「家族をあらわすものは?」と聞かれたら、なにを思い浮かべるだろう。
「あったかそうな布団」の人もいれば、「自分を縛る縄」の人もいるかもしれない。そう、家族はその当事者を守るものにもなれば、縛りつけるものにもなるのだ。あなたにも、「自分はこうしたかったけど、家族の意見に従って我慢した」という経験はあるんじゃないだろうか?
家族にとって「しがらみ」は消費税みたいなもので、ついてくるのは仕方のないことだと、僕はどこかで思っていた。
だから、池田家のことを知って、ちょっと驚いた。神戸市長田区の長屋に、池田浩基(いけだ・ひろき)さんと舞(まい)さん夫婦、長男のラクタくん(4歳)、長女のきーちゃん(0歳)、保護犬だったカンタくんとで暮らすこの家族は、“個人が自由になるためのチーム”としての家族をつくっているようなのだ。
しがらみになるのではなく、それぞれが自由になるような家族。一体どんな家族なんだろう?
僕は池田家を訪ねてみることにした。
夫であり、妻であり、個人としての役割もまっとうする
僕は迷子になっていた。
商業ビルが立ち並ぶ新長田駅から10分ほど歩くと、すっかり街並みが変わってくる。Google マップとにらめっこをしながら目的地を探すのだが、気がつくと狭い路地に入り込んでしまっていた。
自転車がすれ違えるかどうかという広さの道の両脇に、隙間を空けずに住居が並んでいる。噂には聞いていたが、「ザ・長屋」の風景。軒先に干されたシャツが風になびいて、なんだか風情があるなぁ。
…なんて旅情に浸っている場合じゃない。取材の時間は迫っているのだ。
「山中さん、こっちですよ〜」
と、僕を呼ぶ声。たすかった。声の主は池田舞さん(仕事は旧姓の小笠原でやっているらしい)。2022年6月に生まれた娘さん「きーちゃん」を抱っこしながら迎えてくれた。
実は舞さん、この連載に共感して連絡をくれて、一度オンラインでお話をしていた。対面で会うのは今回が初。でも、舞さんには不思議と、はじめてのように感じさせないはつらつさがある。
お邪魔させていただいたのは、舞さんのパートナー・池田浩基さんが事務所兼バーとして借りた物件。壁を挟んだ隣は、池田家の住居なのだというから、“エクストリーム職住近接”だ。
ぱっと見、長屋のなかにある家だが、扉を開けると、カウンターには色とりどりのお酒が並ぶ。昼は事務所、夜は「SAKAZUKI」というバーとして、2022年1月から営業しているらしい。
浩基さんの本業は映像作家である。息子のラクタくんが4歳、娘のきーちゃんが0歳という、子育ても忙しいであろうタイミングで、なぜバーを始めたのだろう。
浩基さん ここは最初、事務所として借りたんです。お酒を飲みながら打ち合わせできたらいいなと思って、バーカウンターもつくっていたので、打ち合わせだけじゃなく飲み会もしたりしていました。そのうち、気兼ねなく飲むためにも、金曜と土曜は店として営業したほうがいいなって思って、営業を始めたんですよね。
金曜日と土曜日は営業があるので、舞さんはいわゆるワンオペ育児になる。けれど、舞さんはその状況を受け入れている。というか、むしろ浩基さんのあらたなチャレンジを応援しているらしい。
舞さん お店を始めて、「浩基くんが浩基くんらしくなったなぁ」って感じてるんです。映像制作のクライアントワークだけをやっていたときは、見るからに疲れてる日が多くて。
今は友達とか、近所のおじちゃんとかがお店に来て、仲良く話してたりして、いきいきしています。その姿がすごく浩基くんらしいなって思うし、子どもたちにもそういう姿を見せたいから、応援したいし、「できることは私がこっち(隣にある池田家の住まい)でやります!」っていう感じになりましたね。
もちろん、浩基さんが自由に活動をしていて、舞さんがそれを支え続けている…というわけじゃない。舞さんも自身の活動(保育士起業家として「合同会社こどもみらい探求社」の経営や、子育てコミュニティ「asobi基地」の運営など)をしている。さらに最近池田家は、淡路島にシェアハウスを借りて、長田と淡路島の二拠点生活を始めたという。
なんていうか、浩基さんも舞さんも自由なのだ。親であり、夫であり、妻である、という役割を持ちながら、同時に一人の個人としての役割もまっとうしている。そんな印象がある。
個人をより自由にするものとしての家族
僕には、「子育て中は、ある程度自由を我慢しなきゃいけない」というイメージがあった。子育て中に限らず、家族でいることは、個人の自由を制限するしがらみになる、というイメージが。
だが池田家は、そんな「家族=しがらみ」というイメージをかろやかに超えていく。個人の自由を制約するものとしての家族、ではなく、個人をより自由にするものとしての家族ー。浩基さんと舞さんは、そのあり方をこんな独特の表現で語ってくれた。
浩基さん 僕にとって池田家は、「この地球を思いっきり感じて、最高に遊べる、世界最強のチーム」。どこへ行くにしても、家族と行くのが楽しいし。年齢も性格もバラバラで、それぞれの成長も喜べるしな。
舞さん なんか、「世界で一番自由な家族でいたい」ってずっと前から言ってるよね。それを聞いた時、「そんな家族のかたちもいいな!」って思ったのを覚えてる。
「世界で一番自由な家族」って、どんな関係性のかたちなのだろう?
