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自給力とは、自分の生命を自分で守ること。大山修一さんがアフリカで“資源循環による土壌再生”を実装しながら追求する「平和な社会」

自給力とは、自分の生命を自分で守ること。大山修一さんがアフリカで“資源循環による土壌再生”を実装しながら追求する「平和な社会」

「どうすれば、この世界から争いをなくすことができるんだろう」

世界各地で絶えず続く紛争のニュースを目にするたびに、私はいつもそのことを考えてしまいます。
対話を重ねればいいのか。経済格差を是正すればいいのか。教育の機会を広げればいいのか。
どれも間違ってはいないはず。けれど、その解決への道はあまりにも壮大で、自分にできることはなにもないようにも思えてしまう。

そんな、どこにも着地しない私の問いに、「争いをおさめるための鍵となるのは、自給力を取り戻すことだ」という意外な視点を与えてくれたのが、大山修一(おおやま・しゅういち)さんでした。

大山さんは、総合地球環境学研究所で有機物循環プロジェクトという研究プロジェクトのリーダーをしています。専門は地理学ですが、地形を調べるのではなく、砂漠化などの環境問題が人々の「生業(日々の暮らし)」や「平和」にどう影響するかを研究対象としています。特に、人々の暮らしの実態を調査しながら、20年以上にわたって、世界の最貧国と言われる西アフリカのニジェール共和国(以下、ニジェール)で、都市にあふれる有機ごみを活用し、砂漠化した大地の緑化と、人々の生業、生活基盤を再生させる活動を続けてきました。

一見、厄介者とされるごみを資源へと変え、劣化した土壌を回復させていく。その営みを通して、人々の「自給力」を根本から高めていく。環境対策や農業支援のようにも見えるこの活動を、大山さんは「平和につなげる営み」だと言い切ります。

自給力を取り戻すことが、なぜ争いをなくすことへとつながるのか。
砂漠化する大地で見つめてきた、平和への「思想と実践」について、じっくりとお話を伺いました。

グリーンズ

大山修一(おおやま・しゅういち)
総合地球環境学研究所研究部教授、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科教授を務める。専門は地理学、環境修復学、平和構築学、アフリカ地域研究。西アフリカ・サヘル地域を中心に、砂漠化や紛争と人びとの生業の関係を長年にわたり研究してきた。主な編著書に『西アフリカ・サヘルの砂漠化に挑む』『ザンビアを知るための55章』などがある。

砂漠化と貧困、そして紛争。絡み合う負の連鎖

大山さんが活動するニジェールは、西アフリカの内陸に位置する国です。国土の北側には広大なサハラ砂漠が広がり、その南縁に沿って東西に延びる、草原と砂漠の半乾燥地帯である「サヘル地域」が占め、この砂漠と草原の境界線では、短い雨季と限られた降水量が人々の暮らしを左右しています。

フランスから独立した1960年以降、この国は幾度もの軍事クーデターを経験してきました。政権の誕生と崩壊、そして軍による権力掌握。この繰り返しのなかで、政治的な安定は長らく失われたままです。

統計上、ニジェールは世界で最も貧しい国の一つに数えられます。識字率は4割に満たず、インフラ整備も途上。脆弱な生活基盤の一方で人口は急増しており、国民の大半が従事する農業や牧畜を支えるための土地や資源は、常に不足しています。

大山さんが初めてニジェールを訪れたのは2000年のこと。そこに広がっていたのは、痩せた大地と、過酷な環境下で必死に作物を育てようとする人々の姿でした。

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大山さん サヘル地域はもともと乾燥地帯ですが、本来は草原やサバンナが広がる豊かな場所なんです。しかし、家畜の過放牧や薪の過剰な採取、無理な耕作が続くと、植物が再生できなくなります。そこに降雨の減少が重なると、大地は砂漠のように、何も育たない場所へと変貌してしまいます。

砂漠化とは、ただ砂が押し寄せることではありません。草が消え、地表がむき出しになり、風雨によって貴重な地表面の土壌が流出することを指します。養分を含んだ土壌が失われれば、作物の収穫はさらに困難になります。

