今、日本で思春期の子どもたちが抱える、性の問題を知っていますか。「性に目覚める世代に、どんなことを伝えてあげられるのか」という問いは、私たち大人に課せられた重要なテーマです。
そんな「性」について、明るく楽しく正しい知識を語り、若い世代に対して“性の問題を自分ごとにする”活動を展開しているのが、NPO法人ピルコン。greenz.jpでも3年前にご紹介しましたが、「恋のウラ騒ぎ」といったイベントや、コンドームの付け方動画など、ユニークな取り組みに多くの反響をいただきました。
そして今、ピルコンは中高生への出張授業の活動に軸を置いています。その背景には、染矢さんが切実に抱いている、性問題への危機感が。現在に至るまでの経緯や思い、その先に見据える社会について、代表の染矢明日香さんにお話を聞きました。
NPO法人ピルコン理事長。“人間と性”教育研究協議会東京サークル研究局長。2012年花王社会起業塾メンバー。石川県金沢市出身。慶應義塾大学環境情報学部卒。自身の中絶経験から日本の望まない妊娠・中絶の多さに問題意識を持ち、大学在学中に「避妊啓発団体ピルコン」を立ち上げ、2013年NPO法人化。中高生・保護者向け性教育・ライフプランニングプログラムやコンテンツの開発と普及につとめる。
すべての人に性の正しい知識を
2007年の活動開始以来、性の問題や正しい知識を伝えるプログラムを全国で実施してきたピルコン。
当時手がかけていたリサーチも進み、製作中だった動画「パンツを脱ぐ前に知っておきたい コンドームの正しいつけ方」も完成。今では130万回以上ものプレビューを獲得し、学校の教材として使われるほどの影響力を持つものになりました。
「パンツを脱ぐ前に知っておきたい コンドームの正しいつけ方」
2013年10月には任意団体からNPO法人へと体制を整え、翌年2月には染矢さん自身も会社勤めとの兼業から専業へ。そして今、ピルコンが最も力を入れているのは、中高生向けのプログラムです。地域や学校の関係者と連携をとり、中学校、高等学校での出張授業を展開しています。
産婦人科医など医療従事者による監修も受けているというこの授業は、性教育とキャリア教育を掛けあわせたもの。「LILY(リリー/Link Life of Youth)」というプログラムをつくりあげ、2014年度には14校1700名の高校の生徒への出張講座を実施するという実績を残しています。
その他にも、保護者向けの家庭での性教育サポートプログラム「Parents for 2(ペアレンツフォートゥー)」や、一般向けのリプロダクティブヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康・権利)についての勉強会「Pilcon College(ピルコンカレッジ)」、講演活動など、精力的に活動を展開。
すべての人に、様々な角度から、性に対する正しい知識を伝えるべく、メッセージを発信し続けています。
中高生へのアプローチで、不幸の連鎖を止めたい。
前回取材した3年前は、「恋のウラ騒ぎ」など、20〜30代の若者向けの一見おしゃれにも見える活動がメインだったピルコン。以前のような展開でも充分手応えを感じていたそうです。でも染矢さんは敢えて、ご自身の専門とは異なるフィールドに切り込んで活動する道を選びました。
そこには、「望まない妊娠やそこから生じる人工妊娠中絶などを社会から減らしたい」という思いで活動を始めた染矢さんの、中高生世代への切実な思いがあります。
大事なのは、早期の対策です。誰にどうアプローチすれば社会的なインパクトをより上げられるのかを考え、まずは既存の事例を調べました。すると、秋田県で地元の医師たちが中高生向けの性教育講演を行ったことで中絶実施率が低下したという成功事例があったんです。
携帯・スマホやインターネットが普及し、子どもたちが意識せずとも性情報に接する時代となった今だからこそ、自分や相手の身体と心を尊重するための正しい知識を、大人になる前の中高生のうちに、伝えたいと思ったんです。
染矢さんは、「中高生にも、すでに性の問題が起きている」と指摘します。