そういえば舞さんは、自身のnoteにこう書いていた。
息子にも、これから生まれてくる子にも願うことがある。
◎やりたいことはチャレンジしてほしい(失敗したら、みんなで笑おう!)
一生懸命やってたら、きっと誰かが助けてくれる。母ちゃんのように。
◎自分を好きでいてほしい
私もなかなか難しい時もあるけれど…
いろんな人と関わりながら、“ 違い ” と出会いながら、自分を知って、好きでいてほしい。
そんな2つのことを心から思っている。
(引用:「ずっと楽しみにしていた「夫らしさ」の探求がはじまる。同時に、私たち家族の変化・進化でもある。」)
池田家は、子育てや生活、暮らしの発信などのプロジェクトにともに取り組んでいる。けれど、それはみんなが同質な存在になることを意味しない。むしろ、「一人ひとりが自分らしくある」という幸せのかたちを追求しているようなのだ。
たとえば、「SAKAZUKI」についてもそう。舞さんの事業についてもそう。そして現在、浩基さんは以前からやりたかったという映画製作に向けて動き出している。
舞さん 去年だったかな。「わたしは自分がやりたいことをある程度かたちにできたから、今度は浩基くんがやりたいことを遠慮なくやってほしい!」って、バトンを渡したんですよ。ずっと前から映画をつくりたいって言ってたんだけど、わたしが子育てをしてるから、時期を見計らってくれてたんだよね。
浩基さん そうやね。バトンもらって、「待ってました!」(浩基さん、バトンをもらってダダダっと走るポーズ)みたいな(笑)
心の安全基地である
個人の自由を制約するものではなく、それぞれの自分らしさを尊重し、より自由にする家族ー。聞こえはいいが、「言うは易く、行うは難し」である。いったいなにが、そんな池田家ならではのあり方を支えているんだろう?
話を聞いていくと、3つの要素が見えてきた。
「心の安全基地であること」
「相手を変えるのではなく、関係を調律すること」
「家族以外の依存先があること」
である。
まず、「心の安全基地であること」とは、どういうことか。浩基さんと舞さんの言葉に、そのヒントがある。
浩基さん 人はきっと、誰かから愛をもらって、それが満たされた時に自信に変わる。その自信があるから、自分らしい道を走っていけるんよね。これまで僕が家族と過ごした時間は、愛を満たす時間やったんかもしれん。言葉にしたらクサいこと言ってるけど(笑)
舞さん 生きているといろんなことが起こって、しんどいときもある。そういうときにこそ、自分を丸ごと尊重してくれる人がいるだけで前向きになれるよね。
アメリカの心理学者、メアリー・エインスワースによれば、子どもは親との信頼関係によって安心感や心地よさが保証された環境、つまり「心の安全基地(Secure Base)」が存在することで、外の世界を探索でき、つらい境遇や危険を乗り超えることができるという。
「心の安全基地」に支えられるのは、子どもだけでなく大人もだろう。そして、池田家のメンバーにとって、家族の存在が「心の安全基地」になっているのだ。
舞さん マイナスな感情は、わたし自身も大事にしたいし、家族のみんなにも大事にしてほしい。浩基くんも泣く時はめっちゃ泣くし、わたしもそうで。それも丸ごと認めあえているよね。
浩基さん 別に、ムカついたら泣きながら「ムカつく!」って怒ってもいいし、寂しくなったら「寂しい」って言ったらいい。僕ら、人間である前に動物なんで、シンプルに感情に従っていいと思うんです。そうやって、自分をさらけだしていくたびに、愛がアップデートされていく感覚はありますね。
余談だが、舞さんと浩基さんは出会った当初から、弱さもさらけ出す関係だったらしい。舞さんが失恋の傷心旅行で訪れた六甲山山頂のシェアハウス兼ゲストハウス(現在はなくなっているそう)で、住人だった浩基さんと出会い、連絡先を交換した。そして、その2ヶ月後にデートに行くことに。その記念すべき初デートで、舞さんが大泣きしたというのだ。
