同僚がいなくなって6年目になります。請負で記事を書くフリーライターにはPC 1台あればひとりで進行できる作業が少なくありません。日常会話の数は減りました。SNSで友達の投稿に「いいね」したり、コメントしても、その代用品と呼べるほどの安らぎは感じません。画面をタップし終えると、誰もそばにいないことを改めて感じます。
誰かから声をかけられることは、以前より嬉しくなりました。メールが届き、ライターを担当してほしいという文面を見つけると、すぐに返信したい衝動にかられます。greenz.jpから届いたツクルバ 中村真広さんへの「インタビューのお願い」も、そのひとつでした。
株式会社ツクルバ 代表取締役 CCO/エグゼクティブ・プロデューサー
東京工業大学大学院建築学専攻修了。不動産ディベロッパー、展示デザイン業界を経て、2011年、実空間と情報空間を横断した場づくりを実践する、場の発明カンパニー「株式会社ツクルバ」を共同創業。デザイン・ビジネス・テクノロジーを掛け合わせた場のデザインを行っている。2015年4月から、建築とその周辺産業の発展に寄与するべく、一般社団法人HEAD研究会の理事に就任。昭和女子大学非常勤講師。著書に「場のデザインを仕事にする」(学芸出版社/2017)
中村真広 Twitterアカウント https://twitter.com/maa20XX
「幸せのものさし」という勉強会をしていました(中村さん)
インタビューをするときは取材相手を調べることからはじめます。検索していると、中村さんという人は、わたしにとって社会の成功者のように感じられました。
中村さんは、2011年にツクルバという会社を村上浩輝(むらかみ・ひろき)さんと設立します。クラウドファンディングの支援を受けて、シェアードワークプレイス「co-ba(コーバ)」というコワーキング事業をはじめました。その後、空間デザイン・プロデュースや不動産関連の事業を起こした人です。
2015年には、リノベーション物件に特化した流通プラットフォーム「cowcamo(カウカモ)」を立ち上げています。2018年9月時点で、従業員数が120名以上を数えるほどに会社を大きくしてきました。
そんな情報をたずさえて東急東横線「代官山」駅に近いオフィスを訪問すると、改装工事の風景が目に留まりました。中村さんに尋ねると、2階に加えて、3階を増床したために、キッチンスペースを設けているのだと教えてくれました。階がわかれてしまったあとも、メンバー同士のコミュニケーションが削がれないように、配慮した工事だそうです。
インタビューを行なった場所は、オフィス内にあるイベントスペースでした。社内外の境目を越えたイベントもよく開催しているとのこと。そんな中村さんですが、なぜか2017年のグリーンズの学校「コミュニティ経済と地域通貨、そして未来のお金」クラスに通っていました。
新しく事業を立ち上げる力を持ち、オフィスにイベントスペースも備えているのだから、ゲストを招いてセミナーを企画することもできそう。なぜ学校に通おうと思ったのでしょう?
中村さん cowcamoの理想の形がおぼろげに見えてきたとき、その次のタネになることを考えたいと思って、インプットを増やすモードに入っていたんです。
新井 このようなイベントスペースを持っていれば、ご自身で講座を設けることもできそうですが。
中村さん 実際、2015年くらいにツクルバのアドバイザーをしてくださっている佐藤道明(さとう・みちあき)さんと「幸せのものさし」という勉強会をしていました。資本主義というものさしからこぼれ落ちてしまう価値をちゃんと認めていけるようにしたくて、もうひとつ別のものさしを探すために開いていた勉強会です。
その佐藤さんからグリーズの学校のクラスのことを教えてもらったんですね。自分で企画したセミナーではなく、自分が「生徒」になっちゃったほうが、想定外のインプットを得やすいんじゃないか? そう思って、佐藤道明さんと二人で通うことにしました。
資本主義のものさしで測った幸せを得ること自体はいいと思うんです(中村さん)
インタビューに臨む際、依頼主が用意した質問事項を持っていくことは多いです。ライターはその質問に沿って聞いていきますが、その通りに聞いて帰っても好評価を受ける記事にはあまりなりません。理由はさまざまあって、特に大きな要因はインタビュー記事の性質と関係しています。
インタビュー記事というのは、相手の話を聞いてはじめて内容が具現化します。企画立案の段階で想定し切れなかった話題が挙がった際に、ライターは自力で質問をします。その質問が良い回答につながって、やっと「おもしろかった」と讃えられる記事を納めることができます。だから中村さんへ「資本主義からこぼれ落ちてしまう価値」について尋ねることは重要でした。
中村さん 仮に、不動産営業のチームを評価する場合、「不動産の仲介数が何件か」というのは、ものさしのひとつです。
