2018年に日本で起きた交通事故は約43万件(e-Statより)。1日だけでも平均1000件以上の事故が起きていることになります。
一人ひとりがもっと意識することで、交通事故を減らせるのではないか。
そのために警視庁が従来の方法ではない、別のやり方を模索した結果、ソーシャルデザインに出会ったそう。
そこで開催されたのが「みんなで、たまには自転車交通安全の未来を語り合ってもいいんじゃないか会議」(通称「みん転会議」)です。
警視庁がソーシャルデザイン? と、意外な組み合わせですが、どんな化学反応が起きたのでしょうか。そして交通安全の未来とは?
「みん転会議」に携わる警視庁の浪川和大(なみかわ・かずお)さん、SCOP代表取締役社長の山名清隆(やまな・きよたか)さん、「issue+design」代表の筧裕介(かけい・ゆうすけ)さん、「cocoroé」代表取締役の田中美帆(たなか・みほ)さんによる鼎談をお届けします。
交通安全×ソーシャルデザイン
浪川さん 私は警視庁の交通規制課にいまして、普段は道路をどう整備するか、交通規制をどうかけるか、といったことに携わっています。
そのなかで交通事故を減らそうと取り組んでいるのですが、自転車による交通事故が、全国的に見ても東京が突出して多いんです。そこで「自転車ナビマーク」というマークを独自につくって、都内に設置しているところです。
浪川さん ただ設置しただけでマークの意味が一般の人に正しく伝わっていなければ、きちんと効果が発揮されないのではないか、と思ったんです。これまで我々の広報というと、チラシをつくったりポスターを貼ったり、報道発表したりしてきましたが、一方的になりがちで、どうやって情報を伝えたら広まるのか悩んでいました。
そんなときに知ったのが、ソーシャルデザインという手法です。いままで届かなかった人たちに情報を伝えられるかもしれない、と可能性を感じ、調査研究と銘打った形ではじめることにしました。
山名さん 警視庁の方たちに「ワークショップをやりましょう」と言ったら、「ワークショップ…? 何か売るんですか?」というところからはじまって(笑)
「そうじゃなくて、立場の違う人たちが本音で話すんです」と伝えても、なかなか理解してもらえず、何度もやりとりを繰り返しました。でも、それが非常におもしろかった。
いままでとは別の手法を挑戦したい、それもソーシャルデザインで、と考えている人が警視庁にいるというのが、僕にとっては大発見でした。
筧さん 僕も警視庁という組織と何かすることには、意義があると思いましたね。交通安全に限らず、日本は世界からいろんな領域で取り残されている。エネルギーとか環境面とか、この10年くらいで世界が劇的な変化を遂げているなかで、日本だけ止まっている感じがあって。
その理由のひとつが、国とか組織の問題が大きいと思っています。そんななかで警視庁から相談があって、これはおもしろい、交通安全をきっかけに新しいムーブメントを起こせるのではないか、そんな期待を感じました。
最初、警視庁のみなさん向けに、デザイン思考のワークショップをやったんですよ。みなさん前向きに柔軟に参加いただけたのが印象的でした。行政の大きな組織が変わるのには時間がかかります。しかし、組織の一員である個人が変わることで、組織本体も少しずつ変わる動きをつくっていけたらいいなと思っています。
田中さん 警視庁では私が多摩美術大学で教えているソーシャルデザインの授業もしました。交通警察の運用の原則として、Education(安全教育)、Engineering(交通技術)、 Enforcement(交通取締り)の頭文字をとった「3E」があるそうです。
私はこれに、Communication, Creation, Collaborationの3Cをかけ合わせながら進化させて、その先に未来の交通安全をつくっていこう、という提案をしました。
浪川さん まったく接点のなかった領域の話で、ワークショップも初めての体験でしたし、非常におもしろかったです。
100人で自転車の交通安全について考えてみた
