何かと何かの間(あいだ)を意味する「あわい」という言葉。みなさんはどのくらいよく使う言葉、あるいは、なじみがありますか?
個人的には、「あわい」をテーマにしたフォーラムに参加することになってから意識しはじめた言葉なのですが、でもフォーラム中にいろいろな方の話を聞くにつれ、「あわい」の意味しているところは日頃からよく考えていることだった、と気づかされました。
端的に言ってしまうと、「あわい」とは白黒はっきりしない、ゆるやかで曖昧なゾーンのこと。二元論では捉えきれないような「余白」であり、また、さまざまな対象をゆるやかに結ぶ「つなぎ・媒介」でもあり、さらには、何かが変化していく「過程」でもあります。
「あわい」をテーマしたフォーラムとは、3月に開催されたEcological Memes Global Forum(エコロジカルミームグローバルフォーラム)2021です。4日間におよぶグローバルのオンラインフォーラムで、「あわいから生まれてくるもの」をテーマに、ビジネスやアート、エコロジーといった領域から30名を超えるゲストが登壇、参加者は国内外から約170名にも及びました。
「あわい」をテーマに
異分野を横断したフォーラム
フォーラムの主催運営は、一般社団法人Ecological Memes(エコロジカルミーム)。人と地球環境の関係性の再考をテーマに、様々な領域を横断しながらこれからの生き方やビジネスの在り方、社会実装の方法論を探求しているそうです。
わたしたち人間を取り巻く地球環境では、他の生命体と共生することが欠かせません。そのために生態学や環境学、東洋哲学、アート、または人間の身体的な側面などさまざまな切り口をもって、個人・社会・惑星のあいだのつながりや相互作用に耳を澄ましていくという活動趣旨がウェブサイトに書かれています。
フォーラムは2019年に続き今回が2回目。コロナ禍であることから完全オンライン開催となり、一気にグローバルなものへと広がりを見せました。テーマは前述の通り、「あわいから生まれてくるもの – 人と人ならざるものとの交わり -」です。
内容はトークセッションの他、アートや瞑想といった体験型のセッションを含む全18プログラム。どれもが、他では聞けないような独自性を帯びており、しかし、それぞれの分野で第一人者である登壇者たちのメッセージは非常にわかりやすくもあります。生態学、リーダーシップ、再生型ビジネス、創造システム理論、ポスト人新世の哲学など、一見全く異なる領域のではあったにもかかわらず、「あわい」をテーマにしたことで、調和していました。
エコロジカルミームが
大切にしている流れ
Ecological Memes共同代表で発起人でもある小林泰紘(こばやし・やすひろ)さんいわく、今回の開催が決まったのはほんの2ヶ月前だったとか。これほどの規模でのグローバル開催ならさぞかし以前から念入りに計画されたのであろうという予想は、いい意味で優しく裏切られました。
小林さん 今回はチームのみんなで話している時に、自然と開催することが現れてきた感じでした。そもそもぼくらは、チームとしても生き物としての流れに委ねることを大切にしていて、管理したり未来を固定したりしないようにしているんです。
何かのアイデアが挙がると、普通はいつまでに誰がどう実行するか、とタスク管理をすると思うのですが、僕らにはその概念がありません。大事なことはそれが自ずから起こるようなエネルギーが流れているかということで、それぞれの自律的な動きと相互作用で、必要なことは全て起こっていきます。惰性や意思決定しないこととは明確に違い、感覚としては、組織が向かおうとしている方向性や生まれようとしているものに僕らが耳をすます感じです。
今回のフォーラムもそのようにして生まれてきたのだそうです。2019年に第一回目のフォーラムが開催されたあと、次の開催イメージはあったものの、新型コロナウイルスの影響もあり、特に動き出す流れは感じなかったという小林さんたち。それが、共同代表の田代さんがドイツを拠点したことで、より具体的に、グローバルなフォーラムの形が見え始めたそうです。
小林さん ドイツと日本を掛け合わせてやれたらいいね、とブレストをしてみたら、これはもうやるしかないね、と自然に開催する方向に進んでいったんです。
思いを共にして、ある意味では理想的とも言える自然発生型の企画運営の中、国外を含めて物理的に離れているメンバー間のコミュニケーションも、オンラインツールが解決しました。では肝心の、「あわい」というテーマについてはどのように決まったのでしょうか?