舞さん なんか隣にいてくれる存在にほっとして、長年溜めこんでいたもの、これまで必死に頑張ってきたことや辛かったことがブワーッと出てきて、大泣きしちゃったんだよね(笑)
浩基さん そうそう。初デートの夜。僕、何も聞いてないんやけど、いきなり「ぶえええー!」って漫画みたいに泣き出したんよな。むしろそれに惚れたんですよ。「こんなにまっすぐに大泣きできる人おるんや」と。その姿がめっちゃ美しくて。
舞さん 「涙は美しいものだよ」って言ってくれたんですよ。それまでのわたしは、「強くあらねば」「なにかをやらねば」みたいな気持ちが強かったんです。
でも、自分でもびっくりするくらい大泣きして、ひどい状態になっても、「そこがいい」って言ってくれる人がいるんだって思って。すごくありがたい存在でした。さらに一緒にいると、どんどん自然体になれて。「Doing(なにをするか)」じゃなくて、「Being(どうあるか)」の部分を取り戻せた気がします。
相手を変えるのではなく、関係を調律する
相手の「心の安全基地」になり、それぞれの自由を尊重し合う池田家。だが、もちろんはじめからそうした関係を築けていたわけじゃない。ちょうどいい関係を「調律」できてきたのは、ここ1年ほどのこと。それまでは、自分の価値観に沿って相手を変えようとしてしまったこともあったという。
舞さん 付き合った当初は、浩基くんが頻繁に飲みに行ってて夜遅いから、「なんで帰ってこないの!?」ってLINEしまくってました。でも、今を楽しんじゃってるから返事が返ってこないんですよ(笑)
浩基さん 僕は僕で、同棲した当初、できれば舞にご飯をつくってほしいっていう気持ちがありました。僕にとって母親の料理が“ふるさと”みたいな感じだったんで、子どもにも舞の料理を食べさせてあげたかったんですよ。でも舞はそんなに料理が得意じゃないんで。僕の理想を押し付けてたんですね。
しかし、相手を自分の価値観に合わせて変えようとすることは、お互いにとってストレスになっていく。そこで舞さんと浩基さんは、「相手を変えようとすること」を手放した。むしろ今では、「相手が相手らしくいれることが、自分にとっても喜び」だと捉えられるようになったという。
相手を変えることを手放すかわりに取り組んだのが、「関係を調律すること」だ。
浩基さん 僕、人生最大の試練って、他人を一生愛し続けることやと思ってるんですよ。結婚の話が出たときも、「永遠の愛なんて誓えん」って拒んでた(笑) 結婚したからって、一生愛し続けられるわけじゃない。関係って、何もしなかったら腐敗していきますから。でも、僕は舞と一緒にいたかった。一緒にいたいから、関係を続けていくために努力していこうと決めたんです。
舞さん 家族をとりまく環境って変化するしね。お互いの仕事が変わったり、子どもが生まれたり、子どもが小学校に上がったら小学校の文化も入ってきたりする。その都度、家族の関係を調律していかないといけない。池田家は、変化に応じて家族の持続可能なかたちを模索して、常にアップデートしてる感覚があるよね。
具体的には、日常のなかで対話をしながら関係を模索しているという。「夫なんだから」「妻なんだから」といった常識に当てはめることはせず、なにか不満に感じたことや、「これをしたい」ということが出てきたら、日常生活のなかで話し合う…ということを繰り返す。池田家にとって、答えは「Google先生」に聞くものではなく、日常の対話の中から生まれるものなのだ。
日々の対話によって関係を調律することは、淡路島にシェアハウスを借りたり家族のプロジェクトを始めたりといった大きな選択だけでなく、例えば日々の家事分担についてもいえるらしい。
例えば、池田家では明確に家事の分担を決めていない。ルールや役割を決めた方が楽なのでは? と、僕などは思ってしまうし、実際に舞さんはそうしたいと考えていた時期もあったようだ。けれど、「ルールを決めない」ことは、浩基さんが当初から大事にしていたことだという。
浩基さん 僕のわがままだったんですよ。舞はストレスやったと思う。でも僕は、「ルールを決めるんじゃなく、思いやりながらできたら一番いいやん」って。だって、ルールをつくっちゃうと、関係性を磨くきっかけを奪っちゃいますから。