浪川さん 2017年度は先ほども言ったように、都内で多い自転車による交通事故について考える「みん転会議」を開きました。
100人の参加者と一緒に「東京を、世界で一番、自転車にやさしいまちへ」をテーマに、「マナーを守る」「ルールと意識」「さまざまなインフラ」「走行環境」など、いろいろな切り口で対話をしました。
やってみて一番思ったのは、「やって大丈夫だった」ということ(笑) 最初はどういった心持ちで参加したらいいのかと不安だったんですけど、ほかの警視庁の参加者も楽しそうに参加していて、何も問題ありませんでした。
浪川さん 参加者やコーディネーターの方など、そこでできたつながりはいまも続いています。ひとつの例で、我々は自転車の安全運転のリーフレットをつくっているんですけど、参加者の方が同じ内容を流用してつくりたいと相談があって。オリンピックも近いし、外国人も増えるなかで翻訳もしてみたい、と。
警察しかしていなかった情報発信を、自発的にしてくれたのは嬉しかったですね。それ以外にも、ブログやSNSなどで個人的に情報発信をしてくれた方もいますし。
また、警察庁に活動報告をしたら、交通局長賞を表彰されました。まずは半年やっただけで、そこまで評価いただけたのはよかったです。
山名さん 「みん転会議」には警視庁からも10人ほどが参加してくれて、一緒になってワークショップをしている状況は、最初に話を聞いたときからすると信じられない風景でした。新しい時代の幕開けのように見えましたね。みなさん楽しそうでしたし。
横断歩道を変えると、まちが変わる?
浪川さん 田中さんから「一度火がついたものを続けることが大事」だと教わったので、今年度も継続することにしました。
最近、交通安全で問題になっているのが、信号のない横断歩道です。法律上は自動車は止まらないといけないんですけど、実態は、歩行者がいてもほとんどの車が止まりません。
警察だけでなく、実際に利用している人がアクションをすれば変わっていくのではないか。そう考え、今年度は「横断歩道」をテーマにしました。
田中さん 今回は都内6ヶ所の横断歩道を調査するんですけど、国士舘大学の寺内義典先生に監修いただいて、プロではなく市民に取り組んでもらうのが特徴です。
信号のない横断歩道で歩行者が来たときに車が止まるかどうか、100台の車を調査します。3人1組で、1人は渡ろうとして、1人はストップウォッチで車のスピードを測り、1人は一時停止の記録をとります。その結果は、2月のワークショップで市民調査員が発表する予定です。
交通安全というと地味なイメージですが、官民学のチームを組み立てるなかで、もっと交通安全が楽しくなりそうだという兆しが見えているところです。
横断歩道への取り組みとしては、沖縄のある横断歩道で、「ハンプ」という盛り上がっているところがあります。
田中さん ここも通常はほとんどの車が、人がいても止まらなかったんですけど、ハンプの上に子どもが立つと、小学1年生の場合は2学年分、身長が上がるんです。子どもが見やすくなるんですね。
調査の数が少ないので絶対とは言えないのですが、ハンプを設置したことで止まらない車が80%からゼロになったそうです。これは試験的につくられたのですが、いま横浜にもつくられています。東京では見かけませんね。
浪川さん 都内にもあるんですけどね。ハンプの走り方を知らない人が、速度を落とさないまま走るので、振動とか騒音が問題になり、沿道に住んでいる人たちからは不評だったんです。それでハンプはなかなか普及しないんですけど、ただ設置するのではなくて「こういう効果があるんですよ」ともっと多くの人に知ってもらえれば増えていくかもしれないですね。
山名さん まちづくりの一環で、住民の方を巻き込みながらやっていくプロセスが大事なのかなと思いますね。「このくらいの高さならどうですか?」とか、一緒に浸透するにはどうしたらいいか、という段階から話をする。
そんなふうに、まちづくりと交通安全の手法が混ざっていくようなことを今年はやっていきたいですね。公共空間に対する関心も高まっていますし、横断歩道を変えるだけでまちが変わると思っています。
もし横断歩道がカラフルになったら?
