ローカル線に乗っておいしいワインに興じる。そんな、ワイン好き&鉄道ファンにはたまらないイベントが、先日、長野県の歴史ある電車の車内で開催されました。
イベント名は「レールツーリズム長電 “さよなら屋代線” ワイントレイン」。廃線まで残りわずかとなった長野電鉄・屋代線の車内で、地元産ワインを心ゆくまで堪能できるこのイベントには、遠方からも多くの人々が駆けつけ、あっという間に満席に。長年の役目を終えようとしている電車の車内で、人々に笑顔とつながりが生まれました。
車内はほら、この笑顔。
地元の日本料理店の特製弁当とワインを楽しむ人々を乗せて、電車は屋代線・屋代駅から長野線・小布施駅までの区間を約3時間かけて走りました。
ソムリエを務めたのは、地元出身の学生や役所職員、図書館司書など、ワインのサーブは初体験のみなさん。地元を一緒に盛り上げようと、この日のために必死に訓練し、見事にその大役を果たしました。
途中、松代駅では、駅をミュージアムと見立て、学芸員役の駅員さんから、鉄道の歴史や仕組みなどの解説も。さらには地元の高校のギター・マンドリン部によるサプライズ演奏もあり、観客の中には涙を流す人もいたそうです。
デザイナーやコンサルタントが”食”をキーワードに集結!
地域の人々と一体となってこのイベントを仕掛けたのは、「食」をテーマに都市や農村におけるコミュニティデザインを手掛ける、NPO法人「フードデザイナーズネットワーク」のみなさん。農業の人手不足、子どもの食育、地域の資源発掘といった「食」にまつわる様々な問題を、地域の人々との協働により解決していくためのプロジェクトを手がけています。
特徴的なのは、いわゆる「食の専門家」ではないメンバーで構成されていること。アーティスト、プロダクトデザイナー、グラフィックデザイナー、図書館のコンサルタントなど、それぞれの専門領域で「食」をキーワードに活動している人々がつながり、2011年、ネットワークを設立。「フードデザイナー」として活動を開始しました。
現在の活動は、大きく分けて2つ。1つは、上述の「ワイントレイン」のように、地域の人々と協働で、食のデザインによるコミュニティづくりを行い、地域支援につなげること。地元の人々の声を聞き、現地調査を重ねた上で、地域の魅力を引き出すための商品開発や観光プログラムを提案。地域の良さを再認識してもらい、地元の人が主体的に取り組めるような継続的な取り組みにつなげていきます。
2つ目は食に関する学びの場をコーディネートし、「フードラーニング」を広めていくこと。料理教室のような習い事でもなく、教育的な「食育」でもない、歴史やマナー、文化など食にまつわる様々な要素を活かしたワークショップにより、もっとクリエイティブな学びの場を提供しています。
例えば、「シリアルをつくる」ことをテーマにした子ども向けワークショップでは、まず、ナッツやドライフルーツ、穀物の栄養を説明。「誰のためにつくるのか?」を決めて、食感や色も意識しながら素材を組み合わせ、パッケージの制作まで行います。
「お母さんのための、お肌がつるつるになるシリアル」「お父さんのための、疲れが吹き飛ぶシリアル」など、完成品はどれも子どもたちの愛情がたっぷり詰まったもの。ただの栄養ではなく、「メッセージを伝える」という食の大事な役割を、子どもたちは体験を通して学びます。
このような「食」をコミュニケーションツールとしたプログラムにより、食にまつわる様々な課題解決につなげていくこと。それが「フードデザイナー」の役割であり、「フードデザイナーズネットワーク」設立の目的でもあるのです。
「フードデザイナー」って?中山晴奈さんインタビュー
食の専門家ではない人々の横のつながりで成り立っている「フードデザイナーズネットワーク」。彼らはなぜ、「フードデザイナー」として活動を始めたのでしょうか。その先に見据える未来とは? 理事の中山晴奈さんに、お話を聞きました。
食の「メディア」としての可能性を追い求めて
中山さんの活動は、学生時代のある気付きから始まりました。
食って、メディアなんです。
例えばTシャツや紙袋に書いてある文字は告知媒体になりますよね。食べ物も同じように、作った人の思いや旬、文化、歴史など情報がつまっているもの。それを1つの表現として使うことの可能性に気付きました。