正直、ルールを決めた方が楽ですよ。何曜日は誰がゴミを出すとか。だけど、それをやると当たり前になって、ありがとうって言わなくなるし、逆にやってもらえないとイラっとするでしょ。
今はルールじゃなく、思いやりで対応できている。「今日ゴミの日やけど、今日の寝起きの感じやと舞は行けないだろうから、僕がやりますか」みたいな。ルールがない方が、思いやりあえる関係性が生まれると思うんですよね。
自分の価値観に相手をあてはめるのではなく、日々の対話と思いやりのなかで、関係を調律していく。一見それは、遠回りのように思える。しかし、だからこそ生まれる関係があるのだと浩基さんはいう。
浩基さん 最近娘も生まれたんですけど、そうすると家族のフェーズが変わるから、また調律して。そうやって何度も何度も調律を繰り返していくと、どんどん家族の関係が強くなっていく気がするんですよ。なんか、最初紐だったのが、ロープになって、綱になって。つい最近、綱引きの綱ぐらいガッチリつよなった気がしてて。今なら家族で一緒に、なんかおもろいことできるんじゃない? みたいな話を、舞とこの頃はしてますね。
家族以外の依存先がある
浩基さんが綱のたとえを使ったように、家族の強固なつながりはそのメンバーを守るものになる。そんな綱があるから、崖の上から飛び降りるようなチャレンジもできるのだろう。
一方で、綱が縛り付けるものにもなるように、親密な関係性はそのメンバーを縛るものにもなりうる。たとえば「家族的な関係」をあらわす「親密圏」に関する研究でも、親密圏が閉鎖的・排他的なものになりやすく、暴力や権威関係に転化するリスクが指摘されている。
ただ、みたところ池田家は閉鎖的でも排他的でもない。それどころか、地域に対してかなりひらかれているようだ。舞さんが第二子の出産の際にwebメディア『シタマチコウベ』に書いた日記では、次のようなエピソードが紹介されている。
「お、陣痛が来たかも…」ということで、病院に向かう準備をして、
病院まで送迎してくれるはっぴーの家 代表のよしくん(夫は免許がないため)と
4歳の息子の見守りをお願いできるご近所さんたちにメール。(この時、息子は爆睡していた)
そして玄関を出ると、ご近所さんたちがお見送りにきてくれていた。
「がんばってー!」「いってらっしゃい!」「きばりよ〜」という声援を受け、
「いってきまーす」と言って、家を出た。
6月5日の朝方。まだ強くない陣痛に向き合いながら、息子が起きた頃かな〜大丈夫かな〜と時計を見ていた。
母にLINEを送ると「裏のお兄ちゃんの家に行ったよ」と返事が届いた。
そしてその後、遊びに行った家の主から写真が送られてきた。
(引用:「六月十六日(木) | シタマチコウベ」)
当時のことを、舞さんは振り返る。
舞さん もう安心感でしかなかったですよ。「あの家にいるんだ、はい、OK!」って、出産に集中できました。あと、まちの仲良しさんがやりとりするスレッドがあって、出産の日も「今から行ってきます!」って投稿して、みんな状況を把握してくれているので、なにかあってもサポートしてもらえるだろうと思っていました。普段から長田はみんなで子どもを見守り、育てている感じがあるですが、ピンチのときこそありがたいなと、このときさらに感じました。
このエピソードに象徴される、「みんなで子育てする感じ」は、なにも出産という非日常の時だけのことではないらしい。取材をおこなったこの日も、舞さんたちとランチを食べにお好み焼き屋に行くと、「あら〜、抱っこさせて!」と、お好み焼き屋のおばちゃん。こうした光景が、長田というまちでは日常にあるようだ。
舞さん 喫茶店でも居酒屋さんでも銭湯でも、どこに行っても「子どもは面倒みとるで! 夫婦でゆっくりしぃ!」 みたいに言ってくれる人が多くて。それも、面倒みてあげようと思ってるんじゃくて、やりたくてやってる感じ。だからこちらも罪悪感を持たなくてすむので、疲れないんですよね。一番嬉しいサポートって、こういうことだよなと。
