みなさんは全国に広がる「食べる通信」をご存知ですか?
生産者をクローズアップし、特集記事とともに彼らが収穫した食べものがセットで届くという、“食べもの付き”の情報誌で、現在日本国内26もの地域で発刊されています。
はじまりは、2013年、震災復興を目的に立ち上がった「東北食べる通信」。フランチャイズ形式ではなく、加盟団体の代表者が集って運営方針を決めていく「リーグ形式」を取ることで、一気に全国へと広がりを見せました。
今回は、その中でも“本当のつながり”をキーワードにユニークな取り組みを展開する「神奈川食べる通信」をご紹介します。神奈川県内のおいしい食材が特集され、味わうことができるのはもちろんですが、特筆すべきは、一歩踏み込んだ“体験”の仕組み。
「都会でこそ、生産者とのつながりが大事」と語る「神奈川食べる通信」赤木徳顕編集長に、これからの消費活動について伺いました。
神奈川食べ通信編集長 80*80オーナー。
大手IT企業で金融や流通のコンサルティングに携わる中、食卓と生産者が離れすぎていることに疑問を持ち、2000年に独立。食のスモールネットワークモデルとして、80キロ圏内の食材を80%使った地産地消カフェ「80*80」を2005年に立ち上げる。2014年食べる通信の掲げるCSAの理念に出会い、神奈川から新しいCSAの形を見出すべく、神奈川食べる通信の創刊に踏み出す。
つくるひとと食べるひとをリアルにつなぐ“体験付き”情報誌
まずは、「神奈川食べる通信」について詳しくご紹介します。
創刊は、本家である「東北食べる通信」の翌年、2014年11月。神奈川県内の特定の地域でしか味わえない食材にスポットを当て、そのつくり手のストーリーや食べ方など、地元の人も知りえなかった情報を特集し、これまで全8号を隔月読者に届けてきました。
食材の紹介とともに、生産者の素顔を引き出すような内容が読者と生産者の距離を縮めている「神奈川食べる通信」
定期購読者に届くのは食材と冊子、そして特徴的なのは、すでにおいしく調理された加工品も同梱されていること。神奈川県近郊の都会で日々忙しいライフスタイルを送る人でも気軽にその食材を味わうことができるように、という運営者の配慮が伺えます。
神奈川県大磯港で水揚げされた鯖を燻製加工した”鯖の生ハム”。絶品な上、地元のマルシェでしか手に入らない加工品などが送られてくることも魅力のひとつです。photo:神奈川食べる通信
さらに神奈川食べる通信が意欲的に取り組んでいること、それは「都会でこそ、生産者と関わるきっかけづくり」です。
会員さんが直接農家へ出向いて、受け取る食材を自ら収穫する機会を提供したり、朝の漁港で漁師さんに獲れたての魚を捌き方から教えてもらいその場で食べる「究極のあさごはん会」を開催してみたり。
毎回、生産者さんのもとへ読者が足を運ぶ機会を設け、ただ食べ物を受け取るだけではない、言わば食べ物をめぐる“体験付き”の情報誌として運営しているのです。
現地での商品の受け渡し日には地元の生産者さんも参加。この日は大磯港で干物つくりを体験しました。photo:末永えりか
遠方の読者に送るための収穫作業も読者参加で行います。生産者さん直々に堀り方や食べ方を聞けると毎回好評の収穫だとか。
毎回様々な企画で盛り上がりをみせ、参加者はもちろん、生産者側からも、「食べるひととの共同作業が楽しかった」や「手伝ってもらえて助かった!」といった声が届くなど、双方に嬉しいつながりが生まれています。
「神奈川食べる通信」は、「食べ物はスーパーで買うもの」という行為になりがちな都会生活者に対し、参加し、体験しながら本当の意味で“顔の見える”食べ物が食卓に上がるという、食の原点に立ち戻るような消費活動の提案に挑戦しているのです。
都会でこそ、スモールネットワークを。
創刊から約1年。現在300人近い定期購読者とともに歩む「神奈川食べる通信」ですが、そもそもどのような背景で立ち上がったのでしょうか?編集長の赤木さんに伺いました。
赤木編集長
もともと、今の食の仕組みに疑問がありました。大資本にお金を払って、郊外の大きな工場でつくられたものを安価で得る消費活動って、あまり意味をなさないものだな、と。そうじゃなくて、生産者も消費者もみんなが幸せになる消費の仕組みをつくりたいと思っていました。
そんな想いから始めたのが、地産地消カフェ「80*80」。80キロ圏内の食材を80%使ったメニューを提供したお店として、メディアでも話題となりました。でも、「もっと仕組みから変えたい」。そう思ったときに出会ったのが「食べる通信」でした。
「食べる通信」がメディアを用いてCSA(Community Supported Agriculture)コミュニティをつくっていることを知りました。「食べる通信」を入り口に、新しい消費者活動の仕組みを神奈川でつくれたらと思ったんです。
CSAとは、コミュニティで生産者を支える仕組みのこと。消費者が定期的に生産者にまとまったお金を払い、その時々で収穫される新鮮なものを受け取ります。greenz.jpでも、4年ほど前に“農家の会員制度“として紹介しました。
ヨーロッパなどでは広まっているものの、日本ではまだまだ認知度が低いCSA。でも、都会にこそチャンスがあると赤木さんは言います。
都会の強みって、消費者が多いことですよね。しかも神奈川は、生産の場と生活の場がそんなに離れてない。ただ、生産者の方と知り合う機会は、ほとんどないので、そこをつなぐ何かが必要だと考えました。
それが「神奈川食べる通信」だったんです。消費者が多い都会で自分の地域の生産者を支えられなければ、どこの地域でもまず成功しないだろうと思いました。だから、あえて都会でCSAに挑もうと思ったんです。