日本では、年間約19万件の中絶が行われており、そのうち10代が2万件(平成25年度厚生労働省「衛生行政報告例の概要」)を占めるという現状があります。また、性交渉を経験した女子高生の8人に1人がクラミジアなどの性感染症(平成18年国立保健医療科学院衛生調査)に。自覚症状がなく、放置しておくと不妊の原因にもなってしまうこともあるそうです。
たとえ中絶せずに出産しても問題は残ると、染矢さんは続けます。
子どもへの虐待の背景を見てみると、“望まない妊娠”がリスク因子となることがわかっています。出産後、パートナーシップ継続の難しさからDVや離婚につながったり、出産・育児により若年で中断した母親のキャリア形成がうまくいかず貧困に陥ったりするケースも。
家庭環境が不安定なことは、子どもの自尊心低下や、学業不振、問題行動を導くこともあります。さらには、恋愛や性行為への依存から新たに望まぬ妊娠が起きるなど、問題が根深く複雑に絡み合っていきます。一見無関係に見える社会的なリスクも元をたどればつながっていて、さらには次世代にも連鎖してしまうんです。
負の連鎖の構図。望まない妊娠の背景には、性の知識の乏しさや自尊心の低さなどがあり、そこから新しい問題が重なることも多いそうです。(種部, 『困難な背景を持つ妊娠、妊娠中に観察されるハイリスク要因』よりピルコン作成)
本来ピルコンが目指していたのは、「知らないことから来る性の不幸がない社会作り」。不幸の連鎖を止めるためにも、染矢さんは、次の活動ステージとして、思春期の中高生にむけたアプローチを選んだのです。
対話から学び、“幸せの連鎖”へ。
では、中高生向けの「LILY」は、具体的にどのような内容なのでしょうか。
授業は、2部で構成されています。3〜4名の講師で出向き、前半は、基本的な知識の講義。二次性徴や妊娠、避妊、性感染症、ちまたに出回る性情報やインターネットとの関わりを、スライドを駆使し、具体的な体験談などを交えてまじめに楽しく伝えます。
また、キャリア教育として、出産適齢期から割り出す人生設計や子育てに必要なお金の話も。性の知識の先にある暮らしや、体の健康があるからこそ実現できる将来を考えます。
性を正しく知ることで、人生のデザインもできる
後半は、少人数のグループワークへ。たとえば、感染症の広がりを、水を使ったゲームで疑似体験したり、「コンドームをつけないパートナーに何と言うか?」「ハッピーな恋愛に大切なことは?」など、パートナーシップやコミュニケーションをテーマに講師や友だちと対話を繰り返します。
このようなワークを通して、「実際に自分だったらどうするか」を考え、性の問題を“自分ごと”へと引き寄せるのです。
高校生によって書かれたグループワークのシート。ハッピーな恋愛のために大切なものとして「お互いを思いやる心」などの言葉が。
講座前後には、効果測定のために性知識に関するアンケートも実施します。「避妊に失敗した時は72時間以内に服用すると避妊できる緊急避妊薬がある(○)」、「自慰(マスターベーション)は何回もやりすぎると体によくない(×)」といった基本的知識を問うものですが、講座前の正答率は平均4割程度と、意外に低いのだとか。
情報のあふれる時代ですが、高校生は意外と性のことを知りません。大人でも、「中に出さなければ(膣外に射精すれば)大丈夫」なんて自信を持っていう方がいますが、違いますよね。
高校生以下の子どもたちが、よく知らないままに、性交渉を進めている側面をうかがい知ることができます。講座終了後は、正答率が7〜8割まで上がるんですよ。
さらに「いくら正しいことを教えても、相手が知識を受け取らなければ意味がない」と考える染矢さんは、思春期の心を開き、次の世代へとつないでいく仕組みも取り入れました。
大人の言葉には反発し心を閉ざしがちな中高生に対し、年齢の近い大学生や若い社会人を講師に起用。これは、ピア・エデュケーション(仲間教育)と呼ばれる手法で、国際的にも有用性が注目されているそうです。ゲームやグループワークに一緒に参加して楽しい雰囲気をつくるだけではなく、体験談を語ることによって中高生に身近に感じてもらう役割を果たしています。
