ファッションが好きだったはずなのに、どこか気持ちよく楽しめない。そんな悩みを持つ方は多いのではないでしょうか?
服づくりの際に発生するアパレル産業の環境破壊や、現場で働く人々の健康が保証されていない労働環境、人権問題など、アパレル業界の裏に潜む問題の数々。
一方で私もスーツなどを着用するとき、ファッションは自分の個性を潜め、“私のため”ではなく誰かに求められた役割、社会的に認められるためのツールにすり替わってしまったような感覚を得ることもあります。好きな服を買いたくても、「似合っている」「似合っていない」という眼差しを向けられること自体、とても息苦しい…。
そんなときに私が出会ったのは、2020年9月に産声を上げた“オールインクルーシブファッション”ブランド「SOLIT」。
「SOLIT」が掲げる“オールインクルーシブ”とは、「すべてを受け入れる」という意味合いです。マイノリティとされる方々も、動植物も、地球環境も取り残さず、互いの違いをありのままに受け入れ、健全に共存できる社会を実現する。誰でも制限なく、純粋に「こうありたい」と思う選択肢をとることができる未来を目指す、そんな約束を掲げたブランド。
どんな体型の方でも、どんなセクシャリティの方でも、どんな障害をもつ方でも、おしゃれを楽しむ選択肢をもたらすSOLITは、あたかも“誰かのもの”になってしまっていたファッションを、それぞれの手のひらの中に戻していく、そんな存在であるように感じています。
今回は、株式会社SOLITの代表 田中美咲さんにお話を伺いました。社会起業家として名を馳せる美咲さんは、なぜいま“オールインクルーシブ”という言葉を掲げ、挑戦しつづけるのでしょうか。
田中美咲(たなか・みさき)
1988年生まれ。立命館大学卒業後、東日本大震災をきっかけとして福島県における県外避難者向けの情報支援事業を責任担当。2013年8月に「防災をアップデートする」をモットーに「一般社団法人防災ガール」を設立。第32回 人間力大賞 経済大臣奨励賞 受賞。Sparknewsが選ぶ世界の女性社会起業家22名に日本人唯一選出、優勝を果たす。2018年2月より社会課題解決に特化したPR会社である株式会社morning after cutting my hair創設、代表取締役。2020年9月より「オール・インクルーシブ経済圏」を実現すべくSOLIT株式会社を創設、代表取締役CEO。
SOLITが寄り添う、着たい服が着られる喜び
“オールインクルーシブファッション”とは、前述の通り、旧来のターゲットを絞り込んだ服づくりではなく、「すべての人がその対象者である」という前提に立ったもの。しかもその“すべて”の中には、地球環境や動植物も含まれます。「誰も、どれも」取り残さない未来をつくってくというメッセージが込められているのです。
その「“誰も”取り残さない」の部分には、あらゆる体型の方やセクシャリティの方、身体・精神障害を持つ方など、すべての人が対象とされます。サイズは“S、M、L”といういわゆる既存の枠組みではなく、ジェンダーを問わない“12サイズ”を展開。しかも部位ごとにサイズ・仕様・丈を自由に選択できるため、さまざまな身体的特徴を持つ方にもフィットした、実に1,600通り以上のカスタマイズが可能です。
また、手に麻痺を持つ方であってもボタンが止めやすいように、マグネットボタンを選択できたり。誰もが着たいように着られることを目指して、幅広い選択肢を提示し、「すべての嗜好を抱きしめる」とうたう気持ちが存分に込められています。
そして、「“何も”取り残さない」の部分には、これまでファッション業界が抱えてきた、地球環境やアパレル業界で働く方々の“人権”をも取り残さないことが意味されています。これまでの「ダイバーシティ&インクルージョン」という言葉は、マイノリティの方々の個性や意見を受け止め、多様性を包括する、という意味合いで使われてきました。
しかし、SOLITはその視野をもっと広げて、人の多様性だけでなく、環境や動植物にもたらす負荷にもしっかりと目を向け“自然環境”をも包括したいという想いを込めてオールインクルーシブという言葉を掲げているのです。
