100年ほど前まで、女性には参政権がなかったことをご存知でしょうか。
人種差別を含んだジム・クロウ法(※)が撤廃されたのはまだ約50年前ですし、世界で初めて同性婚が認められたのもたった20年ほど前のこと。日本でも世界でも、ほんの少し前を生きた人たちが不条理に声を上げ、信念を行動に変えて勝ち取った結果が、現代社会の当たり前なことにつながっていきます。
(※)Jim Crow laws。アメリカ合衆国南部で1960年代まで存在した、人種差別的な内容を含む州法。(参照元)
新型コロナウイルスとBLM(ブラックライブズマター)で激動の世界となった2020年ですが、その両方の影響を昇華させるような行動をとったのは、テニス「全米オープン」での大坂なおみ選手でした。黒人差別に抗議するため、黒人被害者の実名がプリントされたマスクを着用して、試合に勝ち進むことで毎日異なる犠牲者を世界に示し、見事優勝。彼女のおかげで多くの人がこの問題に注目しました。
アメリカにおける人種差別は長く残酷な背景をもつ構造的な問題ですが、彼女が取った勇敢で大胆な行動は、自分の影響力と社会情勢をきちんと理解した上で、かつ矜持に基づいたものでした。
ではテニス、勝者、女性、差別との戦いといったキーワードで、大坂なおみ選手の前を生きたテニス選手をご存知でしょうか? 1960〜70年代に活躍し、女子テニス協会(WTA)を設立したビリー・ジーン・キング氏(Billie Jean King)です。そう、彼女が設立したということは当時そのような女子選手のための組織はなく、さらに、プロとして数々の試合で優勝するも、女性選手の賞金は男性選手の1/8という時代でした。
70年代に盛り上がりをみせた男女同権運動のなか、彼女は「性別を超えた戦い」と題された男性選手との試合に出場し、テニス界の性差別に毅然と立ち向かいました。その試合名をそのままタイトルにし、彼女の人生ドラマを見事に描いたのが映画『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』です。
(なぜかセクシーな女性たちが戦い合う映画と思っていたという方もいますが、実話を元にした社会派ドラマです)
2分前後の予告動画からも垣間みれますが、当時のアメリカは、たった50年前とは思えないほど前時代的で、信じられないほどの性差別がまかり通っていた社会でした。
それに反発するようにフェミニズムが強まっていく一方で、立ち向かった女性ばかりだったわけでもなく、家庭を重視する価値観や、むしろ男性至上主義者を是とする女性たちも存在するなど、まさに多様な価値観が表面化した過渡期だったことがわかります。
そのため実在した人物たちがとても多様で人間らしさに溢れているのが印象的でした。時代背景とともにそれぞれの立場を想像すると、熱いものが込み上げてきます。
たとえば、男尊女卑思考を持ち、自分の利のために試合をするボビー・リッグス(Bobby Riggs)選手だって決して悪人だったわけでもなく、彼には彼の、嫌われる発言をしなければいけない事情がありました。
また、LGBTQなど性的マイノリティの立場も低い時代。本来の自分を抑えながら生きざるを得ない人たちの立場も絶妙な描き方をされています。女性選手たちにユニフォームを提供するデザイナーは、試合前の大事な時にビリー・ジーン・キングを励ましながら「これから時代は変わる」と、印象的なセリフで当時の空気を表していました。
Someday we will be free to be who we are and love who we love.(私たちはいつか、ありたいように生き、愛したい人を愛せるようになる)
自由とは何か、権利とは何か。
ビリー・ジーン・キングたちが2020年の未来まで考えていたかどうかは分かりませんが、誰かの「自由に生きるための本気の叫び」は必ず別の誰かへと引き継がれ、時を経ても響き渡るんだと感じさせます。
理想の未来を描くとき、現実のあり方にため息が出るとき、先人たちからの力を受け取ってください。
38歳で引退したビリー・ジーン・キングは70代になった今も凛としたかっこよさ。少し前、画面越しに大坂なおみ選手と談笑する動画もネットで話題になりました。
– INFORMATION –
http://www.foxmovies-jp.com/battleofthesexes/
2017年製作/122分/G/アメリカ
原題: Battle of the Sexes
配給: 20世紀フォックス映画
画像 ©2018 Twentieth Century Fox