「サステナブルな未来」を考える上でどうしても避けて通れないのが「食」の問題です。このまま世界の人口が増えていっても食料は足りるのかという疑問がある一方で、食料生産のための環境破壊、乱獲による生物種の絶滅危機などの問題も発生しています。サステナブルな社会を作るためには私たちはどのように食料を生産し、どのような食生活を送ればよいのか、私たちはまさに今そのような問いを投げかけられています。その問いに対する選択肢の一つとして「菜食」を提案する映画『フォークス・オーバー・ナイブズ いのちを救う食卓革命』が現在公開、DVDも発売されています。
2011年にアメリカで製作されたこの作品は「菜食」について研究を続ける二人の研究者にスポットを当て、彼らがなぜ菜食を推進するのか、食生活を菜食に変えることでどのような効果があるのか、そしてなぜ菜食が広まらないのかを解き明かしていきます。
その二人の研究者コリン・キャンベル、コールドウェル・エセルスティン両博士はともに農場で育ち、キャンベル博士は栄養学の研究者として、エセルスティン博士は心臓外科医としてキャリアを積みます。そのキャリアの中で、キャンベル博士は動物性タンパク質とがんの関係に気づき、エセルスティン博士は外科手術では患者が減ることはないという外科の限界を悟ります。そしてふたりはそれぞれその問題を解決するために研究や活動を続け、「菜食」(ホールフード)が病気の予防や生活主観病の改善に効果があるという結論に達するのです。
この作品でまず観る者に訴えかけるのは「動物性タンパク質を取ることの害」でしょう。動物性タンパク質は癌を成長させ、心臓病を引き起こし、カルシウム豊富といわれる乳製品はむしろ骨のカルシウムを溶け出させてしまう、などさまざまな警告がなされます。私たちは「肉を食べ過ぎると良くない」とは認識していますが、それ以上にそもそも有害であると主張されるのです。
そして、それと同時に菜食をすることによってがんの進行が止まったり心臓病が治ったりと健康が改善した例が提示されます。そういう実例についてはどうしても眉に唾をつけて見たくなりますが、それでも説得力はあり、「やっぱり肉を控えて野菜中心の食生活にした方がいいのかなぁ」などと思ったりします。
それと同時にもう一つ目を引くのがアメリカ人の食生活の「ひどさ」です。これについては『フード・インク』『キングコーン』などなど映画でも繰り返し描かれていますが、この映画でも改めてそのファーストフード化は「ひどい」と感じます。それと比べると日本人などはまだまだマシで、もともと(文明開化以前は)菜食中心の文化を持つ国でしたし、今でも「野菜をたくさん食べなきゃ」とか「肉は食べ過ぎてはいけない」という意識を多くの人が持っているでしょう。
アメリカ人があの食生活を当たり前だと思っているとしたら、この映画はかなり衝撃的なものなのでしょうが、日本人にとってはむしろ「やっぱりな」という印象を受けるのではないでしょうか。それでも繰り返しになりますが「やっぱり野菜はたくさん取ったほうがいいよな」と思う、そんな映画だろうと思います。
しかし、そのように「やっぱり」と思う背景を考えるとこの映画が明らかにしようとしているものがもう少し見えてきます。作品の中に「SEX」と「FOOD」を追い求めるサメのアニメーションが登場します。これは動物の本能を表したもので、「高カロリー食が動物の生存にとって有益であるがために動物に快楽をもたらすものだ」ということを示し、そのために高カロリー食がいわば「ドラッグ」のように作用し、歯止めが効かずに逆にいのちを縮めるという罠にもなるということを主張します。
これが意味するのは人間にそもそも備わっている動物的本能に闇雲に従うと、現代文明の中ではそれが逆に生物の最終的な目的であるはずの種の保存や自己保存を損なうことになるということです。つまり、人類は生き残るためには動物的本能を制御して行かなければならないということで、その制御の方法として「菜食」が有効だとこの映画は主張しているわけです。本能を抑制するのは簡単なことではありませんが、菜食は「健康にいい」ので、そうすることで違う方向から「自己保存」という目的を果たせるので抑制の動機付けになりうるというわけです。
そしてもう一つ「これから」を考える上で問題になる動物性タンパク質の効率の悪さも提示されます。現在、家畜の飼料として使われている穀物の一部できがに苦しむ人々を全員救うことができるという主張です。これもあちこちで目にする主張ですが、今後世界の人口が増加したとしても、菜食に移行すればその人口をまかなえるだけの食糧を地球は生産できるということです。これもまた「健康」とは別の本能を制御するための動機付けです。人類を大きな意味での「種」と考えるなら、その保存のために自分の快楽を我慢するというのは理にかなっているといえるからです。
この映画はこのように「高カロリー食を摂取することの快楽」を「菜食」に置き換えることで自分自身と人類を救えるのだということを主張します。あなた自身と人類が生き延びるためには「菜食」という選択肢を選ぶべきだと。もちろんそれ以外の選択肢を選ぶ自由も留保されているわけですが、アメリカ政府が畜産業界と結託して乳製品の消費を推進しているというような描写が出てくるように、その選択が果たして構成な情報に基づくものなのかをまず疑問におもうことが必要だということも主張しています。菜食が健康にいいというのはアメリカ政府や一部の業界にとってはある種の「不都合な真実」であるというわけです。
最終的に菜食を選択するかどうかは別にして、選択をするためにはより多くの公正な情報が必要になります。この映画は菜食についてはその情報が隠されてきたと主張し、それを明らかにすることで見る人に賢明な選択を求めているのです。あなたはこの情報を知った上でどのような食生活を送ろうと思うでしょうか、それを考えることが未来を考える一歩になるのだと思います。
2011年/アメリカ/96分
監督:リー・フルカーソン
出演:コリン・キャンベル博士、コールドウェル・エセルスティン博士、ニール・バーナード医師、他