自然環境をも包括するーー。ちょっとピンとこないかもしれませんが、例えば、必要な人に必要な分だけをつくる受注生産や、リサイクル段ボールでの配送、工場で出る「残布」を使った包装、ずっと着られる飽きのこないデザイン性への配慮、工場で働く方々の良好な環境整備などさまざま。“オールインクルーシブ”を象徴するアイテムとして、あらゆる視点から日々ブラッシュアップを続けています。
このような志向を強く掲げるブランドのため、SOLITを愛してくれるお客さんたちの中には、さまざまな身体の障害を持つ方がいらっしゃいます。しかし、あくまでSOLITは、その人たちの“ため”のブランドではありません。SOLITが目指す“オールインクルーシブな社会”は、すべての人が当事者であり、活動の第一段である衣服も、理想とする社会に向けた手段のひとつでしかないといいます。
これらの活動のすべての答えは、発案者の田中美咲さんが握っています。
「一般社団法人防災ガール(※)」を8年間運営(2013~2020年)、解散。その後、社会課題解決に特化した企画・PRを行う「株式会社morning after cutting my hair」を立ち上げてきた社会起業家である彼女が、なぜいま“オールインクルーシブな社会”を掲げ、SOLITをスタートするに至ったのでしょうか。
“オールインクルーシブな社会”でかつて傷つけてしまった人を包みたい
「田中美咲」と検索すると出てくる、華々しい経歴たち。いわゆる“すごい人”に映る美咲さんですが、話してみるととても気さく。取材の当日もSOLITのインターン生たちと楽しそうにおしゃべりする姿が目に映りました。
「社会課題を解決しつづける生き方」を追い続ける美咲さんですが、その原点を伺うと、実はひとりぼっちで誰もついてきてくれない苦しい時期があったそう。
大学2年生くらいまで、本当に性格が悪かったの(笑) 傲慢で高飛車で負けず嫌い。おまけに独占欲も強くて、いつもトップになることを狙ってた。学級委員長とか何かのリーダーをこなしていると、親も先生も褒めてくれる。でも後ろを振り返ったとき、仲間が誰一人ついてきていないの。
みんなと一緒にやりたいと思っていたはずなのに、気がついたらひとりぼっちになっていて。悔しくて涙が止まらない日がいっぱいあった。
一生懸命やればやるほどに、なぜか人が離れてしまう。そんな美咲さんが生き方を見つめ直すきっかけのひとつとなったのが、東日本大震災での経験です。
大学時代で、ある程度「変わらなくちゃ!」と気づいていたものの、小さい頃から染み付いていた性格はそう簡単には手放せなくて。社会人になると、打算的にでもお金を生み出せる人がより一層評価されたりするじゃない? だから、またそっちに流されそうになってた。
でも、そのときに東日本大震災が起こって。被災地に行くとね、家や財産とかあらゆるものを失っても、ただ大切な人に生きていてほしかったと願う人たちがたくさんいて。お金をもらって都会で遊んでいる仕事仲間と、たとえお金はなくても愛だけは手放さない人たち。その狭間に立ったとき、私は後者を選びたいなって改めて思ったの。
お金を稼ぐことよりも、まずは自分と大切な人を守れる若者を増やしていきたい。そう感じた美咲さんは、「一般社団法人防災ガール」を立ち上げ、力を注いでいきます。やがてSOLITが掲げる“オールインクルーシブな社会”の実現へと夢は膨らんでいきました。
どんなマイノリティの人も包括したいと願うSOLITの背景には、かつての美咲さんが一人で猛進しすぎて、離れていってしまった…それこそ“取り残してしまった”仲間への償いの気持ちも含まれているといいます。そして、力の使い方がわからずに泣いていた、かつての弱い自分自身のことも。
自己表現としての“服”は、いつしか自由を奪う存在に
さて、“オールインクルーシブな社会”の実現のために、美咲さんが最初に選んだファッションという道。改めて、なぜモノをつくり、そしてなぜ「服」を選んだのでしょうか。
モノって形として存在するからこそ思想が伝わりやすい。だから第一弾は誰にとっても、とても身近な服をつくったの。服って毎日選ぶでしょう? その服選びのなかで、選択肢のひとつにSOLITがあってくれたらいいなって。SOLITを選ぶことよって、少しずつでも自分自身が望む未来や社会に向かっていける。
つまり、SOLITの服は、忙しい日々の中で、自分が望む未来や社会を思い出す装置のようなもの。それもデモやムーブメントとは違った社会変革のやり方だと思っているんだよね。