例えば、仲介実績がそこそこあるとしても、その貢献度合いとは別に、会社というコミュニティを豊かにしている貢献度合いもあって、そちらのほうが高いメンバーもいるはず。ときに仲介実績がまったく上がらなかったとしても、コミュニティに貢献しているそのメンバーを頭ごなしにダメだと言い切ってしまえるのか。ぼくはダメだと言いたくないと思うんです。
新井 お話を聞いていて、以前の職場にいた先輩を思い出しました。その先輩は、ふだんモバイルサイトの運営を担当していた男性ですが、同じフロアの社員がPCを壊してしまった場合に修理してあげる人だったんです。それは先輩が会社から任されている業務ではないのだけれど、社内の人からはとても感謝されていました。
中村さん たぶん、仕事上のロールとしてPCを整備していたなら、お給料というリターンで価値を認められていたはずです。でも、その方のように「自分の労働を超えた何か」をやっている人は、業務以外のことを評価できるような制度でしかその価値を拾えきれないですし、四半期ごとに開くような評価制度があっても、そのリズムではリアルタイム性に欠けるんですよ。
しかも、そもそも評価されたくてやっているのか? という話もありますよね。目の前の人に感謝されるだけで十分かもしれない。そういう状況は、社会全体を見渡しても見つかるとぼくは思っています。
例えば、東京のような大都市で楽しく暮らせている人の多くは、食べ物も教育もすべてのものがサービス化しているなかで、お金との等価交換でそれを享受できています。そういう人はもうOKで、資本主義のものさしで幸せになれていること自体はいいことなんです。
でも、全てがサービス化していくことは良いことなのかな? という疑問はあります。お金との等価交換ではなくても、コミュニティのなかでの誰かを助けること、誰かに気づきをプレゼントすることで満たされることも多くあるからです。
例えば、映画にとても詳しい人がいたとしたら、友達に「最近 悩んでいるようだからこの映画を見てみなよ」って声をかけているかもしれません。そこにも大切な価値があるよねって、ちゃんと言いたい気持ちがあります。
愛をもらったから感謝するという順序はお金だと踏まえにくいんです(中村さん)
質問を自力で尋ねることは仕事の一部だけれど、いつどんな話題に質問を思い浮かべることができるかはライターによって差異があります。けれども請負金額は一律に定まっていることが多いので、不満を感じることは少なくありません。わたしの仕事はほかの人と代えられないのだから、お金に反映してほしいと思ってしまいます。
とはいえ依頼主にも予算があります。交渉するとして、要望を飲んでくれようとする依頼主は確かにいますが、金銭的に叶えることはままならないほうがまだまだ多い。そのような状況で、わたしは無理強いを通そうとする気持ちが沸かずに、自己アピールを控えがちです。仕事は手を抜きません。ただ、どこかに寂しい気持ちが生まれて、心にぽっかり穴は開きます。
中村さん 子どもの頃は、みんなお金をつくっていたんですよね。親の誕生日に何かしらしてあげたいという気持ちで、似顔絵を描いたり、肩たたき券を渡したり。決して、お金ではないけれど、ひとつのチケットのようなもので感謝を表していました。
親には無償の愛があって、それが子どもへのギフトになっている。感謝の示し方は、等価交換でなくてもいいんです。でも、何でもサービス化している世の中ではすべて等価交換になってしまいます。月に100万円を渡すから愛してほしいなんて、心はお金じゃ買えません。愛をもらっているから感謝するというのが本質だと思うんですよ。
新井 (本質という言葉は、定説のように聞こえるけど信念を表していると思う……。)
確かに、資本主義では先にお金のやり取りを決めることが慣例になっていますし。
中村さん そうですね、それもビジネスのシーンでは大事なことだと思います。でも生きることはビジネスだけじゃないですからね。
新井 (わたしには、仕事以外の時間がどれだけあるんだろう……。)
各々がお金を貯めてしまうと、必要にしている誰かにお金が届かなくなってしまうことにもなって(中村さん)
子どもの頃に渡したことがある人も少なくない肩たたき券のような、資本主義とは別のものさしをもうひとつ探して、中村さんはグリーンズの学校に通いました。座学とフィールドワークで経済についてアカデミックな知識や地域通貨の実情を学ぶうち、中村さんには次の事業のタネが見えていったそうです。
そうして、講座の最終回に発表したのがコミュニティコインのアプリ「KOU」の草案でした。
KOUのコミュニティに入ると、一律50,000コインが配布されて、仲間にすぐ送ることができます。コミュニティ内では個人が送ったり受け取ったりしたコインの数が記録されていき、誰がどんなコメントとともにどれくらいのコインの受け渡しをしたのか、あるいはコミュニティ全体で送り合ったコインの総数などを確認することができます。
特筆に値するのは、コインが貯まっている実数ではなく、コインを送り合った延数を重視しているということだと思いました。
中村さん 日本円のような法定通貨やbitcoinのような仮想通貨では、ある主体が発行数を管理しています。管理はしているものの上限はあるので、各自の保有数をぞれぞれが増やしていくことを前提条件にすると、もともと無理が祟ってしまうものなんです。