そう思いついた赤木さんがまず想定した読者は、神奈川県近郊の人々。復興を目的とした「東北食べる通信」など、産地と離れた読者をターゲットとした創刊が主流の中、敢えて、県内の生産者と消費者をリアルにつなげることを最大の目的とし、「神奈川食べる通信」はスタートしました。
ライフスタイルに合わせたつながりを
しかし、最初からうまくいったわけではありません。実際に生産者と読者を結ぶ仕組みづくりには多くの模索があったと赤木さんは言います。
まず直面したのは、ライフスタイルの変化。共働きや、核家族化といった忙しい食卓事情ゆえ、「おいしい食材が届いても使い切れない」などといった声が届いたのです。創刊当初、伸び悩む定期購読者数に焦りを感じた赤木さんは、消費者の声を聞く「座談会」を開くことに。
藤沢で代々有機農家を営む相原農園さん一家を交えた座談会には、シンプルに「農家さんに会いたい、野菜のおいしい食べ方が知りたい」と多くの人が集まり、都会の生産者を支える意義について意見が交わされました。PHOTO:神奈川食べる通信
そこで出会ったのは、「自分で採りに行きたい」「生産者さんに会いたい」という声。これが、「神奈川食べる通信」のあり方に大きな変化をもたらします。
生産者さんに迷惑をかけるような体験型収穫にしないために、しっかりとコミュニケーションをとった上、毎回現地を訪れる赤木編集長。一番楽しそうに作業する姿が印象的です。
忙しい日々の中で生産者を定期的に手伝うことや、たくさんの消費はできない。でも、食に関心はある。ライフスタイルの変化によるニーズに応えながら、生産者さんもちゃんと儲けて、読者も楽しめる仕組みが必要だ、と気付きました。そのひとつが生産者に会いにいく、「体験する」ってことだったんですよね。
近隣の読者を想定しているからこそ可能となる「体験する」仕組み。「情報誌と現地収穫クーポン」は2,480円、「情報誌と食べ物」は2,980円と、お得感のある価格設定も手伝って、これまでに、のべ600人もの読者が産地に足を運んでいるのだとか。
そこにある体験の価値について、赤木さんはこう語ります。
人って、うまいものを食べるだけで本能的に幸せになりますよね。生産者はそんな食べ物をつくるノウハウや昔ながらの知恵をたくさん持っています。しかも、惜しげなく教えてくれるんです。すごいですよね。
それをリアルに学べて自分の食卓にもって帰れる、それってすごい付加価値だと思いませんか?
さらに赤木さんは、発生から5年を迎える東日本大震災での体験を例に、日頃からのつながりが双方の利点になると教えてくれました。
3.11の時、神奈川をはじめ都会の人は、1万円握っていても店にお米がなく買えないという衝撃的な体験をしたはずです。なにかあった時、いきなり「お米ください」って農家さんを訪ねるなんて想像できないという方もいるでしょう。でもそれは、双方がつながっていないから。
「神奈川食べる通信」を通じて日頃から消費という形で生産者さんを支え、つながっていたら、結果として、みんなが安心できる暮らしに近づきますよね。CSAは、災害に弱い都会にこそ、必要な仕組みだと思います。
スモールネットワークが溢れる地域は楽しい!
「神奈川食べる通信」が創刊して1年。「まだまだ模索中」とのことですが、これまでに掲載された神奈川の生産者さんのもとには、掲載後も読者が足を運び、赤木編集長のように、消費者と生産者をつなぎサポートしたいという人材が育っています。
食べる通信を通じてできた生産者と消費者のつながりからバーベキュー場つくりやお店とのコラボなど様々な次のアクションが始まっています。photo:神奈川食べる通信
ぼくは、編集長を名乗っていますが、実際は“班長”だと思ってます。
僕にとって「食べる通信」は手段でしかなくて、肝はそのあと。「食べる通信」を通じて、その土地や食べ物、生産者さんとつながったひとが、いかに次のアクションを起こしていくかが重要なんです。
いろんな地域で生産者さんを中心に班が生まれて班長が立ち盛り上げる。そんなスモールネットワークが地域に溢れたら楽しいじゃないですか。
生産者にちゃんと儲けが生まれ、消費者が自分の欲しいつながりを手にいれ、食卓においしいものが並ぶ。赤木さんが目指すのは、そんな、一見当たり前なこと。
単純なことだけど、それができれば、そこに流れるお金ってどこかあったかい。日々の暮らしから食とつながりのいい循環が生まれ育てば、結果としてみんながハッピーで安心して暮らせる。「食べる通信」がその入り口なればうれしいですね。
スモールネットワークでつながる地域では、同じ食べ物に支払うお金でも、見え方が変わってくるかもしれません。
儲けは少ないけど、本当に大事なことを神奈川でやりたいという赤木編集長。現在、大学生のインターンの申し出の受け入れや、学生向けのCSA講習会を手がけるなど、神奈川食べる通信を飛び出した企画も生まれています。 photo:末永えりか
お金を稼ぎ、お店で食べ物を買う。それだけになりがちなライフスタイルが多く人の現状だとしたら、神奈川食べる通信はそうではない”つながり”という付加価値を盛り込みながら、生産者も消費者もみんながハッピーになれる仕組みづくりを目指していました。
食べる通信は日本各地でいま、続々と創刊されています。遠方から地方の生産者を応援したいと定期購読者になったり、実際住んでいるところをより知ろうと購読したり、楽しみ方は人それぞれ。
ちょっと日々の食のこと、ライフスタイルのこと、そして、自分の住まう地域の生産者さんのことが気になったら、「食べる通信リーグ」を覗いてみませんか?
そこには、毎日の暮らしが変わるような楽しい出会いが待っているかもしれません。