なりたい自分を想像しながら、服を選ぶということ。それは、とても身近な自己表現のひとつです。本来おしゃれは誰の許可もなく自由に楽しんでいいはずのもの。
しかし時に、「周りの人は着られているのに、私には着られない」といった、“社会に取り残されるような気持ち”を感じた瞬間があったと美咲さんはいいます。
日本でいうと、私はいわゆるぽっちゃり体型。オーバーサイズ前提でつくられたもの以外は、基本着れなくて。「ああ、このお店は私に合う服は置いてないんだ。私が居ていい場所じゃないんだ」って何度も思わされてきた。私の選択肢は限られていて、私の体型は日本では異常なんだなって。そういう体験を何度もしていると、だんだんと日本には私の居場所がない、認められてないって気持ちが染みついてしまったんだよね。
ある一着が着れなかったという一見ささいなことに思える体験も、気がついたら「自由がない」という息苦しさにまで膨れあがってしまったといいます。
そんな矢先、美咲さんは多くのサイズ展開が当たり前と言われているニューヨークに観光で訪れます。そこには、セクシャリティや信仰に関係なく、あらゆるマイノリティの人たちが服選びを楽しんでいる姿があったそうです。
カスタマイズ可能なSOLITの服をつくった背景には、美咲さんがニューヨークで感じた「着たい服が着れる」という喜びを他の人にも感じてもらいとの想いもあるのです。
初めての試着会のときに、「ジャケットを着るのが夢だった」と、涙を流して喜んでくれた身体の障害を持つ方がいて。お母さんもご一緒にいて、ついに夢が叶ったんだって、喜びながらずーっと鏡を眺めてたの。私たちがやりたいのは、ただただ「着たい服が着れる」っていうシンプルなこと。
でもそれが難しいと感じてきた人は、私以外にもたくさんいたんだって。改めて私がSOLITをやる意味を実感できて、感動したの。
SOLITが大切にするのは、実際にお客さん自身が商品を手にとって試してみること。そのために、SOLITメンバーは各所を旅をしながら試着会を開催したり、「SOLIT STAND」という直接服に触れることができる場所を全国に用意しています。
例えばSOLITに賛同するある施設の「SOLIT STAND」では、医療機関出身のリハビリの国家資格保持者が、着脱を案内しています。より愛着の湧く服選びを真摯にサポートしてくれるのも、ECサイトだけでは感じられない、誠実にお客さんと向き合うSOLITならではの心遣いです。
新しい資金調達のあり方。「やさしい株式」
衣服を糸口に、プロボノやインターン生、調査協力をしてくれる方、忌憚なく意見をくれるお客さん、展示場所を提供してくれる企業の方、ファイナンスを見てくれる税理士さんなど、さまざまなステークホルダーの支えによって成長を遂げてきたSOLIT。
“オールインクルーシブな社会”の実現へ向かう次なる一手を打つために、2021年10月、斬新な挑戦をはじめます。SOLITを新しい資金調達の方法で運営する、その名も「やさしい株式」という資本施策を打ち立てました。
この施策の特筆すべき点は、議決権を“株主”に譲渡するという従来の株式とは異なり、あくまで議決権はSOLITを支える“ステークホルダー”の手の中にあること。株式のあり方を抜本的に変えてしまう仕組みです。
オールインクルーシブな社会を目指すと言ったからには、株主だけを重視したやり方をとるのは絶対に違うだろうって。
従来の株式だと、お金で支援してくださる方の声が重視されてきたよね。でも、私たちはお金以外の支援のあり方をしてくれる方々の存在もすごく大切に思ってる。
だから、株主の声だけでSOLITをつくっていくのではなく、株主も、仲間達も、生産に携わる人も、“ステークホルダーすべての人”の声を受け入れて、意思決定できる基盤をつくろうって思ったの。
これを発案した背景には、8年間「一般社団法人 防災ガール」として活動した後、美咲さんが大学院でビジネスをしっかりと学び直したことが奏功しています。そこで見えてきたのは、「会社法や資金調達のあり方は、必要な手続きさえ踏めば、意外と自由」だということ。
株主の鶴のひと声で方針を変えられてしまった会社を目の当たりにしてきた美咲さんは、SOLITの夢を守るのと同時に、選択肢を提示する先駆者でありたいという願いを「やさしい株式」に込めました。