小林さん コンセプトの「あわいから生まれてくるもの」も、チームでブレストを終えた時には、ほぼ自然と決まっていた感じでした。
前のフォーラムで「あいだからの回復」をテーマにしていたように、さまざまな次元で二元論を乗り越え、全体性やあいだを取り戻すことの重要性はずっと探求してきたことでした。だからこそ、あわいの領域を取り戻していった先には、どのような未来が立ち現れていくのか。つまり、あわいからの「創発」がこれからの焦点になるという感覚が僕らの中にあったんですね。
小林さん 副題の「人と人ならざるものとの交わり」は、人が人の世界だけに閉じることなく、いかにして他の生命や地球環境と共に繁栄していく未来に向かっていけるかというEcological Memesの根底的テーマでもあります。エコロジカルというと生命や有機物のことが扱われやすいのですが、同時に、非生命的な存在や物質性との関係性というテーマもこの1年の研究活動の中で強く沸き上がってきていて、「人ならざるもの」は自然な表現でした。
ただ、「あわい」という掴みどこもなく、東洋的な思想文化とも深く結びついたテーマが、特に海外のオーディエンスにどう届くのかは未知でした。そういう意味では今回、「こんなにも心震えるカンファレンスには出会ったことがない」「東洋と西洋の知恵を融合しこれからの人間存在やビジネスに向き合っていくユニークな体験だった」など、海外の方から想像以上に大きな反響をいただけたことはとても嬉しかったです。
グリーンズが特に注目して
参加したセッションはこちら
今回グリーンズでは特に、ひとつのプログラムに注目しました。Day3に開催された「人と人ならざる存在のあいだ – 共生社会における人の役割とは –」と題され、3名の登壇者が生態系における「あわい」の重要性を伝えてくれたトークセッションです。
登壇ゲストは、森・里・海といった環境と生態系のあわいについて、水産生物学の専門家である京都大学名誉教授の田中克(たなか・まさる)さん(上記画像右上)、海図やコンパスを使わずに太陽や月や星を読みながら航海する伝統航海カヌー「ホクレア」のクルーでもある内野加奈子(うちの・かなこ)さん(上記右下)、そして、人間を動物として捉え直すことで他の生物との共生の形を提唱する井口奈保(いぐち・なほ)さん(上記左下)の3名。モデレーターは小林さんでした。
限られた時間ではありましたが、登壇者3名それぞれのご活動の背景や取り組み、そこに掛ける思いはさすがに情熱的で、同時に説得力もある内容でした。グリーンズ的にいえばまさに”自然界といかしあうつながり”を聞かせてくれた3者のお話など、セッションの様子を少しご紹介します。
田中さんは長年、海洋生物を研究してきました。汽水域(きすいいき)と呼ばれる河川や湖など水際エリアの重要性を説いてこられた第一人者です。
現在は、海との関係性が強い山の暮らしに移られたそう。黒姫高原でスキーをし、野尻湖でカヌーをしながら、自然環境を思い、海と山のつながりを考えていることを写真と一緒に紹介していました。
田中さん 研究者としては、魚の子どもの成長について調べていました。ヒラメ、スズキ、クロダイなどは、何千という数の卵を産み、それぞれの特徴をもった一人前になる頃にはみんなおしなべて水際に集まってくるんです。理由は、捕食者が少なく、生存のための餌が豊富であること。陸と水辺のつながりを物語る事象でもあり、水辺はそれだけ生き物が消息するのに都合がいいわけです。生物多様性とは、川や海、あるいは地下水といった水が循環することで山と海をつなげていることがわかるでしょう。
そうした自然科学の存在は大変素晴らしいことですが、人間の役割は、学問的な論文を増やすだけではなく、森林生態系と海洋生態系をつなぐ「人」であるということです。里山や里海という局地的なことだけでなくて「人」が生息すること。人の営みが変わらないといけませんし、学問的にも領域を横断できるといいと思います。
「究極の故郷は海。人はみんな、お母さんのお腹の水にいた」と話す田中さん。優しいお声と笑顔で海と陸の間の重要性を教えてくれました。
ハワイから登壇された内野さんは、以前greenz.jpでもこちらの記事でご紹介したことのある、日本人初クルーとして搭乗した伝統航海術カヌー「ホクレア」のお話から。
約20mの細長いカヌーを二隻つなげた双胴船(そうどうせん)となっているホクレアは、船のように安定し、風を動力にして進むそうです。ハワイに人類が到着したのは約1400年ほど前ですが、海図もコンパスもない時代に人々はどう移動したのか、また、ハワイを含む広大なポリネシア圏文化がなぜ共通点をもつことができたのか、といったことを実証するために1975年に建造された航海カヌーです。