浩基さん 子どもが生まれたばっかりのとき、夜泣きするじゃないですか。このへんは長屋なんで、近所に泣き声がめっちゃ聞こえるんですよ。うるさいかなぁと思って、隣に住んでるばあちゃんに「すいません」って謝ったら、「なにをいちいち謝っとんのや!」って、逆に怒られて(笑) それで僕もすごい安心して、騒音を一切気にしなくなりました。
つまり、家族にありがちな閉鎖性・排他性が、家族が地域にひらかれていることで回避されているのだ。
行政やNPOなどが子どもの居場所づくりや子育てサポートを行うことも重要だが、制度の網の目から漏れてしまったり、金銭的な対価が必要だったりして、必要なときに必要なサービスを受けられないこともあるだろう。
その点、長田のように日常の中で家族以外に拠り所がある環境は、安心感があるだろうなぁ、と感じる。そんな、拠り所があるがゆえの安心感をあらわすエピソードを、浩基さんが教えてくれた。
浩基さん ここに住んでると、死が日常にあるんです。近くに「はっぴーの家ろっけん」っていう介護付きの高齢者施設(筆者註:詳しくはこちらの記事で)があって、よく遊びにいくんですけど、そこでお葬式が月1くらいであるときもあって、家族で行くんです。なんで、長男のラクタにとっても死が身近なんですね、4歳ながらに。
ある日散歩してたら、ラクタが「◯◯のおじいちゃん死んだね」って言ってたんで、ふと「とと(父)とかか(母)が死んだらどうするん?」って聞いてみたんです。そしたら、「全然大丈夫!」って。なんでなん?って聞いたら、「ぺぺもキノのもはるきくんものりちゃんもおるし、街の友達も保育園の友達もおるし、皆で元気にやるから大丈夫や!」っていうんですよ。
それ聞いて、「たくさん頼れる人がいて、もう心配ないやん」って、めちゃくちゃ安心したんです。まぁ、「ちょっとくらい悲しまへん?」って、寂しくもなりましたけどね(笑)
社会学者の筒井淳也は、家族の負担を減らすこと、つまりある意味での「家族主義」から脱することによって、人々は進んで家族を形成できるようになるのではないか、と述べている(『結婚と家族のこれから』,211頁)。
家族が唯一のセーフティネットとなるような状態では、家族の関係がうまくいかなくなった時(離婚など)のリスクが大きくなるため、人々は結婚などのような家族形成を先延ばしにするというのだ。
ラクタくんの言葉があらわすように、池田家では家族が唯一のセーフティネットとはなっておらず、依存先が地域にたくさんある。そのことが、“個人がもっと自由になるためのチーム”としての家族であることを支えているのだろう。
「おはようございます」、からはじめる
池田家のエピソードを聞いて思い出すのは、子育てに対する世間の風当たりの強さだ。保育園の騒音で近隣から苦情がでたというニュースや、電車でベビーカーを押す人に対する「迷惑だ」という意見をSNSで目にする。
端的に言えば、「他人に迷惑をかけない」という方向への圧力がある気がする。けれど、他人からなにも迷惑をかけられない場所は、同時に、他人に迷惑をかけられない場所でもある。
「それって逆にストレスにならないかな?」と舞さん。だからこそ池田家では、「わずらわしさの向こう側」を目指しているという。
舞さん もちろん近所付き合いの大変さもあるし、たまに揉めごとだってあるけれど、そこを越えるからこそ、その先に安心感とか楽しさが待ってるんですよね。普段からいろんな人と仲良くなったり、コミュニケーションをとったりしてると、いざという時に助けてもらえるし、わたしも手を差し伸べられますから。
浩基さん 騒音問題も、他人じゃなくなれば騒音じゃない。顔の見える関係になれば、むしろ「あんなに泣いとるけど大丈夫かな」って、心配になると思うんよ。
日常に見守り合う関係性があるのは、長田という地域の特性でもあるだろう。この地域は、もともとさまざまな国からきた人もふくめ、人々が長屋のような近しい距離感で共存してきた地域だ。さらに阪神淡路大震災によって大きな被害を受けたことで、地域コミュニティの在り方が見直されたこともあってか、このエリアは異なる人々がともに助け合いながら暮らしていくことが日常的に行われている。
