スモールスタートという言葉は聞いたことがありますか? 事業をはじめる際は、必要最小限のリソースではじめて、市場の反応を見ながら、成長に応じて割くリソースを増やしていくアプローチです。
ソーシャルな活動に取り組む人のなかには、そんなスモールスタートを切ったことがある人も多いように思います。身近な人に活動を提供しはじめて、どうすれば成長していけるのか試していく。この記事は、その先で迎える、スモールな状態で成長し切ったタイミングから、どんなことが起きていくのか詳しく学びます。
ソーシャルな会社を育てていく人はもちろん、フリーランスとして働く人のキャリアパスを考えるうえでも、たいへん学びが深い対談です。
公認会計士山内真理事務所 代表/公認会計士・税理士
一橋大学経済学部を卒業後、公認会計士・税理士になった山内さんは、現在、会計事務所のYamauchi Accounting Officeで代表を務めます。また、法律家を中心とした専門家による、主に日本国内の芸術/文化を支援する非営利活動のArts and Lawで代表理事(共同代表)もしています。
かつて有限責任監査法人トーマツで法定監査やIPO支援等に従事していた山内さんは、2011年にアートやカルチャーを専門領域とする公認会計士山内真理事務所を設立しました。豊かな文化の醸成と経済活動は表裏一体で不可分なものだと考えて、会計・税務・財務などの専門性を生かした経営支援を行ない、文化・芸術や創造的活動を下支えする人です。
それは、文化経営の担い手と、並走するペースメーカー兼アクセラレータになることを目指した活動です。グリーンズの学校「ソーシャルな会社のつくりかた」にも、第2期に講師として登壇し、ソーシャルな会社にまつわるケーススタディに有効なフレームワークを教えてくれました。
マネージメントに力を入れていくための正攻法とは
小野 例えば、あるデザイナーが受託で食べられるようになったとします。自社でプロダクトをつくってみました。売れました。マネージメントを増やしていかないといけなくなりました。そういう相談が山内さんに届いた場合、どこから手をつけることが正攻法だと教えますか? おそらくケースバイケースではありますけど。
山内さん 本当にケースバイケースですが、経営管理に課題を抱えているケースは多い印象です。トップ自らが最前線でつくる人である場合、権限も負担もすべてトップに集中してパンク状態になっているところから始まります。これを業務単位に切り分けて権限移譲したり、仕組み化して風通しのよい状況をつくっていく。
もちろん、その第1歩は何より経営管理に必要なリソースを割けるだけの魅力的な事業を創造することです。
だからこそ、つくる人がいかにつくることに集中できる環境をつくれるかも重要。採算がしっかり取れるプロジェクトや事業を組み立てることと、クリエイティブの質を担保すること、そして、つくる人のモチベーションを最大化することのバランスが重要と考えています。
これらのバランスを取るためには、現場とマネジメントをつなぐ人材を育成するといった、言わば足元を整えるための投資に、経営トップ自らが意識的になる必要があります。
クリエイティブ領域ではとりわけ顕著かと思いますが、年齢やキャリアを重ねていくなかで、ある種の職人技や天才性が突き抜けていき、クライアントに対する価値提案力も研ぎ澄まされていく。そうすると、ほかのことは何でも付いてくると錯覚してしまうこともありますよね。
でも、そこには落とし穴もある。事業が成長する過程、あるいは成長した先で、内部にノウハウが蓄積せず組織が疲弊していくことも多い。それを放置しておけば、やがて慢性化するでしょう。気付くと若くて経験の浅いスタッフばかりで、トップにパワーが集中し、神様のようになってしまうケースも。
小野 40代と20代が多く、30代がまったくいないという状況ですね。
山内さん 組織の成長ステージに見合った体力の蓄え方があるのかなと思います。事業で利幅を確保していける構造がつくれない場合、昇給のしくみや外部からの優秀な人材の登用もできません。
例えば、働き盛りの男性が腰を据えて働けるだけの、生活が成り立つレベル以上の水準を提供できるところまで事業を持っていけるか、といったことは、組織化の成功指標のひとつになるように思います。
それと、業界の古い慣習に捕らわれることなく、事業を創造し組み立てていくことも必要かもしれませんね。業界風土に染まり過ぎてしまうと、外部からの優秀な人材の確保が難しい部分もあるなと感じます。
若手が長く勤続できる会社の経営感覚
小野 若い従業員ばかりで構成される組織だったが、若手が先々長く勤められるように改善できた事例はありますか?
