近年、SDGsへの取り組みなど社会貢献に注力する企業が増加し、既に社会貢献をすることは特別なことではなくなっているとさえ言えます。とはいえ、従業員一人ひとりが社会貢献を自分ごとに捉え、組織全体にまで影響を及ぼすのはまだまだ難しく、それこそがこれからの社会で企業に求められる社会貢献の役割だと感じます。その一端を目にするイベントがありました。
大阪ガスでおなじみのDaigasグループは、2011年より「ソーシャルデザインフォーラム」を実施し、グループ従業員の社会貢献を後押ししてきました。今回は、「つながることからはじめてみよう、社会貢献」をテーマに11月8日にオンラインで行われた「ソーシャルデザインフォーラム2021(以下、SDフォーラム)」をご紹介します。
もともとSDフォーラムは、「社会貢献フォーラム」として2011年から始まったイベント。それ以前からDaigasグループには、“小さな灯”運動という従業員が参加するチャリティがあり、社会貢献活動をする土壌はありました。ただしそれは、障がい者の就労支援活動や児童養護施設・災害被災地支援への募金、従業員のボランティア支援をするといったもの。
そこから、2015年に「SDフォーラム」と名称を変更し、「お互いが対等の立場のパートナーとして、教わり、学び、エンパワメントする」ことをめざして、社会貢献への考え方をアップデート。直近3年はSDGsをテーマにした内容でしたが、今年はさらに、今の社会や会社の状況を踏まえて新たな試みを導入しました。
今年のフォーラムはどのような内容になったのでしょうか。フォーラム後には、企画を担当した同社の田仲香子(たなか・かこ)さんに、今回の背景や企業の中で社会貢献に取り組む面白さ、難しさをうかがいました。そこから、従業員一人ひとりが社会貢献活動に近づける具体的なヒントが得られるはずです。
基調講演
“軽率”でもいい? 為末大さんが教えてくれた一歩踏み出すための3つの心がけ
株式会社Deportare Partners代表で元陸上選手の為末大(ためすえ・だい)さんによる基調講演のテーマは、「違いを乗り越え、つながる社会」。過去にDaigasグループに所属していたこともある為末さんは、従業員の皆さんにとって縁のある人でもあります。
障がい者アスリートに関わる中で、為末さんは違いを乗り越えてつながることの難しさを実感してきました。
その原因として為末さんが挙げたのは、多くの人が「忙しさのために合理的な選択をすること」と「心地よい場所にいようとして自分たちの範囲から出ないこと」。まさに忙しく働く参加者にとって、図星を指されたような指摘ではなかったでしょうか。
為末さんはそれを踏まえたうえで、一歩踏み出すための心がけを紹介してくれました。それは、「ちょっと軽率に」「三日坊主を恐れずに」「素直な好奇心で関わってみる」という3つ。特に、“軽率に”という強い言葉は逆に優しく感じられました。まちで困っている障がい者や外国人らしき人を見ても、いろいろ考え過ぎて声をかけるのをためらうことがあるからです。これからは、軽率にでも行動するほうがいいのだ、とこの言葉を思い出したいです。
トークセッション1
食を仕事にする人どうしが語る、“食”だからできる社会貢献への一歩
Daigasグループが40年にわたって活動してきた「“小さな灯”運動」の紹介をはさんで、社会貢献の実践者を従業員が紹介するトークセッションが続きます。まず登壇したのは、料理を通して世界の社会問題を伝えている「世界のごちそう博物館」の本山尚義(もとやま・なおよし)さんと大阪ガスクッキングスクールの吉川万紀子(よしかわ・まきこ)さんです。
吉川さんは、本山さんのレシピ本やレトルト食品を通して、その国の歴史や情勢を知るなど、新たな気づきがあったそう。「食の仕事をしていたけれど、その奥深くまで考えたことがなかったので、世界に目を向けるきっかけになりました」と、自らの仕事の先に広がる新たな世界とつながった様子です。
つい遠い外国の出来事だと感じがちですが、「誰にとっても切り離せない“食”から入って、自分ごととしていける」という吉川さんの言葉からは、食べるという身近な行為が社会貢献の第一歩になると実感していることが伝わってきました。
本山さんのレトルト食品には、2021年にクーデターが生じ、国民への弾圧が今なお続くミャンマーの料理もあるそう。トークセッションを聞き、「食べてみよう」「知ってみよう」と感じた参加者も多かったのではないでしょうか。
トークセッション2
子育て中だからこそ!コミュニティ代表と参加した従業員が語る、半径5mからできる社会貢献