愛知生まれ埼玉育ちの舞さんが妊娠した直後、池田家が長田に移住することを決断したのも、このまちの「違い」を受け入れながら見守り合う関係に惹かれたかららしい。
神戸出身で、長田は両親の地元だったという浩基さんは、「長田がいい!」と舞さんが言ったとき「かつては治安がわるいって評判もあったんで、まさか長田を選ぶとは、と思いました」と振り返る。しかし、自然体で生きている人が多い長田は、浩基さんにも合っていたようだ。
しかし、日常的に見守り合う、顔の見える関係性は、長田という地域だからこそ実現できたことなのだろうか。だとしたら、「そういう関係性が欲しければ、長田へどうぞ」ということになる。とはいえなかなか引っ越すというわけにもいかないし…
他の地域で暮らす人が、そういう関係性をつくるにはどうしたらいいだろう。コミュニティづくりに取り組むとか、みんなが集まれる場をつくる、とかだろうか。「いやいや、めっちゃシンプルで簡単なことです」と浩基さんはいう。
浩基さん 日常のなかであいさつを続けてれば、他人じゃなくなるんですよ。近所の果物屋さんなんか、前を通りかかるすべての人に「おはようございます!「いってらっしゃい!」「おお、よう帰ってきたな!」って、ずっとあいさつしてます。
そういう人って、僕は地域にとっての“肺”やなぁと思うんです。地域にいい循環を生んでくれる存在。でも、あいさつって別に、どこでも誰でもできると思うんですよね。
なるほど、あいさつ。つい僕なんかは「コミュニティづくり」とか「まちづくり」とか、大上段に構えてしまいがちだけど、その前に、隣近所の人に「おはようございます!」と声をかけているだろうか? と自らに問えば、恥ずかしながら「否」である。
日常の中の何気ない「おはようございます」。それが、家族以外の依存先を地域につくり、結果的に家族が自由になっていくための、今日からでもできる第一歩なのかもしれない。
取材を終えて
僕は池田家への取材から、こんな気づきを受け取った。
家族は、個人の自由を制約するものではなく、個人をより自由にするものになり得ること。
そしてその関係性をつくるために、
「心の安全基地であること」
「相手を変えるのではなく、関係を調律すること」
「家族以外の依存先があること」
の三つが有効であるということ。
もちろん簡単じゃない。家族はどこかで完成、というものではないし、池田家のやり方をそっくりそのまま真似すれば万事OK、ということでもない。舞さんや浩基さんだって、今なお日々関係性をアップデートしているのだ。
けれどなによりも、舞さんや浩基さんが本当に楽しそうに家族の話をするのが、僕にとっては希望のように映った。
取材を終えた今、もしかしたら、と思う。家族という関係は、ときにしがらみとして、わずらわしいものになる。だから、自分らしく、自由でいるために一人でいることを選ぶ、という選択肢もある。
けれど、かたく閉じられた扉をそっと誰かに開けてもらうように。「他者と生きる」という営みのなかでこそ出会える自分がいる、と思うのだ。そうして、次々に自分の扉がひらかれていくことも、「自由になること」と呼んでもいいのかもしれない。
舞さんも、浩基さんも、ラクタくんもカンタくんも、きーちゃんも、池田家でどんどん自由になっていく。
さて、僕は誰とどこで、自由になっていこうか。
※池田家についてさらに詳しく知りたい方は、以下のリンクからどうぞ。
(編集:佐藤伶)
(撮影:阪下“ぺぺ″滉成)
– INFORMATION –
「ほしい家族の井戸端会議」は、本連載に紐づいて「家族」についてゆるゆると対話をする会です。毎回、直近で公開された記事を題材にし、参加者の皆さんと「家族」というテーマについてざっくばらんにおしゃべりします。
第3回のテーマは、「“個人を自由にする家族”はどうつくる?」。池田家のみなさんも参加予定です。ぜひお気軽にお申し込みください!