたいです。ツアーに参加された方のほとんどから「いずれ移住したい」という声が聞かれました。

実際、リアルツアーでご案内をして、半年以内に移住してこられた方が、2組ほどいるんですよ。

そして、ツアーを経験して本格的に移住を考えるようになった人に向けて「移住サポート」として、不安がないように、住まいやコミュニティを紹介していく活動を続けています。

また、昨年は活動に興味を持ってくれた福岡市とも連携して移住イベントを開催したり、民と官がつながって福岡の魅力を発信したりのチャレンジも。

これらの情報発信を丁寧に伝えていった約2年の間に、「福岡移住計画」を通じて移住考えるイベントに参加した人の延べ数は600名以上、その中から移住を決めた人は10組ほどだといいます。

移住者の人数はよく聞かれることですが、私たちの活動の結果は、数でなく質だと思っているんですよ。ゆっくり時間をかけて、移住者と地元の仲間たちをつなぐ場の地固めをこれからも続けていくつもりです。

そうしたサポートをこれまで続けながら、須賀さん自身もまた、新天地での暮らしの環境を整えつつ、仕事を維持してきました。

第二子ができた前後は、つわりのひどかった奥さまを支えながら、活動と子育てなどが重なって大変な時期をすごしたことも。

正直、今も道の途中、日々葛藤もあります。仕事も家庭も、東京にいた頃とは違った意味で大変なことも出てくるし、その都度、まわりの皆さんに迷惑をかけることもあって、支えてもらっていることを痛感するんです。

少し前までは、思い描いていたビジョンまで行き着かないことで、焦りが出たりしましたが、みんなのおかげで、まず自分がこの地にしっかり根を下ろしていかないと何をやってもだめなんだって思い直せたんですよね。

無理をせずに、できることから少しずつ前に進めていって…そういう点では、ゆるやかな福岡気質にとけ込めるようになったというか、自分自身が成長できたところなのかもしれません。

活動を振り返って、「結局、移住サポートは自分自身が一番必要なのかもしれない」と、いま改めて実感しているという須賀さん。だからこそ、移住計画にかけるエネルギーや愛情も尽きないといいます。

情報発信からリアルな場づくりへ

ようやくバランスがとれるようになってきた今、「福岡移住計画」は次のステップに進んでいます。そのひとつが、昨年6月から少しずつ準備してきたという、糸島・芥屋でのゲストハウス&カフェ構想。

もとはスーパーだったという建物を利用して知人が営んでいたハワイアンカフェを引き継ぎ、交流の場として、今年から本格的に「RISE UP KEYA」をオープンしました。
 
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移住者と地元の人をつなぐ交流の場「RISE UP KEYA」

リノベーションした空間の一角には、九州大学の学生が建築の足場の床板でつくったという本棚やテーブルなども置かれ、これまで地元で培った縁とつながりを大事に、みんなで楽しいことを生み出していきたいと話します。

働き方を提案する新しい取り組みとして、移住者のサポートをより具体的に提案していく「コワーキング」を、月1回のペースでスタートさせました。

「コワーキングって、2005年頃からアメリカのサンフランシスコを中心に始まったワーキングスタイルのことなんですね」と説明してくれたのは、メンバーとして参加する「糸島シェアハウス」の志田さんです。

志田さん オフィスを単にシェアするのではなく、フリーランスやスモールカンパニーの人たちがオープンなワークスペースを共用することで、仕事しながら自由なコミュニケーションをとることができるんです。

例えば、家も一人じゃ建てられないですよね。設計士がいて現場監督がいて…というように、それぞれの得意なことを共有して、条件や波長が合えば、そこから何かが生まれていく可能性があって。

そういうクリエイティブなコミュニティとしての価値が評価されて、東京をはじめ日本でも各地でだんだん広がってきているみたいです。

オープンデイのこの日、SNSなどで知ってさっそく話を聞きに来たという7、8組の人が訪れていました。

移住後に福岡で出会い、結婚したという建築士とデザイナーのご夫婦や、デザイン関係のクリエイター、農業に関心をもつ親子など、移住者もいれば、福岡近辺から訪れた人も。

現在、トライアルステイで他県からやって来た店主が営むコーヒーショップも一角にオープンし、珈琲のいい香りが空間に漂います。
 
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移住計画やコワーキングのメンバーなどが集う場づくりを進行中

おいしいコーヒーを片手に話をすると、お互いにほっとして気持ちを伝えやすくなりますよね。できれば、トライアル後もずっとカフェにいてもらいたいのが本音ですが、引き止めることはできませんし、糸島でなくても自分らしい生き方ができる場所を見つけてもらえたら嬉しいです。

今年は、情報を発信して投げて終わりではなく、ここでたくさん話をして、一緒にごはんを食べて、笑って、もっともっとみんなとリアルにつながっていきたいんですよ。

親しみの湧く笑顔を覗かせながら、そんな風に話す須賀さんの言葉が胸に響きました。

訪れる人たちと自然体で話をする須賀さんや仲間のみんなを見ていると、肩の力が抜けて、何でも話せそうな気持ちになってきます。実際に「ここに来ると勇気づけられる」と話す移住者の声もありました。

地方の「移住計画」をムーブメントに

より本質的な生き方へとシフトを望む人が、ここで誰かと出会い、つながり合うことで新しい息吹きが生まれていく「福岡移住計画」。今後は、ポータルサイトづくりやラジオでの発信など、仲間と一緒に福岡の素晴らしさを国内、海外へも発信していきたいと須賀さんは言います。

さらに、「京都移住計画」との共同イベントをはじめ、「宮崎てげてげ移住計画」や「久留米移住計画」など、単体での活動だけでなく、各地方の移住計画を広げていくことも視野に入れています。

地方ごとに移住計画が広がっていけば、過疎化の問題もカバーできるかもしれません。移住計画に取り組む者同士がお互いのノウハウを生かしながら、知恵を出し合って問題点なども共有していけたら、移住のハードルも地域の課題もクリアできるはずだと思っています。

これまでは、どの場所にいても仕事がしやすいクリエイターという人たちを対象とした移住の取り組みが多かったですが、それだけではない新しい仕事をつくり出してほしいという想いもあるんです。

例えば、その地域に根ざした伝統工芸やものづくりといった、第一次産業に興味のある人のサポートしたり、具体的なアクションをデザインしていくことで、自分らしいと思える幸せな生き方を見つけられる人たちが増えていったら何よりです。

ローカルに身を置き、内側から支援や恊働の手を差し伸べる須賀さんの姿勢に、移住者も地元の人も共感し、楽しい輪が広がっています。

「根を下ろした福岡や糸島から、日本や世界にそのよさや人とつながり合うことの喜びを伝えたい」と話す須賀さんご夫妻のもとに、移住後に誕生したお嬢さんも1歳を迎えました。そのお名前は、「海」ちゃん。

上のお兄ちゃんが、「糸島の海がきれいだから、海がいい!」って言って付けたんです。彼女は正真正銘の福岡っ子ですね(笑)

大好きな家族に囲まれて、充実した毎日を送ることができていますが、何年経っても移住者の視点と感謝を忘れずにいたいですし、根っこを太く育てながら、移住計画をムーブメントとして広げていきたいです。

変化を恐れず、「福岡移住計画」のようなサポーターとしっかりつながることで、もっと自由に、自分らしくいられる人生を再構築できる可能性は高まるのではないでしょうか。

本質的な幸せを手に入れることは、そんなに大それた難しいことではないような気がしてきます。一度の人生。改めて、みなさんは、誰と、どこで、どんな生き方がしたいですか?