村を囲む広葉樹林に、耳を澄ますと鳥の鳴き声が聞こえてきたり、雨あがりには木々に霧がかかったり。季節や天候、時間によって表情を変える森が、暮らしのすぐそばにある岡山県西粟倉村。
この地で、2026年10月10日から11月8日までの約1ヶ月間、2度目となる表現展「森々燦々(しんしんさんさん)」が開催されます。村内の人や国内外からの芸術家、研究者などが集い、“表現する文化実践の場”であるこのイベント。会場は標高約1100mの森の中です。なぜ、ふだんは村民も立ち入らない森の中で表現展を開催するのか、それによって村にはどのような変化が生まれているのか。森々燦々実行委員会の代表で、一般財団法人西粟倉むらまるごと研究所の理事である秋山淳(あきやま・あつし)さんにお話を伺いました。
1993年大阪府生まれ。大学〜大学院時代に建築学を専攻する傍ら、地域の在来品種保存の取り組みや里山保全の取り組みを行なう。地域での独居高齢者の交流行動と居場所の研究で修士論文を執筆。工務店に勤務したのち、2020年1月に西粟倉に移住。一般財団法人西粟倉むらまるごと研究所 理事(村民連携担当)、コミュニティマネージャー。一級建築士事務所ヒトトキ設計室代表。現在は、コミュニティデザインと建築計画学をベースに、リビングラボを運営し、人の「好奇心」を原動力としたシチズンサイエンスやR&D、地域デザインを探求している。
調査を価値に変える
平成の大合併の際、他市町村と合併しない選択をした西粟倉村。2008年に「百年の森構想」を掲げ、2013年にはローカルベンチャー育成事業を開始。この構想を起点にしたさまざまなローカルベンチャー事業や産業が生まれてきました。その結果、雇用の創出や移住者が増加した一方で、村には高校がないため進学時に転出したり、冬の厳しい寒さに耐えられる住環境が補助金だけでは整えられなかったりという課題も生まれました。
そこで、これまでの取り組みをもとに2017年に村役場が掲げた新たなキャッチコピーが「生きるを楽しむ」。これまで産業の面で大きく成長してきた村が、福祉や教育、ウェルビーイングの視点からも、村に住む一人ひとりの暮らしや生き方に焦点をあてていくスローガンです。
このビジョンの実現に向けていくつかの取り組みが生まれるなか、2020年に役場職員の発案で「一般財団法人むらまるごと研究所」(以下、むらまる研)が誕生。むらまる研では、村内外の企業や研究機関と連携し、村をフィールドに実証実験をしながら、村民の願いや地域の課題の解決策を探求する取り組みを進めています。また、自治体の補完機能も担いはじめ、2022年には旧JAの建物を活用して村の人や企業、研究者が集まり協働するリビングラボ「むlabo」がオープンしました。

「むlabo」には、レーザーカッターや3Dプリンターのある「工作室」や、調理器具が揃った「調理室」なども設置され、地域に暮らす人がやってみたいことをできる場として開かれている(写真提供:一般財団法人西粟倉むらまるごと研究所)

地域の草刈り作業も、高齢化や人材不足から一つの課題感になっていた。そこで、むらまる研と企業の共同開発で、GPSで登録したルートを自動走行できる草刈りロボットの研究開発を行った。2026年度より、村内14組織で構成する「多面的機能支払交付金事業」の事務局をむらまる研が担当。草刈りロボットを活用したサービスの提供も始めている(写真提供:一般財団法人西粟倉むらまるごと研究所)
2020年に西粟倉村に移住した秋山さんは、むらまる研の理事であり、コミュニティマネージャーを担います。また、データプラットフォームの運営にも携わり、空き家や自然生物に関する地域固有のデータなど、ばらばらに蓄積されてきた知識や情報を集約。データを新たな事業や地域課題の解決につなげるきっかけをつくっています。その中で秋山さんが始めたのは、調査自体を市民参加型で行う、「シチズンサイエンス」の取り組み。
秋山さん 従来、研究に必要な質の高いデータは研究者が森に入らないと取れませんが、研究者が自ら西粟倉村の森に来ることはほぼないです。それなら、研究者ではなく住民に目を向け、調査を「新しい発見」と捉えることで、調査自体に価値をつけられるのではないか、と。新たなプロジェクトや研究の土台になるデータを、市民が新しい発見を楽しむやり方で収集してみようと、実験的にはじめました。