山名さん ただ、日本ではハンプを設置するとなると、内部での議論だけでものすごく時間がかかる。それをもう少し短くしようと、アメリカやヨーロッパではまず実験としてやって、その結果を見て考えようという「タクティカル・アーバニズム」が進められています。
たとえば横断歩道をピンクや水色、虹色にするとか。許可や認可に時間がかかるなら、実験としてやって、みんなの反応を見て改善していきましょう、と。
二子玉川の横断歩道はすべてピンクにしてみる。それはまちのイメージにもなり、みんな写真を撮ったり名所になったりする。さらに二子玉川は、交通事故がすごく少ない。そういうポジティブな未来から設定する。
法規的なことに留まらないで、規則を表現することと、まちの価値や意味を表現することが混ざったらいいなと期待しています。
浪川さん 横断歩道は法令で白と決まっているんですよね。道路で実験的にやるとしても、交通影響を考えると実施のハードルが高そうですね…。
田中さん ヤマハの本社の敷地内にある横断歩道は、ピアノの鍵盤のデザインになっているみたいですよ。
浪川さん 私有地だとできるんですよね。
山名さん 公共空間でできないことは、いつまでもできない。広大な私有地のなかで実験したほうが早いですね。
筧さん 先日、イノベーションの普及論が専門の大学の先生が、日本では、新しい技術・サービス・仕組みが導入された時に、「なぜだめなのか」という明確な理由が見えない中で普及せずに消えていくことが多い、とおっしゃってました。多数のステイクホルダーが関わる中で、目に見えない力学や忖度が働いた結果、なんとなくイノベーションが定着していかないことが多いですよね。
山名さん 創造性を萎縮させていく雰囲気がありますよね。「自由に考えてはいけない」と教えられる教育の影響なのかな。もし横断歩道をピンクにしたら、いろんな人の発想を開くと思います。「ありなんだ」と。やってはいけない感じが蔓延している社会に、ちょっとやっただけで話題になるはず。
「DJポリス」も市民の共感を得ながら誘導することが認められて、いまDJポリスを養成する仕組みが警察のなかにあるんですよね?
浪川さん 詳しくは知らないのですが、雑踏警備に必要な広報技能を競い合い協議会が開かれているようです。
山名さん 自分らしく、かつ組織の合意がある言葉遣いを実践する。それってすごく大事なことですよね。対話を大事にするとか、やわらかい話し方に価値があると認めているわけですから。
人間中心の交通安全へ
田中さん 今年は2回ワークショップを開くのですが、まず2月は市民参加型の横断歩道調査の発表をおこない、それを受けてどんな社会を描いていくかという対話につなげていきます。
3月はゲストをお招きしてゲストトークをおこない、2月のワークショップの課題とアイデアを受けて、100人の方たちと対話をおこなう予定です。
山名さん 国土交通省も、街路空間を車中心から人間中心のまちづくりにシフトすると決めました。これまで駅前は車中心でしたが、それだとエリアの個性が出てこないので、人が歩きやすいまちづくりにしましょう、と。横断歩道も歩きやすいまちの重要なエッセンスですよね。
田中さん その先に、自動運転がこれから発展していくなかで、ちゃんと横断歩道の前で車が止まるという前提で整備されるかどうかが大事だと思っていて。いまのうちに人にやさしい交通安全社会をかたちにしていかないと、未来も大きく変わってしまうので、このプロジェクトの重要性を感じています。
浪川さん そうですね。ワークショップで出たアイデアは今後の事業に発展する可能性もありますし、民間にとっても実践できるようなこともあるかもしれません。交通安全はすべての人に関わることなので、いろんな立場の人が来てくれるといいなと思っています。
警視庁という大きな組織が、これまでのやり方ではなく、新たな方法を模索するなかで見つけた、ソーシャルデザイン。交通安全について、私たちに届きやすいかたちで伝えようと取り組んでいます。法律や組織はなかなか変わらないけれど、実は、少しずつ変化しているのかもしれない、と希望を感じました。
「交通安全」は、歩行者も、車を運転する人も、すべての人に関わる大切なテーマです。みなさんも一緒に、人間中心の交通安全の未来について考えてみませんか?
(写真: 廣川慶明)
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