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空き家を再生し、人々が行き交うまちへ。 裏通りから長野・上田市を楽しくするために「26ビル」が仕掛けていることとは

長野県上田市で、まちを豊かにする“縁の下の力持ちさん”に光をあてる「うえだのひかり」。今回は空き家問題に取り組む、「石井工務店」の宮嶋絵美子さんに登場いただきます。

いまや空き家はどの地域でも課題となっていますが、上田市でも全住宅のうち約17%が空き家だとされています。全国平均は13.6%なので、全国的に見ても高い割合のようです。(出典:上田市総務省統計局

そんな空き家を改修し、上田市ではここ数年で新たな店舗が次々とオープンしています。
宮嶋さんはどのように空き家に明かりを灯しているのか、お話を伺いました。

宮嶋絵美子(みやじま・えみこ)
長野県上田市出身。転勤族で幼少期は県内外を転々、中学・高校時代を上田で過ごす。立命館大学卒業後、名古屋や東京の店舗設計施工会社にてお店づくりを約10年。震災を機に2014年にUターン。建築業界を一度離れ、「地元カンパニー」にて地域活性や移住促進のサポートや広報などを経験。企画で空き家問題に取り組んだ事がきっかけとなり宅建士を取得。現在は「石井工務店」にて営業や不動産取引を担当。建築×不動産の視点や経験を活かし、空き家の利活用やマッチング、エリアリノベーションに取り組む。町の拠点である「26bldg」ではイベント「にーろく市」や古道具店も仲間と運営。

裏通りから、上田のまちを楽しくする

もともと、上田市は個人商店が多く、まちの中心部にはアーケードを備えた商店街もあります。その歴史は古く、1583年に戦国武将・真田昌幸が上田城を築く際に、近隣から商人を移住させたことが起源だと言われています。

現在も江戸時代から続く和菓子屋や呉服屋などがありますが、廃業してシャッター街となったところも少なくありません。

そんな空き家問題に注目した宮嶋さんは、空き家をリノベーションして活用していくために「まずは拠点をつくろう」と、よさそうな建物を探していました。

そこで見つけたのが、この「26bldg(以下、26ビル)」です。

色合いとか鉄の扉とか、佇まいがいいなと思ったんです。場所もまちなかにあるし、色々なところを探したんですけど、ピンと来るのはここしかありませんでした。

所有者を探し、大家さんを訪ねて東京へ。「この建物を使いたい」と話をした結果、中を見せてもらえることに。

話を聞いたら、近くにある「竹乃湯」という銭湯の倉庫だとわかりました。銭湯は2012年に閉業していたので倉庫も長らく放置されていて、中はすごいゴミだらけで。

昔はお風呂を薪で焚いていたから薪の木くずとか、あと古い風呂桶とか鏡とか。昭和2年からやっていた銭湯なので、倉庫にも歴史がつまっていました。

大家さんの快諾を経て2017年に物件を契約し、銭湯の風呂(フロ)にちなんで26ビル(読み方は「にーろく」)と命名。

裏通りにあることから、コンセプトは「裏通りから上田を楽しく」。とはいえ、最初はやりたいことが曖昧だったそう。

空き家や味のある建物をリノベーションしていきたかったので、不動産の相談を受ける場として機能させたいと思っていました。でもそれ以外はふわっとしていて、うちは工務店だからDIYのグッズを置いてみたり、DIYワークショップをやってみたり。

そのうち、古いものもたくさんあるから店頭に古道具も置きはじめたら、古道具が好きな人たちの目に止まって。好評だったので、仲間と一緒に古道具屋さんをやることになりました。

こうして2022年10月、ビルの1階に「古道具にろく」がオープン。古い日用品や家具など、さまざまなものが集まっています。

掘り出し物が見つかりそうな「古道具にろく」の店内

出店者が点在することで、人がまちを回遊する市場

この26ビルを中心にさまざまなことが生まれています。そのひとつが、まちなかで開かれる市場「261(にーろく市)」。

一般的に市場やマルシェはひとつの建物や広場で開催されることが多いですが、「261」は複数の場所が会場となり、参加者は好きなように周って楽しみます。

普段、上田市では車での移動が中心のため、歩行者は少ないですが、「261」の日はまちなかを歩く人たちでにぎわい、お祭りのような雰囲気に。点と点が線になり、面になり、まちの魅力を立体化させています。