近い世代の講師が身近な目線で性の知識やライフプランニングを伝え、対話形式の取り組みも導入しています。子どもたちは実際の体験談に真剣に耳を傾けてくれますし、相手の心を開くためにはまず自己開示をすることがとても大切です。
大学生や若手社会人にとっては、講師をすることにも意味があって、これから社会に出て親世代になっていく人たちが、中高生に教えることで認識や理解を深めていく、という仕組みにもなっています。
講師をつとめる若手のみなさんは、研修を受けて講座に臨みます。
講師となる大学生等も、中高生とともに理解を深めて次の親世代へと成長していく。「LILY」は、これまでの不幸の連鎖を止め、新たなる幸せの連鎖を生み出す可能性をも秘めているのです。
自分とみつめあう性も、相手と深める性も、楽しく豊かに。
2015年8月現在、「LILY」を受講した中高生は、のべ3000名にもなりました。受講者からは、「自分がこういう立場だったら」と考えたことや、自分の決断や知識の大切さ、「自分、相手を傷つけない」といった声が届き、当事者意識が育っていることがわかります。
講師を務めた大学生からも、「日本の社会問題を意識した」、「知識は自分を守る鎧と感じた」などの反響があり、染矢さんも手応えを感じている様子です。
でも、現代社会を見渡すと、学校の性教育がリアルな内容でないこと、子どもたちがインターネットなどのゆがんだ情報を信じてしまっていること、親世代が子どもとの性に関するコミュニケーションに戸惑っていることなど、性に関する問題は尽きることがありません。
これらに対し、染矢さんは、思春期の男子向けの漫画本『マンガでわかるオトコの子の「性 」』を出版したり、男性の育児参加を提唱するNPO法人とともに父親向けのイベントを開催したりしています。
染矢さんがモデルの“あすか先生”が、現代の思春期男子の性をめぐるリアルな悩みにマンガやQ&Aでハキハキ答える画期的な内容。「講演活動の中で得た中高生の実際の悩みやよくある疑問の声をもとにマンガ家の友人に描いてもらいました」と染矢さん。
ファザーリング・ジャパン安藤哲也(右)さんとの思春期の父親向けの講座。参加者は、思春期の親としての課題や対応を学びました。
大学時代に、自らの中絶経験から社会を見つめ、活動を始めた染矢さん。「辛かった」という気持ちにとどまることなく、「性」というデリケートで複雑なテーマを正面から扱い、今もなお、より深刻な社会課題に向き合う姿勢を変えません。
7月には、シンガポールでの、性の健康学会(WAS)による国際学会にも参加。この秋は、児童養護施設向けに「LILY」を提供する事業も開始しました。活躍の幅が広がるなか、自分の役割の変化も感じています。
自分の経験を語り、性を伝える“あすか先生”の役割を果たしてきましたが、私も、“若者”ではなくなってきたので(笑)
ピルコンでは、若い世代が性を伝えるしくみに意味を見出しています。次の世代の人を育てていきたいですし、たくさんの人にぜひ参加してほしいと考えています。
そんな染矢さんが今、見つめているのは、性問題の解消の先にある、一人ひとりが夢を実現でき、人と楽しく豊かに暮らせる社会。
生き方や働き方に多様な選択肢を持つためには、性の健康に関する知識も必要なはず。大人になる前から正しい知識を身につけて、自分や大切な人が心身ともに健やかであってほしい。そして、夢を実現する人生にしてほしいです。
性の問題の正解は、人それぞれ。自分と見つめあう性も、相手と深める性も、もっと楽しく豊かなものになりますように。
深刻な課題も抱える、日本の思春期の性。それをふまえて、これから大人になる彼らにどんなことを伝えていけるのでしょうか。
簡単に答えは出ないかもしれません。でも、次世代のために、まずは私たち一人ひとりが大人の入り口に立ちはだかる性の問題に立ち返ること。そして、その答えを追い求め、自分やパートナー、子どもたちと対話を続けることは、自分たちのより良い人生を考える貴重な機会にもなりそうです。
あなたも、楽しく豊かな関係を築くための“性”の問題をまっすぐに見つめ、明るくまじめに、大切な誰かと話してみませんか。