内野さん 現代はDNAによって、約15万年前にホモサピエンスが誕生した後、長い時間をかけて世界中に人々が広がっていった人類の移動の軌跡がわかるようになりました。その最終章が、太平洋やポリネシアだったこともわかっています。
海図もコンパスもない大海原で、人々は星を読み、太陽や雲、海面のうねりといった何千もの自然現象の変化を観察しながら海を渡りました。「ホクレア」はそうした人類の広がりを支えた文化に向き合う活動で、1976年から40年以上にわたり航海を続けています。
ホクレアの航海は知識だけではなく、自然からも情報を得る必要があります。情報というよりも、海上で多くの時間を費やすこと。その時間によって、航海における環境と人間の関係性が育まれ、大海原で必要な力に変わります。
以前、夜の大海原でまったく風がなくなり、ただひたすら真っ平らの水平線に浮かんだ時間を経験しました。闇は深いのですが星が多く、静かな水面に星空が映し出され、頭上も眼下もすべてが星になって囲まれたんです。その静寂の中にいるうちに、まるで自分の皮膚から宇宙が広がっているような、境界線が何もない一体感を感じました。宇宙の広大さと自分の小ささを同時に感じて、頭で考える境界線と、一方、体感はまったく感じない境界線。その時自分の中に深い安堵感が湧き上がったんです。
想像でため息が出るような貴重な体験を「今も大切にしている感覚」と教えてくれた内野さん。星空と宇宙に包まれた経験により、今もご自身の在り方を意識できるのだそう。内野さんのお話は広大でロマンもあり、なによりも実践を重ねてこられたリアリティがありました。
エコロジカルアーティストの井口さんはベルリン在住で、脱・人間主権(beyond anthropocentric)なアーバンデザイン手法を生み出そうとされています。「人間という動物(ヒューマンアニマル)」とは何か、という問いをもち、5年ほど前からは南アフリカに通っているそうです。
井口さん 「人間という動物」が現代のエコシステムの中でできる役割を考えています。人間である自分たちも動物である、生き物であるという感覚を会得するために、特に大きな哺乳類たちと距離が近い場を求めてアフリカに通い、現在は「GIVE SPACE(ギブスペース)」という方法論をつくろうとしてます。
他の生命たちとの距離を正しく保つことは、人間が動物として失ってしまった能力であり、そのために人間と他の種のテリトリー抗争は激化しています。新型コロナウィルスのパンデミックはその最たる例。だから、人間が奪ってきてしまった他の生き物の生息地を返すことが必要だと思うんです。
井口さん GIVE SPACEは、この図の左側の半円で示した「人間ではないものの生息地」を拡大することと、右側の半円で示した「人間の生息地」と自然を融合させてることを、同時に行うことを目的とする方法論です。左右の半円同士は輪となってつながることをイメージしていて、中央にある円は、GIVE SPACEの3つの軸を示しています。
Physical(物理的)では、人間以外の生き物に土地を返すこと、特に都市部での生態系再生(リジェネレーション)が必要です。Mental(心的)では人間同士で奪い合っている権利や尊厳などを与え合うこと、Spiritual(精神的)は、自分自身に対して内なるスペースを与える技を身に付け、静寂をもつこと。これらをベースに、都市部の開発や建築デザインに活かしたいと思っています。
3人それぞれの分野において、決して二元論では語れない、まさに自然との「あわい」の関係性を聞かせてくれました。わたしたち一人ひとりが今後、自らの意志で社会を生きるためのヒントが込められていたと思います。
エコロジカルミーム
グローバルフォーラム2021を終えて
4日間のフォーラムを終えて、すっかり「あわい」の重要性を思う一人になりました。
人類が自然界を生きる存在の一部であることを思いつつ、21世紀のコロナ禍を生きるわたしたち個人も、日々あらゆる選択や迷いや決断を重ねています。わたしたちはみんな、常に「あわい」を生きてるんですね。時間が掛かろうとどんなに悩もうと、モヤモヤする何かを抱えていることもまた自然なことなのだと許容できる、そんな「しなやか」を学ぶことができました。
その他のセッションやキーノートなど、エコロジカルミームグローバルフォーラム2021の様子は、エコロジカルミームのオンラインショップから、動画を購入することが可能です。普遍的な価値観の気づきは、大きな勇気や温かさが込められていて、悩んだ心をほぐしてくれるかもしれません。気になった方はぜひ下記より詳細をご覧ください。
(取材: やなぎさわまどか)