『生きる、を耕す本』が完成!greenz peopleになるとプレゼント→

greenz people ロゴ

“百年先も続く、豊かな森をラオスから”「坂ノ途中」海外プロジェクトを担当する安田さんがみつめるのは、子どもたちの自由な未来

男の子が家族旅行で訪れたカンボジアでのこと。歳は同じくらいでしょうか、片手片足のない少年を見かけました。「ちょうだい」の仕草で寄ってくるその子にお金を渡そうとしたとき、父親にたしなめられました。「何もわかっていないお前がすることじゃない」と。

それからというもの、男の子の頭からこの出来事が消えることはありませんでした。中学に入り高校に進学し、大学生になっても。幼い自分はあのとき何がちがうのかわからなかったけれど、自分が生きている日常とは全く異なる世界がある、漠然とひっかかっていた何かは、その世界の人びとに対して何かしたい、何とかしなくちゃ、という決意へと変化していきました。

男の子の名前は安田大志(やすだ・たいし)さん。現在、東南アジア インドシナ半島に位置する「ラオス」にいます。そこは豊かな森に恵まれた美しい国。環境負荷の少ない農業、その普及を目指す野菜提案企業「坂ノ途中」が、〝百年先も続く、豊かな森をラオスから〟と掲げ展開する「メコンオーガニックプロジェクト」に取り組んでいるのです。

そのプロジェクトは「アグロフォレストリー」という農法を活用し、高品質なコーヒーを生産しようというもの。「アグロフォレストリー」とはどのような農法なのでしょうか。安田さんがこのプロジェクトに取り組むことになったいきさつとは。朝から小雨のふる日曜日、坂ノ途中ヨヨギ店をたずね、一時帰国中の安田さんにお話をうかがってきました。

安田大志(やすだ・たいし)。1991年大阪府生まれ。大阪大学で国際公共政策を学び2016年坂ノ途中入社。メコンオーガニックプロジェクト主担当として活躍中

「焼畑」農法のその先を。森と共に生き続けるための新たな道

「貧しくも飢えのない国」といわれてきたラオス。それは人びとにとって命の源そのものといえる森が豊かに存在するからです。自然との共生が彼らの生き方、どんなときも森の恵みを受けながら暮らしてきました。しかしその大切な森がいま失われつつあります。何が起きているのでしょう。その背景を知るには、人びとが営んできたこの国の農業からひも解く必要がありそうです。

ラオスで行われてきたのは「焼畑」という伝統農法。それは、森を焼くことで植物が蓄えてきた栄養を土に還(かえ)し、その土で農作物を植え、収穫したら畑を休ませ地力を蓄え、その間また別の場所で農作物を育てていくというもの。このようにして人びとはぐるぐると森を移動しながら、奥行きのある農業をおこなってきました。

メコン川に抱かれもたらされる豊かな自然、そして森

ところが近年、人口増加や貨幣経済の流入などにより、より早くより多くの利益をあげようとする人びとから土地をもっと有効利用するようにとの圧力が高まるようになりました。農家の人たちは、焼畑のサイクルを早めようとそれまで使ってこなかった農薬や化学肥料を大量に使うように。森が伐採され、ゴムやトウモロコシなどの農作物を育てるプランテーションに置き換わっている場所もあります。

その結果、土地は痩せ作物は育ちにくくなり、増やそうとしたはずの収穫量は減少の一途をたどっています。何より大切な森は減っていき、森とともにあった彼らの暮らしも失われつつあるのです。「焼畑」は、もはや持続可能な農法ではなくなってしまった、じゃあ次の農法は? 人びとも政府も危機感を抱いて解決策を模索しています。

このような状況にあるラオスの人びとに、新たな農法を提案しているのが「メコンオーガニックプロジェクト」です。

森とともにある農業「アグロフォレストリー」

「アグロフォレストリー」とは、「農業(=アグリカルチャー)」と「林業(=フォレストリー)」の造語で、森をつくりながら作物を育てようという試み。1970年代中頃カナダで提唱されました。たとえば、コーヒーの上にアボカド、その隣りにはピーナッツというように、樹木と樹木の間に農作物を複合的に組み合わせ育てます。ここから生じる高低差や形状の多様性から日陰ができ、強すぎる日差しや寒さから農作物が守られ、限られたスペースの中にあっても生態系が生まれるのです。

森をつくりながらおこなうアグロフォレストリー

自然の力が、この小さな森にできた生態系を循環させていきます。組み合わせは人間が考えるのですからありのままの自然とはいえないかもしれませんが、人と自然が関わりながら、失われつつある森を取り戻そうとの取り組みなのです。

自然って人を含めて語られるべきだと思うんです。アグロフォレストリーは、人が関わりながら自然の循環をデザインしていく新しい農法です。

と、安田さん。

なるほど、森をつくりながら人びとの伝統的な暮らしを支えようとしているのですね。この農法を選択した理由はほかにもああります。それは環境負荷が小さいということ、また気候変動がもたらす被害へのリスクを分散できるという利点もあるのだといいます。