山内さん もちろんあります。業績がいいときや安定しているときは、人事評価の制度を整えるとか、雇用環境の見直しを行う絶好のチャンスでもあるし、経理や営業管理などのバックオフィス業務をブラッシュアップするチャンスでもあります。
中長期的な戦略を見据えつつも、重要なプロジェクトにアサインするとか、責任ある立場に抜擢するとか、チャンスを与えられるときに与えていく。しかし無理させ過ぎないように配慮もする。難しいことですが、そうしたバランス感覚がトップには必要なのでしょうね。
個々の人や才能が、専門性や職能を伸ばせる環境を用意して、人材を効果的に配置し、権限委譲していけるトップなら、組織化にはすごく向いているような気がします。そういうスタンスでクリエイティブの足腰となる部分を鍛え、結果的に事業を安定して成長させてきたトップも多いのでは、と。
ただ、たとえばデザイン分野など、「トップ=タレント」的なところが強さを持つことができる領域では、トップ自らがクリエイティブ全般に目配せしようとすると、組織化やスケールの限界もあるのではないでしょうか。
もっとも、デザインでもエンジニアリング寄りの領域では、組織ノウハウをメソッド化して、従業員が学びながら組織で提供していくことも相対的にやりやすいのかもしれません。
労働集約型が成長する経営管理のポイント
小野 クリエイティブ産業の場合、どうしても労働集約型な部分は残るから、仕組み化することに難しさも感じます。経営管理でいうと、どんなポイントを意識するといいんでしょうか?
山内さん 労働集約型で、個々の才能や技術、センスに依拠せざるを得ない事業体では、経営資源に限りがあるなかでも、個々がその可能性を最大限拡張できる風土と環境をつくるための工夫が不可欠ですよね。
各才能の自己実現の欲求を潰さずに、個々の自己実現が組織の成長につながるようにする。これは人材採用上も意識すべき重要なポイントだと思います。
また、事業開発を通じて個々の欲求を外部のニーズと接続できる場を「創造」することは、まさにクリエイティブな事業を手掛ける事業体に必要な「プロデュース力」と思います。
これは私の感覚ですが、さまざまな才能を集めるためには、組織内外に個々を刺激するネットワークが必要。そこに参加すること自体が魅力的であるように、磁場をつくっていく必要もあるでしょう。
また、予算管理といった面からは、組織として許容できるラインを見極めていく、ということですね。原価管理、資金管理など、経営を不安定化させないための仕組みを裏側ではしっかり準備する。そうした部分に手間暇を惜しまない。
ただ、その管理もやり方次第では現場の「疲弊」を生むので、事業のステージに応じた費用対効果の視点が重要だと思います。
「人」の話に少し戻ると、事業体の内外の役割分担も重要です。例えば、プロデューサー的な人が実装が得意かといえば、必ずしもそうではないし、実装が得意な人もプロデュースできるかといえばそうではないことがある。不得意なことができる人を巻き込むことは大事。
そのように足りない要素を客観視することも必要ですね。補ってくれて、トップのビジョンや思想を共有できる人を集め、チームをつくって信頼関係を醸成する。そういう意味で人材を適切に評価することも重要ですよ。
小野 クリエイター側は、プロデューサー側を後から招き入れることに、割とハードルを感じますよね。
山内さん 自由度が減ってしまうとか、体制に飲み込まれてしまう、といった不安があるのでしょう。
小野 小ちゃい仕事をお願いしつつ、結果的に社員になった、というような場合が多いように思います。
山内さん クリエイティブに集中するために、あるいは経営をより安定、より成長させるために、外部からプロデューサーや参謀候補を見つけてくる、という選択がありますね。
あるいは、例としてファッション分野など、デザイナーが創業したブランドの経営権を手放してクリエイティブに専念するようなケースも見かけます。
経営権を委譲するためのチェック項目
小野 勇気が要ることですよね。
山内さん そうですね。例えるなら自分の子どもを託すようなものですし。それはブランドにとってチャンスにも、ピンチにもなり得る。結果、経営が安定することもあるけれど、ブランドの思想やクリエイティブの熱量を失わずに、販売戦略や仕組みや組織風土を変えていくことには、リスクを負った選択になります。
そこには現場の葛藤もあることでしょう。例えば、値引販売のやり方、在庫の処分方針ひとつをとってもさまざまな考え方がありますね。
小野 ブランド野菜が豊作でいっぱい採れていても、捨てることがあるようなことと、同じですね。
山内さん やり方を間違えると事業継続を危うくする意思決定にもなりかねない。例えば採算の合う販売量の見極めといった、財務的な組み立てによって目標値を定めながら事業をコントロールすることが大切です。
そういったことを全部、社長ひとりでやるのはなかなか大変なことなので……だからこそ巻き込み力。自分が苦手とする領域は、できる人を巻き込むということ。
頼れる人を巻き込むためのリソース
小野 巻き込める会社にするために、夢のあるビジネスにもしないと。
山内さん そう。ワクワクさせるようなミッションとか、実現したら嬉しい世界が見せられないと、今の時代広がりはなかなかつくり難いですよね。
小野 巻き込む瞬間も、そして喧々諤々でやり合うときに分断しないで済む踏ん張りも、ビジョンに依拠してくる。
山内さん 例えば、共同経営にはうまくいかないリスクもそれなりにある。パワーバランスや役割分担の問題、方向性の違いによるものもある。それでも当事者にとって共同経営の経験というのは先々につながる経験になるし、事業を大きく成長させる原動力になることも多いです。
住み分けること。共同経営の場合、互いに競合しない役割があり、お互いができないことをプロとしてできる者同士であれば、成功の確率は上がるのではないでしょうか。
職場づくりを意識するフェーズ
小野 個人的には、グリーンズに所属しているときに、仕事をしようという発想から、いい職場をつくろうとする発想へと、移っていった経験があります。
山内さん なるほど。いい仕事をつくろうとすれば、いい職場になるのかというと、必ずしもそうじゃない。例えば、労働集約型のサービスを提供していて、事業が成長し、何となく組織化してきたフェーズや、売上5,000万〜1億円ぐらいになったタイミングに、そういう考えを持つに至れるかどうか。またその一方で、社会の変化を敏感に感じ取り、サービスを磨いていく必要もありますね。
ある組織が成長局面に入って、社会の変化に応じて組織も変化していく必要があるとき、組織の構成員も変化を求められる局面にあって、その過程で構成員の属性が入れ替わっていく、ということもよくあることだと思います。
小野 脱皮ですね。
山内 そう。もちろんスケールを前提とせず、属人性と自由度を高く維持して、やりたい仕事をやるというスタンスもありますね。
会計士として支援できる急所
小野 変化の過渡期を迎える人の相談に乗る場合、山内さんには「絶対にこうしたほうがいいのに」とわかっていることもあると思います。でも、相談者は、そう変わっていけないこともありませんか?