当時、美大に通っていた中山さんの専攻は、現代美術。一見、食とは縁遠いように思えますが、中山さんは独学で料理を学び、仲間とケータリングをメインにした活動を始めました。
表現のプロである中山さんの料理は、やはり”魅せる”ことにこだわったもの。例えば、ある展覧会のレセプションでは、テーマであった「鳥類学」を食で表現し、展示の1つとして取り入れることを提案。作品に似た形の料理、展示物の歴史に関連する食材を使った料理、などのデザインを施し、いつものかしこまった展覧会場とは違う空間を演出しました。
食べ物が加わることで、見るだけじゃなくて、五感で感じてもらえる。面白いし、単純に食べるとおなかがいっぱいになって、すごくシンプルに幸せをつくることができる。そうすると、ものすごく伝わるんですよね。
食べ物から会話も生まれるし、作品の解説につなげることもできます。つまりは食を使ったコミュニケーションのデザインなんです。
通常のレセプションって、作品を見てすぐ帰っちゃう人が多いんです。でもそのときは、参加者同士の会話が弾んで、みなさん全然帰ろうとしませんでした。
そんな活動を続けるうちに、中山さんのもとにはケータリングの依頼が寄せられるようになりました。NPO職員、デザイン会社と経歴を重ねながらも活動を継続し、2010年には、「食を通してメッセージを伝える」ことをテーマに独立を決心。当時は、「NEXT KITCHEN」として1人で活動していました。
でも1人の活動は自由ではあるんですが、つまらなくて(笑)。コラボすることで何かが生まれるような機会が少なくなって「物足りない」と思い始めたんですよね。その頃、私の志と近い活動をする人々が増えてきているのを感じていましたし、一緒にやることで、より社会的インパクトも大きいことができるという気付きもありました。「NEXT KITCHEN」の名前では足りなくなっちゃったんです。
さらに中山さんは、専門家ではない人々を「横でつなぐ」ことに可能性を感じていました。
食に関する仕事は調理師や栄養士、フードコーディネーターなど専門性が高すぎる事によって横のつながりができ難い。私は美術出身ということもあり、物事を客観的に考えて表現する訓練を受けてきました。誰かと誰かをつなぐことで、それを魅せていくというコーディネーター的なところに役割を見出したんです。
それに、今のメンバーは皆、私と同じように肩書きを説明しにくい人たちでした。やりたい事を見通すと、例えば私は「アーティスト」ではないし、自己紹介が難しくて(笑)。でも「フードデザイナー」という名前をつけることによって居場所ができる。名前をつけることって結構大事なんですよね。
そんな中山さんの思いに賛同した仲間が集い、2011年、「フードデザイナーズネットワーク」(当時は任意団体)が立ち上がりました。
中山さんに「フードデザイナーって何ですか?」と尋ねたところ、「食の専門性にとらわれず、領域を超えた活動をしている方」と答えてくれました。各専門領域を持つ人々がつながり、その能力を活かした活動をすることで、閉じられていた食の世界に新たな可能性が生まれています。
「フード」=「風土」。
大事なものを守りながら継続的な地域支援に
「フードデザイナーズネットワーク」の活動として、現在最も力を入れているのが、地域支援。例えば、地域と地元企業、大学の連携プログラムに参画し、商品開発や観光プログラムの作成をサポートしています。提言を書類にまとめて提出するだけで終わるのではなく、「フードデザイナーズネットワーク」は、それを地元の起業へとつなげるようなコーディネーターとしての役割を果たしています。
地域における「食」の役割について、中山さんはこう語ります。
「フード」=「風土」。食は、地域の良さを伝えるために、最適なメディアだと思います。単純においしいものがあるのはもちろんですが、生産者の方の思いや歴史など、ストーリーを伝えるためのキーワードが「食」だと考えています。
地域に関われば関わるほど、日本の食は本当に広いと感じます。山梨なら果樹と野菜、五島列島にとってはお魚。それぞれに組織があって、農協と漁協も全然違うし、例えば漁港も場所によってコミュニケーションが全然違う。単純にパッケージをキレイにして売れば儲かるというものでもないですし、それは、地域に深く入らないと分からないものです。