今年6月に開催されたときの出店者マップ。徒歩圏内に出店が点在し、まち歩きを楽しむことができる今年6月に開催されたときの出店者マップ。徒歩圏内に出店が点在し、まち歩きを楽しむことができる

2階に入居しているデザイン事務所の方とお茶を飲みながらおしゃべりするなかで、「この建物をもっと有効的に使えたらいいね」という話から「イベントをやろう」となりました。

それまでも1階でイベントはやっていましたが、コロナ禍になってから控えていたので、マルシェのようなかたちでやってみようと、身近な人たちに声をかけて7件くらいに出店してもらいました。

2020年12月に開かれた第1回は予想以上に大勢のお客さんが集まり、定期的に続けていくことに。現在は3ヶ月に一度、3の倍数月に開催され、今年6月で10回目をむかえました。出店者も43件と増え、回を重ねるごとに規模は大きくなっています。

今年6月に開催されたときの様子

元銭湯の大浴場も会場に

出店は飲食のほか古道具、本、洋服、植物などさまざま。場所も空き家や、民家の軒先、駐車場などを活用

参加者は子どもからお年寄りまで幅広く、近所の人はもちろん、遠方からわざわざ足を運ぶ人も。

「261」に来ることで上田のまちを楽しいと思ってくれたり、上田に住んでみたいなと思ってくれる人がいたらいいな、というのが本来の目的でもあるので、それに向けていい流れができているかなと思っています。

普段は人通りの少ない道が、にぎやかに

歴史と物語のある建物を、引き継いでほしい

もうひとつ、「261」と同時期にはじまったのが空き家見学会です。

これは上田市のまちを歩きながら、大家さんの許可のもと空き家を見てまわる見学会。空き家といっても店舗だった建物が多く、なかには住居兼店舗が可能な建物も。

案内文にはこんな言葉が綴られていました。

「とにかく誰でも」というよりは、上田のまち並みに魅力を感じ、まちに溶け込んで建物を楽しみ、お店を開いたり、場を持ちたいという方に向けています。

私達は、古くてもまだ使える建物をただ壊してしまうのではなく、上田らしいまちの歴史や風情、物語のある建物を引き継いでまちを楽しもうと考えています。

もちろん、ボロボロだったり、物がたくさん残っていたり、雨漏りしていたりしますが、見方を変えれば物語のつまった、またとない面白い建物です。

古くてボロボロの面白い建物を、大家さんの想いや建物の歴史を理解し、適度なリノベーションや改修をして長く使って頂ける方や、新たな使い道でまちの賑わいを担っていきたいという方にマッチングしていきたいと考えております。

誰でもいいわけではない。上田市のまちに溶け込んで、古くても物語のある建物を楽しんでくれる人。この案内文には、宮嶋さんの思いがこめられているなと感じました。

上田駅近くにあるJR東日本の元社宅の空き家見学会にて

空き家見学会はずっとやりたいと思っていましたが、大家さんから鍵を預かるというのがけっこう大変なことなので、物件が集まるまでに時間がかかりました。

でもやってみたらすごく反響があって、回数を重ねるうちに「空き家といえば宮嶋さんが何かやっているよね」と広がって。いろんな人から「この物件を貸したい人・借りたい人がいる」といった話が来るようになり、おかげでいくつもの新しいお店に関わることができました。

この数年だけでも、宮嶋さんが空き家をマッチングしたお店は7件。
都会で新しいお店ができても、ちらっと見ただけで通りすぎてしまいがちですが、小さなまちに新しいお店ができるというのは、とても大きな出来事。「◯◯にできたカレー屋さん、もう行った?」「今あそこも工事してるよね、何屋さんになるのかな」と話題になります。

そしてお店をめぐる人たちがまちを歩くことで、日常的な活気につながっています。

左の建物はスタイリストの小沢宏さんが営むセレクトショップ「EDISTORIAL STORE」、1階には奥さまが運営するベイクショップ「EASY BAKE」も。中央は古着屋「DADA」。どちらも宮嶋さんが物件の仲介を手伝った

諦められなかった建築と上田への思い

そもそも、宮嶋さんはなぜ上田市の空き家に着目したのでしょうか。

私は上田で生まれて、親の転勤が多かったので転々としたあと、中学から高校までは上田で過ごしました。おばあちゃんの家もあったので上田にはよく来ていましたが、大人になるにつれ、まちはシャッター街になって、閑散としているなと感じていました。