山内さん あるかもしれないですね。社会的な責任が、事業をやっていると出てきちゃうじゃないですか。ひとつの事業体が社会の期待のすべてに答えることはできないかもしれない。でも最低限で法律が求めることを遵守しなかったり、倫理観を犠牲にすれば、内外の関係者が不幸になる構造が生まれて、いい循環も生まれない。
経営者にとって耳の痛い話もしなければならない立場です。
小野 一旦、促すようにはするんですね。
山内さん それがこの職業に求められている役割でもありますよね。経営リソースは限られるので、すぐに実現できないこともあるでしょうけれども、時間をかけてでも変えていくべきところは伝えます。
小野 山内さんのようなポジションだと、対処療法ではなく、例えば、疲労が取れない場合に睡眠や食事よりも運動を薦めるような、予防に似たアプローチも取れそうですね。
山内さん そうですね。でも、何かを変えていくには体力もいる。優先順位付けも必要です。
小野 利益が出たときに、今だけかもしれないからと、保守的なお金の使い方にしておこうとも思いそうですね。
山内さん それはそれであるし、当然、悪いことではないですよ。稼げているときに、お金を留保していく方法や、いざというときに緊急の資金に用立てる方法は、いろいろとあります。財務的な体力のあるうちに必要な資産に投資したり、新しい事業の芽を育てておくのもいい。
生じるリスクや負担などを洗い出し、シミュレーションするのに会計は有益な道具です。
事業をピボットしていく柔軟性
小野 今までうまくいっていたやり方や評価されてきた才能が陰りを見せはじめているけれど、それを継続してしまっている会社も結構ありませんか?
山内さん クリエイターに限らずですが、特定の産業や顧客に過度に依存したモデルは、産業自体が斜陽化したり、顧客側の要因によって事業規模の減縮につながったり、経営が不安定になりやすい。特定技術への依存も、ツールやニーズの変化に対応しづらい面があると思います。
小規模な組織では、ある種の職人芸や個人のノウハウに頼ってしまう部分は否めず、それが陳腐化したり、年齢を重ねるなかで肉体的にしんどくなる、といったことは多いと思います。
経営者が40代以降になってくると、属人的なクリエイティブのノウハウで完結するモデルからシフトしようというケースは多く見られる気がします。
例えば、組織化してマネジメントに回る人、プロデューサー的に新規事業や若いクリエイターを育てる立場に回る人、コンサルタント的な働き方をする人、受託仕事だけでなくECや実店舗を伴う事業をスタートさせたり、自社ブランドにシフトしていくケース、不動産関連ビジネスなど労働集約型のビジネスモデルから脱皮しようとする人など。
年齢を重ねるなかで、ひとりのクリエイターから経営者になっていく、あるいは特定分野の専門家になっていく、といったマインドチェンジが必要なのだと思います。そして、腰を据えて文化をつくっていく、という意識ですね。その第一段階として、まずは小さくやってみる、ということでしょうか。
小野 好きな商品を仕入れてECで販売する。売れる、売れないを経験していきながら、社会のニーズをキャッチしていく、ということですね。
山内さん やはり個人的な興味や好きなものと接続した事業は始めやすい。リスクの小さいところから始めてみることはお勧めです。
このケーススタディは、読者それぞれのフェーズに合わせて読み替えていくと、より身になる内容だと思いました。私の場合は、2018年にライターの制作プロダクションとして会社を起こしたので、いつかライティング業務を委譲する時期がくるように、小さなアクションを起こしていく必要性があることを改めて実感させられました。
そして、どのようにすれば頼れる人に参加してもらえるのか、答えを見つけることはできませんでした。自分に合った答えを探すために、動き出すんだと思います。正直、どんな出来事が起きるのかわからないことは不安だけど、でも、会計士や士業の人たちがわからないことを教えてくれる人なのだとも感じたのは、良い発見だったように感じます。