淡路島で有機栽培された玉ねぎを、無塩、無添加、ノンオイルでじっくりとあめ色になるまで炒めた「オニオン・キャラメリゼ」。玉ねぎが持つ甘味と旨味がしっかりと引き出され、口に含むとほんのりとリンゴのような風味も感じられます。
全国のオーガニックレストランや「大地を守る会」の有機宅配、百貨店などで販売され、料理のプロからも高い評価を受ける、この商品をつくっているのは、障害のある人が通う福祉施設。実は、この「オニオン・キャラメリゼ」は、障害のある人たちが“障害なく”働く環境づくりのために企画・開発されたものです。
企画から作業環境づくり、品質管理までをディレクションしたのは、障がい者の働く場づくりを行う「株式会社プラスリジョン」の福井佑実子さん。発売から10年、あらためて「オニオン・キャラメリゼ」が示した可能性と現在地についてお話を伺いました。
株式会社プラスリジョン、代表取締役。民間企業、国立大学産学連携組織勤務を経て現職。「融合」をキーワードに分野横断的ネットワークを活かしながら障害のある人の働く場づくりを事業的手法で確立することをめざす。農業分野との融合事例として、「オニオン・キャラメリゼ(玉葱飴色炒め)」をプロデュース。大阪府第 4次福祉計画策定委員(2010~2011年)、農林水産省6次産業化プランナー(2012年〜)、ユニバーサル社会づくり賞・兵庫県知事賞(2013年)。
畑から食卓まで。すべての人がハッピーな状況をつくる
プラスリジョンは、「リジョン(ligion)=融合」をキーワードに、分野を横断するネットワークによって、「障害のある人の働く場づくりをビジネスの手法で確立する」ことを目指して設立された会社。「オニオン・キャラメリゼ」は、同社のカフェ・サンテ事業としてはじまりました。
障害のある人の働く場づくりにあたって、第一に考えられたのは「関わるすべての人がハッピーな状況」をつくることでした。原料となる有機玉ねぎは、土づくりから手間ひまかけて育てられたにも関わらず、流通上の規格サイズに合わないという理由で廃棄されていたものを適正価格で購入。農家さんのお困りごと解決にも一役買っています。
有機玉ねぎの加工をする現場では、作業を担う人たちの障害特性を分析して「合理的配慮」を施し、彼らが自立して働ける力を伸ばす環境を徹底的に整備しました。たとえば「目で見て学び理解する」という特性に対しては「視覚表示物を掲示する」、「正確、確実に行う」という特性には「作業を細分化し、標準化する」という配慮を行っています。
「見る」という行為に障害がある場合、眼鏡をかければ障害が「ある」から「ない」に変わります。車椅子は「移動する」というシチュエーションで障害を「ある」から「ない」にを変えてくれるのと同じように、ある障害に共通する特性に対応した環境をつくれば、作業を遂行するというシチュエーションの中でその障害は「ある」から「ない」に変わると考えたんです。
「オニオン・キャラメリゼ」の製造現場では、障害による弱みをカバーするだけでなく、強みを引き出すことも実現したのです。
もうひとつ、プラスリジョンが「オニオン・キャラメリゼ」で挑戦したのは、福祉施設からの要望を受けて、障害のある人たちに対して、当時、国をあげて推進されていた工賃倍増計画を達成する月額工賃を地方であっても支払える福祉施設の仕事をつくることでした。アルバイトに支払う仕事を1時間あたりの作業単価で整理をし、それを障害のある人たちにも作業単価で支払うという方法をとりました。
生産者(農家)、加工する人(障がい者)、製造現場(福祉施設の人たち)、そして消費者。この4者がみんなハッピーになるオーガニックな生態系をつくること。それが、福井さんがプラスリジョンの仕事で実現しようとしていることなのです。
10年間クレームゼロの商品づくりのひみつ
「オニオン・キャラメリゼ」は、当初から一般流通商品として販売。10年間不良品を出さず、ノークレーム・ノーリターンを達成しました。これは、食品業界において驚くべき実績です。
不良品が出荷されないのは、検品工程をダブルで入れるなど、出荷前に不良品をはじくシステムができているからです。そして、問題が見つかればその原因をすべて分析しています。「障害のある人が関わっているから」という原因はゼロです。障害の有無に関わらない、うっかりミスがほとんどです。