誰でも生活に困りたくはないので、貯蓄したくもなりますが、発行上限が決まっている通貨を各々が貯めてしまうことは、全体の流れを停滞させることになったり、必要としている誰かにお金が届かなくなってしまうことにもなって。
新井 (無意識のうちに誰かを貧しくさせてしまうこともあるのか……。)
中村さん だからKOUは貯まったコインの数ではなく、コインをどれだけ送ったり受け取ったりしているのかを重要視するようにしました。お金はストックするよりも、フローする方がいいと思うからです。
SNSで「がんばれよ!」とツイートしてくれるのをみていて、お金に体温を感じました(中村さん)
講座のフィールドワークで神奈川県相模原市にある旧藤野町を見学した際、中村さんは町の人々の信頼関係で運用されている地域通貨「よろづ」に魅力を感じました。そして、これから「よろづ」のような仕組みをはじめたい人にとって、より気軽に始められるようなツールがあれば、もっとこの世界観が広がるんじゃないかと考えています。
そんなサポートツールとして、KOUを着想したようです。
中村さん 今はまだiOS版だけですが、2018年の年末にAndroid版をリリースする予定で、そこからが本番だと思っています。ゆくゆくKOUのユーザー数が増えて、コミュニティ数も多くなっていったら、コインの流通総数で比べたコミュニティのランキング機能をつけたくて。
コミュニティごとのコインの流通総数が示すのは、感謝の授受が行なわれた総量。どのコミュニティで感謝される出来事がたくさん起こっているのか可視化されると素敵ですよね。ランキングに見知らぬコミュニティが入っていたら検索したくなる人もいると思っていて。それはコミュニティやKOUを使用する団体の新規アクセスにつながるはずなんですよ。
新井 (すごく素敵なことなのはよくわかるのだけど、これから「よろづ」のような地域通貨を導入したい人は中村さんにとって顔の見えない誰かのはず。どうしてそんなにサポートしたいと思っているんだろう……。)
あの……フリーライターとして働いていると、経営者の方が従業員に固定給を支払えているのって魔法のように思えて仕方ないんです。それだけお金の面で長けている中村さんが、どうしてKOUのようなお金以外のツールを使用できるプラットフォームをつくりたいと思うに至ったんでしょうか。
中村さん それこそ、デザインばかり考えていた頃は、無邪気にお金のことをあまり考えていなかったんですよ。けど起業してco-baをはじめるときにクラウドファンディングをやったんですね。あのときにスパッとスイッチが変わりました。
得体の知れない若者二人がコワーキングスペースをつくりますっていうことを応援してくれたわけじゃないですか。当時として大きな金額が集まることになって、支援してくれた方々がSNSで「がんばれよ!」とツイートしてくれるのをみていて、お金に体温を感じたんです。
ツクルバは事業活動としてさまざまなサービスを展開していますけど、事業活動は搾取であってはいけないと思っているんですね。お客様の「ありがとう」の結果、お金をもらっている状態だから、会社を続けていられます。お金は「ありがとう」の指標のひとつなんだなって。
新井 (だとしたら、KOUは必要ないように思うんだけど、どうなんだろう……。)
中村さん だけど、co-baを運営していくと、ある会員さんが専門スキルで隣の誰かが困っているときに助けている様子を見かけるようになりました。それは一緒にランチに行きながら、ちょっと相談するような助け合いで、助ける側も、次に困ったときはランチで相談に乗ってよねという関係性。決して、金銭的にはしていないんです。
それを運営側のぼくらは、最近なんとなく会員さん同士が助け合っているっぽいという程度でしか把握できなくて、具体的にはどれくらいの助け合いが起こっているのか、どうすれば把握できるんだろうと悶々と考えていました。
その数年後にcowcamoを始めてみると、リノベーション物件を購入したユーザーは、いざ暮らしはじめたときに、昔からそこで暮らしている住民たちのマンションコミュニティに入っていく大切さと大変さに気付いていきました。数十年のローンを組んで住んできた年配の住人と、新しく引っ越してきたcowcamoユーザーには20歳以上の開きがあることもあります。
このマンションコミュニティをどうすればいいものにしていけるのかと、悶々として。
新井 (会社が大きくなるにつれて、中村さん自身がコミュニティに関わる人だという自覚を持っていったのか……。)
だから、KOUというツールを用意して、いろんなコミュニティが感謝を伝え合う関係性になっていける土台を整えようとしたんですね。
中村さん そうです。既存のお金では拾いきれない価値を意識して、自由研究をはじめたのがグリーンズの学校に通う少し前のタイミング。その頃、ツクルバはベンチャーキャピタル等からお金をいただいて、cowcamoをスタートアップ的に大きくしはじめていました。言ってしまえば、資本主義のルールの中で戦わせてもらえるようになったんですね。
