「100万人のキャンドルナイト」を立ち上げるなどさまざまな社会運動にも力を入れる「大地を守る会」、その社長を務める藤田和芳さんは、ソーシャルビジネスネットワークの代表理事も務め、社会起業家の育成にも熱心に取り組んでいます。
そんな藤田社長が先日、アメリカン・エキスプレス社とNPO法人ETIC.が開催した社会起業家育成プログラム「アメリカン・エキスプレス・サービス・アカデミー」で講演を行いました。
そこで「大地を守る会は上場を目指す」と熱く語った藤田社長。選ばれた29人の社会起業家しか聞くことのできなかった講演をレポートでお届けします!藤田社長が目指す社会とは?
さて、その講演を詳しくお伝えする前に、この「アメリカン・エキスプレス・サービス・アカデミー」について説明しておきましょう。このプログラムはとアメリカン・エキスプレス社とNPO法人ETIC.が昨年から行なっている「サービス」に特化した社会起業家向けの研修プログラムで、有望な社会起業家29人が2泊3日で「サービス」の様々な側面を学び、ビジネスプランを練っていくというものです。
今年は約半数を東日本大震災の被災地で復興に取り組む団体から招き、様々な分野で活躍する社会起業家とのネットワークを構築するという狙いもあるようです。
講演などのインプットとワークショップによる対話と内省を通してそれぞれが自らのビジネスプランを練っていく3日間、最終日には新たに構築したサービスモデルを発表し、審査、アドバイスなどが行われます。さらに、半年後にはフォローアップ研修も行われるという徹底したもの。これはアメリカン・エクスプレスが掲げる「明日のリーダー育成」という社会貢献活動の一つの柱の実現のため、社に蓄積されたノウハウを伝えるというCSVの一つの形だといえるでしょう。
藤田社長は昨年に続いての講演。長くソーシャルビジネスに関わってきた方なので、社会起業家の方々には非常に勉強になったでしょうし、社会と企業という視点から社会を見る目は社会起業家でなくとも考えさせられることが多くありました。
大地を守る会の歩みと東日本大震災
講演のタイトルは「大地を守る会とは何か(有機農業や環境問題に取り組んできた37年の歴史)」。
前置きとしてまず韓国の思想家の「ひよこに最初に柔らかい食べ物を与えてはいけない。硬い玄米を与えるんだ。ひよこたちははじめは食べられないが、生きるために必死に玄米を食べ続ける。一週間もしたら食べられるようになる。そうして育った鶏は病気しにくい」という話を紹介し、「誰かがノウハウを教えてくれるなどと思ってはいけない。硬い玄米を食べてタフな起業家にならないといけない」とアドバイス、そこから大地を守る会の歩みについて話し始めました。
設立は1975年。NGO的体質と株式会社的体質を車の両輪にという意識で、まずは有機農業や環境運動という市民運動の主体としてのNGOをたちあげて、それから安全な食べ物を都市の消費者に届ける株式会社を設立しました。
当時、私はサラリーマンをやりながら有機農産物を売ろうと考えていましたが、当時は曲がったきゅうりや見かけの悪いみかんを農協や市場は買ってくれず、それで週末に下町の団地で青空市を始めました。私は東北の田舎から東京に出てきたんですが、東京で感じたのは「水がまずい」ということと「野菜の味が薄い」ということ。
団地で有機野菜を売り始めると、団地のお母さんたちが「子供の頃に食べた味だ」と言って買ってくれました。団地のお母さんたちも田舎から出てきて結婚して子供ができてそこに住むようになった人達が多く、田舎の味の濃い野菜の味を知っていたわけです。それで評判になって周辺の団地にも呼ばれるようになって、それがどんどん広がって行きました。広がっていくと売れ残りが増えるようになったので、売りに行く前に注文を取る様になり、これが共同購入というスタイルに繋がって行きました。
このような活動のきっかけには有吉佐和子さんの「複合汚染」という本がありました。この本の影響を受けた消費者を組織にすることでこの仕組みをスタートすることができたんです。重要なのは組織にするということで、有機農業運動は観念的な運動では成り立ちません。
告発・糾弾型の運動をして、生産者のところに行って「無農薬で作るべきだ」といったところで、作っても売れないのだからうまくいくわけはなく、運動を成り立たせるためにはまず売れる仕組みを作ることから始める必要があったのです。
このことを今の原発問題につなげると、原発に頼らない社会を作らないといつまでも原発はなくならないということです。農薬を使わない農業を実現するには、まず実際に生産してみて、新しい生産技術を開発し、新しい流通システムを作り、消費者の意識を変えなければいけなかった。それを続けてきた結果、2006年には有機農業推進法ができて、社会に認められてきました。
それでも有機農家はまだまだごく少数派です、でも革命が起きたんです。革命を起こすことなんてできないと思っているかもしれないけれど、無農薬のダイコン一本を作り運ぶことからでも社会を変えることができる。これは革命なんです。