熟し赤く色づくコーヒーの実

数年前、突然の寒波でラオス山間部に雪が降りコーヒーの木がぜんぶ枯れてしまうという出来事がありました。こうした気候変動への対処法は2種類あって、一つは「緩和」、植林などで変化自体をやわらげていこうとする方法です。

もう一つは「適応」、変化に対応できる「レジリエンス(=立ち直る力)」を身につけようというもの、事前にある程度のリスクを想定し複数の作物から収入を得る方法を確保するなどです。アグロフォレストリーは後者にあてはまると考えられています。

デメリットもあります。組み合わせ内容の良し悪しや、気候要因で日陰が強くなりすぎたりすると、短期的に収量が落ちる場合があります。アグロフォレストリーは、短期的にぐっと収穫量をあげることに適した農法ではなく、継続していくことで作物の質をあげ安定した収穫量を確保することができる、長期的メリットの大きい農法なのです。

たとえばコーヒーの場合、シェードの下でゆっくりと熟した実を丁寧に手積みすることで、品質のよいものができ高い値がつくという良い循環が生まれるのですが、短期間でこのような状態に持っていくのはかんたんなことではありません。こうした部分も含め現地のひとに理解してもらい、新しい取り組みを採用してもらう。未来目線で遠くまで思いを馳せ共感してくれる農家さんはそう多くありません。

安田さんが滞在する村で一番大きなコーヒー農家、サイトゥアヤンさん

どういうメリットがどんなタイミングであるかについて、安田さんは現地の農家さんへ繰り返し説明しています。ところがそのときはわかってくれても、しばらくラオスを後にし戻ってきてみるとすっかり忘れられてしまっていることもしばしばなのだそう。こうしたコミュニケーションを辛抱づよく続けています。

じれったい気もするけれど、僕たちができるのは提案まで。それをどうしていくかを決めるのは農家さんたちです。

品質向上のための研修会の様子。まなざしは真剣です。

ラオスの人びと、暮らし、そのプリミティブな魅力

安田さんの目にうつるラオスという国は、どのようなものなのでしょうか。普段接しているのは山間部に暮らす少数民族。毎朝ロバを引いて山へ出かけ、森からきのこやハーブを採り、動物を狩り、草木で布を染め刺繍をする、そんな暮らしをしている人びとです。

多民族国家であるにもかかわらずラオスには民族間の争いなどはありません。暮らし方はちがう、家のつくりや料理もちがう、なのに異なる民族同士で気軽にご飯を食べながら、「お前のところはこうだよね」と話したりする。とても平和的でゆったりとした時間が流れているといいます。

美しい棚田と焼畑の跡。彼らにとって森は「生きること」そのもの

自然の美しさをもっとも感じる瞬間はどんなときですか。安田さんにそうたずねると、「ご飯をつくっている時ですかね」という答えが返ってきました。「さあ、ご飯をつくろう!」 となると、薪(まき)集めからはじまり、農家さんのところでニワトリをもらってきて、ジンジャーやハーブを山から採ってきて、そうして材料をぜんぶ自然からかきあつめて、料理して、みんなで円になって食べる。するとどこからか人が集まってきて、お酒がきて、またみんなで食べて飲む。

ああ自然に生かされているんだな、ということを素直に感じる瞬間です。「遊ぼうよ!」と誘われ、「何する?」と聞くと、「クッキング!」と言われることが多いんです。お昼前に集まりみんなで料理して食べる、食べながらぐだぐだしゃべってそろそろバイバイかなと思うと、「こんどは夕食の準備をしよう!」となる。それでまたつくってみんなで食べる、こんな調子がずっと続いて。これがラオスの人びとにとっての「遊び」なんですね。

安田さんが滞在する村で唯一のゲストハウス。ここでみんなでお料理することも

「どこにでかけようか?」と聞くと「ピクニック、自然を見にいこう!」と返ってくる。本当に自然が大好きな彼らの口からよく出てくるのが、「自然、ほったらかし」という意味の「タマサート」という言葉なのだそう。ラオスの人びとには、ほかの国にはないような自然な感覚を感じると安田さんはいいます。

「うちの野菜はタマサート」「先週の日曜日はタマサートなところに行ったよ」、オーガニックなものは「タマサートな玉ねぎだよ」という。「ケミカルは嫌だから」というネガティブな側面からの選択肢ではなく、「タマサートなものがいい」とオーガニックの捉え方がとてもポジティブなんです。

「何して遊ぶ?」森は子どもたちにとっても大切な場所。

物事をよく勉強していくと、それがどうしてダメなのかがわかってくるけれど、ラオスの人びとはごく自然に、「タマサートはいい」という感覚を持っているんです、それが素敵だなと。

子どもたちへ生きる選択肢を残したい

安田さんご自身のことをうかがってみました。本記事冒頭の幼いころの体験は、今の生き方にどう影響しているのでしょうか。

自分の生きる世界とは違いすぎる世界があることを知らないがゆえ、お金をあげるという選択をしようとしていた自分。その漠たる思いが、「もっと勉強しなくちゃ」と自身を駆り立てていきました。