例えば、地域の歴史に関わる位置情報のデータを集めるときは、昔の写真を持って村歩きをするイベントを開催。当日は、地域の高齢者が語る村の自慢話を、子どもや移住者が楽しげに聞く姿がありました。村内外の企業と連携して自然観察会を開催した際には、森の植物や生き物の写真と位置情報を紐付けて、参加者自身がデータベースに残す活動も。また、村の人たちが郷土料理のレシピをデータ化して残す取り組みは、その後も不定期で料理をふるまう機会につながっています。地域の人が楽しみながらデータを集めることが、新たな体験や関係性の広がりを生んでいきました。

村歩きイベントでは、かつて村内で撮影された写真を手に村をめぐり、写真と同じ場所で撮影する。イベントやリサーチを通じて集まった情報は全てオープンデータ化している(写真提供:一般財団法人西粟倉むらまるごと研究所)
むらまる研では、それらの活動を通して得られたデータを全てオープンデータ化し、地域の課題解決や新たなプロジェクトにつなげるきっかけにしています。参加する人の楽しみや好奇心を起点に、調査自体をアクティビティ化する取り組みは発展し、現在は約30の企業や研究機関とともに、地域の居場所やコミュニティシェアリングに関わる実験などを共同研究しています。
感覚を起点に、経済的に測れない森の価値をつくる
データプラットフォームの運営と並行して、生物多様性やネイチャーポジティブについての学びを深めるようになった秋山さん。あるとき、「森々燦々」開催のきっかけにつながる問いが生まれたそう。
秋山さん ふと、「西粟倉の自然を豊かにすることが、地域に住んでいる人の豊かさにつながる未来はくるのだろうか?」と思ったんです。今、西粟倉で各社が先駆的に取り組んでいる経済と自然環境をつなげるための仕組みはすごく大事で、法整備や条例によって新たな仕組みが整うことで豊かになるものはあると思います。一方で、身体感覚や慣習、生活に関わるところから自然環境に対してアプローチすることがもたらす、経済的に測れない価値も大事じゃない?むしろここが面白いところじゃない?って、言い続けることも必要だなと。
お金で測らない評価の仕方で、人が自然環境に関わる仕組みがつくれないだろうか。その方法を考えるときにヒントになったのは、調査を市民目線でアクティビティ化したときに生まれた「好奇心」や自然の中にいると楽しいと感じる「感覚資本」を起点にする視点。ここから、「森々燦々」の構想を練っていきました。
秋山さん 「森々燦々」は、ふだん行かない森に入る機会をつくり、芸術家に限らず研究者や村民までもが、「自然のわからなさ」に純粋な好奇心をもって表現する場です。やりたいのは、森を価値化することで、地域にポジティブな循環をつくること。自然と共生するのが当たり前の文化をつくる一歩目として、コミュニティをどうつくるかという実験です。
大切にしたいのは、訪れる人が「鑑賞者」から「表現者」になること。出展する芸術家や研究者との出会いを通して、地域の人も自ら表現することで、自分たちが関わりながら自然の豊かさをつくっていく。そんな風に、関わりあうことで一緒に育てていく表現をこの地におきたいと考えました。
共有からはじまるプラットフォームを
そうして2024年に初めて開催された「森々燦々」。会場となった標高約1100mのダルガ峰展望付近には、村内外から24組のアーティストが参加し、18のワークショップが行われました。会期中には約500人が訪れ、関わったスタッフやボランティアの人数は約100名にのぼります。
この時のテーマに用いたキーワードは、ドイツの生物学者で哲学者でもあるヤーコプ・フォン・ユクスキュルが提唱した「環世界」(Umwelt)。全ての生きものはそれぞれの感覚を通じて世界を主観的に見ている、というこの考えのもと、参加者一人ひとりがお互いの視点の違いを否定でも共感でもなく「共有」することから、考え方や自然への関わりしろを新たにつくっていくプラットフォームにしたいと考えました。

「セカイの見え方を共有する表現展」というテーマで開催された2024年度の様子。同時期に、西粟倉村のあわくら会館にて、村民が撮影した写真展も開催した。また、西粟倉村とつながりがあり、長野県伊那市で活動している仲間が「森々燦々」に呼応する形で、伊那市市民の森の散策路での表現展も開催された(写真提供:一般財団法人西粟倉むらまるごと研究所)
オープニングパフォーマンスで行われたのは、村の神事の終わりにみんなで神様へのお供えを食す儀式「直会(なおらい)」をイメージした食事の場「naorai」。現代の生活では必要性を感じる機会が減っている神事を、アートや好奇心を起点に再構成し、自然との対話を試みました。