やりたいことを実現させるために、資金が必要なスタートアップ(※)ってたくさんいると思うの。でも、従来の株式のやり方だと、いつの間にかやりたいことをやれなくなって、最終的に株主に会社ごと乗っ取られるような行く末をさんざん見てきて、本当に胸が痛かった。
今回の「やさしい株式」がたとえ失敗に終わったとしても、「こういうやり方もあるんだ」っていう、ひとつの前例を後世に残したい。それだけでもやる意味があると思うんだよね。
※革新的なアイデアや独自性で新たな価値を生み出し、社会にインパクトを与える企業
「やさしい株式」によって、株主から期待されることは、短期的な売上ではなく、とにかく手を抜かずに“オールインクルーシブな社会”というビジョンを実現させていくこと。それはいい意味で重いプレッシャーがのしかかるといいます。
今回、出資者となってくれたのは、ゼロトゥワン株式会社 代表取締役社長 荻原国啓さんと個人投資家(株式会社Shoichi 代表取締役)山本昌一さんのおふたり。
株主になってくださったお二人はとても素敵な方々で。「今回の出資を通じて、今後ソーシャルビジネスをやりたい人が追従しやすい道を一緒に残しましょうよ!」ってお話をしたら、快く引き受けてくださった。
そして彼らは、万が一SOLITがビジョンを実現できなかったとしても、たった一人の人生に奇跡を起こせたら、それだけでも出資した意味があったと思ってくれるような方々。だからこそ、プレッシャーはすごく大きい。恩返しがしたい、しなくちゃ! って本気で思わされるよね。
「やさしい株式」はSOLITの挑戦であることはもちろん、出資者のおふたりにとっても大きなチャレンジです。「稼げるから」ではなく、「信頼しているから」「思想に共感しているから」という理由で投資するという道を、これからの投資家たちに示すきっかけとなりました。
“オールインクルーシブな社会”の一番星として
SOLITが目指す社会とは、人だけでなく、動植物、地球環境、そのすべてがインクルードされた社会。
これまでの「ダイバーシティ&インクルージョン」という言葉の意味は、“人”の多様性が主だったよね。でも、人間だけが存続する社会なんてありえないと思っていて。すべてが共存しているからこそ、今の私たちがある。それを基に、何も取りこぼしちゃいけないよねっていう気持ちを込めて“オールインクルーシブ”を掲げているんだよね。
人間は多種多様な動植物や地球があるからこそ存続できる。逆をいうと、それらがなければ私たちは持続可能な存在ではありません。
そして、なにか事を起こすとき、100%は難しくてもそんな社会に少しでも近づける方法を考えてみてほしいと続けます。
たとえばフェスをやるにしても、近隣の動植物のことを研究してみて、それらに悪い影響が出ない音量や人の数を調査してみる。海外から高い食料をわざわざ輸入するんじゃなくて、地元の野菜をかじりながら音楽を楽しむのも素敵だよね。もしかしたら、動物と一緒に参加してもいいかもしれない(笑)
このように、個人の微力な行動の蓄積でもそれは可能です。しかし、それだけではもう間に合わないというのも、また事実。だからこそ、インパクトの大きな企業や自治体が主体的に取り組んでいく必要があります。そんなときに力強く導いてくれるのがSOLITという存在ではないでしょうか。
これから挑戦したい、仲間になりたいと思ってくれる人にとって、SOLITは“一番星”のような存在でありたい。社会課題の解決に向けてできることって本当に正解がないから。SOLITの背中を見て「あっちに向かえばいいんだな」って思ってもらえるように、実験的にでもどんどん突き進んでいきたいな。
愛と力、経済性と社会性。そのどちらの世界にも触れ、葛藤してきた美咲さんだからこそできること。“田中美咲がなぜやるのか”を問い続けてきたアンサーが、今のSOLIT、および「やさしい株式」の取り組みであるように感じます。
社会問題は時に私たちの胸を痛めつけます。一度踏み込んでしまうと、目を背けたくなるような現実に心が折れそうになることもしばしば。それでも、SOLITメンバーはうちなる火を灯し、常に「今できること」を自分たちに問い続けています。
たとえ失敗したとしても、誰かにとって新しい選択肢を残せればいい。そんな前向きで挑戦的な姿勢で突き進むSOLITメンバーの姿に「未来は捨てたもんじゃない!」と勇気をもらえる取材となりました。
(取材場所協力:MAKITAKI)
(Text: 佐藤伶)