大山さん 貧困もまた、環境破壊の引き金になります。現金が尽きれば、木を切り倒して薪として売り、不足する食料を購入する、備えとしてヤギを増やす。そうやってなんとか食いつないでいくしかありません。しかし、家畜が増えれば、わずかに生えていた草は根こそぎ食べ尽くされ、土地はさらに痩せて収穫が落ちる。まさに負の連鎖です。次の雨季までどう食いつなぐか。出稼ぎや家畜の切り売りで急場をしのいでも、村の多くの人々が慢性的な飢えに苦しんでいるのが現状です。

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そして、食料不足は、生活の困窮だけにとどまらず、土地をめぐる「争い」にも直結します。
ニジェールでは、農耕民と牧畜民が同じ地域で共生してきました。かつては移動経路や放牧の時期を互いに調整することで均衡が保たれていましたが、土地が荒廃し、資源が枯渇したことで、その余裕は失われているといいます。

大山さん 管理が行き届かず、家畜が収穫期に畑へ入って作物を食べてしまう。それは農耕民にとっては死活問題であり、両者の間で激しい衝突が起こります。想像できないかもしれませんが、殺し合いにまで発展する。砂漠化、貧困、そして紛争。これらは決して個別の問題ではなく、すべてが一つにつながっているのです。

侵食を堆積へ。
都市のごみで大地を蘇らせ、争いをなくす

この過酷な負の連鎖を食い止める手立てはないのか。大山さんは問い続けていました。「外から高価な化学肥料を持ち込むのではなく、この土地にあるもので、循環を取り戻すことはできないだろうか」と。そのヒントは、村の何気ない日常の中に隠されていたといいます。

まだハウサ語の言葉も十分に分からなかった頃、大山さんは村の人たちが家の周りに溜まった「ごみ」を畑に運ぶのを手伝ったのだそう。トウジンビエの穂軸や藁、家畜の糞、燃やした薪の灰……。彼らにとって、生活から出たものを大地に戻すのは、代々受け継がれてきた生きるための知恵でした。

大山さん 1970年代の大干ばつのとき、まく種がなくなって、村人たちは最後に家にたまっていたごみを畑に運んだことがあると聞きました。すると、ごみの中に残っていたトウジンビエの種子が発芽したそうなんです。僕は実際に、雨季が始まり3週間ほど経ち、まいたごみの中から芽が出るのを目にしました。そのとき、「ああ、これかもしれない」と思いました。

そこで、大山さんが着目したのは、首都ニアメの街中にあふれる「都市ごみ」でした。
調査の結果、都市のごみの約8割は、風で運ばれてきた砂や、家畜の糞・野菜くずなどの有機物だと判明。残りのプラスチックごみも含め、一見すると厄介者の「ごみ」こそが、砂漠化を止める鍵となりました。

グリーンズ

ニジェールの人々が砂漠にごみをまく様子。主に、緑化活動を行う村の若者や住民たち。大山さんは彼らに給料を支払っている。ここが重要で、ボランティアではなく、ごみを撒くことが「現金収入」という生業の一部になるように設計されている(ニジェール共和国・ドゴンドッチ県にて)(画像提供:大山修一さん)

大山さん 砂漠化の本質は、風や雨によって土が削り取られてしまう「侵食」です。そこに、あえて分別していない都市ごみを撒きます。実は、活動の初期はプラスチックなどを丁寧に分別していた時期もあったのですが、あえて混ぜたままの方が効果的だとわかってきました。ごみの中に混ざるプラスチックが、地面にほどよい凸凹を作ってくれるんです。北東から吹く激しい季節風がこの凸凹に当たると、風で運ばれてきた砂がそこに引っかかり、地面にたまっていきます。つまり、土が削られる「侵食」の場所を、土が積み重なる「堆積」の場所へと逆転させることができるんです。

大山修一 グリーンズ

砂漠だった土地に青々とした緑が生い茂っている。ニアメの街中には、ごみ収集車が来ず、ごみが山積みになっている場所がある。そこへトラックを手配し、運転手や作業員を雇って、ごみをもらいに行くというスタイル(ニジェール・ドゴンドッチ県にて)(資料提供:大山修一さん)

ごみに含まれる有機物は土の栄養となり、プラスチックなどの凸凹は砂を捕まえる。こうして再生された大地は、人々の争いを防ぐための戦略的な場所になります。

大山さん 緑化しているのは、農耕民が使っている畑ではありません。砂漠化して岩盤が剥き出しになった「誰のものでもない場所」をフェンスで囲い、そこをごみで緑化しています。なぜフェンスが必要なのか。それは、そこを家畜専用の場所にするためです。