次に、「子連れMBA」を運営する一般社団法人ぷちでガチ、代表理事の赤坂美保(あかさか・みほ)さんと、大阪ガスエナソリ事業部の田村優希(たむら・ゆうき)さんが登壇。田村さんは、自身の二人目の育休中に子連れMBAに参加し「人生が変わった!」と感じており、紹介にも熱がこもっていました。
赤坂さんは、子育てをしながら働く人たちのコミュニティをつくり、赤ちゃん連れOKのビジネス勉強会、子連れMBAを主催しています。これまでのべ3,000人以上が参加し、その内容は大学教授などを招くほど専門的で、本人曰く「“ガチ”の勉強会」。
田村さんは一人目の育休復帰後、時間や気持ちに余裕がなくなり、どちらも好きなはずなのに子育ても仕事も辛くなったと振り返ります。ところが二人目の育休中、子連れMBAで出会ったほかの会社勤めや士業の人など、自分とは違う立場のワーキングママ・パパとのコミュニケーションを通じ「育児中はできないことが増えるのは当たり前。その中で自分は何がやりたいか。前向きにやれる方法はいくらでもあるよね」と肌で感じることができたそう。
そしてその気づきが、自身の生活に変化をもたらしたのです。「自身のキャリアについても家族に対してもポジティブになれました」という言葉に希望を感じた子育て中の従業員も多かったのではないでしょうか。
赤坂さんが子連れMBAの活動で目指すのは、半径5m、たとえば同僚のような身近な場所から変化の波を起こす「マイクロチェンジメーカー」を子育て世代から生み出すこと。田村さんも、子連れMBAの参加者に触発され、地域の子育てサークルでイベントを実施するなど、一歩を踏み出しています。「実際に行動している人が楽しそうだと自分もやってみようと思える」という喜びに満ちた明るい言葉には説得力があり、仲間とのつながりが彼女に大きなきっかけをもたらしたことがよく伝わってきました。
これらの話は、社会貢献が自分たちの身近なところからつながっていることに気づかせてくれました。たくさんの従業員が社会貢献を自分ごとに捉える機会となったのではないでしょうか。
社会貢献の新しい担い手を増やしていくために
この「SDフォーラム2021」の企画を担当したのが、田仲さんです。営業部から異動し、初めてフォーラムの担当となって、田仲さんはどんなことを考えたのでしょうか。
大阪ガス株式会社ネットワークカンパニー事業基盤部。大阪ガス(株)に入社後、都市ガス製造需給調整、マスPRや広報、食育活動、デベロッパーへの法人営業や携帯電話会社への出向経験を経て、現在の社会課題解決に取り組むソーシャルデザイナーとの協働活動担当に至る。
フォーラムの企画のバトンを渡されたときに、社会貢献の新しい担い手を少しずつ増やしていくこと、如何に自分ごとに感じてもらって一歩を踏み出す機会をつくっていくかを考えました。
それは、少子高齢化が進む中でソーシャルデザインのあり方も変化していくだろうという考えのもとでした。これから社会貢献の担い手が減少していくことは間違いありません。そんな中で社会保障への不安は広がり、より多くの人たちが暮らしやすい社会づくりに取り組むことが求められます。田仲さんは、もっと新たな人たちを社会貢献に巻き込んでいく必要性を感じていました。
田仲さんはまず、フォーラム参加者の新しいターゲットを開拓するために、実施時間をこれまでより早い13時に変更。育休中や時短勤務中の従業員が参加しやすくしました。また、在宅勤務中の従業員が自宅から、営業などの部署にいる従業員が外出先からでも参加できるよう、Zoomを使用した完全オンライン開催とすることに。これらの決断の結果、東京や名古屋、遠くはシンガポールからも参加があり、これまでで最高の300人という成果につながりました。
テーマである「つながることからはじめてみよう、社会貢献」は、コロナ禍という情勢も踏まえたうえで、社会貢献をより身近に感じてもらおうと考えられたもの。
コロナ禍で、つながることの大切さを多くの人が感じたと思うんですね。まず、ちょっとつながってみることから考えれば、社会貢献へのハードルは低くできるんです。食べてみたり、知ってみたり、コミュニティに入ってみたり、それが社会貢献に一歩踏み出すきっかけになるんです。
そこで新たなやり方を試みたのが、2組のトークセッションです。これまでは、社会貢献活動の実践者であるゲストが自らの活動について話すだけでしたが、今回、そこにDaigasグループの従業員を組み合わせたのは田仲さんの発案です。
参加者にとって地続きの同僚などが話したり、行動していることを提示したりすれば、従業員自身の一歩にも意識が及ぶんじゃないかな。