成長するとともに自分なりに解釈できるようになったものの、「あの出来事」の存在感はときを経るごとに大きくなり、なんとかしたいけれど何もできない、というもどかしさが膨らんでいきました。ボランティアに参加しても、ひたすら勉強しても、罪悪感にも似たその気持ちや無力感はずっと消えなかった、やがてそれは「人生をかけて何かしよう」と決意に変わっていきました。

幼いころに遭遇した貧しい子どもたちがいるという現実、その後自分にできることを考え続けた。

JICAやNGO、一般企業、どんな形でもいいからとにかくすぐに現場に出たい、困った人の近くにいきたい、大学に入るとそう考え続けていたいう安田さん。だから進路を決めるとき一番大事にしたのは、「すぐに」ということ。とにかく自分が考えていることを即実行に移せる場所がほしい、その一心だったといいます 。

勉強してまずひとつのことに取り組み、企業に入って実力をつけ、そして行動を起こしていくのが王道かもしれない。だけど目の前のたった一人のひとの課題を解決するにも勉強しなきゃいけないことは山ほどある、それじゃあいつ始められるかなんてわからない。

勉強してから向き合うのではなくて、まず向き合ってそのほかは同時進行で学んでいく。自分が未熟なのであれば、できる人に助けてもらいながらでもいいんじゃないか、そういう感覚が必要だと考えたんです。

そして「坂ノ途中」との出会いが訪れます。自分の考えを代表の小野さんへ伝えると、「だったらうちに来ない? すぐにできるよ」と。大学在籍中にはじめたインターンからそのまま坂ノ途中へ入社します。そして約束どおり、そのチャンスは「すぐに」与えられました。思い描いていた活躍のチャンス。「正直ラオスという国や森、コーヒーについてこんなにどっぷりはまるとは思っていなかったです」と、安田さんは笑いながら振り返ります。

このコーヒーをどうやって広めて行く?と楽しそうに語らう安田さんと広報倉田さん(写真左)

幼いころの体験が原点となり、その後いかなるときも考えることや模索することをやめなかった安田さん。成長途中での気づきやもがき苦しむ体験の一つ一つは、は、その時は点にすぎなかったかもしれない、けれどそれらはやがてつながり線となり、いまがある。この延長線上にある安田さんのほしい未来はどんな未来なのでしょう。

子どもが好きなので、彼らの将来のための選択肢をつくりたいなと思っているんです。目の前の農家さんのためにやるんじゃないんだという話をしましたけど、じゃあ何のためというと子どもたちのためでもあって。

「僕、これからお父さんと一緒にコーヒーの収穫に行くんだ」

ラオスの子どもたちは、成長すると基本的にみんな都会に出ていってしまいます。残りたいと思ってもそこでは暮らしていけないからです。彼らが生き方を選べるようになること、幼いころから慣れ親しんできた暮らしを続ける方法が残されていること、それが大事なのではと安田さんは考えています。そのためにもいまの森を残す必要がある。なにを選択するかは本人たち次第であったとしてもです。

僕が大事にしているのは、彼らの将来や少し先を見据えての提案をするということ。それがよそ者としての自分にできることなんじゃないか、だから目の前の農家さんにいいことしようとは思わないようにしているんです、「そうじゃないよな」って。

インタビューの最後に、「greenz.jp読者の方に伝えたいことはありますか?」と聞いてみました。

読者のかたに向けていうのが正しいのかはわからないけれど、仲間がほしいです。一緒に何かするということだけでなく、僕が感じている課題に共に取り組むライバルでもいい。そういう仲間がもっといてくれたら楽しいなって。

勉強は大事、だけどそれに取り組むだけではもどかしさが募った。自分と同じように、知ってはいるのにどうして何もできないんだろう、と感じている人はたくさんいるんじゃないか。焦燥感や罪悪感、「それはあなたが背負うことじゃない」とよく言われるけれど、それが行動を起こす原動力になるのだとしたら、罪悪感を溜め込むことも悪くないのもかもしれない、安田さんはそう考えています。

ネガティブな思いでもそれを抱え込んでいる状態があるからこそ思いが募って行動に移せる、そう考えるひとが増えたら素直にうれしい。壁にぶつかったときに切磋琢磨しあえる仲間がいる、そういう感覚を持ち続けてもらえたらいいなと思っているんです。

「飲むならぜひ豆から挽いて」と坂ノ途中さんからのすすめ。香りがまったく違います。

取材から戻り、買ってきた「ラオスの森コーヒー」を淹れてみました。
ていねいに豆をひいてハンドドリップでコポコポと。一口飲んだその味は、やさしくすっきりとしていてどこまでもまっすぐ。安田さんから聞いたばかりの、まだ見ぬラオスの風景が目の前にパノラマとなって広がります。

飲み終わり、しばらくのあいだ言い知れぬ余韻として残ったのは、豊かな自然とそこで暮らす人びととの一体感でした。たった一杯のコーヒーが、森で暮らす人びとの未来をつくるのです。

– INFORMATION –

坂ノ途中 メコンオーガニックプロジェクト
 プロジェクト特設サイト https://on-the-slope.com/mekong/