これまでは、家畜が食べる草を求めて農耕民の畑に入り込んでしまうことで、農耕民と牧畜民の間で激しい衝突が起きてきました。そこで、大山さんは「緑化サイト」という家畜のための食事場をあえて別につくることで、畑への侵入を防ぐ「緩衝地帯」を生み出したのです。

大山さん 雨季の間はフェンスを閉めて草を大切に育て、9月から11月の収穫時期にだけ、家畜を招き入れます。収穫期は、草や樹木も種子をつけます。すると家畜は草や樹木の葉だけでなく、種子も食べ、種子を含んだ糞を落として去っていく。翌年にはさらに草や樹木が増えるという好循環が生まれます。

大山さんは現在までに、約3,750トンものごみを活用し、約20ヘクタールの緑地を再生させてきました。

大山さん 人々の生活に余裕が生まれれば、奪いあいは止まる。自給力を高めることは、結果として、他者と争わずに済む社会の土台になるんです。

「可哀想」から、たくましい自給力をもつ人々へ
現地での共同生活が書き換えた活動の原点

大山さんの活動の根底には、幼少期に刻まれた強烈な違和感があります。
それは、1980年代、世界が「飽食」と「飢餓」の両極端に揺れていた時代の記憶です。
テレビのニュースでは、アフリカ・サヘル地域の凄まじい干ばつが報じられ、骨が浮き出るほど痩せ細った人々の姿が茶の間に流れていました。しかし、それとタイミングを同じくして、大山さんは正反対の光景を目にすることになります。

大山さん 親戚の結婚式で、人生初のホテルのビュッフェを体験したんです。好きなものを好きなだけ食べられることに衝撃を受けました。その圧倒的な豊かさと、一方で食べられない人がいる理不尽さが、自分のなかで強烈に結びついたんです。

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この格差への問いを持ちながら、大山さんは当初、大学で法律を学ぼうとしました。しかし、六法全書を開いた瞬間に「自分には向いていない」と確信し、植物の生態を調べる道へと方向転換します。当時、大山さんが研究対象に選んだのは、富士山の植物でした。

大山さん 富士山の斜面は岩礫斜面となっていて、植物が定着しにくい。そこにオンタデやメイゲツソウなどの草本が定着し、枯れて、その植物遺体が有機物となって溜まり、腐葉土ができて、次第にカラマツやミヤマハンノキなどの樹木が侵入する。その「遷移」というプロセスを観察していました。当時はそれがニジェールとつながるとは、まったく思っていなかったけれど、村人がごみを撒いているのを見て「富士山の岩礫斜面における遷移プロセスと、ニジェールの村人たちが荒廃地で同じことをしている」とつながったのは、実は最近のことなんです。

大山修一 グリーンズ

急傾斜の岩礫斜面には、土壌の堆積がなく、植物の生育はむずかしい。まず、最初にオンタデやメイゲツソウが生育し、毎年、冬になると枯れ、少しずつ腐葉土が堆積する。腐葉土が堆積すると、ミヤマハンノキ、ミヤマヤナギ、カラマツなどの樹木が侵入してくる(富士山 富士スバルライン五合目付近にて)(画像提供:大山修一さん)

富士山で植物の生命力を追いかけながらも、大山さんの心の奥底には、小学生の頃に見たサヘルの光景が消えずに残っていました。「自分も何か力になりたい」という一心で、学生時代にはアフリカでの支援活動を行う国際協力のNGOの門を叩いたこともあるといいます。しかし、そこで直面したのは、志だけでは越えられない高い壁でした。

大山さん いわゆる「いいこと」というのは、なかなかお金にならず、生活していくのは難しいという現実を突きつけられました。情熱はあっても、学生の自分が手弁当で西アフリカ、サヘル地域の現地へ行くのはあまりに難しい。けれど、そこで諦めるのではなく、この問題を一生の仕事にするための道を探しました。そのとき、大学で研究者としてアフリカに関わり続ける道があると知ったんです。

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今回取材のために訪れた、京都市北区の総合地球環境学研究所。大山さんは、日々ここで研究活動に取り組んでいる