京都にある大学に進学して文学部に入るも、大学3年時に就職活動をするなかで自分はインテリアが好きだと気づき、建築の社会人学校にダブルスクールで通いはじめます。

でも、だんだんとサボりがちになっちゃって、途中で建築の学校をやめてしまったんです。大学は一応卒業したものの、就活もしていなかったのでフリーターをしながら、やっぱり建築の勉強をもう一度やろう!と、別のインテリアの学校に通うことにしました。

同時に施工会社が運営しているインテリアのお店でアルバイトとして働きはじめて、そのまま正社員になって。そこから建築業界にどっぷり。特に店舗の設計施工をやっていました。

29歳のとき、さらなる成長を求めて当時いた名古屋から上京し、東京の設計施工会社に転職。寝る間もなく忙しく働く日々が続きましたが、心のどこかで「上田に戻りたい」と思っていたそう。

転機となったのは3.11の震災でした。

地震で自分のつくったお店がちょっと壊れたりして、自分は何のために、誰のためにお店をつくってきたんだろう、と考えるようになったんです。そこから、東京じゃなくてもいいかな、とUターンに向けて動きはじめました。

そんなときに東京で信州人(長野県出身者)が集まる会に参加したのですが、主催者が上田にある「地元カンパニー」という会社の代表をしている児玉さんで。そのまま誘われて「地元カンパニー」に転職して、2014年に上田に戻ってきました。

「地元カンパニー」では、長野県に移住して就職したい人と、長野県の会社のマッチング事業を担当。その際に空き家問題に携わり、「上田には空き家が多いんだな」「空き家を活用するってすごく素敵なことだな」と気づいた宮嶋さん。

「もう一度、不動産や建築をやっていきたい」という思いが大きくなり、2016年に現在所属している「石井工務店」に入社。これまで取り組んできたことと、上田のまちへの思いが重なった末に新しい仕事へと結実しました。

すぐに空き家の利活用に取り組むかと思いきや、エンジンがかかるまでに時間がかかったと振り返ります。

私自身が不動産業務に携わるのも初めてだし、会社は工務店だからみんな工事のことをやっていて不動産について聞ける人も少なく、なかなか動けませんでした。

でもこの26ビルがはじまってから、だんだんまちの様子が見えてきて、「やっぱりあの家は空いているんだな」とか「ときどき管理しているんだな」ということが分かるようになり、ようやく大家さんのところに訪ねて行けるようになりました。26ビルがあることで私が取り組もうとしている空き家のマッチングについても説明しやすくなりましたね。

また、ここを開けていると古いものが好きな人、まちの動きに興味がある人、何かやりたい人などいろんな人が来るから、さらに新しいつながりができたりして、いい循環ができていきました。マッチングから工事、アフターフォローまで一貫してできることで、大家さんと店子さんとの関係やまちのことをしっかり見届けることができる気がします。

一方で、まだまだ課題も多いと言います。

上田は移住者が増えていて、賃貸物件の需要も高まっていますが、現状では足りていません。空き家があってもなかなか貸してくれなかったり、住める状態でなかったり。もっと利用可能な空き家を開拓して、利用したい人とのマッチングを進めていきたいです。

お店に関しても、いまは新しいお店が増えていますが、永遠に続くわけではないと感じていて。やはり建物の老朽化は避けられず、解体・建て替えや都市計画などでいまちの風景も少しずつ変わっていくんだろうと思いつつ、そのときに自分がどうしたいか、最近すごく考えるようになりました。

「261」も規模が大きくなってきた分、大変でもあるので、あと何回できるかな、あと何年できるかなって、たまにふと考えます。まだまだやっていきたい気持ちはありますけど、ちがう形になっていく可能性もあるし…。先のことは分からないですが、いまは、いまできることに取り組んでいきたいですね。

26ビルの屋上からはまちを見渡せる。その景色は、日々変わっていく

時代とともに移り変わっていくまち。
できることなら、寂しい風景より、明るい風景を見たい。
そのためにできることはないかーー。
宮嶋さんを見ていると、まさに、まちのために奮闘する“縁の下の力持ちさん”だなと感じました。

上田市のまちに興味を持った人は、まずは26ビルや「261」に遊びに来てみませんか?
ここにしかない、まちの個性を感じられるはずです。

(写真:丸田 平)
(編集:福井尚子)

– INFORMATION –

「261」次回は9月2日、3日に開催!詳しくは26ビルのInstagramをご覧ください。