スタッフ研修は、取引先のひとつであり、厳しい品質管理で知られる「大地を守る会」に依頼。「オニオン・キャラメリゼ」の製造現場は、「障害のある人が働く現場では“ルールを守らない”という人為的なミスがきわめて少ない」と高く評価されました。
もちろん、この実績は1日にして成し遂げたものでは決してありません。
とりわけ、立ち上げ当初はうまくいかないことがあるたびに立ち止まり、ヒアリングや議論を重ねて、「作業手順書や視覚表示物は、数えきれないほどつくりなおした」と福井さんは言います。
たとえば、充填するのは得意な作業だろうと考えていたのですが、スタート当初、実際にはものすごく時間がかかっていることが作業分析からわかりました。
「なぜか」を現場でヒアリングしてみると、「細部に注目する」ことから、作業がていねいになりすぎていたことがわかりました。手早く正確に充填できるように漏斗などを用いた補助具を導入すると、スムーズにできるようになりました。
環境を整えきっても、「合理的配慮は最終的には個人に合わせるもの」と福井さん。福祉施設の職員のみなさんによる、一人ひとりに対する手厚いフォローも、この実績を支えてきたことは言うまでもありません。
オニオン・キャラメリゼだけに10年をかけた理由
今、福井さんは次のステップとして、スープ商品の開発に着手しています。それは、「オニオン・キャラメリゼ」では規格外の有機玉ねぎを原料としたのと同じように、産地でだぶついた有機野菜や規格外の有機野菜を活かすための商品。すでにレシピの開発は進んでおり、今夏には本格始動が予定されています。
料理のベースとなる「オニオン・キャラメリゼ」よりも手に取りやすいスープを、最初の商品として開発しなかったのはどうしてだったのでしょうか。
「オニオン・キャラメリゼ」を最初の商品に選んだのは、「爆発的に売れない商材の方が安心して取り組める」という視点があったんです。「オニオン・キャラメリゼ」の出荷量は、食品業界の標準から見ると多くありませんが、障がい者福祉施設としては決して少なくない。ちょうどよかったんですね。
当初から、スープ商品の開発を念頭に置いていたという福井さん。ふたつめの商品を開発するまでに「こんなに時間がかかるとは思っていなかった」と話します。
最初は、1年で1拠点目を整備して、2年目からはそれをコピーして増やしていけば、簡単に展開できると思っていたんです。最初の拠点に手をかけて整備してマニュアルをつくりこんだら、次に挑戦する福祉施設に簡単に導入できるだろうと。でも、実際には2拠点目も最初と同じように、ゼロから手をかけることになりました。
急ぐと、壊れるんですよね。マニュアルや作業手順書も、その施設の人たちが自分たちでつくっていかないと、自分たちのものにならない。食品衛生・品質管理は、「自分たちが守るもの」という感覚がないと危険なので。
また、ビジネスの手法を持ち込みながらも、「福祉の分野では、ビジネスの視点だけで事業性を優先させることはできない」というジレンマもありました。「売上アップのために効率的に量産する」ことだけでは、福祉の現場ではモチベーションにならないのです。
ビジネスの世界だと、大きな仕事がとれたら喜びますよね。でも、障害のある人たちが働く場では、「儲かるから、無理してもいい」とは思わないことが多いんですよ。まずは「彼らの負荷になるかどうか」を考えます。重要なのは、障害のある人が小さな成功体験を積み重ねられる、安心して働ける現場であることだったりするのです。
福井さんのお話を聞いていると、障害のある人たちが働く場づくりには、私たち自身の「働く」を根っこから見直す大切な視点がたくさん含まれているような気がしてきました。
本当は、どんな仕事だって「儲かる」だけが優先されていいわけではないし、「急ぐと壊れてしまう」ものもたくさんあるはず。誰かがつくったマニュアルよりも、自分たちで練り上げたマニュアルのほうが「自分のものになる」のではないか、と思うのです。
不完全な社会システムに無理に適応するのではなく