食を通して都市と農村のお付き合いが始まって、継続的につながっていけるようなメディア、ツールであり続けてほしい。私たちは、そのための最初の足がかりになるような、きっかけづくりのお手伝いができればいいなと思っています。
デザイナーなど、クリエイティブな能力を持つ人が地域に入って街おこしをする事例は増えてきています。そこで大事になってくるのは「継続」。一過性ではない取り組みへとつなげていくポイントについても聞いてみました。
自分たちの持っているいいものを再認識してもらうことだと思います。そうやって自分の地域に対して客観的になることによって、社会がどうなっていて、何が必要とされているのかが見えてくる。
歴史的な背景もあって仕方がないところもあるのですが、地域の人にはちょっと頑ななところもあります。でもそれでは過疎に歯止めをかけられないし、実は誰もそんなこと望んでいないんですよね。そういう気付きのきっかけになればいいですね。
でももちろん、地域の良さは失いたくない。変えるものがあって、守る物があって、そのバランス。「何を大事にしたいのか」をみんなで見つける作業が大事なんじゃないかな、と思います。
食をメディアとして活用し、地域の人が自ら発見した大事なものを守りながら、「応援団がたくさんいる(中山さん談)」都市へとつないでいく。その丁寧な取り組みがあって初めて、本当の意味での地域支援につながっていくのだと感じます。
みんなが食を通して、地域の良さを発信できるように
「フードデザイナーズネットワーク」の会員は現在11人。中山さんは、これから活動の輪を全国へ広げていきたいと言います。
私たちのような活動をしている人って、実はもう全国にすでにいるんです。「何で専門家じゃないのに食のことやっているのかな」と、迷いながらやっている人や、「やりたいけど専門性が足りないからできない」という人もいる。
私たちは横につながることで、そういう人たちの居心地を良くしてあげたいし、ややこしい制度や法律などの面で協力することもできます。地域で頑張っている方や、新たにフードデザインに興味のある方にも仕事を広げていき、大きな活動にしていきたいです。
いつかは地域ごとにフードデザイナーがいて、みんなが自分なりのやり方で地域の良さを発信できるようになるといいな、と思います。
「フードデザイナーズネットワーク」では、今後、フードデザインを広げていくためのイベントを開催していく予定です。その一つが、5月12日(土)からスタートする「ネットワークミーティング」。フードデザインの領域でユニークな活動をしている方々を、毎回3名ゲストに迎え、トークショーを開催。さらに、その方の活動に関する食事を味わうことができるとのことです。ゲストは、中山さんいわく、とてもユニークな方々とのことなので、ひと味違った切り口で食を楽しむことができそうです。
「ネットワークミーティング」は、3ヶ月に1回、継続的に開催していくとのこと。フードデザインの考え方に触れるチャンスなので、興味のある方は参加してみてはいかがでしょうか。
“自分ごと”を力に変えていく、ということ
インタビューを通して中山さんの原点を探っていくと、幼少期にたどり着きました。昔は田んぼがあったのに宅地化されていってしまった地元の風景、農業から離れていく人々、子供ながらに「食べるのはつまらない」と思ってしまったこと……。高度経済成長期に効率化していった食にまつわる光景を見て、「食はそんな単純なものじゃない」と感じていたそうです。
そんな中山さんは今、「食の全てに興味がある」と言います。
よく自然食なんかを食べているように思われますが、普段は私、ファーストフードも好きで食べるし、興味があります。あれだけの量を流通させるための仕組みはすごく面白い。世の中にある物はどんなものでも、ある角度から見ればデザインとして優れていて、それぞれにヒントがあるので、「ダメ」と否定せずに、それぞれの良さを学んでいきたいと思っています。
子どもの頃の経験も大学も就職も、これまでの人生の経験が全てつながって、今があります。無駄な物なんて何もないんですね。
あらゆることにオープンマインドで向き合い、自分のものにしていく中山さんの挑戦は、まだまだ始まったばかり。これからがますます、楽しみですね!
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