「naorai」の様子。焚き火を起こし、BGMにはプロのドラマーがこの森の環境音をレコーディングしてつくった音楽が流れている。この地でとれた鹿肉を用いた料理をつくり、神様に奉納したあとに参加者が食事をするという、参加型のパフォーマンス(写真提供:一般財団法人西粟倉むらまるごと研究所)
会場には「キク」「メグル」「オドル」「ツクル」「アジワウ」「naorai」の6つのエリアと作品展示の場が設けられ、大人も子どもも混ざり合って楽器演奏や身体表現を体験したり、自然観察のワークショップに参加した子どもたちが楽しそうに森を巡ったりする姿がありました。
出展したのは、陶芸家や音楽家などの芸術家のみならず、センシングについての研究者や鹿革を用いた作品作家、村の中高生などさまざまなフィールドで活動する人たち。報酬や出展料は一切発生していません。全員が「自然や生き物のことをもっと知りたい」「この研究をどう地域や自然に還元できるか」など、自身の純粋な問いや哲学、好奇心を起点にした表現を行いました。
例えば、ある衣装デザイナーは、「土地に入り、土地の材料をつかい、その土地の人につかわれる作品をつくりたい」という思いをもっていたそう。それに対して、実行委員のみなさんは、村の人や場所をコーディネート。その分、作品づくりを通して得られたデータは村民に開かれる、というギブ&テイクの状況が起きています。
芸術家も研究者も、普段はクライアントや組織のニーズにこたえて対価を得る仕事がほとんど。そんな彼・彼女らにとって、「森々燦々」は、「自然の分からなさをどう表現するか」という問いに向けて、経済的な評価とは別軸にある「心からやりたいこと」を表現できる場なのです。
そうすることで、かけ離れた存在に感じる芸術家と研究者が一緒に表現するという面白い作品も生まれています。例えば、高齢者の転倒予防を研究する研究者と、環境音を用いて曲をつくる音楽家が一緒に行っているのは、森での歩行データの調査。森の土壌に含まれる成分と、歩く人によって異なる歩行データをかけ合わせることで、唯一無二の音楽が生成できたそう。さらに、この表現から収集したデータは、医療や介護、芸術など、さまざまな分野でいかすことができます。
また、むらまる研で問いとして持った「シチズンサイエンス」の視点を、森々燦々においてもいかしたいと考え、研究や制作プロセスに市民参加の機会をつくる取り組みもしています。
オープニングアクトとしてヴァイオリンを演奏した村の中学生は、将来は音楽と自然、テクノロジーを用いた仕事がしたいと語り、自然と人のつながりやテクノロジーについて学びに、むらまる研へ通うように。高校の探究学習でも学び続け、自らフィールドを広げながら、今年も一番に申込んでくれたそうです。
秋山さん 彼女のそんな行動や変化は、もちろん「森々燦々」の影響だけではないです。けど、本人にとっても村のみんなにとっても嬉しいことで。この結果は数値化できないし、経済的には測れないんですが、必ずこの地域にとって明るい未来を描ける人が増えたり、明るいことが起きたりしていく感じが、すごく嬉しいんです。
この連動を促進するために
2026年、2年ぶりに開催される森々燦々のテーマは、「セカイの気配と表現の祝祭」。今回はどのように展開するのでしょうか。
初めての開催の後、森をフィールドに、定期的な住民参加型のフィールドワークやリサーチも行われるようになり、村内外の人が継続して好奇心や感性を起点に自然に関わろうとする機会が生まれるなかで、秋山さんはこれらの連動をさらに促進する新たな場をつくろうとしています。

取材の日もレジデンスのスタートに向けて準備が進められていた。ここでの約束は、地域の人にプロセスを公開することと、自然フィールドを対象にしたデータや素材情報は全て地域に還元し、データプラットフォームに残すこと
秋山さん 最近購入した空き家で、新しくレジデンスをはじめるんです。明治大学の先生に協力してもらって、一緒にビオトープをつくったり、森からレスキューした稚木(わかぎ・芽を出してからあまり経過していない木のこと)の活用方法を考えたり、「循環をつくる実験室」として開く準備をしています。
今年の「森々燦々」に出展してくれる和紙作家や音楽家、大学生の方たちが、会期前から2週間ほど滞在するんですが、建物の中だけではなく、フィールドリサーチも含めたレジデンスで何が生まれるか、新たに期待しているところです。