「オニオン・キャラメリゼ」は現在、神戸市内にある「社会福祉法人ゆうわ福祉会」の就労移行支援支援事業「野いちごの会」食品加工部門で製造されています。つくり手は、社会参加に向けて歩み出した精神障害のある人たち。彼らにとって、最初の社会との接点になるのが「オニオン・キャラメリゼ」をつくるという仕事です。
福祉施設のなかには、自分が担う作業が社会のなかでどんな役割を担うのか、実感しづらいものもあります。でも、「オニオン・キャラメリゼ」は、「何個つくってどこに出荷しなければいけないか」という流れのなかで自分たちの役割が認識できる。自分の仕事が、社会のなかでどんな役割を担っているかわかるので、仕事への責任感も芽生えます。
社会における自分の役割を認識し、社会に貢献できているという実感は、障害のある人たちが自信を回復することにもつながっています。福井さんは、東日本大震災の被災地支援バザーのために、「オニオン・キャラメリゼ」を受注したときのエピソードを教えてくれました。
いつもより多い注文に、「みんなでやりましょう!」とけっこう無理をして応えたときの経験が、みんなにとってすごくプラスになったらしくて。精神障害のある人は、親や社会に対して、自分の過去に対して負い目を感じている方が多いのだそうです。
そんななかで、被災地支援というかたちで誰かのためになっている実感は、すごく良いモチベーションになったと福祉施設の職員さんに言われました。
一方で、福井さんもまた、精神障害のある人を支援する施設と関わるなかで、社会システムや社会の価値観について、改めて考え直すこともあるそうです。
今の社会システムは完全じゃないし、今の社会の価値観が絶対というわけでもない。だけど、そこで働くには「不完全な社会のなかでどう適応するか」という話になります。精神障害のある人は、社会に適応できず心に病を抱える人も多いと聞きます。社会の側にも変わる必要があるし、今までとは違う働き方や生き方が増えないといけないのかなと思います。
農業も福祉も働き方も含め、
オーガニックな生態系をつくる
福井さんは現在、農林水産省の6次産業化プランナーとしても活躍されています。
「6次産業化」とは、農業や漁業などの第一次産業の担い手が、食品加工(第二次産業)から流通・販売(第三次産業)など総合的にな視野を持ち所得を向上させること。福井さんの専門は、オーガニック・有機農産加工と医福食農連携。特に、有機栽培を行う農業者と関わる仕事を手がけています。
このため、「福井さんの仕事は、福祉とオーガニック(農業)のどっち?」という質問を受けることも少なくないそう。福井さんは「どちらも、なんですよ」と答えます。
今までのプラスリジョンは、「障害のある方が働く場をつくるために」と言ってきましたが、これからは「オーガニックな生態系をつくるために」でいいと思っています。障害のある人もない人も自然に支え合う、オーガニックな生態系をつくるということに集中したいな、と。
2016年、IFOAM(国際有機農業運動連盟)は、「オーガニック3.0」という考え方を提示しました。これは、これからの持続可能な社会のために、耕し方、つくり方、食べ方、買い方、働き方も、全部つながっているから、オーガニックな生き方を見直そうというもの。細分化された分野を再統合する考え方です。だから、「福祉も農業も」でいいんだ、と思っています。
オーガニック3.0には、障害は「ある」から「ない」に変わることも含むとも言えます。一人ひとりを大事にして働ける場づくりも、農産物や水産物を無駄にしない流通のあり方も、適正な価格で買うという買い物のしかたも。
そのすべてを実現しようとするなんて、あまりにも高い理想のように思えるでしょうか?
でも、「何かのために、何かをあきらめる」という考え方では、変わることはできないと気づきはじめた人が、世界中に現れはじめているのだと思います。ほんの小さな変化の積み重ねが、やがて大きなうねりになり、社会を動かす変化へとつながっていく。そのつながりを信じることこそが、きっとすべてのはじまりになるのではないでしょうか。
「オニオン・キャラメリゼ」は、生産から消費までのプロセスのすべてにおいて、あきらめることをしなかったひとつの事例。これを手がかりにしながら「オーガニックな生態系」に向けて私たちも一歩を踏み出してみませんか? 障害を「ある」から「ない」へ変える力を、私たちみんなが持っているのですから。