昨年の東日本大震災で一番苦しんだのは放射能の問題でした。農薬などに敏感な人は放射能にも敏感で、西へ移った人も多かった。売上も会員数も一時的に減りました。でも、そこで「福島と北関東の農家がんばろうセット」というのを販売することにしました。これは、農家に支えられてきたこと、農家に非はないということを再認識して欲しいという思いからです。
多くの方が賛同し、買ってくれましたし、若いお母さんたちも購入する代わりにカンパをしてくれました。それは義援金として届け、さらに義援金付きの「西からの応援野菜セット」を販売、放射能測定器を購入して情報を公開して消費者に判断してもらう体制を作ると同時に、放射能不検出の西の産地の野菜をつめた「子どもたちへの安心野菜セット」の販売も開始しました。
NGOと株式会社、100万人のキャンドルナイトと株式上場
さらに、藤田さんは原発について、そして「100万人のキャンドルナイト」に始まる運動について語ります。
原発ということで言うと、「100万人のキャンドルナイト」を始めたのも原発がきっかけでした。始めて今年で10年になりますが、元々は反原発のためにアメリカやカナダの活動家が自主停電を行ったというのをヒントに、同じようなことを日本で出来ないかと考えたのがきっかけでした。
若い人達に「反原発のため」と掲げるのは古臭いと言われたので、目的は言わないで「電気を消して過ごしてみませんか?」という投げかけをすることにした。「何のために」ということを決めないというやり方は参加する人達の自己決定に委ねるということ。
いまの社会に足りないのは自己決定とつながる力ではないでしょうか。デモに参加したり、運動に参加したりはできなくても、電気を消すということで参加するだけでささやかな自己決定ができる。こういうことが世の中が変わっていくきっかけになるのではないかと思うのです。
大地を守る会は、こういうNGO的な活動と株式会社の活動を両輪としてこれまでやって来ましたが、NGOや市民運動はややもすれば生活の現場から離れ観念的な運動に走ってしまう傾向があり、株式会社は往々にして経済合理主義や利益第一主義に陥ってしまう弱点があります。そこで、それまでNGOと株式会社を併存させ、車の両輪として運営してきたのですが、昨年、大地を守る会はNGOと株式会社の合併を決議しました。
前代未聞のことですが、「本業まるごと社会的責任を果たすぞ!」という決意表明であり、加えてソーシャルビジネスを日本において育成しようという動きが強まっている中で、大企業にも社会的責任・貢献が求められる時代にあって、会社とは何なのかの論争に持ち込みたいという意図もあります。
このような決意のもと、近い将来株式を上場させようとも考えています。社会、特に社会的弱者のいるところには様々な課題があります。それをこれまでは補助金やボランティアという形でNGOやNPOが支えてきました。でも、それには予算削減だとかの内的外的限界があります。それを解決していくのが社会的起業であり、それを推し進めていくには資金が要ります。
たとえば、いま大地を守る会は東京にしか拠点がないので、鹿児島の人が地元の野菜を買うにもいったん東京の物流センターを経由しなければいけないわけですが、資金を調達できれば地域にも拠点を作って地産地消を推進し、これでさまざまな問題が解消します。さらに上場することでさまざまな企業や経済団体とも話ができるようになります。そこで「CSRをやっていても、本業で日本や社会を危うくしているようでいいのか」と投げかけ、会社のあり方についても議論していきたいのです。
大地を守る会は、海外とのフェアトレード商品の販売も行なっています。これも国内と同じように生産者と顔の見える関係を作っています。そして、東ティモールからコーヒーを買ったり、パレスチナからオリーブオイルを買うことで物を通じて世界に関わっていくということをやっているのです。大地を守る会がやっているのは、物を通じて世界に関わり、それが社会や世界を変える力になるように志を持って行動することなのです。
約1時間半にわたって、社会的企業のあり方について熱く語った藤田社長、参加者たちもじっと聞き入り、講演後は直接質問をぶつける場面も。プログラムはこのあと参加者同士がインタビューしあうことで、それぞれが自分自身を見つめなおすワークショップへと進みました。参加者の皆さんは3日間でじっくりと自分と自分の事業を見つめなおし、社会をどう良くしていくのかというビジョンを掴んだのではないかと思います。
そして、別に社会起業家でなくとも、閉塞感を感じこの社会をどうにかいい方向に持っていけないかと考えている人なら、この藤田社長の話にはなにか感じるものがあったのではないでしょうか?
どこが響くかは人それぞれかと思いますが、私は団地生まれでしかも親が藤田社長と同世代なので、青空市の話がすごく身近に感じられて、「本当にこういうところから30年以上をかけて社会を良くしてきたんだ」と実感を持って聞くことができました。そしてそういうところから「背中を見て」社会を良くしようという人達が育つんだろうとも思ったのです。
これからも大地を守る会と社会起業家の方々には注目していきたいと思います。
大地を守る会についてもっと知る。