こうして研究の道へ進んだ大山さんは、その後、現地のリアルな姿を捉えるために、研究者としてニジェールでの長期調査を開始します。村人と衣食住を共にし、同じものを食べ、同じ地べたに寝る。そうした日々のなかで、子どもの頃にテレビ越しに見ていた「助けを待つ人々」というアフリカ像は、大きく崩れ去ることになりました。

大山さん 自分たちの食べるものを自分たちでつくる「自給社会」に生きる人たちのたくましさをみました。過酷な環境のなかで、外部に強く依存せず、あり合わせのものを工夫して生き抜く知恵。その強さに憧れ、深く知りたいと思うようになりました。彼らは決して「可哀想な支援対象」ではなく、「自分自身の力で、生活に必要な衣食住をまかない、生き抜く人々」だったんです。

かつては「何かしてあげたい」という一方的な思いだったものが、現地でともに汗を流すうちに、「彼らが本来持っている自給力をさらに引き出し、持続可能な形にできないか」という対等な共存の視点へと進化していきました。

富士山で見守っていた「植物が土壌をつくるプロセス」と、ニジェールで気づいた「自給する人々のたくましさ」。一見バラバラに見えた経験が、後にニジェールの地で「ごみを撒いて大地を再生する」という活動へと収束していくことになったのです。

「戦う」以外の選択肢をつくりたい
アフリカ諸国で実践する数々の取り組み

ニジェールで確立した「都市の未利用資源を大地の再生にいかす」という手法を、大山さんはアフリカのほかの地域でも展開しています。それぞれの土地が抱える固有の課題に対し、大山さんは常に「そこにある未利用の資源」を観察することから始めます。

北東アフリカのジブチ共和国では、深刻な水不足を克服するための挑戦が続いています。
大山さんは、都市の下水処理水を灌漑用水に使い、使用済みのペットボトルを活用することで、貴重な水を、ナツメヤシの根圏に直接届ける節水技術を導入。ナツメヤシを育てることで、不毛な地に新たな生業の種をまいています。

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水が極端に少ない過酷な環境下で、いかにコストをかけず、現地にあるものだけで植物を定着させるか。都市と農村を資源でつなぐ、新たな自給のモデルだ(ジブチ共和国にて)(画像提供:大山修一さん)

また、アフリカの南部に位置するザンビア共和国では、都市の有機ごみで豚を飼育し、その糞でコンポストを作って主食のトウモロコシをつくるという循環をかたちにしました。

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生ごみを食べて育った豚の糞は、高品質なコンポストの材料となる。そのコンポストを畑に撒くことで、主食であるトウモロコシの収穫量を増やすことに成功。 肥料を買う現金がなくても、都市と農村の循環をデザインし直せば、自分たちの手で食料を確保できる(ザンビア・ルサカにて)(画像提供:大山修一さん)

大山さん ジブチでもザンビアでも、共通しているのは、都市で捨てられているごみを、農村の生産を支える資源へと還していく循環の構築です。外部から持ち込むのではなく、その土地にあるもので自分たちの生活を支える土台をつくる。こうして「自給力」を高めることこそが、実は平和への最も確かな道だと思っています。

自給力を高めることで、ニジェールでは牧畜民と農耕民の争いがなくなりました。大山さんは他の地域でも、現地で接してきた若者たちが置かれた過酷な境遇を変えることにつながっていると話します。

たとえば、治安維持のために国軍の兵士となって、テロの最前線へと向かう現地の青年たち。彼らのなかには、命を懸けて戦っているにもかかわらず、十分な給料が支払われない者も少なくありません。それでも彼らが銃を取り、戦地へ向かうのは、ほかに生きるための選択肢がないからです。

大山さん もし彼らがニジェールの戦場で命を落としても、遺族に補償はなく、残されるのは街角で物乞いをする権利だけという現実があります。今日の飯を心配しなければならない絶望が、若者を過激派組織や暴力へと駆り立ててしまう。だからこそ、自分の手で食べ物を得られる、あるいは戦うこと以外の仕事を選べるだけの「自給力」を持つことは、食料問題の解決ではなく、暴力という選択肢をなくすための平和構築そのものなんです。確実に言えるのは、「食えない貧しい境遇の人を減らす」のが何よりも大事だということです。