同じ組織に属している従業員が登壇することは、同僚だからこそ近しさを感じられ、「自分にもできるかも」という思いが生まれそうです。クッキングスクールに勤務する吉川さんが “食”という切り口で、彼女自身の新たな気づきと共に社会貢献を語ることや、営業セクションにいる子育て世代の田村さんが、自身の体験をもとに一歩踏み出す勇気を語ることは、参加者の心に、昨年までとは違う新しい刺激を与えられたのではないでしょうか。
田村さんのように新しい感覚を持っている人を紹介したかったんです。大阪ガスグループで更に若い世代が気持ちよく働けるような環境へ進んでいくために、一緒に考える材料を提供できればと考えました。
SDフォーラムは「外の風を感じる窓」
従業員それぞれの社会貢献への気持ちを醸成することはSDフォーラムの大きな目的ですが、同時に企業として、経営を考えるうえでも、重要な役割を果たしているものでもあります。
たとえばDaigasグループは、天然ガスをはじめさまざまな事業をグローバルに展開しており、従業員にとっても海外との関わりは避けて通れません。けれども、文化や価値観が異なる人たちと仕事をするにあたってとまどう従業員もいるとか。そんな人たちに対し、食を通じて世界のことを自分ごとにしていくという話は、違いを受け入れ、いろんな国の人たちとつながっていくことの大切さを提示できたと田仲さんは考えています。
さらに赤坂さんからは、経営についても、違う考え方を受け入れ一歩踏み出すことの大切さを投げ掛けられたと振り返ります。綿密に経営企画を立てる大企業のやり方に対して、「違うやり方があるのでは?」という発言が飛び出したからです。大企業が主催するイベントでは、なかなか刺激的な発言です。このとき、近年多くの起業家が注目している経営学の新しい理論についても紹介してくれました。
社会貢献活動について話してもらおうと招いたゲストによって、図らずも経営にまつわるヒントが披露されたことは、企業が社会貢献に取り組むことの奥深さを感じさせるものでした。そんなSDフォーラムを、田仲さんは、「外の風を感じる窓」と表現します。
「その窓を開け続けていくのが私の役割なのかな」と田仲さん。100年以上の長い歴史を持つ企業だからこそ、SDフォーラムのような機会を通して新たな風が吹き込むことで、未来へ向けてさらに発展していけるのでしょう。「持続可能な経営にしていくために少しずつ新しい風を入れていきたい」とこれからを見据えています。
田仲さんはフォーラムの担当になる以前から社会貢献に関心を持っていたそうですが、これだけ高いモチベーションで現在の業務に取り組めているのは、社会貢献活動を会社に浸透させることが会社の“ミライ価値”の向上につながると考えているからです。
社会貢献は売り上げや利益に直結しないかもしれません。けれども、営業で高い成績を上げ、利益を生み出すことと同じように、会社にとって不可欠な、重要な業務であると実感しています。
それに、こんな面白い仕事ないですよ。いろんな人に会えるし、いろんな社会のことを教えてもらえます。
今の仕事を心から楽しんでいる田仲さんですが、当初は上司から企画書を却下されたり、真夜中までメッセンジャーでやりとりを重ねたりと、苦労や不安を経験してきました。
「伝えたいことは形にできたと思う」という田仲さんの手応えどおり、フォーラム後に実施したアンケートでは、「社会貢献活動にすでに参加している」「社会貢献活動に今後参加しようと思う」という人が半数以上という結果が得られました。田仲さんは、社会貢献活動に参加できる機会を提供し、さらに行動を促し、意識を深めていけるよう取り組んでいこうと、既に次の展開を考えています。
自分から始まったつながりは広がっていく
さまざまな企業の社会貢献に関する取り組みを目にする機会は増加し続けています。このSDフォーラムもそのひとつではありますが、10年という歴史を積み重ね、企業にとっての社会貢献を着実にアップデートしているという印象を持ちました。
SDフォーラムのような機会は、社員一人ひとりの社会貢献への理解を深め、さらに、そこが“窓”になって風が吹き込むことで、企業全体へ大きな変化をも引き起こすことができるかもしれません。
それにはまず、企画に携わる田仲さんのような担当者が、その仕事の意義を理解し、楽しさを発見し、生き生きと業務に向かう姿勢がものを言いそうです。田仲さんのそんな姿勢があったからこそ、登壇した従業員二人も自らの思いや経験を率直に語り、そして二人の言葉が参加者へと伝播したのではないでしょうか。これこそが今年のフォーラムのテーマのような、つながりから始まる社会貢献です。
今回のSDフォーラムをきっかけに生まれた新たなつながりが、将来のSDフォーラムで紹介されるかもしれません。そんな期待が膨らんでいます。