自分たちの資本だけで取り組もうとしたら10年かかるようなことも、別の形で資金を集めることで期間を短縮することもできるんです。なので、むしろ資本主義に「ありがとう」なんですよ。
お金に体温が通うことを大切にしたいがゆえに、資本主義の市場でがんばりつつも、そこからこぼれ落ちる価値にも同時に取り組んでいきたいという気持ちが芽生えたんだと思います。
お金が悪いんじゃなくて、うまく使えていないことが問題だと思うから。僕もKOUでお金のリハビリをしています(中村さん)
この中村さんのお話は、わたしを深く悩ませました。
co-baの事例には、入会者双方にお金を省く意識が備わっています。マンションの事例では、お金があまり介在しない場面でKOUの利用が想定されています。ツクルバの事例なら、資本主義というものさしで価値を測ることをきちんと残せています。でも、この3つの事例に合わない形で、わたしは自身を取り巻くコミュニティと関係してきました。
これまでわたしは、リモートで依頼を請負ごとに専門スキルと依頼主の発注価格を等価と見なしてから仕事を通じて人と関係してきました。受発注が成立すると、記事を納めるまでの全工程は何が起きても発注価格内の業務だと受け入れてもいます。アウトプットの出口を担うため、記事制作以前に不足があった作業を巻き取っていても、発注価格が見直されるケースは多くないという印象です。
お金を省くことも、お金を介在させないことも、お金で価値を測るということも、うまくできていない形でコミュニティに関係してきた場合にKOUが普及したら、わたしにどんな未来がやってきてしまうのかと、不安になりました。
新井 KOUが普及した未来をどのように想像していますか?
中村さん これは地域通貨にずっとたずさわってきた西部忠先生のお話を僕なりに解釈したことなんですけど。
最も原始的な社会では村単位でその村人たちのために教育や福祉といった環境を整えていて。それが国家という枠組みに置き換わって、税金を再分配するという仕組みで国民が健康で文化的な最低限度の生活を送る時代に移りました。そして今は国家から企業に大きな重心が移り、あらゆるものをサービスとして提供・享受するようになってきています。
この3つのコミュニティのうち、企業の輪が大きくなっていて、ほかの2つが小さくしぼんでいるのは、バランスがおかしいと感じているんですよ。
もうちょっとバランスを取るために、特に村的なものをふくらませてもいいんじゃないかな。KOUで、小さくしぼんだコミュニティにお金ではない経済システムを投入して、もっとコミュニティでできることを大きくしていきたいんですよね。
新井 企業の輪から、国家や地域(村的なもの)にお金を戻して均すのではないんですね。
中村さん そういうルートもあると思います。それと同時に、コミュニティの力をもっと信じたいと思っています。法定通貨や仮想通貨では発行上限があるけれど、人の心に手を当てたら、感謝の数は上限なく増やせることに気づきます。今日1日暮らして何人に感謝できたか。3人に感謝していても、感謝できることを注意深く意識していけたら、いつか50人に感謝している日がくるかもしれません。
そんなふうに、みんなの心をベースにした「感謝経済」でコミュニティを回していきたい。そして、感謝経済に慣れ親しんでいった先に、いずれは法定通貨や仮想通貨を感謝経済のツールとして使用できる時代がきてほしいと思っています。
既存のお金が悪いんじゃなくて、お金をうまく使えていないことが問題だと思うから。僕もKOUでお金のリハビリをしている最中です。
インタビューのあと、どんな記事にまとめようか悶々と考えました。タイトなスケジュールの合間にご自身のお金に対する世界観を話してくれた中村さんに応えるなら、わたし自身もどのような世界観でお金に向き合っているのか素直に書こう。そう決めるまでに多めの時間と文字数を必要としました。
KOUに感謝の行き交う総量が表れるのは確かです。数値が高いほど感謝し合うコミュニティだということも間違いありません。でも、その感謝はコミュニティコインで伝えるものだったのかどうか。それはKOUの先にある各コミュニティに入ってみないとわかりません。だから、中村さんのお金に対する世界観をなるべくもれなく伝えたいと思いました。
中村さんが着想したKOUは、中村さんのような素敵な世界観のうえで輝きます。アプリをツールにせず、カルチャーとして。中村さんが描くような人と接する振る舞い方を身につけていくユーザーが増えていってほしいと、本当に思いました。そして、KOUのカルチャーを身につけた人からお金で感謝を伝えたい相手だと思ってもらえるような人間でいたいとも、わたしは思ったんです。
つくって、つかう、なかまの「おかね」
コミュニティコインのアプリ「KOU」
https://kou.by/
KOUのTwitterアカウント
https://twitter.com/@KOU_community