不透明な時代に生きるからこそ、
今、土に触れることから始めてみよう

砂漠にごみを撒き、暴力の連鎖を断ち切る。壮大なスケールで語られてきた大山さんの活動ですが、その視線は、今、私たちが暮らす日本国内へも向けられています。

大山さん 今の日本は物価が上がり、多くの人が生活に余裕をなくしています。食料も、ガソリンも、化学肥料も、すべての値段が上がり続けています。SNSでは真偽のわからない情報が飛び交い、自分たちのことで精一杯になって、他者の困窮を想像する力も失われているでしょう。けれど、自然から切り離された都市生活は、私たちが思う以上に脆いものです。

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大山さんは、日本に住む私たちもまた「自給力」を持ち始めるべきだといいます。その想いがより深まった背景には、20年以上にわたりライフワークとしてきたアフリカとの予期せぬ「分断」がありました。

大山さん 2000年から毎年欠かさずニジェールへ通い続けてきましたが、2023年7月の軍事クーデターによって、渡航が事実上、不可能になってしまいました。これまでの活動の根底が揺らぐような出来事でしたが、そのとき「現地へ行けないのなら、この日本で自分に何ができるのか」と考えたんです。

そうした模索のなか、京都市内でマンションのベランダやホテルを舞台に本格化したのが、水を使わない「ドライ・コンポスト」の実践でした。

大山さん ドライ・コンポストは、なるべく乾燥した状態に保つことで、都市部で敬遠されがちな悪臭や虫の発生を抑える仕組みです。現在は京都市内のホテルと連携して、レストランから出る大量の食材や野菜くず、調理品などを、再び農作物を育てるためのコンポストへと変える循環をつくっています。日本の人は真面目すぎて、コンポストをやるなら生ごみを全部処理しなきゃ、と考えがちです。でも、全部じゃなくていいし、忙しいときにはコンポストづくりをお休みしてもいい。そして、つくったコンポストの一部を使って、プランターで一株だけ野菜を育ててみるとか、食べたネギの根っこを植えてみるとか、その程度のことでいいと思うんです。ネギは、朝のおみそ汁に入れることもできます。大切なのは、自分の手で何かを育て、食べ物を得るという「手触り」を取り戻すことだと思っています。

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総合地球環境学研究所の中庭でも、コンポスト堆肥を使ってさまざまな作物をプランターで育てている。こちらは水菜。昼食にラーメンの上にのせて食べるのが、大山さんのお気に入りだという

土に触れ、水の重さを感じ、太陽の恵みを実感する。そのささやかな実践は、私たちに「自分の命を自分で支える」という感覚を、そして「自分の足元くらいは、自分の手で整えられる」という、安心感を取り戻させてくれる行為につながっていくはずです。

大山さん 自給力を高めることは、自分の生活を成り立たせ、自分で生命を守る力を取り戻すこと。そして、自分の足元が安定していれば、他者を攻撃したり、奪い合ったりする必要はなくなります。それが、結果として争いの起こらない平和な社会をつくると信じています。

争いは、ある日突然、何もないところから始まるのではありません。
効率や便利さを優先するうちに、私たちは自分たちの食べるものが、どこでどのようにつくられているのか、その背景を意識することが少なくなりました。生きていくために必要なものの生産を誰かに委ねた状態は、裏を返せば「もしこれが止まってしまったら」という不安の種を、心の中に育ててしまいます。

いま世界各地で起きている分断は、そうした生命の根幹にある営みへの無関心が潜んでいるのかもしれません。「自給」という行為が持つ、喜びや楽しさに満ちた可能性。そこに目を向けることは、不安を少なくするだけでなく、自然や他者とつながり直すきっかけにもなるはずです。

平和とは、どこからか与えられるものではなく、日々の暮らしの中で自然や他者との手応えある「つながり」をつくっていく、その地道な積み重ねの先に生まれるものです。

社会の先が見えないなかで、今、自分にできることはなにか。その答えの一つが、きっと生命の根源でもある土に触れることにある。ほんの少しだけでもいいのです。自らの手を動かし、生命を養う実感を味わうこと。そんな「健やかな自律のかたち」を、新たに編み直していきたい。そう思わされた取材でした。

(撮影:藤田温)
(編集:村崎恭子)

– INFORMATION –

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