新たな試みは他にもあります。例えば、前回に引き続き行う「naorai」は、空間装飾に紙垂(しで)を用い、会期最終日には農地でお焚き上げをする予定。1ヶ月間にわたるイベントを「祭り」と見立てて儀式を行ったり、環境音を収集してBGMをつくったりと、その場で体感できる作品を通して、来場者それぞれが自然と対話するきっかけが生まれそうです。
さらに、クロージング前日の11月7日には対話型のシンポジウムを行います。テーマは「自然の分からなさにどう向き合っていくのか」。登壇するのは、医師の占部まりさんと、独立研究者の森田真生さんです。
秋山さん 参加アーティストの方々にも登壇してもらい、みんなで対話したり、ワークショップで話したりしたことをもとに、来年度の「森々燦々」の企画につなげます。体験だけではなく、地域に対話を通した言葉と概念、方針を残していくことを目指しています。
自分たちが関わり、育てる表現を
西粟倉村は、これまで「百年の森構想」を起点とした産業やビジネスの成長が、全国からも注目を集めてきた場所。新たに文化や芸術といった文脈が加わり、芸術家や研究者、大学生たちが村を訪れるようになったことで、子どもたちがこれまで関わる機会の少なかった分野の人や、少し上の世代である学生と出会い、文化や芸術に触れる機会が生まれています。
一方、補助金だけでは必要経費をカバーできず、不足分は秋山さんが個人的に負担しているといいます。実行委員会は村民有志のメンバーが本業の仕事とは別に担っており、夜な夜な集まって準備をしているそう。それでも秋山さんは「継続することに意味があると思っている」と話します。
秋山さん もし補助金がとれなかったり、実行委員が集まらなかったりすれば、今の規模ではできないかもしれません。でも別のやり方はあるので、自分たちができる規模で維持し続けたい。自治的な仕組みでやらないと、地域住民が必要だと思っていても不可抗力で続けられなくなることもあるので、大きな事業としてやるより村民主導で適切な規模で続けることが大事かな、と。
今年は初めて企業協賛を募り、開幕祭のみ入場料(高校生以下は無料)を設けるなど、活動を継続していくための方法を探っています。企業との協働方法については、今後へ向け新たな形を模索しているそう。単なる協賛だけではない、「森々燦々」ならではの関わり方を描いています。
秋山さん 例えば企業出資による独自のポイント制度のような仕組みを取り入れて、参加者が森の手入れやデータ調査、モニタリング調査に参画すればポイントが付与され、データの価値も高まっていく、というような有機的なつながりをつくりながら、企業にとっても地域貢献としてうまくマッチできたら面白いなと思っています。実現は難しいとは思いますが、チャレンジすることで森がより良くなるなら、一緒にやってみよう!というような柔軟な形を探っていきたいですね。
森林資源をいかしたビジネスが次々と生まれる西粟倉村において、好奇心や感性をめいっぱい開いて自然と関わり、表現することで生まれる視点や考え方は、きっと一人ひとりが暮らしを見つめ直し、豊かさをつくる一歩になります。
「森々燦々」の基軸は、経済的価値にとらわれない純粋な好奇心を、自然というフィールドに取り戻すこと。
森の木々のようにみんなの好奇心が集まり、お互いの視点を共有する場に燦々と光があたることで気づくのは、この世界の誰もが表現者であるということ。
あなたも、純粋な好奇心を携えて、「森々燦々」を訪れてみませんか。森の中に身を置くからこそ生まれる新たな視点や自分の中に宿る表現と出会えるはずです。
(トップ写真提供:森々燦々)
(編集&インタビュー撮影:村崎恭子)
– INFORMATION –
◆展示期間
2026年10月10日(土)~11月8日(日)
◆開催会場
岡山県西粟倉村大茅 森林内,村内施設
◆開幕祭
2026年10月10日(土)・11日(日)
▪開幕パフォーマンス
▪アーティスト在廊
▪各種ワークショップ
▪飲食・物販出店
◆閉幕祭
2026年11月7日(土) 13:00~17:00
森々燦々 自然と表現のシンポジウム
私たちは自然の「わからなさ」にどう向き合うか
会場:あわくら会館
◆交通手段
智頭急行あわくら温泉駅または あわくら会館駐車場より
無料シャトルバスで 送迎
※森林会場へは 自家用車では お越しに なれません
※ あわくら会館等指定駐車場に駐車した上で上記バスをご利用ください
主催:森々燦々実行委員会
後援:西粟倉村
助成:福武教育文化振興財団
協力:imi・一財)西粟倉むらまるごと研究所・(株)百森













